7月24日(日)
4時半起床。結構ハードだ。テレビをつけるとNHKで大相撲の再放送をやっていた。こうしていると日本にいるのと変わらない。
北京から鄭州へ
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ホテルを出る。至る所に日本料理店を見つけた。漢字である程度意味が分かるので楽しい。表意文字は偉大だ。韓国ではさっぱり分からなかった。 |
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空港のセキュリティチェックはとても厳しい。ほぼ全員が金属探知で引っかかる。筆者はブレザーのボタン、Tさんはガムの銀の包み紙が反応した。ペットボトルはいちいちふたを開けて臭いをかいでいる。ロンドン地下鉄のテロ、そして北京で開かれる六カ国協議のためであろう。 |
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以上がHさんから聞いた主な内容だ。
冷えていないビール
機内でビールを注文。しまった!中国では「冷たいビール」といわないと常温のビールが出てくるんだった。
そう言えば、路上でもペットボトルを売っているが、ほとんどが常温だ。Hさんによれば、中国人は冷たいものは胃に悪いと思っている。常温がスタンダード。中には、ビールを澗する人もいるそうだ。覚えておこう!
考えてみれば、飲物を冷やすという行為は贅沢なものだ。
飲食物を暖めるのは、殺菌という大きな役目がある。材料を煮て、柔らかくする効果もある。また、冷えた体を温めるという役目も果たす。
それでは、「冷やす」意味は?
考えてみれば何もない。単に、清涼感を味わうためだけで、確かに体にもよくない。さらに、温めるより冷やす方がはるかにエネルギー効率が悪い。
みなさん、飲物は冷やさないで飲もう!
でも、私は嫌です。
あわてない
9:30の到着予定が、空港前のバス内でもうすでに10:50。中国では、「あわてない、あせらない、あてにしない、あきらめない」が行動の基本だそうである。
確かに、かつての人民公社時代、仕事をがんばってもがんばらなくても、早くやってもゆっくりやっても給料に反映されない時代があった。経済の自由化で改善されつつあるが、まだ、当時の気風が残っているのかもしれない。
河南省に到着
河南省の省都、鄭州に到着した。省職員のWさんがいろいろと解説してくれた。
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鄭州空港 |
銀苑大飯店 |
トイレの掲示 |
温県の街並 | 温県の民家 |
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車窓から見た黄河 |
河南省は、中国のほぼ中央。洛陽をはじめとして、かつての都が集中している歴史のある所である。
鄭州空港から温県へ向かう途中に見た黄河は、イメージ通り赤茶けて、雄大であった。古代文明を育み、また、多くの氾濫を繰り返してきたこの大河を、これまでに何人の人が見てきたのだろうか。
昼食は、銀苑大飯店。中華料理のバイキングである。
ここのトイレでおもしろい貼り紙を見つけた。小便器の前に次のように書いてあった。
「前進一小歩 文明一大歩」
思わず、にやっとさせてくれる。
温県の街のメインストリートは土で、未舗装だった。趙堡鎮は人口4万人、中に中学校が4つある。バスの車窓から見る風景は、デジカメで撮りたいものがたくさんある。北京と違って、かつての中国らしさを感じる。街から離れると、貧しそうな家が建ち並ぶ。家に車はなく、自転車とせいぜいバイクが交通手段だ。煉瓦造りで、黄河が運んだ土を焼いて作ったようである。
中国の行政組織![]() |
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ガソリンスタンドは大きい | 一面のトウモロコシ畑 | 看板とスローガン | 蘭州郊外の街並み | レンガからコンクリートへ |
温県 趙堡鎮 中学校校舎再建計画
いよいよ最初の視察案件だ。
視察内容の詳細は、公式の報告書がいずれWeb上でも公開されるのでそちらに譲るが、予備知識として、事前に配付された資料から紹介したい。
1 温県趙堡鎮中学校校舎再建計画(草の根無償資金協力) |
2時に学校へ到着。日曜日にもかかわらず、門の両側に生徒が分かれて、拍手と笑顔で出迎えてくれた。後でわかったが、家に電話があるなど、声をかけやすい子が集められたようだ。ということは、家に電話がない子が多いということか?
