【解説】
「ちょっとタイム」などと言って中断するのは、米語の場合だとこのアルバム・タイトルのように「タイム・アウト」になるのですが、この言葉はジャズの世界においては2拍子、4拍子以外の変拍子の意味でもあります。
さて、ついに出ました。チョー有名盤です。いや、このアルバム自体はさほど有名では無いかもしれません。がしかし3曲目に収録されたアルト・サックスのポール・デスモンド作曲の「テイク5」は全世界で大ヒットを飛ばしましたので、少なくともこの曲に関してはチョー有名と言って良いと思います。
日本でももちろん大ヒットとなりましたし、その後もTVや映画など機会ある度に何度も使われたりしましたので、あまりジャズを知らない人でも一度はこのメロディを耳にしていることと思います。
そんなシングル大ヒット曲を含むこのアルバム「タイム・アウト」を聴いてみようと思います。
-----二人の略歴-----
Dave Brubeck:1920年12月6日カリフォルニア生まれ。母親がピアニストだったために早くから楽器を手掛け、13才頃からはデキシーやスィングバンドなどでも演奏していた。大学時代は作曲を学び、後にシェーンベルクにも師事する。
Paul Desmond:1924年11月25日同じくカリフォルニア生まれ。
二人は軍隊に就役していた44年に出会い、セッションを経験する。その時の回想をデスモンドは「僕達はまずBbのブルースから始めたが、デイブが初めに弾いたのはGメジャーだった。僕はまだポリ・トーナリティなんか知らなかったので、まったく彼は気が狂っているとしか思えなかった」と述べています。
この回想からも分かるように初期の二人の演奏、特にブルーベックの演奏はかなり実験的試みを含んだものであったそうですが、46年以降のファンタジーでの録音は全てブルーベックが原盤権を持っているためにあまりお目に掛かることが少ないようです。
それらの内、「JAZZ at Oberlin」というライブアルバムは学生ファンの人気となり、トップの売上げを記録したということです。またそれが元でその年のダウン・ビート誌の人気コンボの一位にもなったそうです。(1953年)
彼等の人気が学生や白人インテリ層から、次第に一般大衆へと広まっていくにつれて、ブルーベックの前衛的な実験的試みは蔭を潜め、むしろ耳障りの良いポピュラーなものへと変化していきました。
そしてこのアルバム収録曲「テイク・ファイブ」ではついに世界的な大ヒットを記録するに至ります。
1. "Blue Rondo A La Turk"
"トルコ風ブルーロンド"という曲です。トルコ風というのはトルコの民族リズムである9拍子を使っているからだそうですが、この9拍子というのは通常の3−3−3のリズムではなく2−2−2−3という構造を持っています。
そして曲はクラシックのロンド形式を踏襲して書かれています。リズムは先ほどの2−2−2−3から3−3−3を挟んだ大変スリリングなものとなっています。
アドリブソロはポール・デスモンドのアルトからですが、最初の1コーラスはジャズの4ビートが2小節、トルコ風9ビートが2小節という大変面白い構成のブルースとなっています。
|4|4|9|9|4|4|9|9|4|4|9|9|という構成ですが、それでもソロコーラス全体はブルースフォーマットを採用しているのが面白いですね。
続くソロの2コーラス目からは通常の4ビートブルースですが、最初にリズム的な緊張感を強いられたからか、ジャズ特有のダルな感じがより一層強調されて感じ、心地よいです。
デスモンドのソロはご存じのように大変歯切れの良い明解でウォームなサウンドで、無駄な音遣いの少ない、いわゆるウェスト・コーストの気分を満喫させてくれます。またソロを注意深く聴いてみると、意外にダイナミックで情熱的なフィーリングも兼ね備えていることが分かると思います。
デスモンドは1924年生まれですが、27年生まれで3歳年下の同じくウェスト・コースターであるリー・コニッツに影響を受けているそうです。
続くソロはブルーベックのピアノで、シングル・ノートからブロック・コードによるソロが中心となります。
再びデスモンドが入り4拍子−9拍子のミックスされたコーラスを挟みテーマに戻ります。
2. "Strange Meadow Lark"
「Meadow Lark」というのは鳥の名前で「まきばどり」という種類だそうです。
