ジャズ・ピックアップ
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『UNDERGROUND』
セロニアス・モンク『アンダーグラウンド』
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Thelonious Monk 『UNDERGROUND』
                       Columbia CS-9632
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Recording Data:Dec,14 or 19,1967/Dec,21,1967/Feb,14 or 24,1968
  Kendun Recorders Inc. Burbank, Calif.
Personnel :Thelonious Monk(piano)
      Charlie Rouse(tenor sax)
      Larry Gales(bass)
      Tommy Williams(bass)
      Ben Railey(drums)
      Jon Hendricks(vocal)
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Tunes Side A:
Thelonious(3:15) (Thelonious Monk)
Ugly Beauty(7:21) (Thelonious Monk)
Raise Four(4:35) (Thelonious Monk)
Boo Boo's Birthday(5:55) (Thelonious Monk)
Easy Street(5:53) (A.R.Jones)
Green Chimneys(8:58) (Thelonious Monk)
In Walked Bud(4:17) (Thelonious Monk)
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【解説】

ジャズの新しい波が押し寄せてきた60年代の後半、セロニアス・モンクが発表した異色作。数あるセロニアスのアルバムの中でも、ジャケットの意匠、収められた作品のうえでも、特異な1枚といってもいいだろう。

ジャズ批評家のエドガード・ブルックスは言う、「セロニアスの作品を異色と言うならば、それは全てのアルバムを示す言葉だ」この言葉の通り、実はこのアルバムこそ、最もモンクらしいアルバムなのだ。セロニアスと共に、いざ地下室へ、無邪気な快楽、音符に忍び込んだ革命、無限に続くモールス信号、、、、、、

1.「セロニアス」Thelonious
このアルバム(『アンダーグラウンド』)の冒頭を飾るのは、自分の名前をタイトルにおりこんだ「セロニアス」。モールス信号のようにシンプルなメロディのテーマ。跳ねるようなベースが、テーマに絡んでいく。どこまでがテーマで、どこからがアドリブ・パートなのか境目の無いような進み具合。独特の下降音が、絶妙のタイミングで挿入される。CDの解説の久保田高司氏はこう書く、「まるで何か重大なことを待っている為に早く結論へ達しようとしているが如く演奏するが、それは決してなげやりの意味ではなく、"次なるもの"への期待を孕んだものだと言えよう。」これは面白い分析だ。この曲は、モンク自身の分身のような曲だ。ピアノに白鍵と黒鍵しか無い事をもどかしく思わせる、モンク独特のタッチ(それも、鍵盤の間を探し求めるような仕草なのだ)。ジャズのリズムに身を委ねるのではなく、その呪縛から逃れるように揺れ動くセロニアスの胎動。

これらを一曲に集約したのが、この「セロニアス」なのだ。自身の迷宮に奥深く入り込んでいく、これこそ地下世界=アンダーグラウンドではないだろうか。

-----『アンダーグラウンド』ジャケット-----

なんとも印象的なジャケットだ。アート・ディレクションは、ジョン・バーグとディック・マンテル。怪しげな地下室に置かれたアップライト・ピアノ。機関銃を肩に煙草をくわえながらピアノに座るモンク。テーブルの上には、手榴弾、拳銃、通信機。壁には、レジスタン時代のドゴールの写真、その上には「仏蘭西万歳」の落書き。よく見ると、ゲシュタボの捕虜までいる。見れば見るほど興味をそそられるジャケットの意匠だ。これが、このアルバムの音楽と見事なマッチングをみせている。数あるモダン・ジャズのジャケットの中でも秀逸な一枚。もちろん、中身も極上なのだが。

2.「アグリー・ビューティ」Ugley Beauty
なんとも諧謔に満ちたタイトルだ。「醜い美しさ」。この曲から、テナー・サックスのチャーリー・ラウズが参加する。曲の始まりを手でまさぐるようなイントロのアルペジオ。テナーとピアノのユニゾンで進んでいくテーマ。両者の微妙なズレが、また何とも不思議なムードを醸し出している、

テーマが終わってからも、モンクとラウズはもつれ合うように絡み合う。テーマ〜アドリブという展開ではなく、主題を様々な視点で組み替えていくような演奏だ。

流麗なラウズのサックスと、朴訥としたモンクのピアノが見事なコントラストを描き出している。チャーリー・ラウズのソロが終わり、セロニアスに移ってもこのフィールは変わらず、淡々と、そしてその裏に沈み込んだ緊張感を静かに保ちながら進んでいく。

3.「レイズ・フォア」Raise Four
特徴のあるテーマ、まるで子猫がじゃれついているような旋律。何度も繰り返しのあるこのテーマ曲、途中でミスタッチのようなフレーズが出てくるが、これもモンクの無意識の作為かもしれない。

セロニアス・モンクならではの語り口。ピアノがまるで言葉を語りかけてくるように聞こえる。よく聞くと、モンクのトレード・マークのひとつ、唸り声も微かに聞こえる。

唐突ともいえるエンディング、アドリブ・パート、全てが絶妙なバランスで構築されている。どの音を省いても崩れてしまいそうな刹那さ、そしてジャズという空間でしか表現の出来ない強さに溢れている。これこそがモンクス・ミュージックなのだ。

