ハープの弾ける女性との交際、もしくは結婚を夢見ていた。 ミソはもちろん「ハープが弾けること」であって、女性と交際したり結婚するだけならば夢に見るほどのことはない。
単にハープが好きだと言っているのに、これは等しい。 そうとも、ぼくはハープの音色が好きである。形状も、自分がそれを所有したり持ち運んだりするわけでない限り、好ましく思っている。だから、ハープ持ちの女性と暮すはめにならなくてよかったと、実は思っていたりもする。
というわけで、THERESE SCHROEDER-SHEKERである。何者であるかはぼくに訊くな。オリジナルに加えてアイルランド、ルーマニア、セファルディック、そしてイスラエルのトラディショナルを歌い演奏するこの女性の国籍さえも、ぼくは知らないのだ。ましてその略歴をや。
ハープの弾き語りというものは、しかし多くの場合、眠気を誘うものでもある。心地よさの、それは条件のひとつではあろう。だが、この作品は最後にきて、ぼくの背筋をしゃんと伸ばさせた。 9分25秒にも及ぶイスラエル民謡「Mana Vu」がそれだ。
深みと陰を持つハープの音色は、その間(ま)、旋律ともあいまって、まさに豊壌としかいいようがない。わずか1台の楽器が奏でる音だが、とびきりの再生システムで聴いてみたい気を起こさせるに十分だ。音というものはただ左右に広がるものではなく、奥へ深くヘ誘い込もうとするものであることがきっと体感できるだろう。崩れ落ちるように、ぼくはそこに沈みこんでしまいたい。
やがてかぶさる歌声は、それだけで屹立もしないかわり、ハープを貶めることもない。渾然一体、とそれをいう。詞はヘブライ語で歌われているようだ。ただし、中東をイメージさせるイスラエルらしさはまったくない。それどころか、どんなクセさえもない。素直にたゆたい、ただ美しい。息を飲むほど美しい。
ぼくはそこに沈みこんでしまいたい。 |