ピアノのルバート(リズムを伴わない演奏)で、素朴なフォークソングのようなメロディをモチーフにしたテーマが演奏されます。これは英文ライナーを読むまで気が付かなかったんですが、このルバートにおけるテーマ演奏でも3拍子と4拍子を交互に演奏されています。なるほど確かに「Time Out」の名に恥じない内容なのですね。
そしてドラムとベースが入り、曲はインテンポ(一定のリズムで演奏される)になりますと、ささやくようなアルトサックスの音色がソロを始めます。
とても良く響いた音色ですね。軽く吹いているのですが素晴らしい鳴りを聴かせてくれます。ここでの伴奏は2ビートを基本としているのですが、ブルーベックが時おり見せる1拍半のタイミングでのバッキングや、ユージン・ライトの3拍ラインを強調したようなベース・ラインの効果もあって、通常の2ビート、あるいは4ビートのようにはなっていないです。
3. "Take Five"
もう何の解説も必要ないですよね。というくらい有名な曲です。
ジョー・モレロが5拍子のリズムで先導するとブルーベックが、あの独特の5拍子のバッキング・パターンを弾き始めます。ここでの5拍子とは3+2という構造ですね。すぐにベースのユージン・ライトが加わり、やがてデスモンドの美しい音色でテーマが演奏されます。
このテーマ部分ですがメロディが美しいだけでなく、前述したようにピアノのバッキングは3+2でありながら、ベースはその2から始まる3拍を利用するというトリッキーな構造になっています。
ピアノ ・・・+・・、・・・+・・、・・・+・・、〜
ベース ・・ ・ ・・ ・ ・・ ・〜
良く計算されていますねえ。彼等のグループが学生や白人インテリ層に真っ先に支持されたというのもなんだか良く分かる気がします。
ここでのソロはワンコードのままで、コーラスのサイズも自由といったようです。先発デスモンドの後はドラムスのジョー・モレロが上記のピアノとベースが織り為す5拍子のリズムパターンに乗って変拍子のドラムソロを聴かせます。
変拍子ドラムソロというとすぐに思い浮かべるのはマックス・ローチですが、ここでのジョー・モレロもクールでスリリングなソロを聴かせてくれます。ブルーベック・カルテットをスィンギィにした立役者でしょうね。
ところでこの録音ですが、デスモンドのソロのあと、モレロのドラムソロの直前のところで録音レベルが一気に変わるように思うのですが、これってひょっとしたら録音時にはピアノソロも入っていたのが、レコードとして編集する時にカットされたという事はないのでしょうか?
いやしかし、いつ聴いても素晴らしい曲ですねえ。90年代に入ってからもXLというグループが16ビートのファンク仕上げでこの曲を取り上げていますね。ラップやドラムの音色がいかにもこの時期らしいといった流行りものですが。
4. "Three to Get Ready"
彼等がいかに良く変拍子に馴染んでいたかが分かるといったような曲です。この曲は一見大変シンプルな感じで始まります。ところがデスモンドがメロディを吹き始めると、おや! 単なるワルツではないな、というのがはっきりしてきます。
それもその筈で、この曲はワルツが2小節+4ビート2小節というリズムなのです。サウンド的にはシンプルなのですが、なにしろこのリズムですから、特に後ろの4拍子2小節はついワルツのタイムで行こうとしてしまい、実にトリッキーな効果を出しています。
ここでの聴き処はなんといってもブラシでこの複雑なリズムをスィンギィに盛り上げるジョー・モレロのドラムではないでしょうか。一見はっきりとふたつのリズムに分かれてしまいそうなこの曲を、実になめらかにスィンギィにドラミングしています。見事です。
デスモンドもなめらかに歌っていきますが、この曲で見せるブルーベックのソロラインの出来はなかなかの優れものですね。前半の、伝統的なジャズとはちょっと違ったようなバロック風のシングル・ラインから次第に盛り上り、後半は彼お得意のブロックコードによるソロとなりますが、この辺りになるとアーシーな熱気も帯びてきていてまさしくジャズであるといった感じです。
しかし3+3+4+4は分かりにくいですね。まだ3+3+3+3+2と感じた方が演りやすそうだ。あれ? ソリストはそう感じて演ってるのかも? あなたはどっち?
