ジャズ・ピックアップ
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『The Bridge』
ソニー・ロリンズ『橋』
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Sonny Rollins 『The Bridge』 RCA BVCJ-7325
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Recording Data:Jan,30,1962 Feb,13-14,1962
Studio Recording in N.Y.
Personnel :Sonny Rollins (Tenor sax)
       Jim Hall (Guitar)
       Bob Cranshaw (Bass)
       Ben Riley (Drums) or
       H.T.Saunders (Drums) on *
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Tunes Side A:
Without a song (7:27) (Youmans-Rose-Eliscu)
Where are you (5:10)(McHugh-Adamson)
John S. (7:43) (Sonny Rollins)

Side B:
The Bridge(5:58)(Sonny Rollins)
God bless the child(7:28) * (Holiday-Herzog)
You do something to me(6:57) (C.Porter)
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【解説】
これはソニー・ロリンズの二度目の引退期間を終えて中央に復帰した記念すべき作品です。イーストハーレムで絶大な人気を誇る若きテナー奏者だった彼がマイルス・クインテットの一員であったにもかかわらず、一度目の中央からの引退をしたのは、すべて麻薬が原因でした。

因果関係は分かりませんが、マイルスがツアー・メンバーを考えた時も、麻薬関係がもとでロリンズはツアーに参加しませんでした。そして彼は自らの意志で麻薬を絶つために刑務所に入り、そのままシカゴでローカル・ミュージシャンとして時々演奏をするといった日々でした。

シカゴに来ていたローチ=ブラウン・クィンテットのメンバーでもあるハロルド・ランドが急用で出演できなくなり、ロリンズがピンチ・ヒッターに起用されます。そしてローチやブラウンに説得され再びNYでの活躍を再開します。これが54年から55年にかけてのことです。

二度目の引退は59年の9月にプレイボーイ・ジャズフェスの後、突如として訪れます。61年の11月でのクラブ出演までのあいだの約2年間、彼は自分の精神と音楽を見つめなおします。精神は薔薇十字会という宗教組織であったそうです。そして音楽はマンハッタンとブロンクスを結ぶウイリアムバーク橋という所でいつも練習をしていたのだそうです。

このアルバムは本格的に復帰した彼を、RCAレコードが迎えて発表された記念的なアルバムでもあります。そしてタイトルの『橋(The Bridge)』とはもちろん彼が引退生活の間、練習をしていた場所のことでもありますが、bridge の含み的な意味でもある「困難を乗り越える」とか、あるいは文字通りの「橋渡し」的な意味も込められているように感じます。

-----【 薔薇十字会と心の休養】-----

ロリンズが引退の間、自分の精神の基盤とした「薔薇十字会」ですが、ロリンズは最初の復帰のあと、56年頃から二度目の引退までの間に10数枚のアルバムを次々と録音していて、そのあまりの多作についてインタビューに応え「離婚からくる金銭問題解消のために必要だった。」と語っていたそうです。

そして引退の間、精神を休めるためにその薔薇十字会に入会していたということですから、なんだかロリンズの心のありようというか、彼の気持ちの変遷のようなものが想像できるような気がします。

きっと心の依りどころが必要だったのでしょうね。だからという訳かどうかは分かりませんが、そうした経験があったからこそ、復帰後のこの作品で特にバラッドに見せるあの深い"間"が、心や人生までも感じさせてしまうという味わいの深い出来になったんじゃないか?なんて想像してしまいます。

よくシャンソンは人生を(いろいろ)経験した者じゃないと歌えないなんていいますが、そういうことにも繋がることだったんじゃないでしょうか?

素直で繊細でユーモラス? そういう人なのではないかと思わせられるエピソードであると思います。では曲を追って順に感想を書いてみます。

1. "God bless the child"

ビリー・ホリデイでもお馴染みの曲でありますが、ここにおける全員の集中力が生み出すものは素晴らしいですね。

テーマのあと短いソロ、そしてルバート部を挟みインテンポになってから見せる先発ソロのジム・ホールですが、表面上は抑えた、でも内向したというか、とても彼らしさの良く出たソロだと思います。彼のあのウォームなサウンドといい、いかにもギターらしいフレーズといい、きっとこういうスカスカの音空間にこそベストマッチするのでしょうね。

それに続くロリンズのこの歌心はなんと素晴らしいんでしょう。出だしのワンフレーズがこれほどに歌っているとは!もうこう出られた日には、あとは何にも要らない!てな気分になってしまいます。

そして再び絡むようなギターが入りつつエンディング・テーマへと入っていきます。良く伸びたロリンズのテナーの音色。音が途切れた後にまで演奏して、いや、歌っているのがよく分かります。

