JAZZ PICKUP!
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Carmen McRae
カーメン・マックレー『at The Great American Music Hall』
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Carmen McRae  『at The Great American Music Hall』 BlueNote LWB-709
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Recording Data:June 15,16,17, 1976
at the Great American Music Hall,San Francisco
Personnel :
Carmen McRae (vocal, piano)
Marshall Otwell (piano)
Ed Bennett (bass)
Joey Baron (drums)
Dizzy Gillespie (trumpet)
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Songs
Side A:
Them There Eyes (1:52)
Paint Your Pretty Picture (6:07)
On Green Dolphin Street (3:09)
A Song For You (4:35)
On A Clear Day (4:26)

Side B:
Miss Otis Regrets (5:39)
Too Close Comfort (3:13)
Old Folks (4:38)
Time After Time (2:43)
I'm Always Drunk In San Francisco (3:47)

Side C:
Don't Misundestand (3:31)
A Beautiful Friendship (3:52)
Star Eyes (2:47)
DINDI (4:22)
Never Let Me Go (3:13)

Side D:
T'ain't Nobody's Bizness (4:58)
Only Women Bleed (4:07)
No More Blues (3:57)
The Folks Who Live On The Hill (5:04)
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【解説】

-----史上最強のライブアルバム-----

「ブルーノートのカーメン・マクレエ」。カーメンの代表作と言えば、誰もが口を揃えたようにキャップの「ブック・オブ・バラード」、アトランティックの「グレート・アメリカン・ソングブック」あたりを挙げます。もちろんそれらは、文句無しに良くできたアルバムだけどそれらに勝るとも劣らない、いや、確実に勝っちゃうのが、今回取り上げる、2枚組みのライブアルバムです。

カーメンの歌芸が頂点に達した瞬間を捉えたと言っても過言ではない、史上最強のジャズボーカルアルバム。まだ聴いてない人は、この機会に、是非!

-----「Book of Ballad」との出会い-----

ちょうど、僕がジャズを聴き始めた頃にこのアルバムが出たのかな。まだミュージシャンの名前もろくに知らずに、FMのジャズ番組を聴いてたんですね。ボーカル特集かなんかで、サラ・ボーンとカーメンのライブがかかったんですけど、もともとどっちがどっちかわからない上にサラが「まいねーむいずかーめんまくれえ」なんて自己紹介するもんだから、わけわかんなくなっちゃいました。多分その時流れたのは、サラの「ライブ・イン・ジャパン」とカーメンのこのアルバムだったと思います。

でも、その時は、わけわからないまま終わってしまったので、肝心の歌のほうはほとんど憶えてなくて、なんとなくサラよりカーメンのほうが、小難しいような印象だけが残りました。これが僕のカーメン初体験。それから数ヶ月。

またFMを聴いてたんですが、確か年末に近かったと思います。男女のシンガーを交互にかける、「ジャズボーカル紅白歌合戦」てな企画でした。この時のテープは長い間、愛聴していたんですが、クレジットを控えていなかったので、大半の曲は誰が歌ってるのかわからないままでした。その中にカーメンの歌う「サンフランシスコに酔いしれて」があったんです。

もう、一発ノックアウト。もう鳥肌もので、曲が終わったときには思考停止状態になってました。それでも、最初の出会いが尾を引いて、なかなかレコードを買うところにいたらないんですねえ。紆余曲折の末、意を決して手に入れた、この2枚組みライブ。当時の僕にとっては、2枚組みのジャズのレコードを聴きとおすのは、とてつもなく大変なことのように思えましたが、聴いてみたらこれがもう大変。何度も何度も聴き直しました。何度聴いても感動は薄れず、それ以来僕にとっての、史上最高のボーカルアルバムとして、光り輝いているのです。

-----ブルーノート時代-----

カーメンの代表作と言えば、決まってアトランティックの「グレート・アメリカン・ソングブック」。同じ2枚組みで名前も似てるのに、この扱いの違いどうでしょう。カーメンのブルーノート時代ってほとんど話題に上ることが無いんですよね。スタジオ録音の2枚のアルバムも、とってもいいのに。昔読んだ本では、「スタンダードをあまり歌わなくなって云々」てな事を書いてましたがなんて了見の狭いことをおっしゃるんでございましょう。カーメンの選曲のセンスの良さを知っていれば、彼女が取り上げる歌の出自がどこに有ろうとどうだっていいことなんだけどなぁ。

