いとうたかお、17年ぶりの新作だ。
10年以上の月日というのはどうもいけない。「苦節」とか「沈黙」とか、
余分な雑音が紛れ込んでしまう。いとうたかおの17 年間は、勿論そんな辛気
くささとは無縁だ。
◆
人が一生に創れる作品にはおのずから限界がある。沢山の作品を作らなけれ
ばならない必然性と、出来上がった作品をあたためるための時間との兼ね合い
は難しい。経済の話としてだ。アルバムを出すが為に曲作りに励む、絞り出す
ような努力によってしか生まれてこない歌もある。しかし、「も」なのだ。
もっと自然に、もっと穏やかに、自分に中で歌が育っていく時間を愛おしむ。
こんな、贅沢な時間に見守られて出来上がったのが、
この『Around the Silence』なのだ。ライブで何度となく耳にした曲も多い。
◆
さりげないフェイド・インで始まる「Boy」。
始まりではなく続き、遙か昔に針を落としたままになっていたレコードから
音が蘇ってくるような瞬間だ。
街を歩く。自分より年下の、自分よりも危なっかしい世代を過ごしている彼
らが目に付く。舌打ちとともに、「ああ、アイツらは」と毒突くことは簡単だ。
しかし距離は縮まらない、彼らの中には決して入ってはいけない。何も変わら
ない、自分と同じ体験をしている彼らと。
説教をするのでもなく、自分の自慢話をするわけでもなく、「気をつけろよ」
とだけ呼びかける。道筋を教えるほど訳知りではない、手本になんかされたら
堪らない。彼らと同じように不安と彷徨を感じながら、「光の中を歩けよ」と
ささやく。これが、いとうたかおの優しさだ。
沈黙はべたつかない。押しつけがましくもない。
沈黙の中にこそ、聞こえてくる音楽がある。
黙って森に入る。ひんやりとした土の上に座ってみる。緑の香りが胸に痛い。
小さな焚き火を作る。ほんの小さな炎が、自身の小ささと大地の豊かさを感
じさせてくれる。
もしここに歌が生まれるのなら、このアルバムとなる。
もしも歌い手が必要なら、いとうたかおがいる。
◆
不思議な音に満ちている。大地を這い回る枯れ草のようなパーカッションや、
遠く瞬く微かな星明かりのようなリコーダーの音色。
歌と楽器の共生を感じさせてくれる、駒沢裕城のペダル・スティール・ギター。
包み込むような旋律は、どちらが寄りそうでもなく互いに歩みを揃える。
土着的な馴れ合いのフォークではない、借り物の衣装を身にまとったフォーク
でもない。一人の男がいた、歌があった。それだけの音楽だ。
この音をなんと呼ぼうと、僕には関係の無い話だ。
むろん、いとうたかお、にも。
「光の中を歩けよ/ここからは少しばかり 遠いかもしれないが」
◆
※文中に引用した歌詞は「Boy」(作詞・作曲いとうたかお)より。 |