BAR
ALISHA『THE INNER VOICE』

▲GOLDEN BOUGH『Far from Home』 ARC Music EUCD 1065
BAR
自らの音楽を 「Celtic and New Acoustic Music」と呼ぶゴールデン・ボウ。かつてはノルウェー人であるLief Sorbyeを含む4人組であったが、 この作品からギター、アコーディオン、マドリン、マンドーラの Paul Espinoza、ハープ、リコーダー、ホイッスル、バウロンの Margie Butler、バイオリンとビオラの Florie Brown の3人編成となっている。それぞれの楽器を携えたメンバーが写るジャケットからはアメリカのバンドというより、東欧のそれが連想される。
友人のひとりはこのジャケットを見ただけで買う気が失せるとのたまったが、ぼくはまったく逆で、この楽器編成がひと目でわかる素朴なジャケに魅せられたのだった。つまり、ジャケ買いで初めて聴いた彼らの作品が、実は一番の傑作だったのである。この後、それまでに出ていた4枚を揃え、以後2枚の新作を聴いたが、この5作めに勝るものはなかった。

Espinoza が歌い Butler がハモる1曲めの「Zingaro」では、バックに回ったハープが実に心地よい。リズム楽器としてのハープを、初めて見出した思いにぼくは感動さえしたものだった。よく歌うバイオリンも美しく切ない。軽快なオープニングに、ぼくはたちまち彼らの虜になった。「Breton Tunes」はフランスに渡ったケルトの末裔たちに歌い継がれたトラディショナルのメドレー。こうしたメドレーこそがこの手のバンドの醍醐味であるともいえる。蛇腹に始まりリコーダーを聴かせる「静」から、斬りこんでくるようなバイオリンの「動」へ、そして一気に全楽器とも最終章へとなだれこむさま、これだ。

「Lady Owens Delight/Eleanor Plunkett/My Bonnie Boy」 も文字通りのメドレー。なかでも「Eleanor Plunkett」はトラッド好き、ハープならなおよしという人では知らぬ者のない名曲。多くの人に取り上げられているが、ここではバイオリンとそれに執拗にからむハープで聴かせる。最も美しい演奏のひとつだろう。「The Collaraine Jig/Shark'sFavorite/Far From Home/The Maids of Mt.Cisco」もめくるめくダンス・チューン。ふたつのジグとリールで入れ替わり立ち替わりする主役にわくわくしながらも、耳は次々に音色を変えて迫ってくるバイオリンを追ってしまう。このバイオリニスト Florie Brown、なかなか達者な人とみた。さらには打楽器が加わってからの展開。蛇腹先導のこのメドレー最後のパートを聴くたびに、ぼくは背中が寒くなる。そして胸が熱くなる。どうにかすると涙ぐんでしまいそうだ。どえらい力が音楽にあると思うのはこんなときだ。

「Farewell to Whiskey」の美しい旋律はハープとバイオリンが奏でる。 禁酒を誓った曲かと思えるタイトルからは想像できない清らかさがここにはある。「Springdans/Vals aette Thorvald Tronsgard」は東欧の馨りを濃厚に放つ曲だが、これはかつてのメンバーに捧げられた曲。ノルウェー人の彼がこのバンドで果たしていた役割がよくわかる。

続く「The Stolen Child」はW.B.イェイツの詞に、昨年末に来日を果たしたロリーナ・マッキニットが曲をつけたものだが、これがたまらなく美しく仕上がっている。Margie Butler の声はエンジェル・ヴォイスとでもいうのだろうか、天上から降り注ぐ声のようにも聞こえる。これに控えめな Florie Brown の声が重なるとき、そこにはまるで後光すら射すようだ。なんという気高さだろう。それにひきかえ、ぼくがふだん聴いているアジアの楽曲のなんと下世話なことだろう。それはそれで、けっして劣ったりつまらないものではないのだが。
ついでながら、この「The Stolen Child」はマッケニットのオリジナルを後に聴いたが、聴く順番を間違えたなと思ったことと、ゴールデン・ボウのベスト盤にはなぜかこの曲が含まれていないことを記しておこう。

いや。もう一言。
ケルトがちょっとしたブームになっているらしい今になっても、これだけのバンドが1枚の国内盤すら出ない状況は絶対に変だ。なぜだ。アイルランドのバンドではないからか。
(96/04/13) text by まるこめAboutMe!
BAR

[聴かずに死ねるか] [N E X T]