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陳慧嫻『秋色』

■陳慧嫻『秋色』 Polydor 837 156-2

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モリ・カンテのヒット曲をカバーしていたことで話題になった88年の作品。
と書いて、驚く。げっ、あれからもう10年も過ぎていたのか。

にしても、林憶蓮の『灰色』と並んで、『秋色』というこのタイトルは、非常に都合がいいではないか。林憶蓮をいまだに心のなかでは「りんおくれん」と読んでいるようなぼくにとってはなおさら。

というわけで、陳慧嫻。すなわち、プリシラ・チャン。
冒頭の「イェケ・イェケ」、こういう曲調に広東語は実によくマッチする。この歯切れのよさ、歌いっぷりのよさが日本でのプリシラ人気の根底にはあったろうと思われる。が、そういった威勢のいい曲で世間の耳目を集めながらも、彼女の本領はその対極にあったのではないか。このアルバムのなかでは「可否」、「人生何處不相逢」に代表されるような曲にこそ。

Harris/Singer/De Walden/Nielsen とクレジットされた「可否」の出どころをぼくは知らない。知りはしないが、まるで陳慧嫻に歌われることを念頭に置いて書かれた曲のようですらある。ここで聴くことができるのは、それほど見事なプリシラ節だ。過剰なダンスビートで糊塗し飾りたてる必要など、彼女にはまるでない。これだけ歌いこなせる人なのだから。この間(ま)、この余韻、この情感!

一方の「人生何處不相逢」は、アルバム中わずか2曲しかない中国曲のひとつで、色めき立つ台湾派も多いはずの羅大佑の作品。ほどよく効いた中華味が、カバーだらけのアルバムにあって、香港制作品としての気品を醸し出している。ここでの静かな盛り上がりを聴いてみるがいい。あたかも波ひとつない水面に内から広がる波紋のようなその味わい。声を張り上げる必要など、陳慧嫻にはまるでない。これだけ歌える人なのだから。

単なる中華ファン、香港ファンを超えて、広く音楽ファンに訴える力を持つ数少ない歌い手のひとりが陳慧嫻だろうと、王菲の出現を見た以後もぼくはしつこく思っている。
(99/01/10) text by まるこめAboutMe!
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