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陳淑樺『往日情懐11983-1989』

■陳淑樺『往日情懐11983-1989』 EMI百代 ED-1016

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初めて陳淑樺を聴いたのは88年のこと。数年後には店を閉めることになった売れないレコード店主に薦められた『女人心』がそれだった。台湾製のCDなど見かけることはまだ稀で、これもテープで手に入れた。深い感銘を受けた曲が、ひとつだけあった。李宗盛によって書かれた「那一夜イ尓喝了酒」

台湾製のCDが店頭に並ぶ時代はほどなくしてやってきた。アナログ盤で往年の名盤といわれる『浪跡天涯』や『等待風起』などを集めるかたわら、ぼくはそうしたCDによる『跟イ尓説聽イ尓説』や『一生守候』といった作品を通じて陳淑樺への愛着を深めていったのだった。やがて『台灣歌』で日本での彼女の知名度は飛躍的に上がっていた。

「那一夜イ尓喝了酒」をCDで聴きたいという欲望は日増しに強くなっていたが、そんな状況のなかでもCD化された『女人心』を見かけることはなかったし、また目にしたとしても、それ1曲のために手を出していたかどうかは大いに疑問だ。
そんなところへ、この『往日情懐1 1983-1989』だ。初期ベストといっていいと思う。「那一夜イ尓喝了酒」が入っていないはずがない。 狂喜乱舞して、ぼくはそれを手に入れた。

鳥は初めて目にしたものを親だと思いこむらしいが、ぼくは初めて感銘を受けた作品を後生大事に抱えてしまうらしい。陳淑樺の関してどれか1枚と迫られたら『一生守候』を選ぶが、 どれか1曲と問われたら迷わず即座に「那一夜イ尓喝了酒」を挙げる。

バックで小刻みに鳴っている小さな金属音はスプーンだろうか。以前にその1組が売られているのを見たことがあるが、誰がそれを2500円も払って楽器屋で買うのだろうなどという疑問とは関係なく、そのスプーンが刻む「那一夜イ尓喝了酒」のリズムにぼくは見事に煽られてしまう。それだけで体は縦に揺れる。その感覚が忘れられずに、ぼくはここまでやってきた。

何年か前から陳淑樺の新譜を目にしても、食指が動くということがぼくにはなくなってしまったが、 彼女はぼくに『一生守候』というアルバムと「那一夜イ尓喝了酒」という極めつきの1曲を残したことは確かだ。
だとしたら、『往日情懐11983-1989』という初期ベストは、 彼女に対するぼくの敬意の現れでもあるのだろう。そんな1枚は誰しも持っているだろうと思う。ぼくには20枚ほどありそうだが。
(98/11/15) text by まるこめAboutMe!
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