教育系出前講座 「大口町における人間らしい教育」    Q&A   社楽の会
                                        2001年8月8日

                               生涯学習課社会教育主事 
                                           土 井 謙 次
 あおぞら塾における教育系出前講座の依頼は、次の点であった。

「大口町の人間らしい教育」のあり方

1 学校教育のあり方
2 学校開放
3 ゆとり教育の功罪
4 学区のあり方
5 教育と家庭(子育て)の関係
6 施設(ハウスシック)対策

 それぞれ、重いテーマであるが、簡潔に自分の考えを述べたい。

1 学校教育のあり方

 まず、学校教育でどのような力を育てるのか考えたい。
 それは、「生きる力」である。生きる力とは、「いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」、「自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性」、そして、「たくましく生きるための健康や体力」である。
 この考え方は、「学力観」の転換でもある。

 例えば中学校社会科では、従来の学力観は「知識量=力」であり、高校入試問題でも、年号や県名、県庁所在地など、暗記さえすれば点が取れるようなものが中心であった。
 ところが、この傾向も変わりつつある。この春の高校入試問題を見てみよう。

宮崎:あなたが住んでいる地域を、より住みやすくするため」の条例案を考え、そ
   の条例名を書きなさい。
鳥取:(『五体満足』乙武洋匡より引用して)障害のある方を地域全体で支援し、誰
   もが生き生きと暮らせるあたたかい社会づくりを実現するために大切なこと
   は何か。100字以内で書きなさい。
岩手:農産物の輸入を増やすか、食物の自給率を高めるか、自分が支持する意見を
   選び、その理由を書け。

 知識よりはむしろ、これからの社会を生きる上での考え方、生き方が問われている。
 これは教科の一例だが、総合的な学習の時間の導入も「生きる力」を育てるためである。
 学校教育のあり方は、大きな時代の流れと共に変わっているのである。(資料1)

 しかし、記憶力の良い若い頃は、記憶することは大切である。百人一首、名文、その他、いろいろと覚えて脳を鍛えたい。漢字も書けた方がよい。計算も遅いよりは早いほうがよい。読み、書き、計算は、その後の学習の基礎となることは間違いない。
 結局、バランスである。

2 学校開放

 大阪の事件以来、各学校で完全対策がとられている。(資料2)しかし、あのような異常者の侵入を100%は避けることは不可能である。まして、「人を見たら悪人と思え」「知らない人から声をかけられたら逃げろ」式の指導を受けて成長した子どもが、将来どのような大人になるかの方が、考えると恐ろしい。
 むしろ、最低限の安全対策をとったうえで、地域の人を積極的に迎え入れ、いつも顔見知りのおじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんに守られているという感謝の心を育てたい。そうして育った子が、将来、地域の子ども達を守る人になってくれるのである。
 その意味から、空き教室の老人クラブや子育て支援者への利用は考える価値がある。

 学校開放の考え方は、大きく3点ある。
 1点目が、ここに述べた学校施設をはじめ、情報、人材の開放である。学校の図書館を開放する学校も増えてきた。学校の先生によるトワイライトスクールも例がある。地域スポーツクラブの事務所として使用する例もある。
 学校は、地域の人の生涯学習の場になっていく方向である。
 2点目が、学校を運営する上での地域住民の参画と協力である。学校評議員制をはじめ、地域のみんなで知恵を出し合いたい。(資料3)
 3点目が、生徒指導、学習活動における協力・支援である。地域の子供は地域で育てるという気構えがほしい。最近、それぞれの学校に協力してくださる方が増え、本当にありがたい。子どもたちを変えるのは、人なのである。
 
 大口中は、アダプトプランにより、道路に花を植え、育てる活動を行っている。さる8月3日のファミリーフェスタでは、太鼓や踊りで参加してくれた。北中は福祉活動に熱心に取り組んでいる。
 北小は、「NPOわくわくおおぐち21」の活動に家庭教育の観点から協力している。
西小のビオトープ、南小の図書館の活動などもその例である。
 これまで、学校と行政は、それぞれ別に動いていた感が強いが、これらのように、今後は、地域住民のみならず、行政やNPOと学校教育の連携も重要なポイントであろう。
 さらに、これらの前提として、学校からの情報発信が必要なことは言うまでもない。通信やホームページ、区の回覧板などで、積極的に発信していただきたい。
 また、PTA活動にも、生涯学習の一つのスタイルとして前向きに取り組んでほしい。

