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<第 1 章>
本 文:えんやら
挿し絵:かつみこういち氏

この物語はフィクションです。登場人物・設定等は架空のもので、
実在のものとは一切関係有りません。

嘘 と 現 実

・・・その日もいつもと変わらぬ一日となるはずだった。
 タイマーにセットされていた局と違うようだが、目覚まし代わりのFMが大きめの音量で部屋中に鳴り響く〜 私は、いつもこうやって起きている。
(おおっ、朝だ。起きねばっ!)
 あれ?部屋が片づいている。というより、部屋の模様替えってしたんだったかな?今や机はパソコン2台とディスプレーに占拠され本来の機能を果たしていない。本棚もソフトの解説書だけで埋まってしまっていたはずだったが、今見ると一切無い。片づけた覚えは無いし、第一片づけても持って行くところがない。
まさか、寝てる間に盗られてしまったのだろうか。れ?でも財布はある。

 あっ、これは・・・見つけたのはシャープのポケコン。メモ書きもノートタイプに入力するようになったのでもう随分使ってないのだが・・・試しにON・・・おっ、動くかぁ、大した物だ。放って置いたのに電池はどうなってんだと感心しつつ 幾つか登録プログラムを動かしてみると、カレンダーの曜日が狂っていた。

「今日は金曜日っと・・・あれっ?」

 曜日のセットでふと目の前に掛かっているカレンダーを見て?となった。なぜって、とうの昔にはずして捨てたはずだったのが掛かってる。掛かっているのは8年も前のものだ。別に絵柄が気に入ってそのまま吊るしておいたものではない。どうせ何かで貰ったやつだし。・・・は、いいとして、そうそう新聞を見りゃいいんだ。朝刊が来ているはずだ。

 信じがたいことだが新聞もTVも見たがやはり。う〜むむ。どうなってんだ?これでは今まで1994年までの夢を見てたということか?それにしてはあまりにもリアル過ぎる。え〜っと昨日の晩は○○○ネットへアクセスしてCGの感想を 書き込んだんだったぞ。ほら、こんなに鮮明に覚えてるぞ。何と言っても昨日の事だから・・・な。しかし、証拠を突き付けられると、だんだん自信なくなってきた・・・

・・・となると何等かの事情で1986年の4月に来てしまったということか。いわゆる「タイム・トリップ」とかいうやつか。あれーっ?「〜スリップ」だったっけ?「〜ストリップ」?違う違う。いずれにしろポケコンは合ってたのか。

 改めて思い起こしてみると当時なら部屋の様子はこんな感じだったかもしれない。確かにパソコンも部屋にまだ無かったはずだし、そんなに散らかってなかった・・・と思う。こっちの記憶はあいまいだが。
 しかし、どうしてこんな事になってしまったのかという疑問に、答えが得られた訳ではない。実際これからどうしたらよいものやら・・・8年分やり直すのか?音楽でも聴きながら考えるか・・・(もし、このまま元に戻らないなら株とかで儲けられるかな?まだバブルの全盛期だ。もうちょっと調べとくんだった。)うーん、だとするとこの辺にあるはずだが・・・と、昔のコレクションの入ったラックを捜す。
しかし、のんきなものだと、自分のこの性格、いい加減さには半ば感心しながらラックから手近にあったCDを1枚取り出した。そういや枚数も減ってるかな・・・とか思いながら・・・だが、偶然手に取ったそれを見てギクリとした。

illust by Kouichi Katsumi
「この娘(コ)は・・・」

 大変だ。こうしてはいられない。なんとか止めなきゃ。これでは家にじっとしているわけにはいかない。とにかく行動することにした。
 列車で向かう途中、記憶の中の自分はこの日何をしていたのだろうか?・・・と、ふと考えた。既に私は当時の自分と明らかに違う行動を取っている。少しずつ自分の知っている過去からずれていっているはずだ。この先どうなることやら。
あ、そういえば眼鏡無しでも車窓から景色がよく見える。当時はまだ視力がそれほど落ちていなかったんだ・・ということは記憶だけなのか、この時間に戻って来たのは。何だか得した感じだ。

