1 はじめに
この小論の目的は、米国の大学への正規留学を希望する日本人学生に、より充実した留学生活を送るための方策をアカデミックな視点から提言することにある。
1995 年5月に、米国の大学の日本校のひとつであるミネソタ州立大学機構秋田校 (Minnesota State University-Akita=MSU-A) の一般教養課程 (General Education=GE) に在学する日本人学生 55 名(日本人学生の総 GE 在籍者数=80 名)を被験者として、彼らの学習意識に関するアンケート調査(全項目数=14)を実施し、そのデータを分析した結果、全般的には真摯な態度で学習に励み、自分の将来の進路を見定めながら有意義な学生生活を送っている、との結論を得た。
しかしながら、同時に、大学1・2年次の学習を MSU-A で修了した後に、3年次編入生としてミネソタ州にある姉妹キャンパスでより充実した留学生活を送るためには、改善すべきと思われる点もいくつか見受けられた。
この小論では、アンケート調査項目の中で、改善すべき回答の目立った (1) 授業の難易度、 (2) 授業が理解できない場合の対処法、(3) オフィスアワーの活用度、(4) 授業を受ける際に最も苦手としている能力、の4項目について考察し、アカデミックな視点から、将来米国への留学を希望している日本人学生への提言とする。
2 ミネソタ州立大学機構秋田校について
MSU-A はミネソタ州立大学機構(Minnesota State University System=MSUS、本部=ミネソタ州セント・ポール市)傘下の日本校である。開学は 1990 年5月であり、10 週間を1学期とするクォーター制を採用している。日本人学生を対象にしたカリキュラムは英語集中過程 (English as a Second Language=ESL) および GE から成り立っている。
ESL・GE ともに教員の大多数は米国人であり、授業は全て英語で行なわれる。ESL を修了後、GE に進み、96 単位を履修すると、米国の短期大学卒業資格の取得と同時に、ミネソタ州にある7つの姉妹キャンパスの1つに3年生として編入学する資格が与えられる。したがって、MSU-A の卒業生の大半は米国の4年制大学で3年次と4年次の授業を履修することになる。
3 調査の方法
被験者にアンケート用紙(付録参照)を配布し、該当する項目に○をつける形式で答えてもらった。
4 結果と考察
4-1 授業の難易度 (Q1)
全般的な授業の難しさについての質問である。29 名 (52.7%) が授業は全般的に難しいと感じており、26 名 (47.3%) が難しいとは思わない、と答えている。米国でも日本でも大学という最高学府で授業を受ける際、そこに在籍する学生が授業内容を「難しい」と感じるのは驚くべきことではなかろう。むしろ注目すべきは、学生が具体的にどのような点について難しいと感じているのかを検証することではなかろうか。
前述の 29 名中、Q1a の質問(何について難しさを感じるか)に対して b (英語が難しい)を選んだ者が 13 名 (44.8%) で最も多く、次いで c(内容・英語ともに難しい)を選んだ者が9名 (31.0%)、a(内容が難しい)を選んだ者が3名 (10.3%) であった。
前述のように、大学で行われる授業内容を理解するにはそれ相応の知識が必要となる。これは授業でいかなる言語がインストラクショナル・ミディアムとして使われていても同様である。従って、「英語が難しい」 を選んだ学生には、より積極的な態度を以ってアカデミックな英語を理解し、使いこなせるだけの語学力の養成が急務となろう。
また、「内容が難しい」と感じている学生には、授業で学習している内容と関連のある、日本語で書かれた文献を図書館などで探して読むことが、難しさを克服するひとつの方策となろう。米国では、大学の規模にもよるが、日本語で書かれた文献を相当数所蔵している図書館を持つ大学も少なくない。ただし、授業はあくまでも英語で行われるのであるから、日本語で理解した知識はたたき台とし、授業中は英語での内容の把握と理解に最大限努めるべきであろう。最終的に各クラスの成績の善し悪しを決定するのは、英語で書くタームペーパーであり、英語で行なうプレゼンテーションであり、英語で回答する試験なのである。
4-2 授業が理解できない場合の対処法 (Q2)
授業の内容と授業で使われる英語について理解できない場合の対応についての質問である。この場合、速やかに担当教員に質問をするのが最良の解決策であろう。しかしながら、MSU-A の学生に関しては、この方法を選択しないものが多い。梅田 (1996) が報告しているように、c(友達に教えてもらう)を選んだ者が 30 名 (53.6%) で、過半数を超えている。反面、a(授業中に先生に質問する)と b(授業の後先生に質問する)を選んだ者はそれぞれ8名 (14.3%) と 11 名 (19.6%) にとどまっている。これは授業中および授業時間外のいずれの場合も、学生が授業内容の不明な点について教員に質問をする機会が少ないことを示すものである。
たしかに友達にあるときは助けられ、またあるときは助けながら授業に臨むことも場合によっては賢明な方策となりえよう。しかしながら、友達が教えてくれたことが必ずしも正確な答ではない可能性もある。3年次以降、米本国で留学生活を送ることを考えると、もっと各学生と担当教員とのコミュニケーションを密にしていくことがより重要であろう。授業内容についての質問をすることは学生に与えられた権利である。このことを念頭に置いて、質問事項があれば直接担当教員に質問する習慣をつけるべきであろう。
