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羅大佑『原郷』

▲羅大佑『原郷』 滾石 RD-1146
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羅大佑というのはどうも台湾音楽シーンの大物であるらしい。ちょっと変わり者でもあるそうだ。そして、陳慧嫻の「人生何處不相逢」の作・編曲者でもある。その程度の知識しか持たずに初めて聴いた彼の作品が『原郷』だった。92年のことだ。台湾では91年の暮れにリリースされていたそうだ。

「台北台北」と連呼されるのが印象的な1曲めの「火車」から、あまり好きなヴォーカルではないなと思いながらも早くもぼくの心は鷲掴みにされてしまった。台湾になぞらえられた火車(汽車)、それを端的に表わすリズムはテクノ寄りの処理がなされている。過ぎ去る車窓からの風景は台湾の歴史だろう。
が、そんなことに思いが至る以前に、まずそそるのは旋律だ。この旋律は本人も気に入っているのだろう、昨年に出た『追夢2』ではマーチング・ドラムに率いられた小気味のよい生ギターのインストものとして再度収録されてもいる。

タイトル・チューンである「原郷I」は、ピンク・フロイドを思わせるキーボードをバックにうめくようなヴォーカルが思わせぶりだ。感触としては「クレイジー・ダイヤモンド」。これがオープニングに配されていないことが、逆に羅大佑の意図を感じさせるのだ。

アフタービートの心地よい「大家免著驚」。これがまた詞の重さに反して、なんともときめくリズムとメロディーを持っているのだ。小刻みに追いかけてくるリズムにのって、一緒に「ウッ」とか「ハッ」とか言ってみたらどんなに心弾むことだろう。特にリズム隊の乱れ打ちだけをバックにしたラップめいた部分、この異様な盛り上がりようはなんだろう。これはスタジオでだけ繰り広げられるものか。それとも民衆の声なのか。思い切り楽しいのに、背中はとても寒い。こんなとき、きまってぼくは涙ぐんでしまうのだ。

新疆民謡をベースにした「青春舞曲2000」、これも羅大佑お気に入りの曲らしく、82年のセカンド・アルバム『未來的主人翁』でかつて取り上げられている。日本人がアレンジを担当した、ブラスを交えたドゥービー・ブラザースもどきといったつまらない演奏だった前回とは違って、ここでは混声合唱団を従えてモスラの出現を思わせるような呪術的な世界が展開される。男声と女声のかけあいでぐんぐん盛り上がっていくさまが壮観というしかない。これが昨年のOK男女合唱團に引き継がれていったことは明らかで、一種不思議な世界は聴く方も癖になったものだが、演る方も癖になったのだろう。

うめくような「原郷I」と対照的に、台湾の歴史を語る「原郷II」は性急だ。まるで木の葉のように大海に浮かんで翻弄されつづけてきた台湾の歴史は、このスピードでないと語りきれないと言うかのように。

ひと息ついて、鳳飛飛が歌う「牽成阮的愛」は中華味満点の佳曲。
鳳飛飛は台湾を代表する女性歌手のひとりだが、その歌のうまさがここでは堪能できる。その後あちこちでカバーされているようだが、鳳飛飛版以上の出来を誇るものをぼくはまだ知らない。
もうひとり、これも多くのファンを持つ女性歌手である娃娃が歌うのが「赤子」。この人についてはアルバム1枚聴いたきりでけっして好きな歌い手ではないのだが、はかなげな声がマッチした曲調で、外れた人選ではないようだ。

そんな2曲にはさまれた「動乱」は、なにかタイトルだけでわかったような気になってしまうが、ラストが「長征」であるからこれはなおさらなのだろう。台湾、ひいては中国の歴史に題材をとりながらも、歌われることは羅大佑自身の心象風景なのだろう。特に力強い「長征」には、カバー天国であると批判してやまない香港にオリジナルで戦いを挑む彼の姿が重なるようだ。そして大陸から吹きつける黄砂、それをものともせず突き進む羅大佑がぼくにははっきりと見える。この決意表明とも思える曲が、お気に入りの多いこのアルバムのなかでも最も感動を誘う。美しい。一分の隙なく美しい。
(96/03/02) text by まるこめAboutMe!
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