私の小たたら製鉄法

天野武弘

 
1.はじめに
 小たたらによる鉄づくりの操業実験に、私が取り組みはじめてからすでに20年を超えた。岐阜県関市の刀匠大野兼正氏から操業の手ほどきを受けたのが発端で、以来おもに学校での授業として操業を繰り返してきた。その目的の第一は、たたらという歴史上の鉄づくりを実験的におこなうことができること。鉄が貴重品であったことを実体験をとおして感じることができること。すなわち私が目指してきた技術史を授業に取り入れたいという目的を達しうるテーマだったということである。
 私的なことになるが、今年2000年4月に17年間つとめた豊川工業高校から豊橋工業高校定時制に転勤になった。豊川工業高校でおもに課題研究授業でおこなってきた私の鉄づくりの方法を振り返りつつ、鉄づくりは難しくない、気軽に、楽しみながら、しかも一定量の鉄ができる、そんな観点で、これから鉄づくりを導入したいという人のことも念頭に置き、鉄づくりの方法について述べてみたい。
 
2.鉄づくりの取り組み方
 鉄づくりを授業に取り入れたい、という私の思いは、工業高校のカリキュラムに課題研究が試行されるに及んで実現し、以来10数年が経過した。鉄づくりは課題研究テーマとして各地で取り入れられているが、まだ定着しているわけではない。初めての人には二の足を踏む作業にとらえられやすいことと、操業のマニュアルがないことがその大きな要因と考えられる。しかし一度実施してみると2回目からは比較的少ない準備でできることなど、思うほどの苦労はない。まずは私の実施例を紹介しよう。
 課題研究では、3時限連続の授業を年間を通して、あるいは、ある一定期間実施する場合が多いと思われる。豊川工業高校では年間を通しておこなっているが、私は、鉄づくりに当てる時数は余裕を見て12週〜8週程度あればよいと考えている。もちろん関連する研究を並行して行う場合はこの限りではない。私の場合は、最近はたたら製鉄だけではなく、その半分ちかくを産業遺産調査など地域の技術史研究にあててきた。
 私が実施した12週を基本にした週ごとの主な内容は次のようである。
1週目:たたらとは何か、鉄の歴史など、けらの実物やビデオなどで視覚的に説明
2週目:これまでの操業結果などを学習、問題点、改良点を検討、今後の計画をたてる
3週目:砂鉄採取、または築炉準備(炉の設計、赤土練り)および炭切り
4週目:築炉準備および炭切り、または砂鉄採取
5週目:築炉
6週目:操業準備(炉の補修、砂鉄精選、炭切り、赤土練り)
7週目:操業準備(砂鉄の試験、石灰の準備、測定器具の準備、道具の準備)
8週目:操業
9週目:操業後の炉調査、けらの精選
10週目:けらの性状調査、操業のまとめと分析
11週目:操業のまとめと分析、報告書の作成
12週目:報告書のの作成
 12週がとれないようであれば、鉄づくりに焦点を絞って8週ないし6週で実施すればよい。8週でおこなう場合は、1,2週および、6,7週、9,10週と11,12週をまとめる。報告書作成は、いずれの場合も、できるところから早めに取り組ませるようにする。
 課題研究では、同一メンバーが継続して実施にあたるため、とくに1週目、最初の動機付けが肝要である。おもしろそうだと生徒の意欲をかき立てることができれば、以後の取り組み姿勢も変わってくる。私の場合は、けらの性状に触れ、高炉でつくった現在の鉄とは質に差があり、とくに伝統的な刃物ではたたらでつくった鉄以外は使わないものもあると、けらの不思議さを強調し、そのけらをこれから一緒につくる、ほかでは経験できない実験だと興味を抱かせるようにしている。その年の状況によって必ずしもうまくいったわけではないが、だいたいにおいて興味をもって取り組んでくれる生徒が多かった。
 
