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ALISHA『THE INNER VOICE』

▲ALISHA『THE INNER VOICE』 Virgin 7243 8 45842 2 1
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なんのかんのいいながら10年にわたって聴き続けているといえば、それは相当に気に入っているということなのだろうか。確かに気には入っていたものの、期待を裏切られて続けること10年、いいかげん見切りをつければいいものを、未練がましくまだ追いかけている、なんて場合だって、でも、あるかもしれない。

ぼくのアリーシャに対する態度は、だいたいそんなところだったはずだ。なにしろ初めて聴いた作品が胸キュンすぎた。10代の女性歌手の作品としては最も上質の部類だったのではないかと、これは今でも半ば本気で思っている。だもんで、以後彼女の作品は見かけるたびに入手してはきたが、常にどこかで、ときによっては全曲にわたって、ぼくはため息をつかねばならなかった。

それもこれも、 この『THE INNER VOICE』を聴いてしまえばすべてが愚痴で、すべてが早計だったと思われる。それくらいに、これはいい。オヤジの胸キュンを誘うほどの年では彼女はもはやないが、単なる胸キュンよりもずっと深い味わいをこの新作は持っている。それは神々しくさえある。たまらなくスピリチュアルである。

思わせぶりに、ドラマチックに、アルバムは幕を明ける。アンサンブルのよさは、これまでの作品の比ではない。音の抜けも格段にいい。居並ぶインドの古き神々が次々に囁きかけてくるのにも似たこの曲調。確実にアリーシャは一皮むけた。

次の「Let's Dance」はありふれたタイトルを持ち、おそらく歌い古された内容だろうが、ぼくにとって最高の1曲だ。笛の音に導かれるイントロがとにかく素晴らしい。リズムといいベースラインといいサバンナを思わせるが、インドの民謡を下敷きにした曲であるという。だとしたら、なんと見事な現代への蘇りだろう。サビへと向かうリズムの煽り方も泣かせる。

アラブな「Laila」をはさんで4曲め、「Eela `A´」はレゲエで迫る。 そのリズムにヒンディー語がおそろしく似合う。そのさまは、まるでレゲエがインド原産でもあるかのようだ。インド特有の打楽器群がまた、なんとそれにそぐうことか。

ここまでが「The Rhythm Songs」と題された前半で、後半は「The Soul Songs」となっている。どこか中南米っぽさを漂わせながらも、そこはかとなくインドなバラードが並ぶ。そのなかで一際興味深いのは、ヴァイオリンをバックに歌われる「Babul Mora」。南インドの古典とはこういうのをいうのであろうかと、聴いたこともないくせしてぼくは妙に納得してしまうのだった。

というわけで、アリーシャの新作『THE INNER VOICE』が、 ぼくにとっての「98年の10枚」入りすることは確実だ。『BABYDOLL』を抜いて、彼女の最高傑作に位置するだろうとも思う。

最後に注意事項。 この作品はジャケにも背にも『THE INNER VOICE』とは書かれていない。あるのは妙な記号のみ。かつてプリンスと呼ばれていた人のように。ジャケでは、瞳を閉じて両掌を額にかざしたアリーシャの黒髪の間にそれはある。とまれ、あなたには聞こえるか。アリーシャからの内なる声。
(98/09/05) text by まるこめAboutMe!
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