ジャズ・ピックアップ
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『For Django』
ジョー・パス 『フォ−・ジャンゴ』
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Joe Pass 『For Django』
                       Pacific Jazz PJST-85
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Recording Data:Oct,1964
Personnel :Joe Pass(guitar)
      John Pisano(guitar)
      Jim Hughart(bass)
      Colin Bailey(drums)
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Tunes Side A:
Django(3:21) (John Lewis)
Rosetta(3:05) (Earl Hines)
Nuages(2:33) (Debussy)
For Django(2:53) (Joe Pass)
Night And Day(3:44) (Cole Porter)
Side B:Fleur D'Ennui(2:55) (Django Reinhardt)
Insensiblement(3:12) (Misrachi)
Cavalerie(4:24) (Django Reinhardt)
Django's Castle(3:46) (Django Reinhardt)
Limehouse Blues(2:14) (Braham-Furber)
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【解説】

ギター界きってのヴァーチュオーゾ、ジョー・パスが大先輩ジャンゴ・ラインハルトに捧げたアルバム。

ジョー・パスはジャンゴのフォロワーとしてでなく、自分なりの解釈でジァンゴズ・ミュージックを再構築していく。チコ・ハミルトン・クィンテットに在籍していたジョン・ピサノによるリズム・ギターのサポートも光っている。

ここで聴くことができるジャズ・ギターならではの美意識というものは、スタイルこそ違うものの、仏蘭西のノエル・アクショテ(最近の超お気に入りギタリスト)や、フィリップ・デシュペへと(精神的に)受け継がれていると思う。

---------- ジョー・パスというギタリスト ----------

まずは、ジョー・パスの簡単なバイオグラフを。1929年にペンシルバニア州ジョンズタウンの生まれ。かなりの早熟で、早くからギターを抱えていたようだ。10代の頃からプロの水に足を染め出したそうだ。
 
この早熟な天才ギタリストにも落とし穴があり、二十歳を少し超えた頃、ドラッグの虜になりサンタモニカの療養所で青春の日々を送る事となる。この期間が、ジョー・パスにとってギターという楽器を本格的に自分の物とする為の時間になったのかもしれない。
 
60年代の初めに、ジャズ・シーンに復帰。バド・シャンクやクレア・フィッシャーといった西海岸のミュージシャン達と交流するようになる。
 
初リーダー・アルバム『サウンド・オブ・シナノン』(シナノン7重奏団)も好評に迎えられ、翌年のダウンビート批評家投票で、新人部門第1位に輝く事になる。ちなみに、バンド名となった「シナノン」は、若き日を過ごした麻薬療養所の名前でもある。
 
1."Django"
冒頭を飾るのはジョン・ルイスが亡きジャンゴに捧げた名曲「Django」。ゆったりと、ジャンゴの顔を思い浮かべるように丁寧にテーマを奏でる。その後のイン・テンポのアドリブ・コーラスでは、まるで大先輩ジャンゴに自らのプレイを見せつけるように、瑞々しく躍動感溢れるフレーズを弾き出していく。

中音部の柔らかな音色を生かしたギター・サウンド。端正なピックさばき、ギターという楽器を見事なまでにコントロールした演奏ぶりだ。

ソロはジョー・パスのみの、まさにギター・クィンテット。ジョン・ピサノの出しゃばらない的確なサイド・プレイが心地よい。

2."Rosetta"
アール・ハインズのペンによる「Rosetta」。このアルバムは、ジャンゴ・ラインハルトに捧げられているのだが、ここでもまだジャンゴ節はあまり見あたらない。むしろ、このメロディの歌い方、引用の仕方等、チャーリー・クリスチャンの影響が見え隠れする。

いや、フォロワーとして模倣するぐらいの事は、ジョー・パスにとって容易い技だ。ジャンゴのイミテーションになるのではなく、ジャンゴの精神をいかに歌い上げるかが、このアルバムの使命なのだ。

それにしても、この軽やかなスィング感は絶品だ。口の中でほんのり広がっていくショコラの感触。舌の上に微かに残るほろ苦さが心地良い。

3."Nuages"
ドビッシーのモチーフを基に、ジャンゴ・ラインハルトがアレンジした佳曲。ジャンゴ自身も非常に気に入った曲のひとつで、ステファン・グラッペリとの共演、モーリス・ミュニエールのクラリネットをフューチャーしたもの、それに無伴奏ソロと、何度も録音している。
 