5. "Kathy's Waltz"
ブルーベックの愛娘の名前を付けた、この大変可愛らしいメロディを持つ曲ですが、ワルツというのに4ビートで始まります。
最初のブルーベックによるテーマ部分が4ビート(ベースは2ビート)で演奏された後、デスモンドが入ってくるところからワルツのビートに変わります。しかしこれが「Time Out」というアルバムの名前の通り、やがて通常のワルツでは無いことがはっきりしてきます。
このデスモンドがソロを取っているバックのリズムはワルツなのですが、ユージン・ライトのベースは各小節の最初の1拍しか弾きません。
続くブルーベックのソロですが、後半になって彼はこのベースを2拍子に感じて、4つノリの演奏を展開します。ドラムはブラッシュで3拍子をキープしてる訳ですから、まさにポリリズムになっている演奏で、これらはとてもクールに繰り広げられるのですが彼等の確かなリズムセンスとテクニックを感じさせる素晴らしい演奏です。
ピアノソロ後半部分
(1 2 3 1 2 3 1 2 3 1 2 3 1 2 3 1 2 3 )
ドラム:・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ベース:・ ・ ・ ・ ・ ・
ピアノ:1 2 3 4 1 2 3 4 1 2 3 4
曲のメロディはまるでディズニーのもののようにシンプルで美しいものですが、こういったスリリングな仕掛けを用意することによって、実にスマートでシャープな印象を残してくれます。
6. "Everybody's Jumpin'"
さてこうなると続くこの曲もどこがtime outなのかという興味が出てきますが、これはあっけないほどの普通の4ビートに聴こえます。
ですが、ブルーベックのバッキングを聴いていると6拍子部分から始まり、3連符での強打、そして曲の後ろ辺りではヴァンプのように6つの音符でバンドのリズム自体を2拍3連で揺らしています。
あまりジャズらしいメロディではなくて、このタイトルのようにむしろヒット曲風ではありますが、ここでもジョー・モレロが見せるブラシ・ワークのドラミングは素晴らしいです。
14小節ほどの短いドラムソロも入りますが、ブラシでちゃんと歌っているのが印象的です。ドラムではありますがまるでメロディがあるようなソロに聴こえます。
7. "Pick Up Sticks"
さてこのアルバム最後の曲ですが、これもやはり変拍子の曲になっています。6拍子ですが6(拍子)/8(分音符)ではなく、4分音符による6拍子なので、大変モーダルでブルージーな雰囲気が出ています。
デスモンドのソロを聴いているとブルースを下敷にしているのかな?とも思いましたが、どうもそういう訳ではなくてワンコードのようです。その為かモーダルなフィーリングが強く出て、また楽曲としてのメロディもはっきりしていないので、フェードアウトで終りとなります。
ベースがひたすらBb-D-Eb-E-F-Bという6つの音を繰り返すだけなのですが、このパターンのおかげで通常良くあるような3+3とか4+2の6拍子にはなっていません。セッションぽいと言いますか、あるいは試みに演ってみたという印象を残しますね。
-----おわりに-----
このアルバムは決して甘口のヒット狙いといったものには留まりません。クールでタイトな変拍子は良く練られた構想と、確かな演奏技術ゆえに洒落た印象を残せるほどにまで仕上がっています。
特にポール・デスモンドのアルトの音などは、一見、いや一聴では甘いBGMのように感じることも多いですが、今回ヘッドフォンでじっくり聴いてみますと、なかなかどーして、パワフルというか非常に良く楽器を鳴らし切った上での軽い滑らかさといった種類のものであることが良く分かりました。ダイナミクスなどは相当大きいと思います。
またジョー・モレロの非常にシャープでなおかつスィンギィなリズム・センスにも脱帽です。改めてこのアルバムの音楽作品的価値を見直し出来たことを嬉しく思っています。 |