4-3 オフィスアワーの活用度 (Q3)
Q2 に関連して、各担当教員が設けているオフィスアワーの活用度についてたずねたものである。Q2 での回答内容を裏付けるように、c(あまり活用していない)と d(まったく活用していない)を選んだ者が、それぞれ 23 名 (41.8%) と 11 名 (20.0%) で、合わせて全体の6割を超えた。
オフィスアワーは、まだ日本の大学ではなじみの深いものではないかもしれないが、米国では各担当教員が曜日と時刻を設定し、その時間内は必ずオフィスにいて、訪ねてきた学生の質問に答えることになっている。
言い換えれば、学生はこのオフィスアワーを有効に使うことによって、授業の遅れを取り戻したり、授業内容をより深く理解することが可能となる。特に受講者数が多く、教員が一人一人の学生の名前を覚えられない授業の場合、学生はオフィスアワーを有効に使うことで、教員とのコミュニケーションを密にすることもできるのである。米国的な発想では、オフィスアワーを使って授業の内容について質問をするということは、学生がその授業に関心を持っているということを示すことに他ならない。このような学生の授業をより良く理解しようという態度に対しては、講義をする側の教員も好意的な態度で接するのが普通である。オフィスアワーを頻繁に利用することによって、教員もその学生に対して親しみを持つケースも少なくない。中には授業についての質問や応答の合間を見て、教員のほうから学生に名前をたずねたりするなどして、リラックスした雰囲気になることもある。このような形で学生が教員とコミュニケーションをはかることができれば、やはりリラックスして授業に臨むことも可能となろう。そして、今までに比してより授業内容を理解できるようになることは想像に難くない。樋口 (1995) は、学習者は英語を積極的かつ意欲的に使用することによって自分のものにし、その使い方を身につけていく、と論じている。授業内容の理解もさることながら、英語に関して米国人学生に比べて多少なりともハンディキャップを背負っている日本人留学生には、このオフィスアワーの有効な活用こそが、このハンディキャップを克服して授業を理解し、ひいてはより良い成績を修めるためのパスポートになりうる、と言っても過言ではなかろう。
4-4 授業中、最も苦手としている能力 (Q4)
授業に出席して講義を聴く際に必要でありながら、最も苦手としている英語の能力についてたずねたものである。a(講義が聴き取れない)と b(テキストが読めない)を選んだ者がそれぞれ12 名 (21.4%) と9名 (16.1%)、c(質問ができない)と d(ノートを取れない)と答えた者がそれぞれ 11 名 (19.6%) と8名 (14.3%) という結果になった。反面、特に苦手にしている能力はないと答えた者は 11 名 (19.6%) であった。
a で取り上げた聴解力と b で取り上げた読解力は、受動的能力 (passive skills) であり、c と d に密接に関連のある会話力と作文力は、いずれも能動的能力 (active skills) である。
Krashen (1987) は、いわゆるインプット仮説の中で、まず聴解力と読解力を中心に英語をはじめとする語学習得に取り組むことがより効果的である、と報告している。
この Krashen の仮説には様々な批判(神保、1989 など)もあり、また、第2言語習得のための授業とは目的の異なる正規の授業を履修している留学生に、この仮説があてはまるのかどうかは断定できかねる。しかしながら、筆者の留学経験を通して言えることであるが、前述の2つの受動的能力をまず高めることが、授業で使われるアカデミックな英語を理解するための第一歩になるのではなかろうか。
聴解力は、講義をテープに録音して授業後に自分の部屋などでくり返し聴くことによって上達させることが可能である。また、テキストの内容を理解するための読解力は、意味の解らない単語が出てくればその都度辞書をひいて調べることをくり返すことによって克服が可能である。
能動的能力の2つのうち、ノートを取る際などに必要となる作文力は、前述の聴解力を高める方法の延長として、テープから聴き取れた単語をノートに書き留めて、徐々に要点をまとめる段階まで上達させたい。また、会話力の向上に関しては、4-3 で触れたオフィスアワーを使い、担当教員に質問をすることによって実現できるのではなかろうか。会話の内容は大学で行われる授業についてであるから、日常会話とは異なり、決して易しいものではない。しかしながら、3年次と4年次で履修する機会の多い、少人数でのゼミ形式の授業では、口頭発表や学生同士でのディスカッションが盛り込まれている場合が少なくない。そのためにも、これらの能動的能力の向上も常に心がけるべきであろう。
5 おわりに
