雨の中、クースベイから120マイルばかり走ってついに州境を越え、カリフォルニアヘ人った。しばらく行くと検問所がある。東名高速程のことはない、浜名湖大橋の料金所程度の建物である。カナダナンバーを見た係官が

「オレンジ、りんごは持っていませんか?」と聞き、

「持ってない。」

と言うと検問終わりである。しばらく走ると道端に「最初の酒屋」という大きな看板。オレゴンもドライステートだったことに始めて気付く。ワシントン州もそうなのだが、普通の店に置いてあるのはビールとワインのみで、蒸留酒を買おうと思うと、えらい手間が掛かるらしい。僕達はスーパーにビールがあるとそれで満足してしま うので、酒屋を見かけなくても気付きもしない。これはひょっとするとビール屋の陰謀かもしれない。

カリフォルニアに入ったと言っても、景色はオレゴンと全く変わらず、101号線はレッドウッド国立公園を走り続ける。公園と言っても規模が違い、本当に楽しもうとしたらかなりの時間が掛かりそうだ。

海の見える道路際に車を停め、人目を避けて用足しをしようとした。車を止めやすいところから少し入ると、結構ゴミを捨てていくヤツがいて、汚い。と思っていたら、ゴミ以上のものも捨ててあった。シカの死体である。良く西部劇などの応接間の飾りに出てくる、頭と毛皮を切り取った首無しのシカの残骸が、ちらかった紙屑と空缶の間にころがしてあった。もちろん密猟で、見つかれば懲役ものである。つい「もったいない、食えばうまそうなのに。」



レッドウッド国立公園で見かけた
シカの密猟の残骸


「レッドウッド不思議の森」という土産物証をあさる。どこの観光地にでもありそうな土産がほとんどで、日本製の瀬戸物の人形もある。地元で作っているという木彫りは高い。ユリーカでガスをいれた。スタンドがセルフサービスに変わっているだけで街の雰囲気はオレゴンと変わるところはない。

次第に辺りが暗くなってくる。暗やみのなかを、ただ南へ、と走り続ける。サンタローザに近づくと、車線が増え、次第に車も多くなって厚木を越した東名の様な雰囲気になってくる。どこへいっても町場の衆の運転は気ぜわしい。時速70マイルの流れにのって夜のゴールデングートを渡ったのは10時過ぎだった。

古風なゴールデングートの取付け道路が、そのまま古風な観光地らしい建物の続くまちなみに吐き出された。さすがにまだどの店も開いている。人並みと渋滞にもまれてゆっくり走ると、北国からの旅人には長髪がものめずらしい。4・5階建の建物の陸屋根にはどれも昔風のせり持ちが付けてある。パトカーがバイクの革ジャンの男に警笛を浴びせると、男も同じように警笛を鳴らし、巧みに車の間を縫って逃げ去る。何だか全てが派手な街だ。

ダウンタウンを抜けて再び101号線に入ると、先ほどと同じく、気違いじみた通勤車の流れが南に向かっている。車線を変更するのも、「えいやっ」と掛け声が必要な雰囲気だ。街を離れ、だいぶ走ると空港のホテル街が見えてきた。

ほんの一時間ほどでずいぶん乱暴になった運転のままハイアットリージェンシーの駐車場に車を突っ込む。午後11時過ぎであった。エントランス、受付廻り、アトリウムと全てが巨大な作りだが、それほどコストの掛かった建物ではなく、宿賃相応だ。


サウスサンフランシスコ、空港脇のホテルから



思い切り大げさで、思い切り安っぽい作り。

受付カウンターに行く。制服をぴしっと着こなし、胸に「スコット」という名札を付けた受付担当は、絵に書いた人種主義者の目つきでこちらを見ている。地元の「白人中流の上」家庭の出来の悪い小僧の典型だ。AAAのリザベーションカードを出すと、それをコンピュータに打ち込みながらえらい早口でぺらぺら喋る。「得体の知れない」アジア人が別料金で、一般客の入れない最上階に部屋を取ったのが我慢できないという表情だ。何をいってるのか全く聞き取れない。2度ほど聞き直して、「客が分からないって言ってんだから、もっとゆっくり、丁寧にしやべれよ、このとんちき。」と胸のうちでつぶやいてカードキーを受け取った。

折角高価なホテルに泊まるのだから、何処か店に入ってナイトキャップをしようとアトリウムに下りた。中央の「ギリシャ風ダイニングテラス」に入ろうとすると、

「申し訳ございません、閉店でございます。」

隣にはメキシコ風の飾り付けをした立ち食いカウンターがある。メニューは場末のそんな店と同じであろう。館内を一周してみると他にはすでに閉まっているイタリア料理屋、コピーとファックスを置いて、店番の女子大生がタイプをしてくれるとでも言うのであろう、「ビジネスセンター」等があるだけで、開いているのはショーケースにフットボール、ホッケーなど、古き良き「白人の」アメリカを象徴するような、いかにも体育会系の飾り付けをしたパブと、さっきのメキシコ立ち食いだけであった。

「これで中華料理があれば安い食い物勢ぞろいだぜ。」

と減らず口をたたきながら立ち食いカウンターに行き、きのこを肴にビールを呑むことにした。そばのテーブルにへばりついた数人の中年ご一行様はすでにかなり出来上がっている。カウンターでは生粋のメキシコ美人が注文を聞いている。カードキーで勘定ができるはずなのだが、やけに面倒くさい。お代わりをしようと思ったら、今度はメキシコ人の少年が来て、彼はカード キーなんぞはなっから受け付けない。

ま、こういう雰囲気の店ではカードなど効かないのが本来だなと思う。ふと気がつくと、カウンターの中に人目を避けてさっきのスコット君が入り、メキシコ美人の手伝いをしている。見かけは立派な高級ホテルだが、建物だけでなく、人件費を極限まで合理化するため、フランス料理など止めてエスニック料理にし、それでもなお足りず、客足が途絶える時間になると、「白人中流の上」の誇りに満ちたスコット君を、こともあろうに「メキシコねいちやん」の下働きに使ってしまおうというのである。これではスコット君も、最上限に泊まろうというアジア人のヘンナヲジサンに八ツ当たりしたくなろうというものだ。

メキシコ立ち食いを切り上げて部屋に帰ったが、眠いようで眠くない、ルームサービスでも、とメニューを調べたら「バーボンのハーフボトル」と書いてある。

「持ってこい。」と言うと、

「しばらくお待ちください。」

とあり、5分ほどすると

「申し訳ございません。フルボトルしかないのですが。」

とのこと、こっちは二人でひと瓶開けるような人種ではない。

「ワインを持ってこい。」

と命ずると、10分程して、さっきメキシコ立ち食いの店番をしていたおねえさんがやってきた。