レデイングから300マイル余りを走り抜けて昼過ぎ、ユージーンに到着した。標識を見ながら行くと、まちなみの道路割りをそのままに縦横数ブロックがオレゴン大学のキャンパスになっている。





先ずは構内の地図をもらおうと、入り口脇の管理棟に行く。おおっ、インフォメーションカウンターにはニットシャツの胸がいかにもアメリカンスタイルに盛り上がった女子大生の可愛い子ちゃんが座っておるではないか。ん、いや、ヲジサン達は単に若さも良いものだと思ったのであるよ。いやに愛想の良いギャルは

「あ、見学ですかあ、だったらこれ車に出しとけば職員駐車場が使えますからあ。」

などといって駐車証をくれた。

「チャールズ・ムーアって人が新しい建物設計をしたんだけど、どの建物か分かる?」

と聞くと、

「え?っ、分かんない、建築科で聞けば分かるかもよお。」

愛想が良いだけで、案内係として優秀なわけではないようだ。

職員用の駐車場に入ろうとすると、管理のおばさんが「だめだめ、」と手を振っている。ギャルにもらった見学者用駐車証を見 せるが、

「今、ここは一杯だから、奥の駐車場を使いなさい。」

と学生用駐車場に追い払われてしまった。おっぱい余り気味、愛想も余り気味のギャルは駐車証を乱発しているらしい。

駐車場に車を入れて、先ずは建築学科を覗いてみることにした。枯れ葉の散るキャンパスには新学期でもあり、学生が溢れている。けっこうアジア系の学生も多い。一人二人では分からないがしばらく見てみると、中国系である様だ。留学生もいるのだろう。

正門周辺には鉄とガラスとコンクリートの建物が多いが、奥にはいるにつれて広大な芝生に老木が茂り、点在する古い建物が見え隠れしている。ムーアの建物らしいのも遠くに見えた。まだ高等教育が一部の人のものであった時代の「領地」と言う感じの悠々としたキャンパスだ。





そこをさっきの愛想専門のギャルに較べて質素な、いかにも学生らしい若者が行き来している。学生生活関連の部門のあるらしい建物に投票所が開設されていて、周囲にはプラカードを持ってうろつくやつ、旅館の客引きよろしく

「投票は済みましたかあ、」

と叫び続けるやつなどが大勢いる。そういえば今日が投祭日であった。昨日と同じく選挙権登録窓口に行き、投票用紙のサンプルをもらう。ていねいに「選挙パンフレット」一つまりは選挙公報もくれた。日本の週刊誌くらいのぶ厚いものだ。



投票項目もマリンカウンテイーより多く、大統領、連邦と州の議員だけでなく、地裁判事2名、控訴判事1名、郡長2名、シェリフ1名、市長9名以下、市町村議員などの公戦が3ページ、州法改正案9件、自治体条例改正案5件が住民投票にかけられている。条例案の最後は「補助金8,074ドルをもってブルー・マッケンジー消防団を新設」する件であった。

税金の使途が出きるかぎり誰にも分かるという民主主義の原則が徹底していることがよく分かる。選挙公報にしてもしかりで、州法改正案など、提案理由は各1ページにまとめられており、所定の手続きをとった各種団体からの賛成意見、反対意見が延々と続いている。

海岸沿でも見かけ、オレゴン大学にもべたべたとビラがはってある「提案9」というのは何かと思ったら、 「性的変態嗜好を持つ人物を州政府が雇用したり、援助施策を取ってはならない」と言うものであった。

右翼系の宗教団体が提案し、PTAなどをオルグしている「ゲイ狙い撃ち法案」らしい。基本的人権に対する侵害だとして宗教団体から労働団体、身障者、生協まで様々な団体が反対している。

