20170821

台北の路地
盛り場



富士宮市の熊久保発電所というのを見に行って来ました。製紙会社の工場用に作られたという大正8年竣工、出力420kwの可愛らしい発電所です。




東京電力福島第一の事故以来、世界的に原子力発電から足を洗って、次の技術を模索という流れができています。為政者からすると大型化・集約化・自動化という、原発事故に至るのと同じ道筋の中で考えられがちです。太陽光発電にしても、砂漠にしかならないというカリフォルニアならいざ知らず、地平線まで発電パネルという、大型化・集約化・自動化が先端技術だという発想を自然の豊かな日本にそのまま持ってくるのは如何なものかという感じがします。

小型化・分散化・手作りという逆の発想に基づけば、先端技術を試してみなくても、これまでの技術蓄積の中から、日本に適した技術が見つかりそうなものです。

もともと温帯ステップ気候で発達した小麦を主要穀物とした文明は、地下水の汲み上げ過ぎに追い込まれ、2,000年前後で地下水の塩水化を起こし、砂漠化するという道筋を辿ってきました。これに対して8,000年前の中国文明揺籃期の栽培種のイネの化石が出土した、中華人民共和国浙江省余姚市河姆渡遺跡周辺には8,000年前と同じ水田が広がっており、水田が小麦畑よりもサステイナブルな農業であることがわかります。

日本も華南と同じく温帯モンスーンで稲作を主要穀物として来ており、小麦文明に比べると水に恵まれています。何も「砂漠に発電パネル」の真似をする必要はないのではないかと思います。農地に発電パネルでは、農地の未来を真面目に考えているようには見えません。

さらに日本の河川は明治初期にオランダなどから来た先進国の先端技術者が「川ではなく滝だ。」と言って尻尾を巻いて逃げ出した通り、急流の多いのが特徴です。2000年にドイツ周辺で見た様に、2週間で200mmという「集中豪雨」で冠水した土地の排水に、6ヶ月かかったという平坦な土地とは違います。

芝川流域はいたるところに富士山の伏流水が湧き出し、崖地に至れば滝となる、日本でも有数の水力の宝庫です。




明治大正期にはこれを利用した小規模水力発電所が数多く作られ、未だに使われています。

現地を走ってみると、これが大都市近郊の、観光客の来やすいところにあれば「名勝」として名の上がったような水の景観がいたるところにあります。


そうした天下の名勝も芝川に来ると「タダの道路脇の側溝」なのです。




流れの中には明治大正期の発電所よりさらに小型の、家庭用発電所の適地がいたるところに見れれます。

そうしたところに家庭用発電所を作れば、芝川流域でかなりの数になるはずです。設備も発電機と水車を合わせて数十万円程度であるようです。









これが他所だと設置工事だけでなく、導水路/排水路にもそれなりの費用がかかり、大げさなものになるかもしれませんが、芝川流域の恵まれたお宅なら総工費100万円以下で電力自給が可能ではないでしょうか。

こちらのお宅など、自家用導水路/排水路があり、落差3mほどのかなりの量の水が余水捌けから放水されています。ここに発電所を作れば器具設置費用だけで数軒分の電気代がタダになるはずです。




太陽光発電パネルが一軒当たり300万円前後ということで、水力なら初期投資は1/3です。サステイナブルエネルギーというと太陽光しかないような世相も偏りがあるような気がします。補助金の流れが科学技術とは違うところで決まっているのでしょうか。大型化・集約化・自動化というのも自分の手を動かさないで、マージンで濡れ手に粟という人々を利するだけみたいな感じもします。



pagetop
広澤町
航空自衛隊教育資料館

まちづくり