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道具学会:第2回研究フォーラム・研究発表梗概集所収(1998年9月19日)


 
旋盤工の道具論
Douguology of the Turner
石田 正治 ISHIDA, Shoji

1.はじめに
 
 旋盤と筆者
 私は、昭和43(1968)年4月から昭和47(1972)年3月まで名古屋のある工作機械メーカーで旋盤工として勤めていた(1)。当時は、数値制御(NC)の工作機械の開発期であった。私の職場は研究試作課で、そこで開発中のNC工作機械の部品を旋盤で加工していた。旋盤といってもいろいろな形式があるが使っていた機械は小型の普通旋盤である。加工能力は直径で約200mm、長さは約400mmが限度の機械であった。試作部門であったために、一般の製品をつくっている生産現場とは異なり加工部品は多種多様であった。おかげでわずか4年間の短い期間であったが、旋盤工が10年〜20年かけて修得するような技と加工方法を知らぬまに会得していた。後に工業高校の機械科の教員になったが、旋盤工としての4年間の経験と技が今も技術教育の中に活きていることを実感するとき、この得難い経験を記録に残しておきたいと思うのである。本稿ではその体験に基づいて旋盤工の使う道具とその考え方について述べる。

2.道具と機械
 「道具とは何か」その定義を巡っては、道具学会創立時から議論されているところで、定義を明確にすべきとの論(2)があり、また道具とそうでないものの区別は無理があるとの論(3)などがなされている。私はそれぞれの論に首背してしまうのであるが、旋盤工の道具を論じるにあたり、道具と機械を明確に区別しておきたい。
 旋盤は機械である。旋盤は一定の位置で工作物を回転させて、バイトと呼ばれる刃物に切り込みと送りを与えて工作物を削り、目的の形状に加工する機械である。旋盤は工作機械の中では最も多く使用されていいて、その種類も多い。単に旋盤という時は普通旋盤を指し、その作業領域は広く、旋盤工は機械工の花形であった。旋盤は工作機械の基本的な機能と構造をもった写真に示すような機械で、主として断面が円形の工作物を加工する機械である。普通旋盤の他に、現在ではNC機械の普及によってあまり使われていないタレット旋盤、倣(なら)い旋盤、正面旋盤、立旋盤などがある。金属を加工するものが一般的で、木工用は木工旋盤と呼ばれる。
 技術の歴史を遡れば、ろくろと呼ばれるものが旋盤の原形のようであるが、ろくろは回転を与えるには人間の足が働いていることをみるとこれは機械ではなく道具であろう。そのろくろも現代のように電動機で回すようになれば、旋盤となり機械になる。人間の力能が直接働いているかどうかによって道具と機械は区別できるのではないかと考える。
 さて、旋盤は機械であるけれどもそれだけでは仕事は全くできない。次に述べるように様々な道具を旋盤工は使いこなす。旋盤という機械そのものの扱いには特に熟練は必要でないが、刃物や測定器などの道具を使うには経験と技が必要になる。道具の存在が経験豊かな旋盤工を熟練工と呼ぶようになっているのではないだろうか。熟練と道具、あるいは技と道具は対になる概念である。


3.旋盤工の道具
 
 バイト(切削工具)を研ぐ
旋盤工の使う道具は、
 (1)刃物類、
 (2)治具(じぐ)、
 (3)測定器、
 (4)付属品、
 (5)一般工具
の5種類に大別できる。以下に、道具の概要と旋盤工として私がそれぞれの道具をどのように捉えていたかについて述べる。