アトランティックの頃からの歌唱スタイルが頂点を極め、最高の伴奏者マーシャル・オトウェルを得て、まさにバリバリ絶好調のカーメンがここにいます。後年は円熟したとはいえ声の衰えは隠せなかったことを考えると、本当に最高のカーメン・マクレエを体験できるのがこのアルバム。ブルーノートというメジャーなレーベルに有りながら、長い間、再発もされず、冷遇されてきたけれど、今はCDで聴くことができます。ね、いっしょに聴きましょ。

1.ゼム・ゼア・アイズ
「ようこそ紳士淑女の皆様。グレート・アメリカンミュージックオールが自信を持ってお贈りします。ブルーノートのレコーディングアーティスト、ミス・カーメン・マクレエ。」ホールのMCと拍手に迎えられて、1曲目「ゼム・ゼア・アイズ」が始まります。ビリー・ホリデイが良く歌っていた曲で、どちらかというと軽くコミカルなイメージの曲なんですが、ここでは、早めのテンポでハードな仕上げ。

エド・ベネットのウォーキング・ベースに乗って、ぐいぐいと押してくるスイング感が、有無を言わせずカーメンの世界に引きずり込んでくれます。ピアノとドラムがだんだんと加わってきて2コーラス目のピアノソロで、徐々に盛り上げて、最後の半コーラスは、一気に爆発。ストップタイムを使って変化も付けながら、一気にエンディングへなだれ込んでいくところなんざ、見事な横綱相撲を見せてもらったような爽快さ。「お見事!」

2.ペイント・ユア・プリティー・ピクチャー
ソウル系シンガーソングライター、ビル・ウィザースの曲。「消え行く太陽」で知られるビル・ウィザースですが、ジャズ関係だとクルセイダースの「ソウルシャドウズ」を歌っていた人といえば、ご存知かもしれません。

全曲から一転して、静かで力強いバラード。「君が必要とするときに、僕はそばにいて、一緒に座って泣き、話をして、そして、歌で君の素敵な絵を描こう」そんな内容の歌を、カーメンは一言ひとことを語り掛けるように、歌っていきます。

教会で牧師の説教を聴いているような気分になるのは、曲調やアレンジのせいだけではなく、カーメンの語りとも歌唱とも言える独自のスタイルのせいでしょう。果たして、彼女はメロディーを歌っているのだろうか?

3.グリーン・ドルフィン・ストリート
おなじみの曲です。ボーカルでこの曲は、あまり聴いたことが無いんですが、ジョー・ウィリアムスのライブ盤でのド迫力バージョンが印象に残っています。

ぐっと抑えた、スロウ・ミディアムテンポで、前半1コーラスはほぼオリジナルのメロディーそのまま。とはいえ、言葉のちょっとしたタイミングやアクセント、引き延ばし方で、ただメロディーをなぞるのでもなく、メロディーを崩すのでもない、カーメンならではの歌唱法が冴えています。続くピアノソロも聞きごたえ充分。

各楽器を順番に相手にしながらのエンディング。軽く終わったと思わせておいて、間を置いて更に締めくくるところも気が利いてますです。

4.ア・ソング・フォー・ユー
レオン・ラッセル作の名曲。ラッセル自身やカーペンターズの歌で知られていますが、カーメンはダニー・ハザウェイから教わったと、「グレートアメリカンソングブック」の中で言っています。

このアルバム全体に薄く漂っている、おそらくピアノのマーシャル・オトウェルによるところが大きいと思われる、ソウル〜ゴスペル・タッチの雰囲気は、ダニー・ハサウェイという名前とどこかで通じているような気がしないでも有りません。

アトランティックの「グレート・アメリカン・ソング・ブック」でも、この曲を歌っていました。同じライブ盤で、バックも同じ構成、編曲も基本的に同じ。聞き比べるには最適の素材ですね。