敷地に入ると、6年前に日本の資金援助で建てたらしい校舎が見あたらない。いや、あるにはあるのだが、どう見ても築20年。窓枠はさび付き、所々ガラスはなく、案内された部屋も6つある蛍光灯のうち、点灯したのは2つのみ。しかし、これがその無償資金援助で建てられた校舎だった。
机もひどく、日本の常識から見ると学習環境としてはかなり劣悪だ。机には、日本のアニメのシールなどが貼られている。周囲には、毛沢東やマルクスなどの肖像が飾られ、業績が書かれている。
こうした教室が各階8、計24ある。生徒数が増えれば一教室あたりの人数が増えるだけである。したがって、現在は1クラス60〜65名。多すぎるが、物理的に仕方がない。日本のように40人学級などといっていられない。
教職員は65名。これは、修繕や植物の世話をする人も含まれている。教職員のほとんどは敷地内に家族ぐるみで寄宿しており、職員室兼住居なのである。運動場はバスケットゴールのみ、かなり草に覆われている。トイレは運動場横に一つあるだけらしい。そのトイレは大小兼用。扉・壁はない。
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両側に並んで大歓迎 |
教室の様子 |
質疑応答 |
ふれあいタイム |
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運動場とバスケットゴール |
机にはNARUTOの絵 |
見てよ!私の得意技 |
職員室兼職員住居 |
会議室には、黒板に「中日人民世代友好」と書かれている。新品のテーブルクロスが敷かれ、桃が準備され、手洗いの桶と石鹸が置かれるなど、できる限りの歓待をしていただいた。歓迎の看板、記念の石碑など、日本への感謝の気持ちがよく表れていた。
学校紹介の後、双方が自己紹介。子ども達の表情はやや固い。いきなり外国人が来たのだから無理もない。
子ども達は、7:40〜17:00の間、午前は4時間、午後3時間学習する。昼食は、多くは家に戻って食べるそうである。最も家が遠い子は6q。通えない距離ではない。教員の人事権は県にあり、鎮の中で異動するそうである。
説明の後で、施設見学休憩をとった。ところどころで団員と子ども達の交流の輪ができた。笑い声が響き、とてもよい雰囲気だ。得意技の太極拳を披露する子、漫才でうけているコンビもいる。その光景を眺めている参加者の表情も満足そうである。
質疑応答が再開した。先ほどとはうって変わって柔らかい表情だ。「100万円あったら何をしたい?」という質問には、「希望学校」「立派な学校」「道路」「身障者の学校」を造るといった模範的な意見や、「半分は自分がもらう」「海外旅行」といった子どもらしい意見も出た。
「行きたい国は?」と言う質問には、「援助してくれた日本へ行きたい」という意見を始め日本が最も多く、イギリスやフランスが続いた。
「将来の夢は?」に対しては、科学者、企業家、教師、映画俳優、農業科学者、音楽家、調理師などがあり、中には解放軍の兵士と答えた子もいた。
教師集団も前向きで、「日本は能力を伸ばそうとしているが、中国では知識偏重だ。日本から学びたい。」という、素直な意見を聞くことができた。
感じたことは・・・
自分には少なからずショックだった。その要因はいくつかある。
一つは、想像以上の貧しさである。
ここに集まった20名の子は、電話があるなど連絡の取りやすい子だそうである。挨拶の様子を見ていると、優秀な子ども達であるに違いないが、インターネット経験はゼロで、ネット環境にないことがわかる。ドラえもんを全員が知っているところを見ると、テレビは普及しているのか?(漫画で知ったのかもしれないが・・・) 学校の備品は全くない。
それにしても、省都からわずか90キロメートルでこの学習環境だと、もっと離れた地域はどうなるのか。
二つ目はとても6年前に完成したと思えない校舎だ。洪水後の緊急の救済のため、建築資材は廃材を使ったのであろうが、素人目から見ても造りも甘い。中国の建築基準には適合しているらしいが、本来ならばもう少し費用をかけたかったであろう。また、使い方にも問題が見受けられる。
草の根無償資金協力で出せる金額は1,000万円。相手も同額以上を出す必要がある。この校舎はほぼ満額、2千万円近いものであるが、いくら物価の安い中国といっても、不足していたのだろう。
ODAに対する評価
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学校のトイレ(女子用) |
草の根無償資金協力は金額こそ少ないが、困っている人が一番してほしいことを援助することができる。相手の顔が見えるので、成果も見えやすい。この学校でも、歓待ぶりや人々の生の声により、日本のODAに対する感謝の気持ちを十分に感じ取ることができた。その意味では有意義であろう。
ただ、いくつか問題も感じた。建築中のチェックはできていたのか、1千万円という限度額が設けられていることは適切か、利用の仕方は適切か、数年分の修繕費などの経費が見積もられているかなどである。
また、何らかの形で、人が継続的に係わることができないだろうかと思う。学校間交流、行政職員交流でもよい。人が介在することでより有効にはたらくと思う。
Sofitel ホテルにて
外務省のKさんにホテルでいろいろと話を聞く。外務省の官僚というと、まるで雲の上の人のような取っつきにくいイメージがあったのだが、Kさんはそのような堅さを全く感じさせない。しかし、理路整然とした話しぶりから、とても優秀な人であることは十分に感じ取れる。
富の分配
ODAはそもそも富の分配である。
日本国内で個人レベルで見てみると、累進課税制度により収入に応じて税額が変わる。さらに、低所得者に対する支援が行われ、富が分配される。 自治体レベルで見ても、地方交付税交付金制度により、収入の少ない自治体に対して税金が分配される。これらに対して税金が使われることに対しては、国民の理解を得ていると言えよう。
これを地球レベルでみたのが、ODAなのである。たしかに、国家間においても富の分配はあってよい。いや、むしろあって当然だ。それが正しく使われるならば・・・
中国には、そうしたシステムは、まだ、ない。