3.築炉から操業までの方法
 3週目の砂鉄採取は可能な範囲で実施したい。地元で採取をする場合は事前に探査しておく必要があるが、海岸や河川での砂鉄採取や調査は、生徒にとっては海岸や河川の見方を変えるようである。と同時にフィールドワークはそれ自体が楽しさを伴い、ほかの実習とは違うというメンバーの意識を高める点でも効果がある。私の場合は、メンバー6〜7人をワゴン車に乗せ、約1時間近く移動した海岸で採取してきた。午後半日の行動であるが遠足気分がいつのときにも感じられた。この行動で1回分の約20〜30kgほどを採取する。なお、砂鉄採取は大型の磁石を使って採取するため、雨天時や砂地が湿っているときは避けるようにする。また海岸であれば砂浜が乾いてくる午後に実施が望ましい。地元での砂鉄採取が難しい場合は、鋼材店などを通じて30kgほどを購入する。その際は操業しやすい真砂砂鉄を注文したい。
 4週目からは操業の準備にはいる。まずは操業場所を決める必要がある。実習靴で出入りが可能な実習工場横の屋外が望ましい。水道と電源が近くにあることも必要条件である。
 メンバーが6〜7人の場合は2班に分け、築炉用の赤土練りと炭切りからおこなう。
 赤土は、藁すさを入れ、左官用の舟に2杯分は練っておく。近代たたらでは炉壁が造さい剤の役割をもつことが知られ、その質が重要視されているが、小たたら製鉄ではほとんど考えなくてよい。したがって赤土は身近にあるどんな土でもかまわない。手に入らないようであれば近くの建材屋から購入する。練った土は数ヶ月ねかせた方が炉壁のひび割れが少ないが、時間がなければ練った直後から使用してもよい。
 炭切りでは、鉈を用い、約3〜5cmほどの大きさに切る。これは炉内でスムースに燃焼降下させるためと、炉内を還元雰囲気に保たせるためである。炭の量は操業で50〜60kgほど使用するが、炭切りの際、大量の粉炭ができてしまうため80kgほどを炭切りしておく。粉炭は、炉の乾燥時の燃料に、また炉底の保温剤などに使用する。
 5週目の築炉作業は、時間内に終わらないことがあるが、終わらなかったときは次週に回せばよい。炉の骨材となる赤煉瓦は120〜150個ほど用意しておく。耐火煉瓦はとくに必要ない。築炉作業は次の順序でおこなうが、そのポイントは炉底づくり、羽口の取り付け、還元帯の長さである。
 まず炉底づくりから始める。炉底は地下からの湿気防止をはかることを最重点におく。地面に鉄板を敷き、その上に煉瓦を1〜2段積む。中央部分に煉瓦8枚を用い、煉瓦の平面を表に向け2枚ずつ並べて四角状の炉の骨格部分をつくる。これを2段積み、この中に粉炭を入れ炉底とする。
 炉を移動式にして台車の上などにつくる場合も同様にする。移動式は、屋内で築炉でき、操業時まで雨天時を心配しなくてよいためお薦めの方法である。
 炉底の大きさはそのまま炉の大きさになり、順次煉瓦を積んで所定の高さまで積む。煉瓦を積むさいは目地に練った赤土を使用する。煉瓦を積む途中で、のろ出し口を炉の正面に、羽口を側面に付ける。
 のろ出し口は炉底面より30〜50mmのところから上方に煉瓦四分の一個分程度の大きさにつくる。ここは操業初期に用いる底羽口をつけておく。
 羽口は内径26mm、長さ40mmほどの鉄パイプを炉底面より高さ200〜250mmのところに地面に対して25〜30度に取り付ける。炉内では中心に向かい炉内幅の三分の一程度突き出すようにする。突き出した部分は高温にさらされるため、耐火モルタルで厚さ数センチに覆う。鉄パイプは骨格の煉瓦部分まで引き抜いておく。
 還元帯の長さは私の経験から1mあれば失敗は少ないと考える。還元帯の長さは羽口から炉頂までの長さをいう。ただ1mの長さに煉瓦を積むと炉底まで手が入らなくなり、炉内成形がやりにくくなるため、羽口から500mm程度の高さにつくる。不足分は鉄製の補助炉をつくり、炉にのせて操業すればよい。
 炉内成形は練った赤土を用い、内径250mmほどの円筒状につくる。とくに羽口付近は挿入した炭がスムースに下降できるよう成形する。炉の外周は煉瓦が隠れる程度に赤土を塗っておけばよい。煉瓦のままでも問題はない。
 炉を3週間ほど自然乾燥させた後、操業にはいる。ときには行事や夏休みが間に入り、築炉後1〜2ヶ月以上してから操業に入ることもある。炉は乾くほどよいため、操業前日あるいは、当日の早朝から強制乾燥をおこなう。燃料は廃材などを利用する。
 8週目の操業では、午後、授業に入ってから開始し、3時限授業を延長し、夕方までおこなう。この日は特別の時間帯になることの了解をとり実施する。
 操業の方法は、はじめはのろ出し口につけた底羽口から送風し、炉底に温度がでるようにする。送風では送風機を用いた方が便利である。1時間ほど経過したところで、砂鉄を入れ始める。先に木炭を1kg入れ、次いで砂鉄を0.5kg、石灰を0.2kgを入れる。石灰は造さい剤で、炉底に溜まるのろの生成と流動性をよくするためのもの。砂鉄は、順次増やしていき、炉況に応じて全体で15〜25kgほど入れる。20kgほどを目安にすればよい。時間の経過とともに炉底にのろが溜まってきて、生成した鉄はこののろに包み込まれるように成長する。そのために流動性あるのろが必要となるが、のろが多くなりすぎると羽口を詰まらせ送風を妨げるため、のろ出しが必要になる。最初ののろ出しによって底羽口はふさぎ、正規の羽口で送風を始める。以後、状況を見ながら時々のろ出しを行う。操業の最終盤には羽口のつまりが頻繁になり、ときには途中で操業を停止しなければならなくなることもある。
 けら出しは操業開始後4時間以上経過した夕方5時過ぎになることが多い。けらは炉底に塊となってできるため、炉を解体しなければ取り出せない。取り出し方には二通りある。一つは、その日のうちに取り出す方法。この作業は見ている側にとっては一番の見所であるが、作業者は強烈な輻射熱との戦いを強いられる。疲れた体にむち打っての作業は鬼気迫る感じの修羅場の様相さえ呈する。しかしこの作業こそ、鉄づくりの醍醐味を味わえるところである。もう一つは、炉を赤土で密閉し次週にあける方法である。この方法をとると鉄の出来方を確認することができる。どちらをとるかは目的によって決めればよい。
 
