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TICKET

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 7時を少しまわり、山間の早い夕刻があたりを暗く染める頃、会場に入った。
 オープニング・アクトのバンドが、心地よいリズムを谷間に響かせている。
 「スマタの山では、みんなHI」
 ワケもなくこの言葉がすんなりと入ってくる。そんな会場の雰囲気だ。周りには自然食の屋台やら、ナニやらが並ぶ。
 いつのまにか広場は、長髪の若者(死語)で埋め尽くされている。
 やはりバカされているのか、トリップしているのか、ひょっとして出てくるのは「鈴奴隷」とかいう名前の日本人なのではないだろうか、といった不安をよそにどんどんと会場の空気に馴染んでいく自分がいた。
 長い、長いセッティングの後、かの化け者は片手を大きくあげ登場した。
ライブ風景 ライブ風景
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 デビッド・リンドレーのライブを観るのは、ライ・クーダーとのツアー以来だ。
 いつものように立ち並ぶ楽器の数々。まずは、アンプリファイドされたワイゼンボーンを膝に抱え、1曲目が始まる。
 今回リンドレーに同行したのは、パーカッションのウォーリー・イングラム。ドラムスのセットの周りには、様々な打楽器が子供の玩具のように吊されている。
 パーカッションとスライド・ギターのデュオ。考えてみれば、不可思議な取り合わせだ。このワンマン・バンドならぬ、ツーマン・バンドの正体は、一発目に音が出てきた瞬間に判る。
 スライド・バーを操りながら的確にベース・ラインを入れていくリンドレー、音の隙間をスティックで、はたまた素手で丹念に埋め込んでいくイングラム。最小限にして最大限のサウンドを作り出す、これはまさにバンドだ。
 紹介され立ち上がったウォーリー・イングラムは、肩までのロング・ヘアー、リンドレーとお揃いのド派手なシャツ、エエ加減そうで演奏が始まればとてつもない集中力を発揮し、まずは自分達の音楽をとことん楽しむ、この化け者兄弟こそ、デビッド・リンドレー&ウォーリー・イングラム なのだ。
ステージ
 ライ・クーダーのミス・トーン、というのは絶対に聞きたくない。出た瞬間に本人だけでなく会場中が凍り付いてしまうだろうから。
 リンドレーのオーバー・トーンなら聞きたくなる。ライブならではのトリッキーなプレイや、観客にノセられたギミックなフレーズが聞きたいのだが、意外なほどクールなのがこのヒトなのだ。
 髪型に隠れた横顔は神経質そう。標本を前にした科学者の顔を見せる。もちろん肩書きの頭にはMADが付くのだが。とやかく言いながら、出てくる音にナーバスさは微塵も無い。
 ワイゼンボーンから、エレクトリック・ブズーキー、ギルドの12弦ギター(驚くほどファンタスティックな音色)、サズーへと持ち替えて、リンドレー・ワールドを繰り広げる。
 「さぁ、お待ちかねレゲエ・タイムだぜ」と、「Jah Reggae」をキメ、その後は「ロックンロールぢゃぁ〜」とお馴染みの「Bon Temps Roulle」(オリジナルはクリフトン・シェニエ)になだれ込む。
 寸又峡の大自然に感化されてか、とてつもなくリラックスした、そしてたまらなく熱い演奏だった。
 ライブを観る、パフォーマンスを演じるアーティストを見るのではなく、オーディエンスと共にライブそのものを体験する、こんな当たり前の事をしばし忘れていたような気がする。
 こんな素敵なバイブレーションは、10年ぶりか。
 「スマタの山では、みんなHI」この言葉は嘘じゃなかった。
text by 小川真一AboutME!
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[B E A T E R 's E Y E]