「喫煙のような公害を引き起こす悪癖をそのままに、個人の生活様式によって人間を差別する法律が出来れば、ナチよりひどい時代がやってくる」

といった調子。

新聞の交際欄に「女性を求める男性」、「男性を求める女性」、「男性を求める男性」が並んでおり、公園では男同志が抱擁しあうカリフォルニアでは提案さえできないだろう。

「オレゴン経済は破滅してしまう」

と田舎ぶりを嘆くチラシもあった。





建築学科はインターナショナルスタイル華やかなりしころの作りで、蔦がからまって汚くなった建物に入っていた。講義内容、単位の取り方の説明などが、新学期らしく山積みされている。ついでに教室を覗いてみる。4・5人のグループに分かれて積み木を積んでいるので、何だろうと恩ったら、建築史の授業らしかった。講義を受けた各時代のスタイルを積み木で表現し、その特徴を説明しなさい。というものである。なるほどスタイルは言葉ではないのだから、このほうが覚えやすいだろう。学生もわいわい言いながら熱中している。

先に本屋を覗くことにする。建築書は割りと奥の方にあったが、さらに奥の棚には教科書が積まれている。新本と古本が両方ともある。古本は2-3割安く売られている。簡単なリサイクルだが、学生にとっては有り難いだろう。その分、すぐに売りたくなるような本しか書けない先生は、収入も少なくなる仕掛けだ。建築書の棚を男子学生が2、3人うろついているので捕まえる。

「保存建築を利用したまちなみ形成の本は無いかい。」
「あります、あります。今、授業で使ってるやつは本当に良い本だと思う。」
と教科書の棚を探してくれる。が、見当たらない。
 「もう、売れちゃったんだな、きっと。」別のやつに
 「ムーアのデザインはどうだい?」

するとこっちに向き直って姿勢をただし、面接試験のような調子で

「あの建物で最も不適切なことは隣接建物との動線の考え方です。ホール自体は良いのですが、法律学科の学生の動線はホー ルのために逆に非常に分かりにくくなっていると思う。 ‥・」

とおっぱじめた。

「じゃ、デザインはいいから、スタイリングはどうだい。」

と聞くと、途端にくだけた感じになって

「他所じゃ分からないけど、ユージーンじゃ・・・、まあまあってとこかな。」

大きな本屋だけあって、各種統計の棚に例の神宮館式の暦も置いてあった。

外に出て屋台でメキシコ風ヤキトリを食おうとしたら人がいない。仕方なく「長さ1フィート、特大ホットドッグ」にした。たいしてうまくない。ムーアのデザインしたウイラメット・ホールは近代的なスタイルの建物に周りを囲まれている。





さっきの学生が

「他所じゃ分からないけど、ユージーンじゃまあまあ。」

と言ったとおり、近代建築にあったような、作家の作品としての個性を主張するのではなく、周りの環境に溶け込んで、風景の一部となるようなスタイルをしている。オレゴン大学の構内にこれまでに積み重ねられてきた建築の歴史の中から、「いいとこ取り」をしているようにも見える。

暖炉の煙突を模した階段も、その形が持つ「思い出」のようなものを具体化しているのだ。

のんびりしていたので、まだシアトルまでは300マイル近くあるというのに、もうすぐ4時になってしまう。車に乗り込んで先を急ぐことにする。ひたすら走り続け、9時過ぎにシアトルについた。シアトルセンターにあるAAAのすぐ裏に、エコノロッジという名前からして安いモーテルがあり、泊まったことがあるので、そこへ突っ込む。タイ人のおばちゃんが店番をしている。2人部屋で55ドルだと言うので、

「高いっ。」

とひとこと言うと、すぐに 

「じゃあ、10%おまけしておきますわ。」

これはAAAのデイスカウントレートだ。ということはどこでもこの手を使えばよかったのかな。部屋に荷物を担ぎ上げて

「30分で着くから。」

とメトロポリタングリルを予約し、タクシーでダウンタウンに向かった。

ステーキをエールで流し込んでバーでバーボンを頼む。客も、店員も皆テレビの速報に見入っている。モーテルに帰るとおばちゃんもテレビにかじり付いている。

「どうだい。」と開くと、

「クリントンよ。」

と嬉しそうな顔をしている。