『マイ・ビューティー』

怪美淫老乱奴 『マイ・ビューティー』ケヴィン・ローランド

今まで手にしたアルバムの中で、最低最悪のジャケットだ。

貧相な女装男が、もっこりとしたパンティを晒している哀れな写真。おまけにタイトルが『マイ・ビューティー』ときている。

でも何故か引き寄せられるようにレジ・カウンターに運んでしまった。この男が、元デキシー・ミッドナイト・ランナーズのヴォーカリスト、ケヴィン・ローランドだと気がついたのは、レジで店員と顔を合わせないようにうつむき加減にしていた、まさにその時だった(なんだ、それならもっと堂々と買ってもよかったじゃねぇか)。

考えてみれば、ケヴィンのコスプレは今に始まったわけではない。浮浪者のような格好でロニー・レインの再来を思わせるような土臭いサウンドを奏でた『Too-Rye-Ay』('83)、この中の「カモン・アイリーン」は僕の80年代のフェイバリット・ソングの1曲だ。続く『Don't Stand Me Down』('85)では、メンバー全員でリクルート・ルックを見せてくれた。でも、女装趣味があったのは知らなかった。

デキシー解散後、ソロ・アルバム『The Wanderer』 ('88) を発表するが、たいした話題にもならなかった。その後の数年は、音楽よりもドラッグと親しく過ごしていたようだ。この『マイ・ビューティー』だが、全曲カヴァーが収められている。ロック・ミュージシャンが、ジャズやポップスのスタンダードをカヴァーするのは珍しい事でも何でもない。がしかし、よりによってドラッグ漬けで世の中から忘れかけられていたような奴が、久々のアルバムをカヴァーで飾るとは、ええ根性してるじゃねぇか。

収められているのは、ホイットニー・ヒューストンからモンキーズ、ママ・キャス・エリオットのソロ・アルバムから、それにポール・マッカートニーの「ロン・アンド・ワイディング・ロード」と、神をも恐れぬ選曲ばかり。バックには、ジューシー・ルーシー〜グリース・バンド〜ココモとマニア心をくすぐるバンドを遍歴してきたニール・ハバード、今井美樹からピーター・グリーンまで幅広くこなすKuma Harada、烈腕ドラマー、アンディ・ニューマークと豪華な顔ぶれが揃っている。

ケヴィン・ローランドのヴォーカルなのだが、「なのだが」で言葉に詰まってしまうような内容なのだ。華麗なストリングスに乗って、だらしなく気弱な歌を聞かせる。男の哀愁なんて甘えた事を言っている場合ではない。随所でコントロールを外し、気持ちだけは歌い上げても喉が付いていかず、何ともヨレきった歌いっぷりなのだ。「ロン・アンド・ワイディング・ロード」などは、ほとんどカラオケ状態、本人だけは実に気持ちよさそうに歌っている。まさにジャケットの雰囲気をそのまま歌にしたようなアルバムだ。

と言いながら、何度も何度も聴いてしまう。希望も無い、未来も無い、金にもならんだろう、終電の中でだらしなく寝こけているオヤジのようなこのアルバム、何故か愛おしいのだ。露悪趣味といえば、これ以上のものはない。それでもいいじゃないか、ここまでやってしまえば。笑われ蔑まされながら生きていく。それも美しい。究極の色香が、ここにこんもりと漂っている。
text by 小川真一


[B E A T E R 's E Y E]