かたや、ウェストコーストのベテラン、ジミー・ロウルズをバックに歌う名盤の誉れ高き録音。5年後に、さほど有名でもないピアニスト、マーシャル・オトウェルをバックに従えた録音。

もう、どう聴いても後者に軍配を上げざるを得ません。そして、良し悪しよりも、すでに大歌手であったカーメンが、この間に成長しつづけていたことに感動すら覚えてしまいます。

5.オン・ア・クリア・デイ
1965年の同名ミュージカルのために書かれた曲。バートン・レイン作詞、あらん・J・ラーナー作曲。このミュージカルって、バーブラ・ストライサンド主演で映画化されてましたっけ。

この曲では、ディジー・ガレスピーが参加します。実は、前の曲「ア・ソング・フォー・ユー」の途中で、舞台裏からトランペットの音が聞こえてくるんです。聴衆がそれに反応してどっと沸いたりするんですよね。普通なら、没テイクになりかねない状況なんでしょうけど、妙な臨場感が有っておもしろいです。よく採用したなぁ。

そんでもって、この曲で正式に御大登場となるわけです。どちらかと言えば、ゆったりとしたテンポで滑らかに歌われることが多いように思うんですが、ここではくっきりとしたベースラインに乗った、重心の低いスイング感たっぷりに歌っていきます。メロディーをスイングさせるというよりも、言葉をスイングさせていく、カーメンならではの表現。

1コーラス目の最後のフレーズ「You can see forevermore」を「You can see John Burks Gilespie」と言い換えて、トランペットソロに引き継ぐところも、なんとも憎いやり方です。

このアルバムを聴いた頃はまだ、ガレスピーなんて名前しか知らなくて、「パーカーとやってた昔の人」くらいの認識しかなかったんですが、この曲に限らず、ここでのプレイは、とてもそんなベテランがやっているとは思えない、新鮮なものでした。もう、目から鱗.....。そうして最後は、カーメンとガレスピーのデュエット状態。単なるオブリガートではない、丁々発止が聴けます。

6.ミス・オーチス・リグレット
コール・ポーター作。この曲の紹介には決まって、「ポーターの作品の中でも数少ない、ミュージカルのためでなく単独の歌曲として作られた云々」ということが書かれています。でもねぇ、変な曲でしょう、これって。ミュージカルの曲ならストーリーに応じて、どんなシチュエーションが出てきても不思議はないけど、一体全体どんなきっかけでこんな曲が生まれたのか、どなたか知りません?

「ミス・オーチスは、本日昼食をごいっしょできなくて残念がっていました。マダム。」そんな出だしで語られる、ミス・オーチスの物語。恋人を殺して、牢につながれ、吊るされる女の悲劇。最後の瞬間に顔を上げて泣いたと伝えるのはどこの誰? マダムと呼ばれる女性の正体は? 殺される女の最後の伝言が、なぜに昼食の失礼を詫びる言葉っだたのか?

不思議な曲です。そして、こんな曲がポーターの代表曲の中に必ず取り上げられるほど有名で、多くの歌手が取り上げるのは何故?この曲の扱い方は、主に二通り有って、「感情を込めて悲劇を語る」「感情を抜きにしてあえて平坦に歌う」パターンが有ります。

後者のパターンだと「レッド・ホット+ブルー」というアルバムの中のポーグスのバージョンが面白いです。事情も知らずに、ただ頼まれて伝言を伝えにきただけの従者のようで、とんでもないことを淡々と語って、小遣いもらって帰っていくような雰囲気が、かえって面白かったりします。

カーメンは、前者パターンですが、全体に抑えた調子の中に、時折、感情の高まりを抑え切れないように、シャウトしたり声を震わせたりすることで、ドラマチックな効果を上げています。ピアノだけをバックに、静かに始まり徐々に熱を帯びてくる様は、見事。ガレスピーのサポートがまた心憎いばかりで、白黒の古い映画を見ているような気分がしてきます。夏のじっとりと湿った重い空気感のようなものを感じさせます。

7.トゥー・クロース・フォー・コンフォート
ミュージカル「ミスター・ワンダフル」の中の曲。主演のサミー・デイヴィスJr.の十八番。ローズマリー・クルーニーも得意にしています。