3 ゆとり教育の功罪 ゆとり教育(資料4)
 週休2日で学力や運動能力に影響はないかという心配(資料5)を耳にするが、これは学力のとらえ方による。確かに、従来のペーパーテストの得点能力は低下するかもしれない。しかし、学習したことを生活に生かすのが本当の学力である。ある大学院は、パソコン持ち込み可の入試を行った。こうなると、暗記した知識はたいした意味がない。
 そうであるならば、週2日間の休みは、個々に学力を伸ばすチャンスである。従来の詰め込み式ではなく、子どもたちが自らの試行錯誤の中から獲得できるような時間的・精神的・空間的なゆとりがあってこそ、本物の学力=生きる力につながる。
 休日の2日間に家にこもってゲームをやっていては生きる力がつかない。自然や社会の中に飛び込み、積極的に行動してこそ力となる。家族と過ごす時は、親の生き方が問われよう。町のイベントなども、積極的に活用してほしい。

4 学区のあり方
 一般論として、世の中は規制緩和の方向で動いている。世田谷区、品川区に続いて、多摩市・荒川区でも学校選択制の導入が決まった。(資料6)
 しかし、教室等施設には限りがある。世田谷区では一部に集中し、結果抽選となった事例もある。本来30人程度の学級だったのが40人にふくれあがり、本来の校区住民が不満を言う例、また地域とのつながりの中で、1軒だけ異なる学校を選択し、人間関係がまずくなった例もある。逆に人数の減った学校に余裕が生まれた。
 だからといって簡単には戻れない。
 江南市では、保護者が学校を選択できる地区があったが機能しなかった。
 大口町の場合は、長期の人口動態を考慮に入れながら、地域での交友関係、通学時間と距離、交通事情などを含めて、じっくり検討するべきであろう。

 ただ、個人的には、いくら学校を選ぶことができても、教師を選ぶことができなければ、あまり意味はないと思う。子どもが影響を受けるのは、学校のシステムではなく、教師からなのである。教師を選ぶことは、現時点ではきわめて困難である。
 また、中学校で入りたい部活動がないから違う学校へ行きたいという子もおり、その気持ちもよくわかる。しかし、これも、文部科学省の方針として、総合型地域スポーツクラブで活動し、合同チームとして出場ができるように向かっている。

5 教育と家庭(子育て)の関係
 小1と中2・3を持った経験がある。
 義務教育9年間を経ても、人間として基本的に変わらない。家庭での幼児期の育てられ方、さらには遺伝の強さを感じた。
 オーストラリアの心理学者ローラッヘルは、

心的諸特性への素質が遺伝することは事実である。
どの素質が発展するか、またそれがどこまで発展するかを決めるのは環境である。
非常に強い素質はどんな環境でも発展する。

と言っている。遺伝と環境の影響の大きさがわかる。(資料7)

 最も大きな生活環境は家庭である。
 しつけ、基本的な生活習慣は、学校に入学するまでに身に付けてほしいと思う。このしつけ・基本的な生活習慣は、家庭教育の最も重要な部分であり、親の責任である。学校教育は、あくまでも家庭教育の基礎の上に成り立っているのである。
 もちろん学校教育でもしつけや基本的生活習慣についてフォローすべきだが、これらの指導は、時期が後になればなるほど難しい。3歳までがポイントである。 

6 施設(ハウスシック)対策
 形あるもの、いつかは老朽化は避けることができない。
 大口町の学校は、近隣の市町に比べると、比較的良い方だと思う。
 しかし、大地震が起きる可能性がゼロではなく、その場合は、地域住民の避難所としての機能も学校に期待されている。そのため、財政が許す範囲で、より進んだ技術による耐震構造をもった施設に、順次移っていくことが望ましいであろう。
 その場合、これからの教育の流れを見据えて、次の設計の工夫が求められよう。  
 1.地域に開かれた学校
 2.時間と空間を自由に使える校舎構造
 3.情報技術の進化に対応できる校舎構造

 シックハウス症候群(住まいの環境から起因する化学物質過敏症)(資料8)については、日本建築学会でも研究が進んでおり、新しい情報が続々と公開されている。設計段階で、その時の最新情報をもちに、十分チェックする必要があろう。

まとめ 「大口町の人間らしい教育」のあり方

以上をふまえて、次のようにまとめたい。

人間らしい教育とは、「共に生きる心」を育む教育である。
共に生きる心とは
一つは、自然と共に生きる心である
 自然豊かな大口を大切にし、積極的に自然とかかわり、その中から学ぶ。それにより、後の世代に豊かな自然を残そうとする。さらに、自然を残しながらも、バランスのとれた住み良い街づくりを考える子を育てる。

二つ目は、地域の人と共に生きる心である。
 家庭教育の充実、家庭・学校との密な連携により、家族や地域の人に支えられているという感謝の心を育む。そして、将来、地域の子を育てるという気持ちを育てたい。
 開かれた学校について、その具体的な方策について、学校だけでなく、行政・住民と共に考えていきたい。
 
三つ目は、社会の中で共に生きる心である。
 情報化社会の中、情報に流されずに、自分自身の考えを持てることを育てたい。自ら課題を見つけ、情報を主体的に取捨選択し、問題を解決していく活動の積み重ねが生きる力を育てていく。
 また、学校と行政・NPO、社会教育(施設)との連携も子供の視野を広げるのに有効である。そうした連携を通して、生涯にわたって学び続けようとする気持ちが育まれていくと考える。