この録音ではロリンズのサックスのキーがカタカタいう音までしっかり録れています。これは主に前半のテーマ部分を吹く時に顕著に現れていますが、このことが意味するものは全体の音量レベルがグッと抑えられたものであったというの証明だと思います。

そうしたキー音まで録音されてしまうという録音音量レベルにおいて、さらに消えつつある一音を吹くロリンズ、音量としては消えてしまった後もなお吹いている、これはまさに彼の魂の歌そのものであったに違いないと思わせます。入魂の演奏である、と表現したいです。

2. "You do something to me"

古い邦題では"この胸のどこかに"とロマンティックな翻訳がされた、1929年のコール・ポーターの歌曲です。

この演奏ではイントロがお洒落ですね。そして先発ソロはやはりジム・ホール(g)です。というのもロリンズはピアノよりもギターのバッキングを好むように思いますが、そうした時に先にギターにソロを取らせるスタイルが多いようですね。

ところでこのドラムのシンバル・レガートはクセがありますねえ。ええと、ライナーによるとこの曲ではドラムがベン・ライリーですが、彼は白人でしたっけ?と言いますのもなにかそういう違いのようなスィング・フィールを感じたものですから。しかし逆に言えばテーマ部分のブラッシュ・ワークなどではその分の小粋さが良く出てるように思います。

この普通のミディアム・テンポのオーソドックスなコード進行でジム・ホールが奇をてらうことなく、しかし彼独自のフィーリングでソロを歌っていきます。とてもメロディラインを大事にしたソロだと思います。

いったんブレイクした後、短いルバートをはさみ再びロリンズがテーマをフェイクした感じでソロを始めます。やはりテーマ後にいったんジム・ホールに曲を渡したことでもう一度その曲の気分に入るにはこうした「フェイクしつつ再びテーマ」を演らないとその後のソロの展開に結び付きにくいのでしょうね。

その後のソロは前半と後半でちょっと印象が違ってるように感じます。前半はこの時期のロリンズらしい逞しさを兼ね備えたソロで、後半はちょっとリズミカルなフレーズも交えてソロを取っています。

ここでの聴き処は、イントロ〜テーマ部分、ジム・ホールのソロ、(及びジム・ホールのソロ導入部でのわずかなロリンズのカラミ)ではないか?と言ったら叱れますでしょうか。 あるいはこのテーマ部分(とテーマのフェイク部分)を演奏出来たからもうそれでよかったのかも。ロリンズのソロパートそのものは比較的早く醒めちゃった、てな感じがしないでもありません。しかしそのことはこの演奏の出来とは関係なく、ボクの個人的な思い入れはあるものの、素晴らしい演奏だと思います。

-----【茫洋とした、という感想】-----

ハナシは違いますがインパルスに録音された「Alfie」で、ボクはなんでこんなにゴキゲンな曲が映画「Alfie」に採用されなかったんだろう?などと思いながら良く聴いていました。(もっとも採用されたバカラックの"Alfie"も好きでしたが。)

オリバー・ネルソンのオーケストラを従えて豪快に歌う"Alfie"でのロリンズ。いやぁ、好きでした。ですが、このアルバムを聴いてるうちに次第に"What are you doin' the rest of your life"の演奏に惹かれるようになっていきまして、いや、演奏の出来なのか曲そのものの出来なのかは自分でもよく分からないのですが、なんて深い演奏だろうと、彼の吹く音と音の間にある空間にこそロリンズの演奏するバラッドの心髄を見たような気になっていました。

そこで思ったのが、彼お得意のリズミカルなフレーズや、良く言われるモールス信号のような演奏というのは実は全て休符部分、つまりは無音部分に対する意識が強いからではないかいうことです。

コルトレーン的吹きまくりの空間を音で埋め尽くすタイプの演奏も、それはそれで素晴らしいのですが、もしも「味わい」という判断基準で言うなら休符を音符同様に扱おうとする(とボクが感じる)ロリンズの方向に惹かれていってしまうボクが歳を取ったってことなんでしょうか。

さてロリンズが当時のジャズ、それもテナーサックスという楽器を演奏するにあたって語法というか、当時のメインストリームのサックス奏者と比べて、いくぶん異質であるとされた点を考えてみます。

彼は母方の血筋からカリプソ系などを積極的に取り上げたと言われていますが、もしそうであればリズムフィールなどにある種の違いがあって、それが当時の日本のジャズファンからみれば「(ジャズのメインストリームのフィールと比べると)ある種の違和感」とか「何か茫洋として捕らえ所がない」という感想をもたらすことになったりしたのかな?と思います。