MSU-A の GE 学生を被験者とする学習意識調査の結果に基づいて、今後彼らを含めた日本人学生が米国で留学生活をより有意義に過ごすための方策を提議した。正規留学を成功させるにはアカデミックな英語を理解し、使いこなすだけの能力に加えて、各担当教員とのコミュニケーションを密にすることが重要である。また、これに関連してオフィスアワーを積極的に活用して、授業内容に解らない点があれば速やかに解決する姿勢を持つことが求められる。諸種の問題に直面した場合、自発的かつ積極的に問題解決に向かって対処することが、アカデミックな観点から言うところの有意義な留学生活につながる。Krashen, et.al (1982) は、外交的でチャレンジ精神が旺盛な人と、内向的で何事に対しても受動的な態度を取る人とでは、概ね前者のほうが後者に比べて、英語をはじめとする言語習得のスピードが速くなる傾向にある、と論じている。筆者が留学中の経験からも、この理論には納得させられる点が多い。ひとつ例を挙げてみると、米国に滞在して1年も経っていないのに、米国の学生と専門分野のトピックについてディスカッションをすることができるようになる人もいれば、2年の滞米年数をもってしてもこのレベルにまで到達することができない人もいる。英語の習得には個人差がある、と言ってしまえばそれまでであるが、注目すべき点は両者の性格である。前者は話し好きで、人と一緒に時間を過ごすことを大いに好む性格の人であったが、後者はどちらかというと恥ずかしがり屋で、外交的な性格とは形容できない人であった。両者とも渡米した当初はほとんど英語を話すことができなかったのである。
日本の学校教育では、全般的に見て、学生は受け身的な態度でいても大学生活を支障なく送れる体系になっていると言うことができよう。これに反して米国では、何事についても自分から積極的に働きかけていかなければ、有意義な学生生活を過ごすことは難しい。留学生として、米国で学ぶ日本人学生はこのことをしっかり認識した上で勉学に励んでほしい、と切望する次第である。
樋口忠彦(編著) (1995). 『個性・創造性を引き出す英語授業』、研究社出版.
神保尚武 (1989). 「クラッシェンの言語習得理論の諸問題」、『早稲田商学』第 333号、早稲田大学. pp. 189-207.
Krashen, S., Dulay, H., & Burt, M. (1982). Language Two. New York: Oxford University Press.
Krashen, S. & Terrell, T. (1983). The Natural Approach: Language Acquisition in the Classroom. Englewood Cliffs, New Jersey: Alemany Press.
Krashen, S. (1987). Principles and Practice in Second Language Acquisition. London: Prentice-Hall International.
森永正治 (1996). 『英語科教育を変える6章』大修館書店.
Terrell, T. (1977). A Natural Approach to Second Language Acquisition. Modern Language Journal, 61, pp. 325-336.
梅田 肇 (1996). 「在日外国大学における学生の学習意識」『英語教育』第 45 巻、第 4号、大修館書店. pp. 32-36.
MSU-A GE 履修学生の、英語に関する意識調査および結果
このアンケートは、研究論文の資料としてのみ活用を予定しているものであり、決して皆さんのプライバシーを侵害するものではありません。
回答していただく方は、現在 MSU-A で GE に在籍している、日本語を母語とする方です。皆さんのご協力に、心からお礼を申し上げます。
Q1: 全般的に、授業は難しいと思いますか。
a. はい。 →※ Q1a へ 29 名 (52.7%)
b. いいえ。 26 名 (47.3%)
※ Q1a: 「はい」と答えた人におたずねします。「難しい」と思うのは、授業の内容についてですか、それとも授業中に先生方が使う言語(英語)についてですか。(無回答=1)
a. 内容について。 3 名 (10.3%)
b. 言語(英語)について。 13 名 (44.8%)
c. 内容と言語(英語)両方について。 9 名 (31.0%)
d. その他 ( 3 名 (10.3%)
Q2: 授業の内容が理解できない時、どうしますか。(○はひとつだけ)
a. 授業中、先生に直接質問する。 8 名 (14.3%)
b. 授業の後、先生に直接質問する。 11 名 (19.6%)
c. 友達に教えてもらう。 30 名 (53.6%)
d. ほっておく(解らないままにしておく)。 5 名 (8.9%)
e. その他 ( 2 名 (3.6%)
Q3: 先生方が設けているオフィス・アワーを、あなたは活用していると思いますか。(○はひとつだけ)
a. 大いに活用している。 3 名 (5.5%)
b. 多少は活用している。 18 名 (32.7%)
c. あまり活用していない。 23 名 (41.8%)
d. 全く活用していない。 11 名 (20.0%)
Q4: 現在、授業を受ける際に必要でありながら、最も苦手としている能力はどれだと思いますか。(○はひとつだけ)
a. 先生の講義がよく聴き取れない。(聴く能力の不足) 12 名 (21.4%)
b. クラスで使っているテキスト等が読めない。(読む能力・語彙力の不足) 9 名 (16.1%)
c. 授業中、先生に質問したくても、満足に質問ができない。(話す能力の不足) 11 名 (19.6%)
d. ノートを取ろうとしても、思うように筆が進まない。(書く能力の不足) 8 名 (14.3%)
e. 特に苦手としていることはない。 11 名 (19.6%)
f. その他 ( 5 名 (8.9%)