ドラムのブラッシングだけをバックにスタート。あえてフレーズをぶつ切りにすることで、緊張感のある雰囲気を作っておいて、2コーラス目にいきなり倍テンポになって、一気に歌いきったかと思うと、最後の8小節は1/2テンポに落としてぐいっと粘って、最後はこれで御終いとばかりに、一拍ずつバックと一緒にたたみ込んで終わります。

なんだかジェットコースターに乗ったような気分ですねぇ。ガタンガタンと昇っていく緊張感。次の瞬間一気に落下したかと思うと後は猛スピードで駆け回り、急にスピードを落として、最後はガクッガクッとブレーキをかけて止まる。まさに、この演奏の構成そのままです。
終わった瞬間に、なんとも言えない爽快感と開放感があるのは、このジェットコースター効果ではないかと、思っていますです。

8.オールド・フォークス
ケニー・ドーハムの名演で名高い1938年に作られた古い曲です。ミルドレッド・ベイリーによって紹介されたそうです。

カーメンはここまででもっとも落ち着いた雰囲気で通しています。一言ひとことをあいまいにせず、言葉の輪郭がくっきりと際立ってくるところは、カーメンならでは。

歌唱というよりも、語り物に近い感じで、誰もが愛した老人の姿を描いていきます。派手な盛り上がりが有るわけでもないけれども、深い感動を残してくれる名唱だと思います。

9.タイム・アフター・タイム
サミー・カーン/ジュール・スタイン作。映画「ブルックリンの出来事」の中で、シナトラによって歌われました。ゆったりとしたバラードとして歌われることが多いのですが、カーメンは少し早めのテンポで、ダイナミックに歌います。

アドリブでメロディーを崩すというのではなく、こぶしやうなり、強いアクセントや音量の変化などで、うねるような乗りを感じさせます。後半はスキャットも駆使して大胆に展開していきます。

カーメンのスキャットは、他のシンガーと比べてなんだかぎこちないような粗削りなような、個性が有ります。エラやサラのようなテクニカルなスキャットと比べても、フレーズや構成の変化も少なく、あまり得意でないような印象を受けます。実際、あまりスキャットは多用しないのですが、聴いていて気がついたことが有ります。ライブで何曲か聞かせてくれる、弾き語り。その時のピアノ演奏とスキャットがそっくりなんです。彼女のピアノは、古いような新しいような不思議なスタイルのピアノなんですが、なるほど、同じ感覚でスキャットをやっていたのか。納得。

10.サンフランシスコに酔いしれて
アイム・オールウェイズ・ドランク・イン・サン・フランシスコ。
とにもかくにも、この1曲で、僕はカーメンにのめり込むことになったわけで、ちょっと冷静に紹介できそうにないです。

トニー・ベネットの持ち歌でもあるこの曲を、カーメンが最初に録音したのは、アトランティックの「ポートレイト・オブ・カーメン」。1867年の録音です。この時は、ベニー・カーター編曲のオーケストラがバック。彼女のこの曲に対する基本的なアプローチは、この時からほとんど変わっていないようです。ただ、ライブでの歌を聴いた後では、やや平板な印象を受けます。

2度目の録音は翌年、ロスのセンチュリープラザでのライブ録音。ノーマン・シモンズのピアノだけをバックに歌います。基本的な構成は、ブルーノート盤と同じながら、発声や抑揚はソフトでかなり印象が異なります。

そして、1976年。ようやくご当地、サン・フランシスコのグレート・アメリカン・ミュージック・ホールでのライブ録音。そのせいかどうか、わかりませんが、歌い始めるとどっと会場が沸きます。

何やらスリリングなピアノのイントロは、一瞬にしてサンフランシスコの霧深い夜の街角に佇んでいるような気にさせてくれます。カーメンは、言葉一つ一つに、力を込めてグイッグイッと押え込むように歌っていきます。マーシャル・オトウェルのピアノも効果的で、「ハードボイルドな都会の夜」の中に実際にいるような気にさせてくれます。

ここでもカーメンは、まるで語るがごとくに歌いながら、かといってメロディーを崩してしまうわけではなく。歌による表現としては、なんかとんでもないレベルに達しているように思います。何度聴いても、この人が歌を歌っているのかどうか解らなくなるんです。一体全体これはどういう行為なのか?