しかし今となってみれば、彼の演奏に対して全く異質感を持たなくなったりしてきている・・・というのも、それだけ世界の音楽のフィールみたいなものにボク達が順応してきているから、ということなんじゃないでしょうか? つまりはその「時代が・・」ということですけどね。

3. "Without a song"

オリジナルは1929年といいますから、これもずいぶん古い曲ですね。軽快な2ビートで始まる明るいメジャーの歌物ですが、いかにもロリンズ好みという感じがします。

ソロ先発はロリンズです。ソロの出だしでは短い3拍のフレーズを自分で呼応させていきながら、次第にロング・フレーズへと発展させていくあたり、いかにもロリンズ節ですね。フレーズの切り方などもロリンズ風味が効いていて、この頃のテナー奏者に多くみられるホリゾンタルなフレーズラインとは一味違っています。

ボブ・クランショウのベースソロを挟み、ジム・ホールのギターソロとなります。ここでのジム・ホールはコード・ワークを多用していてあまりシングル・ノートでは歌っていません。ジム・ホールの好む曲調ではないのかも知れませんね。

この曲ではドラムのベン・ライリーは全編ブラッシュですが、これが最近あまりお目に掛かれないタイプというか、いや、実に小気味のいいブラシで、いいですねえ。

ここでもいったんロリンズによるルバート、(あ、この高い音で伸ばしたロリンズの一音はスタン・ゲッツにそっくりです。)でそのルバートを挟み再びインテンポとなってエンディング・テーマを終えます。

----紙と墨の間-----

ロリンズについて「間」という表現を使ってしまっていますが、これはいわゆる無音部分に着目したというよりも、むしろこういう気分です。すなわち、ロリンズのフレージング(有音)には"間(無音)"が大きく作用していて、そこがまた良いなあ、というつもりなんです。

墨がにじんでいく様子でいうと、白い紙とその上にだんだんにじんでいく黒い墨との境目、みたいなところに彼の意識が強くあるのでは?みたいなつもりで書いています。

というのもボク自身が以前(って遥か昔ですけど)は、むしろ墨のたっぷり乗ったところばっかり聴いていたような節があるんですが、いやこれは何もロリンズに限らずですけども、そうした時に何か彼以外の多くのメインストリームを占めるテナー奏者達とはまたリズムというか、リズムのフレージングが違うなあ、なんて感じてたものでして、それがある時、あ、そうか、むしろ休符部分の意識(とでも言えばいいのか)無音部分と有音部分とのコントラストを演出しようとしてるのかな?と思ったらなんだかよく分かった気がしたものですから、今回ロリンズのアルバムを取り上げるにあたって、さかんに"間"という言葉を使ってしまっているようです。

4. "Where are you?"

1936年のやはり歌物でして、シナトラで有名な歌だそうです。(ボクはよく知らないのですが)

これもかなりスローなバラッド演奏ですね。おそらくシナトラの歌よりもスローだと思います。全部で2コーラスの演奏ですが、演奏時間は 5:10 になっていますから相当なスローであることがお分かりいただけると思います。

で、歌詞を見ながらロリンズと共に歌ってみました。うむむむむ

す、すごく\\(;^ゆっくりだ^;)//

ここでのロリンズはほとんどストレートにメロディを吹いていまして、特別フェイクするとかいう意識もあまりなかったように感じます。いや実際歌詞を追いながら歌ってみて気が付いたのですが、ロリンズはこの「君はどこへ行っちゃったんだい? ボクのハッピーエンドは来ないのかい?」てな内容の歌を、それこそ楽器でまさに歌っていたんだと思います。

これは良くフレージングされているといったような時に使われる「歌っている」ではなくて、文字通り「(歌を)歌っていた」んではないか?と感じさせます。

サビ(ブリッジ)部分をジム・ホールに任せ、しっとりと、いやむしろこの歌の内容でもある「落胆した気分」といったものをにじませての演奏です。

2コーラス目はジム・ホールがコーラス半分をソロします。こういう気分でのギターのサウンドはいいですねえ。そしてサビ部分ではロリンズがルバートでメロディを吹きますが、もともとのテンポが非常にゆっくりなのでルバートといってもあまり差がありません。そしてそのまま最後の8小節をテーマ演奏して終ります。

きっとこの歌を歌いたかったのでしょうね。ということはなにかしら歌詞で表されるような気分でもあったということなんでしょうか? テーマ部分をモチーフにして自分のソロを聴かせる、という気分ではなかったことは確かだと受け取れるのですが。

5. "The bridge"