3−1 刃物類
 旋盤加工に使われる刃物には、バイト、ドリル、ローレットなどがあるが、旋盤工にとって重要な刃物はバイトである。バイトは、私が旋盤工であった時代には会社で自ら火造(ひづく)り(鍛造)でバイトを造るようなことはなかったが、先輩の話ではすべて造ったものと聞かされた。町工場では、まだ火造りでバイトを造るような旋盤工も多くいた時代である。バイトは、加工内容によって様々な形状の刃先がつくられる。その用途によって外丸(そとまる)削りの場合は真剣(しんけん)バイトあるいは片刃(かたは)バイト、ねじを切る場合はねじ切りバイト、穴加工するときは穴ぐりバイト、仕上げにはヘール仕上げバイトというようにその種類は多い。
 バイトは、構造上、刃部とシャンク(柄)に分かれ、刃部の材質は高速度鋼(通称ハイスと呼ばれる)と超硬合金に分かれる。火造りでつくるバイトというのは、シャンクを鍛造で造り、高速度鋼のチップをろう付けして刃先を研いだものを指す。火造りでつくるのは大変手間がかかるために標準的なものを購入して使用するのが一般的になり、もっぱら刃先を研ぐのが旋盤工の仕事となった。完成バイトと呼ばれるものは、全体が高速度鋼でこれはろう付けせずにホルダに取り付けて使うバイトである。刃部だけを交換するようにしたものでねじ切りバイトのようなものはこのタイプのものが使われる。
 バイトの研ぎ方は、旋盤工ひとりひとり個性的であり、それぞれ加工内容に合わせて刃先を研ぐ。研ぐときに常に念頭に置いているのは刃物の切れ味である。これは旋盤のバイトに限らず、職人の使う刃物一般について言えることではなかろうか。切れ味のよいバイトをつくるのが大切で、これはよく切れるバイトをつくるという意味ではない。ある部品を旋盤加工する時、旋盤工はそのバイトで加工できる時間をできる限り長くしたいと考える。切れ味が悪いバイトでは、何度もバイトを研ぎ直して旋盤に取り付けて芯だしをするのには時間がかかり、作業能率が悪くなるからである。かみそりのようによく切れるがすぐに切れなくなってしまうのでは仕事にならないのである。バイトをよく切れるようにするには刃先を鋭く研げばよいのであるが、よく切れて長持ちする切れ味のよいバイトにするには経験と技が必要である。同じバイトでも荒削り用と仕上げ用では、切れ味の考え方が違い、荒削り用バイトは出来る限り長持ちするように研ぎ、仕上げバイトは仕上げ面がよくなるようによく切れるように研ぐ。いずれにしても加工部品毎にバイトをつくり、それに最適の加工条件、つまり工作物の回転数とバイトの送り速度を設定するのが旋盤工の仕事である。したがってバイトは旋盤工個人のもので貸借するようなことはなく、このバイトが自由自在に研ぐことができるようになれば一人前の旋盤工である。

 
3−2 治具
 治具(じぐ)の語源は英語のjigで、工作物を固定したり、加工の案内をする道具を治具という。治具は仕事の内容によって工場でつくられるので、バイトや測定器のように標準的なものはない。例えば、数個の穴のあける作業をする場合、あらかじめ既定の位置に穴あけした治具(道具)をつくり、その治具に工作物を合わせて、治具の穴を案内にして穴あけすれば何個製作しても同じものができる。大量生産にはなくてはならない道具が治具である。
 旋盤加工では治具を使う場面は多くはないが、複雑な形状の工作物やつかみどころのない工作物をチャックや面板に固定するのには治具が必要である。よい治具を設計製作するには熟練の経験と技が必要で、治具ができれば熟練工でなくても一定水準の加工ができる。治具は職人自ら使う道具でもあるが、他人が使う道具でもある。