ごっつい酔っ払いのおばさんのようでもあるが...
まぁ、だまされたと思って一度この曲を聴いてみてください。カーメンが嫌いな人には、一番きつい曲かも知れませんが(^_^)

11.ドント・ミスアンダスタンド
ここからの2曲は、カーメン自身がピアノを弾き、ガレスピーが寄り添います。これって良く考えたらすごいですよね。カーメン・マクレェとディジー・ガレスピーのデュエット。他では聴けない、レアアイテムだぁ。

この曲は映画「Shaft's Big Score」の挿入歌。シャフト・シリーズの中の作品だと思うんですけど。映画のイメージとは、随分違うしっとりとしたバラードです。

ここでは、1コーラスをほとんどストレートに歌っているだけですが、ガレスピーの絶妙のサポートも有って、味わい深い仕上がりになっています。

12.ビューティフル・フレンドシップ
ヘレン・オコネルやジョー・ウィリアムスも歌っている、あまり有名では無い曲。「これは美しい友情の終わり、なんたらかんたらで、結局それは愛の始まり」って、ちょっと気のきいた歌詞の小唄です。

これもピアノはカーメン自身。最初は、少しそっけない雰囲気で歌い出し、何でもない風を装いながら最後の「これは愛の始まり」という部分を効果的に響かせます。後半は、ガレスピーとのデュオと言うに相応しい、ピアノとトランペットの見事な絡みを聴かせてくれます。このフォーマットでアルバム1枚くらい作れたんじゃないかと思うくらい相性抜群です。

13.スター・アイズ
ここから再び、ピアノトリオがバック。コンガを使った、ちょっとユーモラスなラテン風のイントロに続いて、軽い目に歌います。コーラスに入ると、エド・ベネットのウォーキン・ベースがリズムの骨格になっています。後半、ピアノソロの後は、自在なフレージングで大きなうねりを作った後、イントロと同じサウンドに戻って、静かに終わっていきます。

14.ジンジ
アントニオ・カルロス・ジョビンとヴィニシウス・ヂ・モライス作のボサノヴァ。ジンジとは、女性歌手シルビア・テリスのこと。英語の歌詞は、レイ・ギルバート。

カーメンのスタイルや声質は、あまりボサノヴァには向いていません。実際、ボサノヴァのレパートリーも多くは有りませんし、歌うときもいかにもボサノヴァと言うアレンジでは歌っていません。しかし、カーメン自身はブラジルの音楽を好んでいたようでは有ります。

ジンジは、ボサノヴァと言っても、もともとバラードタイプの曲ですが、カーメンは、さらにゆっくりとしたテンポで、重厚なバラードに仕立て上げました。アカペラで始まるバース部分から最後まで、一瞬たりとも緊張感が途切れないすばらしい出来。

15.ネヴァー・レット・ミー・ゴー
ボサノヴァをスローバラードで歌った後、拍手の中一転してアップテンポのラテン風サウンドで始まるのは、スタンダードの「ネヴァー・レット・ミー・ゴー」。こちらは逆にバラードで歌われることの多い曲です。まったく次々と意表を突いたセッティングを繰り出してきてくれるもんです。ここはとにかく、ダイナミックに一気に歌いきります。途中のピアノソロもスピード感にあふれたすばらしい出来。

カーメンはライブでは、バラードタイプの曲の間にアップテンポの短い曲を挟むんですが、アルバムに収録されるといかにもオマケ的で、あまり聞き応えの有るものではありません。しかしこのアルバムではそういった捨て曲が一切有りません。そういうライブだったのか編集のうまさなのかは、わかりませんが、それがこのアルバムを数多いほかのアルバムと違ったものにしている一因だと思います。

16.エイント・ノーバディーズ・ビジネス
あまりブルースを歌わない、カーメンですが、たまに歌うとこれがなかなか良かったりもします。この曲もそうですが、カーメンのこの手のレパートリーって、ビリー・ホリデイ絡みの曲が多いような気がします。今度確かめてみよう。