ではアルバムのタイトル曲を聴いてみましょう。これはもちろんロリンズのオリジナル曲で、今までの歌物とは違い意欲的な内容の演奏曲となっています。

いきなりアップテンポでテーマが始まり、そのままロリンズのソロとなります。サビ部分以外での後半4小節がいかにもロリンズらしいユーモラスまたはユニークな動きになっています。サビ部分はどうもアドリブみたいですね。

ここでのロリンズですが、前半やや歯切れは悪いものの後半は彼お得意のディレイさせたフレージングなどを繰り出しアルバムタイトルに恥じない演奏となっています。このテンポであのややモタる印象のノリを仕掛けていくのは流石ですね。

続くジム・ホールもこのテンポにやや手が出ない感じです。速弾き競争するタイプの人ではありませんから無理もありませんが、しかしメロディの選び方というか音の飛び方などはやはり彼らしくて面白いです。

その後そのままベースソロというか、ベースだけがランニングしていますが、最近はアップテンポであっても皆さんリズムを崩したベースソロを取るので、かえってこういうウォーキングだけしているベースソロのパートというのもなんだか新鮮です。

そしてドラムソロを挟みテーマに戻ります。曲そのものは案外簡単に作ったのかも知れませんね。そんな気もします。

6. "Johnビ"

異色という感じのテーマを持つロリンズのオリジナル曲です。これもアップテンポですが、"The bridge"ほどには速くなく、ロリンズも快調にソロを歌っていきます。

テーマを聴いてるだけだとどんな構造の曲かさっぱり分からないので、ロリンズのソロを追いながら聴いてますとAA'BA'形式の曲らしいことは分かりますが、あれ? 合わないな。う〜ん。

あどうも小節数が8-8-8-10のようです。インテンポになったソロ一発目のコーラスでドラムのベン・ライリーがちょうど32小節終ったところでアタマのようなアクセントを入れるもんだから余計混乱しやすいですが、これは彼の勘違いだと思います。

しかしロリンズの歌い方を追って聴いていると、ややはぐらかれそうになります。つまりあのディレイ・リゾルヴってやつですね。ネバるというか、平気で隣りの小節にまで食い込んで歌うというか、あれですが。

しかしそれだけロリンズは自身の言葉で快調に歌っているということだと思います。実際ここでのソロはいかにもロリンズといった雰囲気に溢れています。有名な彼の曲"Airgin"といい、ロリンズは変則小節数がお好きなようですね。

"モールス信号ソロ"も出てきます。いきなり手の込んだフレーズを展開するのではなく、時間とともに気分が熟成するのを待ちながら次第にロリンズ特有のアドリブ世界へと入っていくあたりは、まさに彼の一人舞台を繰り広げているかのようです。

-----ロリンズの作品群と彼の年齢-----

考えてみればロリンズのこの一枚っていうような演奏録音って、その殆どが一度目の復帰から二度目の引退までの間の時期のように思います。

最初の復帰後のロリンズを有名にしたのが56年の「Tenor Madness」コルトレーンと互角に渡りあうといった内容で話題でした。そして世紀の名盤「Saxophone Colossus」がその翌月の録音。あとは、、「Way Out West」なんていうロリンズのカウボーイ姿が見られる面白盤が翌57年。よくとり上げられる「A Night at the Village Vangard」が57年の秋。そして"Tune Up"の入った「Newk's Time」が58年。

その後の引退と再復帰を実現した「The Bridge」が62年ですから、いろんな意味でこちらが期待してるものと、彼が聴かせてくれるものとの間には違いが生じているのかも知れません。

ロリンズは1929年9月7日生まれだそうですから、上記の人気盤を生み出した期間は、彼が26歳から30歳になるまでの間。そして「橋」での再デビューは32歳頃となります。ちなみに、Impulsへの録音が36〜37歳。そして69年、彼が40歳になったあたりから数年間、三度目の引退をします。

73年には渡辺貞夫グループで活躍後渡米した増尾好秋を加えて70年代フィールに合ったステージを心がけたりもしています。

こうして彼の作品群を年齢/時代を通して考えてみると、もっともJAZZらしいというか、メインストリームに沿ったものから次第に彼ならではの、といったあたかも生物の進化枝分かれのようなものを感じさせます。

そういった意味からもこの「The Bridge」はロリンズが彼の音楽をより一歩歩き始めた記念すべき演奏といったら誉めすぎでしょうか。

また彼の数度の引退とその後の復帰期間の作品などを眺めていると、改めてロリンズの音楽に対する真摯な態度や、豪放、豪快といった彼の音楽への評価とは裏腹に、ロリンズの繊細で傷つきやすい側面などを想像させてくる、 と思うのです。
text by たかけんabotME!
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