資料2 大阪の事件関連サイト

(1)YAHOO NEWS 大阪小学校児童殺傷事件
    http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/elementary_school_intrude_case/
(2)asahi.com
    http://www.asahi.com/special/ikeda/index.html
(3)Yomiuri on line
    http://www.yomiuri.co.jp/jidou/index.htm

資料3 「開かれた学校」資料
パンフ「スタート! 学校評議員 (開かれた学校づくりのために)」
  学校教育法施行規則等の一部改正について(概要)
  http://www.monbu.go.jp/news/00000405/

資料4 時事用語のABC「ゆとり教育」
  http://www.melma.com/mag/56/m00015356/a00000217.html
●今日のキーワードは「ゆとり教育」です
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  文部科学省は、来春から小中学校で使われる教科書の検定結果を発表した。合格し た教科書は、ゆとり教育を目指し徹底的に内容を厳選している点が特徴だ。
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【ゆとりきょういく】
 個人の学習ペースに合わせて授業を進めること
 知識を重視する「つめこみ型」の教育が批判されるようになったことを契機として、ゆとり教育の考え方が誕生しました。「ゆとり」の中で、豊かな人間性や「生きる力」を育むと同時に、基本的な内容を確実に定着させ、個性を生かす教育を目指します。
 2002年度から、学校の週5日制が完全に実施されるのに合わせ、新しい学習指導要領では、授業時間の縮減や学習内容の3割削減など、学校教育のスリム化を打ち出しました。
 従来、すべての児童・生徒が一律に学習すべきとされた標準のカリキュラムでは、内容の分からないまま授業が先に進んだり、すでに分かっている子供にとっては退屈だったりして、授業の形骸化が進んでいるとの指摘がありました。
 そのため、学習内容を必要最低限の範囲にとどめ、教室や学校の実態に合わせた授業の展開を、現場の教師に任せることになりました。このように、個人に特化した教育がゆとり教育です。
 しかし、学習内容の大幅な削減で、広く、学力の低下が心配されています。ゆとり教育の流れがある一方で、大学入試における受験科目数を増やそうとする動きもあります。

▲関連キーワード「教科書検定制度」
  http://www.sm.rim.or.jp/~abc/cgi-bin/index.cgi?ID=11302
▲関連キーワード「学力低下」
  http://www.sm.rim.or.jp/~abc/cgi-bin/index.cgi?ID=11120

資料5 ゆとり教育反対論
  学力低下招く「ゆとり」教育  榊原英資・慶応大教授
http://www.mainichi.co.jp/eye/kaze/200007/23-1.html
「ゆとり教育」抜本見直し 「新学習指導要領」で文部省が指針
http://www.yomiuri.co.jp/education21/news/010501.htm

資料6 学区の自由化   5月31日付茨城新聞より
◆総和町が学区自由化 小中13校、来年度から
 総和町は三十日までに、児童・生徒が通学希望の学校を自由に選択できるように、来年度から従来の通学区を全廃し学区を完全自由化する方針を明らかにした。町学区審議会に諮問し、答申を受けた後に正式決定する。学区の完全自由化は県内自治体で初めて。
 同町内には小学校十校、中学校三校があり、学区のはざまで一部の児童が遠距離通学をしていることなどから町教委が三年前から学区の見直しに取り組んできた。しかし、「見直しではどう組み替えても保護者側から不満がでる」などとして、町は文部科学省が全国の自治体に指導している公立学校の学校選択制を導入する方針を固め、学区の完全自由化に踏み切ることにした。
 完全自由化では現在ある通学区を全廃。児童・生徒は自分で通学する学校を自由に選択できる。小学校、中学校に入学する際、町教委で希望を受け付ける。一部の学校に希望者が集中した場合は、これまでの学区内の子供を優先し、それ以外は抽選。また、年度ごとに通学校を変更することもできるとしている。
 二十四日に開かれた町教育委員会で協議され、七月に開会予定の町学区審議会に諮問することが了承された。
 菅谷憲一郎町長は「魅力ある学校づくりが目的。いじめがある学校には通学希望者は少ないだろうし、スポーツや学業面が成績優秀な学校は希望者が集まる。公立校といえども学校間競争の時代」と話している。

資料7 性格心理学
http://www.psy.educa.nagoya-u.ac.jp/intropsych/psychology/per-top.asp

資料8 シックハウス症候群
シックハウス症候群と関連基準
http://www.builder-net.com/house_regulations/shsyndrome/
シックハウス症候群とは?
  http://www.ztv.ne.jp/mukaide/seihoxu/sickh.htm
シックハウス症候群とは?
http://www.ads-network.co.jp/tokusyuu/t-08/t-0801.htm
日本建築学会
http://www.aij.or.jp/aijhomej.htm