3−3 測定器
 
バイトとともに旋盤工が大切にあつかう道具が測定器である。旋盤の仕事は、芸術品をつくるわけではないので、図面に指示されている寸法に正確に目標の時間内につくることである。工作物をあとどの程度削り取らなければならないのか、工作物の芯(しん)だしができているかどうか、正確な寸法に仕上がっているかどうか、などを確かめるためには人間の感覚ではわからないので測定器が必要である。
 図面に書かれている寸法は基準寸法と呼ばれ、これには公差(こうさ)が付けられている。例えば50mmという寸法が与えられたとして、厳密に50.00………と仕上げることはできないのである範囲、これを寸法公差と呼び、公差内に入るように仕上げれば合格である。公差は製品が要求する精度によって同じ寸法でも異なるが、私の経験では比較的小物部品の加工を担当していたために、最も厳しいもので5ミクロンから10ミクロンといった程度の許容範囲であった。
旋盤工の使う測定器は、寸法の測定用と芯だし用に分かれる。寸法を測るにはノギスやマイクロメータ、パス、スケールが用いられ、穴の内径の測定にはシリンダゲージや内パスを使う。工作物の振れを測定するにはトースカンやダイヤルゲージ、ねじ切りバイトの芯だしにはセンターゲージを使う。さらに、仕上がり寸法を正確に確認するためにねじゲージやプラグゲージも使われる。これらのゲージ類は現場では「モハン(模範)」と呼んでいた。
 さて、文頭に述べたように測定器を大切に扱うとは、具体的には、バイトなどの刃物類と測定器は同じ場所に絶対に置かないというような仕事ぶりにあらわれる。乱暴に投げたりすることも絶対にしない。旋盤工の仕事の中で、熟練の技が必要とされるのはバイトの研削とともにこの測定器の取り扱い方、つまり測定の仕方である。測定が正確にできなければ、図面通り仕上がっているかどうかわからない。ノギスは50ミクロン、マイクロメータは10ミクロンの単位で測定できるが、それ以上の測定になると目盛りの幅を等分して読み取る。このような精密な測定の世界ではわずかな力の入れ具合で測定値が変わってしまうから測定には常に細心の注意を払っている。
 穴の内径を測るのは比較的むずかしいが熟練工は内パスを用いて10ミクロン以内の誤差で測定できると言う。マイクロメータの寸法と比較してわずかな振れ、そのずれを測るのである。
 ところで旋盤工は測定器をなによりも大切に取り扱うがその性能を信頼している訳ではない。常に疑っているといってよい程である。ミクロンのオーダーではわずかなゴミの付着、あるいは温度変化でも変わってしまうから、使う前に基準のゲージに照らし合わせて測定値が正しく表示されているかどうかを確認して使うのが普通である。私はマイクロメータを使うとき、ラチェットを使わずにシンブルの締め具合を指先に伝わる感覚で判断していた。ラチェットのスプリング圧よりも指先の感覚の方が正確で安定していたからである。


3−4 付属品
 機械に付属するものを道具とするのがよいかどうか、これは議論のあるところであろうが、着脱できて仕事内容に応じて使いわける点では、バイトと変わらないのでここでは道具としておく。旋盤の付属品としての道具には、工作物をつかむためのチャック、チャックの代わり使うものとしては回し板と回し金、面板があり、工作物をチャックの反対側で支える道具はセンタである。チャックには丸いものをつかむのに適したスクロールチャック、多角形の工作物をつかむには四つづめ単動チャックがある。長い軸を加工するときは中央部が回転で振れるのを防ぐために振れ止めという道具を使う。センタの代わりにドリルチャックを装着すると穴あけ加工ができる。
私が使っていたチャックで、爪の部分を交換できるものがあった。普通は焼き入れされている爪を使うのであるが、これで工作物をつかむと強い力で締め付けるために爪の傷跡が工作物に残ってしまう。傷跡が残っているようでは、完成品とならないので、このような場合には生爪(なまづめ)を使う。生爪などと言われると知らない人は驚かれるかも知れないが、チャックの生爪は、焼き入れされていない爪のことを指す。機械工は一般に普通の鋼材を熱処理した鋼材に対して「生(なま)」と言う。生爪は、したがって軟らかいのでバイトで削ることができ、工作物の直径に合わせてつかみ部をつくれば、工作物に全く爪跡を付けずに、それも芯がよくでた状態で固定できる。これも工作物ごとにつくるので前述の治具の一種とも言うことができよう。

3−5 一般工具

盤加工で使う一般の工具(道具)には、スパナ、レンチ、木ハンマ、銅ハンマなどがある。普通のハンマを使わないのは相手(工作物や旋盤)に傷をつけないためである。他に、一般工具ではないが油さし、竹ブラシ、バイトの芯高を合わせるのに使う敷金などもよく使う道具である。