4.操業後の調査とまとめ
 9週目以降は操業後の調査と報告書の作成を行う。操業した炉は、けらの出し方によっては正面部分だけをはつって取り出すこともでき、その場合は、炉壁の浸食状況や砂鉄の還元状況を観察できる。またけらは塊だけでなく、粒状になったものも多くできるため、のろをハンマーで割って取り出すようにする。操業状況によってはかなりの量になることがあり、ときには時間の経つのも忘れて夢中になるる姿もみられる。
 けらの性状調査では、外観検査から始める。自然でしか造れない形をしたものも少なくなく、見ているだけでも興味を惹かれる。機械系学科であれば、金属組織試験を実施するとよい。火花試験で炭素量を確認することもできる。鍛造によって鉄片などをつくることも可能である。
 まとめと報告書づくりは、鉄づくりを学問的にとらえさせる観点で作成する。生徒たちのいやがる部分ではあるが、鉄づくりのまとめを通して、操業の工夫や鉄の歴史的意義など、新たな発見を期待しながら作成させる。一冊の報告書として完成したときはやはりどこか誇らしげな顔も見られる。
 
5.技術史学習の観点で
 鉄づくりは、単に鉄をつくるだけでなく、幅広い学習の素材を提供してくれる。実施時間がさらにとれるようであれば、炭焼きの実施、砂鉄の堆積調査、鍛造による刃物などの製作、あるいは製鉄遺跡や製鉄所、鋳物工場などが近隣にあればその見学、鉄に関する産業遺産調査や郷土史調査、等々、数え上げればきりがないほど研究テーマがでてくる。
 鉄づくりを通して意識が高まったところでこれらのテーマが実施できるようであれば、より積極的な行動も期待できるであろう。あるいは二度目、三度目の操業も可能となる。
 現実は困難を伴うことの多い昨今であるが、鉄づくりは私の経験では、生徒にものづくりに対する大きなインパクトを与えるテーマであり、歴史的に今の工業社会を洞察する心を養う意味で、技術史教材としてふさわしいテーマと考えている。
 またここでは、課題研究など比較的時間がとれる状況での実施例に絞ったが、文化祭や、地域のイベントとして実施する場合も、その方法は基本的には変わらない。どこで準備時間をとるのか、誰が準備するのかの違いだけである。
 鉄づくりは難しくないといっても、初めて取り組む場合や既製の実習に比べれば相当な準備が必要であり、やはり担当者が目的意識的にしなければ容易くない。まずは鉄をつくってみたい、という挑戦する気持ちをもつことである。私自身がそうであったように。

本稿は、日本工業大学・工業技術博物館ニュース(2000.11.14第39号)掲載


小たたら操業の方法とそのポイント(天野武弘・1998.7)
私のたたら製鉄マニュアル(天野武弘・2002.9)

Last Update:2003/10/4 0000

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