20130425

-京都の町家
-里山の民家
-宿場と城下

丹波篠山へ行って来た。千年都市と、丹波の里山の姿を見るに、住まいの在り方にしみじみ感じるものがあった。

京都の町家





東山稲荷神社の当たりには、さすがに古い邸宅が並んでいる。「粋な黒塀」をRCに直した家やら、昔ながらの笠木門がそのまま古びた家やら、表情は様々だ。千年以上続く家もあるのだろう。



そうした古くからの邸宅の敷地は、おそらく道路よりも古いのだろう。辺りの地形なりに塀が続き、屋敷と屋敷の間を人間がすり抜ける、という路地もある。こうした路地の中には、千年以上昔からのものも、あるではなかろうか。



鴨川沿いに下ってみる。京都駅が8条なので、じきに洛外へ出てしまう。名神高速の辺りまで下がると、畑なども見える。小川にはゴイサギなど悠々とエサを探している。安全距離みたいなものがあって、写真を撮ろうと近づくと、すーっと100m程先に行っては、またエサを探している。









名神高速をくぐると竹田の里だ。竹田小学校の門前には左右に老木が茂り、注連縄が渡してある。

今はお稲荷さんなどを祀る社の、つまり校門前を清掃している人が居たので聞いてみた。元々小学校が山王権現大宮社の境内に作られた、ということらしい。その後やしろは別の敷地に移ったが、末社の一つが残され、その昔白蛇が住み着いていたという、ご神木が残されたそうだ。

まああたりは周辺住宅街という感じ。古くからの複雑に入り組んだ地検の間を縫う様に路地が続き、裏路地の小家、借家がびっしりと並んでいる。

東京の周辺住宅街も、世界標準からすれば「超高密度」なのだが、これが江戸時代からのものでなく、遥かに古いものだと良く解る。日本には古来「城壁」が無いので、「城内」の計画的住宅地と同じ超高密度住宅地が、洛外へも無計画に拡がって行ったのだろう。





山陰本線の窓から見ても、同じ様な超高密度住宅地が、京都を形作っている。

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