4.道具の使い方
 
 竹ブラシを使っての芯だし
 バイトは金属を削るための道具であり、マイクロメータは加工寸法を測定する道具であり、チャックは品物を保持する道具である。それぞれ使い方は決まっていてそれ以外の用途に使うことはないが、道具の中には本来の用途とは全く違う作業に使う道具がある。
 旋盤工の道具のひとつに竹ブラシがある。人間が使う歯ブラシと形も大きさも似ている道具で、消耗品であるのでバイトや測定器のように大切に取り扱うというような道具ではないが、旋盤加工にはなくてはならない重宝な道具である。この竹ブラシは切削加工している時に切削油を切削部に与えたり、品物に付着している削り屑などを取り払う作業に使うのが普通の使い方である。私は、竹ブラシの柄の部分を利用して品物の芯だしに使っている。例えば円板状の厚みが3〜10ミリメートルのような部品をチャックにつかませると当然ながらいくらか傾いてしまう。この時、つかみ具合が熟練の技なのであるが適当な力でつかみ、品物を回転させて竹ブラシの柄を当て、これをバイトの刃先で押しつけてやると、瞬時に芯だしができてしまうのである。
 事例としてもうひとつ紹介しておこう。旋盤工だけが使う道具ではないが、めねじを加工する道具はタップと呼ばれている。このタップの径の小さいもの、6ミリメートル以下のものは両端が尖っている。これはその加工のためにそのようになっているのだが仕上工はこの先端を利用してポンチとして使う。タップの材質が高速度鋼なので摩耗することはなく、精密なケガキ作業に大変よいポンチとなる。ポンチとして使ったからといってタップの機能に何ら影響を与えるものではないので一石二鳥の道具なのである。
 道具学で道具を論じる時、旋盤工の竹ブラシやタップのように臨機応変に兼用に使う例が他の職人の道具にもあることに留意することが必要と思われる。

5.道具の分類
 先に旋盤工の道具を種類別に分けて述べたが、別の分類が可能である。バイトのように職人が自ら造り研ぐ道具とスローアウェイ工具(4)のようにただ使うだけの道具、ノギスやマイクロメータように使いこなす熟練の技がいる道具とそうでないもの、竹ブラシのように兼用に使うタイプの道具と専用の道具、生爪のように形があって決まった形のない道具などがあり、がそれぞれに分類して整理してみると新しい道具像が見えてくるように思われる。

6.おわりに
 旋盤という機械の他に、旋盤工として私が使っていた道具はバイトだけでも数百種、ドリルは直径3mmから50mmまで約100種、測定器もプラグゲージやねじゲージを数えれば100種以上になる。数えたことはないので正確な数はわからないが全体では少なくとも500種類に及ぶ道具を使っていた。道具の種類の多さは、その仕事内容の幅広さを物語る。
 「腕のよい旋盤工」という表現があるが、道具をつくり、その道具を自在に使いこなすのが必ずしも「腕のよい旋盤工」ではない。それは名工のひとつ条件にはなるが、旋盤工の資質として大切なのは、それよりも仕事の幅と奥行きを見抜く眼、どこが加工の急所なのか、作業前に注意すべきことは何か、どのような治具や刃物を準備すべきか、など部分ではなく全体を見渡すことができることである。           (いしだ しょうじ・愛知県立豊橋工業高等学校)

[注]
(1) 株式会社大隈鐵工所研究実験部研究試作課に勤務。大隈鐵工所は現在のオークマ株式会社。
(2) 「実感三 合理・道理・道具」『道具学NEWS 3号』1998/3/25
(3) 「道具の定義雑感」『道具学NEWS 4号』1998/6/25
(4) バイトの一種、超硬合金のチップを交換できるようにしたもの。刃先が摩耗してもチップだけを交 換すればよいので、刃物の芯高を合わせるような作業が必要でなくなり、NC機械の工具として発達した。

「旋盤工の道具論」PDF版

◆Link
   旋盤工の技
    旋盤工の技U 職人技の科学
   『図解入門 現場で役立つ旋盤加工の基本と実技』(2014/10) 旋盤工の技を紹介しています。
   新刊『図解入門 現場で役立つフライス盤の基本と実技』(2015/12) フライス盤加工の段取りと加工手順の考え方を紹介しています。
 


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