 駅を出てから目的地まではそう遠くないと思っていたが、ここは都心である。なぁにぃ?渋滞!?なんとかならんのか!タクシーなんか拾うんじゃなかった。こちらの焦る気持ちを逆なでするように車の動きは緩慢である。
 見覚えのある看板が目に入る。目指すビルはもう目前だ。だが信号が青になっても気ばかりあせって、なかなか進まない。しびれを切らし料金を払うと車を降りた。

 実は、ここから先の事は考えていなかった。とにかく屋上へ先回りして止めないと。時計を見ると12時を指している。先回り出来るかどうかぎりぎりの時間ではないか。といって下で受けとめられるものでもないだろうから・・・等と考えてる場合かぁ!必死で階段を駆け登る。エレベーターが降りて来るのなんて待ってられない。
心臓が口から飛び出るのではないかというような状態になりながらやっとのことで階段を登りきって屋上に出た。記憶というより当時のワイドショーのレポーターの説明だからあてになるかどうか・・・によると看板の隙間から下へ・・・だったかな?何処だ?間に合ってくれ・・・

・・・心ここに在らず・・・といった様子で立っている人影が見えた。あれだ。服装も間違いない。

「待って!」

あれ?のどがカラカラに乾ききって声が出ない。まずい。これでは気付かれないぞ。駆け寄って捕まえるしかなさそうだ。ヘロヘロになりながら近づいてゆく。

彼女を捕まえたと思った瞬間、フッと気が遠くなった。

気がつくと、そこはFMの鳴り響く、パソコンのある自分の部屋だった。

 あれは、夢だったのか・・・それにしてもリアルでフルカラーな夢は久しぶり・・・だったな。うっ、汗びっしょりで、気持ち悪り〜。本当に走ってたのかな。早く起きて着替えなければ、風邪ひいてしまう。と、頭ではそう思っているのだが金縛りにあったように身動きが取れない。あ〜あ、遅刻だぁ・・・結局1時間以上そのままじたばたして過ごしてしまった。

それが夢ではなかった事に気付くのにそう時間はかからなかった。


再  会

 その後しばらくしてどうも体調がすぐれず結局入院することになった。まあ原因不明と言ったって、思い当たる事といえばあの体験がそれにちがいない。それも何も使わず、もしかしたら自分の気力?だけで過去へ・・・ そんな経験者が何人も居たら色々聞けていいだろうが、そんな知り合いいないし・・・おそらくはその反動がこういう形になって出てきたのだろう。確証は無いけどね。貴重な経験は、命と引き換えだったようである。

そんなある日のこと・・・

「お客さんよ。珍しいわね。女性よ。それじゃあね」 おいっ。全くあのナースは一言多い・・・ぶつぶつ。いいながら顔をあげると・・・そこに立っている女の人が誰かは、すぐ分かった。

「こんにちは。お久しぶりです。随分捜しました」
「・・・あ、」思いがけない出会いに最初の言葉が思いつかなかった・・・
「ここへたどり着くまでに10年もかかりました」
(・・・今にも泣き出しそうな顔の彼女)
  「お・お元気そうで・・・なによりです。あ、私にはあの後の記憶が無いんです」
(有るにはあったがそれは彼女の存在しない元の時間のだ)
「貴方があの時、声をかけてくださらなかったら私・・・きっと死んでました」
(声?ハテ??出なかったような・・・まあ、そうだと思うケド・・・)
  「お仕事はどうしたのですか?」
「休んでいるんです。わたし、貴方にお礼がしたいんです」
 そう言って彼女は駆け寄って来るなり私の手をとり
「きっと元気になって下さいね。私、毎日でも来ますから」
そう言い残すと彼女は花を飾り、その日は帰って行った。
 その言葉通りそれから彼女は毎日のようにやって来ては何かと世話をしてくれた。
それは正直いって、とても嬉しかったが、どうやら私の病名は知らないらしい・・・
これ以上は重荷になると思った私は彼女には内緒で部屋を変えてもらい、「元気に退院した」とでも伝えてもらうよう頼んだ。これでいいのさ。
illust by Kouichi Katsumi
花を持ったまま時々振り返り、寂しそうに帰って行く彼女を窓際で見送るのは、少々胸が痛んだ。
これであのひととはお別れだな・・・
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