ホテルから祭り会場へ向かう。 大勢の人が出ているので、添乗さんを見失わないようにと必至だった。 途中で、本番を待つそれぞれの町内の人たちが、いささか緊張した面持ちで談笑していた。 |
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会場周辺では、18時15分から交通規制が始まり、通り中央の桟敷席が準備される。それまでは、近くのビルの入り口などで待つのだった。 そして、準備が完了すると、桟敷席に向かって大勢の移動が始まった。歩道には、早くから場所取りをしていた人たちが座っているので、移動も大変だった。 |
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18時50分に竿燈が入場ということだったが、その前を、いろいろな団体のパレードが繰り広げられた。 |
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県民挙げての祭りといった雰囲気で、会社や団体の鼓笛隊や舞踊チームなどが、次から次へと通りを練り歩いた。 反対側の車線を威勢よく歩くチームがあった。いずれこちらにも待ってくると思いきや、コースの関係からか、見られないというものもあった。 |
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やがて、あたりが暗くなりかかると、お囃子に合わせて、竿燈を寝かせて移動させる行列が続いた。 | ||
その行列の長いこと。 この日は、祭りの最終日ということで、280本の竿燈が出そろうとのこと。 |
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お囃子もリズミカルで力強い。 演奏者のすぐ後ろには、次の人が控えていて、勢いは衰えることなく続くのだった。 |
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入場が完了すると、いよいよショーの始まり。一斉に竿が立てられる。 さらに、竿を継ぎ足し、高くなっていく。 |
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竿を、手のひらの上に静止させたり、額に乗せたり、肩や腰で支えたりする。 時間が来ると、場所を移動して、次のチームの演技が披露される。 |
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中には、幼稚園児かと思われるような小さな子どもたちも参加していて、大人がついて小さな竿燈を使って演技をさせていた。 幼若(5m)、小若(7m)、中若(9m)、大若(12m)と、竿の長さが長くなっていき、提灯の数や重さも変わっていく。 そのような段階を踏んでいくことで、竿灯の伝統は受け継がれているようだ。 |
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2度、3度と移動が繰り返されるたびに、演技の難易度は増していく。 まるで提灯が風になびいているようなパフォーマンスも見られた。 |
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添乗さんの話では、「席を離れてみる人もいるでしょう。トイレを使いに向かいのホテルに行くこともできます。でも、8時半には席に戻っていてください」ということだった。 しかし、ホテルのトイレに行って帰ろうとしたら、演技中は道路は横切れないし、桟敷席に向かおうとしても、歩道に座り込む人がびっしり詰まっていて、席に戻るのにたいそう苦労した。 |
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8時半には、ガイドさんが迎えに来ていて、バスの停車場所まで移動するのだった。 人が多くて、グループの人が空追わないうちに動き出したもんだから、自分たちは必死についていったが、離れてしまい、迎えを待つ人も出た。 ちょうど演技者とのふれあいの時間の頃で、名残惜しい思いがしたが、、宿までの移動が大変のようだった。 |
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