「ショウが始まって、6曲くらい歌った後に、何を歌っていいか思い付かないときは、ブルースを歌うと間違いないの」とかなんとか、イントロにのったダイアローグで始まります。このあたり、語り物のとしてのブルースとでも言うような展開で、「あたしがどうしようと、あんたの知ったこっちゃ無いわよ」ってなことを、途中ハミングスキャットを挟んだりしながら、豪快に歌います。

「this i the honest truth, so help me」と言って始まる、ハミングスキャットは、鼻歌と言うようなのではなく、言葉を奪われたうめきのような雰囲気。そして、「you put that in your pipe and smoke it」と言って締めると、えらく客がうけたりして、ライブならではの盛り上がりを見せます。この辺のニュアンスが良く分からないのが、辛いところではありますです。

17.オンリー・ウーィメン・ブリード
この曲は、ロック・ミュージシャンのアル・クーパーの曲。こんな曲をレパートリーにしてしまうあたりが、カーメンらしいところ。このライブの一月前にスタジオで録音されたアルバム「キャント・ハイド・ラブ」では、ラリー・カールトンの編曲で歌っています。ちなみに、そのアルバムではビルウィザースやエリック・カルメン、ジェームス・テイラー、ケニー・ランキンらの曲を取り上げてて、こういう所がブルーノート時代のカーメンが軽んじられる要因なんでしょうが、むしろ、それこそがカーメンらしさだということを、あらためて強調しておきたいですね。

スタジオで、ラリー・カールトンやジョー・サンプルをバックに歌った曲をここでピアノトリオで歌います。フォークロックとゴスペルを混ぜたようなサウンドで、前半は押さえ気味に、途中ピアノのインターバルを挟んで、8ビートを強調して盛り上がり、再び静かに終わっていきます。張り詰めた空気に、咳きをすることもはばかられるような、4分間。

18.ノー・モア・ブルース
最初のボサノヴァとして知られる、ジョビン/ヴィニシウス作の「シェガ・ヂ・サウダージ」の英語詞版がこの曲。

「ジャズでボサノヴァ」と言えばお約束の、景気のいいサンバ調。本来のボサノヴァの世界とは、随分と違うものですが、これはこれ、ショウの終盤を飾って、どっと盛り上がるナンバーです。

前へ後ろへと自在にリズムに乗り、グイグイと引っ張っていく様は、圧巻。後半はスキャットで攻めまくり、豪快にエンディングへと持ち込んで、エイヤッとばかりに終わってしまう。思わず立ち上がって拍手!イェ〜〜ィ

19.フォークス・フー・リブ・オン・ザ・ヒル
アルバムの最後を飾るのは、「丘の上の人々」。オスカー・ハマーシュタイン2世とジェローム・カーンの大御所による作品。映画のために書かれたようですが、これもなんだか不思議な題材の曲では有ります。

「オールド・フォークス」でも言えることですが、いわゆるラブソングではない、こういった曲で、ストーリーテラー・カーメンの実力をまざまざと見せ付けてくれます。

Someday... 最初のワンフレーズの説得力。一気に、カーメンの世界に引き込まれてしまいます。とんでもなく技巧的でありながら、すべてが表現として必然性を持っていて、後には感動が残るのみ。最後のワンフレーズを引き延ばし、フッと終わった時に我に返る。緊張感から開放された瞬間、ドッと感動が沸き上がってきて、会場は拍手の嵐。「アンコール!」の声が繰り返される中、ステージは終わるのでした。----んんんん、も一回最初から聴こうっと。

-----では、このへんで-----

というわけで、長々とお付き合いありがとうございました。いい調子で紹介しては見たんですが、最近店頭でこのアルバム見かけなくなったんですよねぇ。ブルーノートの3枚のアルバムは、どれも、魅力たっぷりなんだけど、あまり注目されることも無く、聴きたくても聴けない状態ってのが、残念至極です。

もし、機会が有ったら、是非聴いてみてください。カーメンの歌芸が堪能できますから。あ、そうだ、これ書いとかなきゃ。
ジャケットのデザインが最悪! ダブルジャケットの内面なんて、もう、目も当てられないです。お店で手に取った時、買う気にならなくても仕方が無いじゃないの。デザイン変えて出し直してくれぇ。
text by 《DINO》abotME!
BAR
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