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蔡秋鳳『算命』

■蔡秋鳳『算命』 滾石唱片 TRD-006

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これは、この声は、この節回しは、これはもう、どうあっても演歌を志すしかない。一声発しただけで舞台は暗転、桜吹雪でも舞ってきそうなこの声は。浮き世の辛さも苦しさも、すべて知りつくしてきたかのようなこの声は。そこに空がある限り、場末の路地裏にだって分け隔てなく降り注ぐ陽光のようなこの声は。気がすむまで泣けばいいと囁くようなこの声は。それでも生きていこうねと言い聞かせるようなこの声は。

そんな声が、いかにも中華な二胡によるイントロに導かれたりすると、ぼかぁ、もうたまらん。ぐっとくる。それだけでぐっとくる。しかも、進むにつれて哀調を帯びるメロに呼応する泣きの歌声。得も言われん。こうはもう得も言われん。
と、これがタイトル曲の「算命」。

蔡可茘のカバーで知った「愛人在天涯」は、ここでもやはり一番のお気に入りの曲だが、当然のことながら格の違いというものを大いに実感させられる。一度聴いたら誰もが覚えてしまうだろう歌い出しは、漢字表記の詞を見る限り尤もらしくはあるけれど、機能としてはスキャットだろう。そのスキャット部分ですらこの深み。並みの歌手が太刀打ちできる相手ではないのだ。

跳ねるリズムが印象的なのは「酒戒不好」。軽く歌い流されているようで、その実、幾多の小技が繰り出されるあたりが醍醐味だ。作詞者、作曲者とも表記がないが、いわゆるトラッドというやつだろうか。

「イ尓講我的世界是イ尓流浪的所在」はドラマチックないかにもな演歌。いきなりのサビは、聴くぶんには少々クサいかもしれないが、自分で歌ってみるとすこぶる気持ちよさそうだ。たぶんその魅力にハマると思う。間奏のサックスは、和モノにはない上品な音色が救いだが、救いということならば、この曲が日本語で歌われていないことがなによりの救いなのかもしれない。

と、ここで触れたような曲は、裏ジャケの曲目一覧を見ても倍ほど大きな文字が使われている。つまりは売りの曲、自信作ということなのだろう。それはわかる。確かにその通りだ。だが、小さな文字しか使われていない曲はというと……。悲しいことに、これもその通りなのですねぇ。どう聴いても、大文字の曲には劣る。

つうわけで、7曲めの「イ尓講我的世界是イ尓流浪的所在」を最後に、8曲めから12曲めまでが小文字のこのアルバム、最後はなぁんとなく尻すぼみ。さらに13から16までが大文字曲のカラオケ版ときては、さらにその印象が薄くなってしまうのも道理。

とかいいながら、カラオケ版には「愛人在天涯」も含まれているから許しちゃおうかなと、ぼくは思っていたりする。それにしても、ぼくは蔡姓の歌い手が好きだな。どういうわけか。
(99/07/05) text by まるこめAboutMe!
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