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ALISHA『THE INNER VOICE』

▲ 蔡可茘『福建2in1』VOL.7 南方唱片 NSR-CD-9623
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ここでいう2in1とは、かつてLP時代に2枚組だったり別々の作品だったものがCD化にあたって1枚にまとめられたものを指すのではない。1トラックにふたつの曲が巧妙なメドレーで収まっているのである。
ちなみに、この第7集のサブ・タイトルは「感情親像心 + 愛情不是作夢」となっている。これが12トラックあるから、24曲ものおいしい部分だけをぼくたちは聴くことになる。

こういうことを、7集にもわたって蔡可茘はやっているわけである。まだやるか、との思いは、彼女をアイドル視するぼくにも当然ある。
しかし、ただいたずらに2曲をメドレー形式でつなげているわけではなく、Aの曲の合の手にBの曲が出る、BのリズムをひきずったままAが歌われる、AのサビとBのサビが交互に違和感なく登場する、などというようにその手口は作を追うごとに巧妙になり、ついにこの7集では円熟の境に達した観がある。
これはしかし、蔡可茘ではなく、プロデューサーの張平福の手腕だろう。シンガポールにオフィスをかまえ、マレーシア華人のプロデュースやアレンジを幅広く手掛ける彼を抜きにしては、蔡可茘はおろか、あの小鳳鳳さえ語ることはできないはずだ。

で、蔡可茘である。
いい歌い手になったなぁ、と思う。華がある。艶がある。色気がある。懸念された声のうわずりも堅さもほとんど感じられなくなった。ラテン・パーカッションがポコポコいい、ギロがジーコジーコとなる、おなじみの南洋チャチャチャのリズムにのって、ゆったりと流れる彼女の声には匂うような色気がある。

タイトル曲でもある「感情親像心 + 愛情不是作夢」は、はじめオープニングにしてはインパクトに欠けるのではないかと思っていたが、その派手さがないぶん、噛めば噛むほど味の出る飽きのこない曲であることが、やがてわかった。2曲をつなげているから当然という意見もあるだろうが、場面の展開が見事だ。

なんといっても出色なのが4曲め「愛人醉落去 + 春夏秋冬」だろう。ハードなギターのイントロに、掛け声としてだけ機能させたようなコーラスのミス・マッチ。さらに「パヤパヤ」ときたもんだ。これは楽しいぞっ。アップ・テンポの持ち歌としては、「愛情恰恰」と双壁をなす出来だろう。

ペースを落としてなまめかしく迫る「風甲月甲我 + 熬戯」、「一個人 + 含涙跳恰恰」これもいい。コーラスの掛合い、サビの応酬、もともとがひとつの曲ならば絶対にできない醍醐味がここにある。

10曲め「愛人在天涯 + 找無心愛來作伴」、これも蔡可茘の代表曲に数えられるようになるだろう。まずはイントロが素晴らしい。笛の音に続くコーラスの語感のよさはどうだ。その合間を縫うギターの音色の選択! ぼ、ぼ、ぼかぁ、ジャガーズを思い出してしまった。ヴォーカルがドボン、ギターがベトコンとあだ名され、リーダーのドラマーがギャラを持ち逃げしてしまったという、あのGS華かりし時代のジャガーズだ。
それほど時代錯誤の音色といえば音色なのだが、こんなにもそれが似合った曲があるだろうか。昭和40年代の混沌とした日本の歌謡曲の世界が、今ここで、こんなところで展開されているのだ。演歌臭が濃厚だからというだけでなく、一連の蔡可茘作品に感じる懐しさは、こんなところにもその要因があるわけだ。
ここでの彼女の歌声も実に堂に入ったもので、このノリで彼女にかなう者はいないだろうとさえぼくは思う。コーラスとの掛合いも楽しい。今回のベスト・トラックはと訊かれたら、「愛人醉落去 + 春夏秋冬」とともに迷わずぼくはこれを挙げる。

さらにベスト・トラック入りを狙うのは、ラストの「連杯酒 + 等蕪v。語感のよさもさることながら、リズムの妙、コーラスの妙をここでも大いに楽しむことができる。これが張平福プロデュースによる蔡可茘の最大の魅力だろう。そろそろ彼の手を離れて、自分のために作られた曲を歌ってほしい気持ちもあるが、ここまで聴かせる張平福のこと、まだまだ2in1は続くのだろう。いいとも、さらに上を狙うがいい。ノン・ストップの24in1だろうと、ぼくはつきあう。

それにしても、いい歌い手になったものだ。蔡可茘。
(97/02/01) text by まるこめAboutMe!
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