ジョー・パスのギターは、アルバム中最もジャンゴのスタイルに近い演奏。華麗なカンデツァに始まり、コード・トーンを上手く生かした無伴奏の後、絶妙な間合いでリズムがインしてくる。
 
最終的にジョー・パスが自分のものとしたサウンドは、ジャンゴのそれとは違っていたが、この演奏を聴くと、いかにパスが彼に心頭していたか判る。若き日のパスは、ジャンゴのレコードを手本にしながら、毎日6時間の練習に励んでいたという。

4."For Django"
ジョー・パスのオリジナル曲で、タイトルのようにジャンゴに捧げられたものだ。哀愁のこもったジャズ・ワルツ。細かなニュアンス、単音の微かなビブラートや、フレーズの歌い方、絹のような繊細なタッチなど、まさにジョー・パスがジャンゴ・ラインハルトという大先輩から受け継いだものだ。

後半部に現れる、ジョン・ピサノの絶妙なカウンター・メロディ。ジャンゴとステファン・グラッペリの美しいまでの掛け合いを彷彿とさせる。

5."Night And Day"
言うまでも無く、コール・ポーターの名作中の名作。アドリブから入り、スィング感たっぷりのテーマに移る瞬間は、いつ聴いても興奮させられてしまう。

一音ごとの粒の揃い具合、ダイナミックなソロの構成、モダン・ジャズ・ギタリストとしてのジョー・パスの魅力を遺憾なく発揮した名演奏。
 
破天荒ともいえるエンディングの展開は、実にスリリングだ。これぞ創造の天使が舞い降りた瞬間なのだろう。

6."Fleur D'Ennui"
アナログ・アルバムではB面となる、(6)〜(10)には、ジャンゴ・ラインハルトのペンになる曲が3曲収められている。
 
ラテン・タッチのドラムスから始まる、この「哀愁の花(Fleur D'Ennui)」も、ジャンゴのお得意だった曲。哀愁のこもったテーマが、パスの指先から心地よく弾けていく。テーマで一瞬、オクターブ奏法的なサウンドを聴くことが出来る。かのウェス・モンゴメリーの考案したオクターブ奏法(中間音をミュートしながら指ではじいていく)とは、奏法が違うが、ジャンゴも彼独特のオクターブ音を使ったソロを得意としていた。

7."Insensiblement"
この曲は、ポール・ミラスキの筆によるシャンソン・ナンバー。仏蘭西では、イブ・モンタンなどよって歌われている。これは同じようにシャンソンの名曲をジャズに取り入れたジャンゴ・ライハルトへのオマージュなのだろうか。
 
繊細な歌心をもったジョー・パスの演奏の中でも、ひときわデリケートな表現が光る名演奏。老生したプレイ、と呼びたくなるほど、無駄の無い、それでいて多彩な歌心に満ちた演奏。
 
この1曲をしても、ジョー・パスがいかにテクニック的にも音楽家の表現においても、卓越した腕前を持っていたか、我々に教えてくれる。

8."Cavalerie" & 9."Django's Castle"
共にジャンゴ・ラインハルトのナンバー。モーダルな、マイルスの「So What」を思わせるようなイントロで始まる「カヴァレリー」。このアルバムの中でも、最もモダーンな感覚で演奏される曲。ベーシストのジム・ヒューアートの控えめながら味のあるベースラインが堪能出来る曲でもある。

「ジャンゴの城(Django's Castle)」のセンチメンタルな、哀愁のこもったプレイは、このアルバムの聴きどころのひとつ。中半のコード・ワークを交えたソロは、後年のギター・ソロにも通じるデリケートな感覚を、斬新なハーモニー感を味合わせてくれる。

10."Limehouse Blues"
アルバムの最後に収められたのは、「ライムハウス・ブルース」。唯一のブルース・ナンバーとなるこの曲は、ジョー・パスならではのウォームなブルース感覚に満ち溢れている。少しオールド・スタイルのリズムに乗って弾きまくる姿は、ハーブ・エリスを思い出してしまった。

見事なスィング感覚、見事なテクニック、高揚感が増しても独特の上品さを失わないのが、実にジョー・パスらしい。エレガントなギターという意味でも、やはりジャンゴ・ラインハルトの影響を色濃く感じる。
text by *久田 頼abotME!
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