4.「ブーブーの誕生日」BOO BOO'S BURTHDAY
こんな愛らしいタイトルの曲があっただろうか。これがまた、何ともセロニアス・モンクらしい曲調なのだ。

ラウズのサックスとモンクのピアノによるユニゾンで、テーマが進められていく。同じメロディを奏でながら、微妙に違うタイム観での二人三脚。先発は、チャーリー・ラウズのサックス。モンクのバッキングが聴きものだ。恐ろしいほどにメロディックなバッキング。リード・バッキングと呼んでもいい(笑)。全てを支配していくような強引なバックアップ・プレイ。これに惑わされずソロを展開するラウズも凄い。

勿論これは、気心の知れあった彼らにとっては、楽しい会話のうちだのだろう。たまらなくスリリングだ。後半、再びラウズのサックスが登場するが、これもソロに割り込むように強引に入り込んでくる。一見、不作法にもみえるが、どこかピンと張りつめたした協調感が漂っている。

5.「イージー・ストリート」EASY STREET
このアルバム唯一のスタンダード曲。アラン・ランキンス・ジョーンズによる、ブルージーな佳曲。ともすれば通俗的になってしまいそうな旋律も、モンクの手に掛かると、どっしりと骨太な色合いを見せてくれる。

鍵盤を音塊を押し込めるようなブロック・コード、自身の行方をまさぐるようなフレーズ、ゆったりとした足取りで曲を進めていく。ラリー・ゲイルズ(ベース)、ベン・ライリー(ドラムス)の、出しゃばらず、それでいて的確にモンクをサポートしていくプレイも光っている。

6.「グリーン・チムニーズ」GREEN CHIMNEYS
1曲目「セロニアス」と同じように、シンプルなモチーフの組み合わせによってテーマが展開していく。同じリフを、オクターブ上げてみたり、5度あげたりと、まるで旋律と遊んでいるようにも聞こえる。

チャーリー・ラウズのソロに入っても、テーマが続いているようなバッキングをみせるセロニアス・モンク。ところがこの、まるで妖術師のようにラウズを陰で操っているモンクのピアノが、突然2コーラスに渡って消えてしまう。

この沈黙の2コーラスがなんとも不気味だ。ピアノの音は聞こえてこないが、モンクの世界から解放されてしまったワケではない。見えない蜘蛛の巣の中で演奏する、サックス、ドラムス、ベースのトリオ。

そして、何事もなかったように再び演奏の輪に加わるセロニアス・モンク。やはりモンクの音楽は濃厚だ。クールな中にも、熱い炎を燃やし続ける。

7.「イン・ウォークト・バド」IN WALKED BUD
セロニアス・モンクのオリジナル曲を、ジョン・ヘンドリックがボーカライズして歌い上げる。ヘンドリックのノン・ビブラートな、ぶっきら棒にも聞こえるボーカルが、JIVEの雰囲気を醸し出している。

スキャットに入ってからもスリリングで、お互いに間合いを計りながら静かな熱狂に突入していく。両者の音(声)がとぎれる瞬間があるが、この時間には、どんなスピリチャルな会話がなされているのだろうか。

モンクの音楽は、沈黙の美学なのだ。音と音との間に流れる時間に、様々な思考が呼び出されてしまう。だれもがいつも饒舌である必要はない。言葉と言葉の間にこそ真実が織り込まれていく。

ともあれ、このアルバムの中で最高にグルーヴィーなのが、このジョン・ヘンドリックをフューチャーしたトラックだ。文句無しに楽しい。

-----もう一度「アンダーグラウンド」-----

このアルバムが制作されたのは、1967年から68年にかけてだ。すでにクロスオーバーという新しい波の押し寄せる気配のする時代だ。モダン・ジャズが、[モダン]という時代の風きり音を響かせなくなり始めた頃、と言い換えてもいい。

ジャズという温床の中で、自己繁殖をしていくのも容易い。新しい音楽を無分別に取り入れていく事も難しい事ではない。そして、自分たちの置かれたジャズという現場に、何かしらの杞憂を持っていたはずだ。この、ジャズという時代の入れ替わりに、セロニアス・モンクの出した答が、『アンダーグラウンド』というアルバムなのだ。

HIPな音楽。これはジャズの代名詞だった。ジャズという音楽の芸術性を高める事よりも、超絶なテクニックを磨き上げる事よりも、何よりもHIPである事、これがジャズの根元的なファースト・プライオリティだったはずだ。

90年代に入ってからのアシッド・ジャズや、ジャズ・グルーヴのムーブメントは、ある意味では<HIPなジャズの復権>でもあった。"踊れるジャズ"これは、卑下した言葉ではない。ジャズという音楽のもっとも密やかで、もっともラジカルな魅力は、この[踊れる]という言葉の中に隠されている。MJQで踊る、セシル・テイラーで踊る、ブッカー・アーヴィンで踊る、これらはすべて正しい。

いやだからこそ、このセロニアス・モンクの『アンダーグラウンド』は、ジャズという枠すら押し切って、普遍的なのだ。ジャズでしか醸し出せない最高のグルーヴを持った、ダンス・ミュージックとして。
text by *久田 頼abotME!
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