歴史的建築物を昧わってみようと、初日は創業1915年のブッシュホテルに泊まってみることにした。チャイナタウンにある、いかにも年代物というホテルである。ドアを開けると、観光客にとっては場違いな感じで、ロビーにたむろする黒人とフィリピン人らしいアジア人の視線が身体に刺さる。チェックインして鍵をもらおうとすると、カギの保証金10ドル也を預かられてしまった。フロントはフィリピン人のお爺さんである。「館内禁煙」「賭博禁止」等という張り紙が沢山貼ってある。年代物のエレベータでしずしずと3階に上がる。ロビーの物騒な雰囲気とは対照的に、多分長期滞在者中心の「老人ホーム」と化して いるのでは、という雰囲気であった。荷物を置いて西陽の傾いた街に出かけることにした。



最近の様子もほとんど変わっていない。日本語ではチィナタウンと言うのが「国際地区」が正式名称で、戦前の日本人街がこのあたりだ。ブッシュホテルは日本名「武士ホテル」。

手前の交差点を左に上がると戦前は地下に「橋立湯」があったという”Panama Hotel”、永井荷風の頃からやっていそうな「まねき」がある。

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SENTO AT SIXTH AND MAIN


エレベータをおりると、脇に先程と同じ姿勢で壁により掛かっている人がいる。黒人のお年寄りらしい。先程は多分掃除の途中だろう、くらいに思って気にとめなかったのだが、頭にすっぽりとダンボール箱を被ったまま、エレベータ脇の壁に寄掛かって動きもしない。身の丈180センチほどの細身の大男である。多分頭が壊れているのだろう、と考えたのだが、頭に被ったダンボール箱が、「被った」というより身体の一部と化している感じがする。以前民族学博物館の中央アフリカの仮面展で見た「仮面を被ると仮面に人格を支配され、別の人間になる。」という話を思い出してしまった。。



シアトルで最初に開発されたパイオニアスクウエアは歴史的建築物の群体保存地域になっている。


「宇和島屋」という日系の食料品店を覗いてみる。サッポロビールが2ダースだと19ドル95セント、ひと缶約98円である。日本でいつも呑んでいる230円は一体何だろう。

パイオニアスクエア周辺も古い建物を修復し、一部の道路を歩行者専用道路にして昔の雰囲気を醸し出している。そうなると商店もそうした街の雰囲気に合わせた商売の店が自然に集まってくる。道端の食料品店で缶ビールを買って呑みながらぶらつこうと思ったら、て呑みながらぶらつこうと恩ったら、「これこれ、店の中で呑まなくてはいけませんよ。」としかられてしまった。う?ん、ビューテイフル・アメリカというのはこうやって作っているのだな。

地元フットボールチームのファンクラブなども使うというステーキハウス、コスモポリタングリルに行ってみたが、待ち時間2時間だと言われてしまった。こうした格式の店は予約をしないと混んでいてダメらしい。

しかたなく港にある観光客向きのアイヴァーズにした。 10分程で座れた。本来はクラムチャウダーのスタンドなのだが、奥にテーブルもある。「ステーキも食おうや。」と言ったものの、サラダやらサーモンやらクラムチャウダーやら腹に詰め込んだら、道端で変なものをつまんで来たせいか、とても入らなくなったしまった。ちゃんとしたステーキハウスと違い、8オンスのプチカットが無くて、もろにパウンドステーキだ。椅子の上に延びていたら、ボーイが「お包みしましょうか。」と間いてくれるので、食い残しをさげて引き上げることにした。

酒の勢いでタクシーのお兄さんに「おめ?はどっちだ?ブッシュか、クリントンか?」と聞いたら、始めははぐらかしていたのが「ブッシュじゃなけりゃあ誰でもいいよ。」と本音が出て来た。酔っているとチップが10%から15%に上がってしまう。

酔いが醒めると、時差ボケの頭はもう日本時間で活動している。時計を見ると午前3時だ。咽が乾いて、水道の水を呑もうとしたが、変な味だ。きっとブッシュホテルの受水槽は鼠の墓場だろうと諦めて、自動販売機のコーヒーを調達に出かけた。



時差ぼけの頭で窓の外を見る。向かいの店舗併用はその後建て直されて、同じ様にアジア系の店舗の上が住宅になった。武士ホテルの裏は「孫文公園」だ。


夕べの爺さんは体格の良い中年男に替わっている。話してみたらフィリピン人で、元ボクサーだという。さてはこの辺りは元ボクサーでなければ夜番の危ないところか、とぎょっとしてしまった。逆を言えば、何があってもフロントに言えば大丈夫、というのは流石に古いホテルである。

元ボクサーは小遣い稼ぎに貿易をやっているという。「オレは現役時代には日本にも行ったことがあり、日本のプロボクサーでも誰々と誰々とはダチ公だ(わたしゃボクサーの名前は一人も知らない)。是非日本と商売をしたいから、名刺をくれ。」と放してくれない。「持ってないから替わりにあんたの名刺をくれ。」と言ったら、「名刺はないから、これを持っていってくれ。」とホテルのチラシに名前と連絡先を書いてくれた。コーヒーはとっくに無くなっているので、もう一杯自動販売機から出して部屋に戻る。紙コップを良く見ると、トランプのカードが印刷してある。「隠し札は底にあります。」とあってコーヒー(もちろんインスタントである。)を呑みながらポーカーが出来る仕掛けだ。御丁寧にも「お楽しみ用です。賭唯には使わないで下さい。」まで書いてある。「館内博打禁止」の貼り紙もなるほどと思えた。