大島教授の[暖蘭亭日記][99年5月25日〜 5月31日] [CONTENTS]

1999年5月25日火曜日 晴れ。
 朝、また眼鏡を踏んづけてしまう。今日はかなり激しい。予備の眼鏡は細かい文字が見難い。かけにくいので、必要なときにしかかけないようにする。

○Alpha Yaya Diallo THE MESSAGE; Wicklow/BMG, 1999
 BMGからのサンプル。ギニア出身ヴァンクーヴァー在住のギタリスト/シンガー。セネガルやマリにつながる西アフリカのカラー。細かいギターの動き、うねりのように繰返すリズム、音域はやや高く、浸透力のある声。なかなか良いアルバム。惜しむらくはカナダ人と思われるリズム・セクションで、悪くはないのだが柔軟性が不足している。リズムのグルーヴ感というかうねりが小さい。もっとうねってほしい。これは三枚目だそうで、前の2枚も聞きたいものだ。多分、そちらの方が出来は良さそう。
 午前中、マイクロテックに架電。リンククラブから教えられてはじめにかけた番号は法人相手で、個人客は別番号で10時から受付とのことでかけなおす。窓際族のような感じのおっさんが出て、説説明すると代替機申請書をファックスするといって切る。送られてきたファックスに記入して返送。
 午前中は『バビロン』。早いとこ、終わらせねばならない。
 CDソフト・ケース到着。
 正午前に出て駅前。まず眼鏡屋に行き、眼鏡を預ける。吉本家で昼食。キャベツ・味玉。有隣堂で『本の雑誌』三上義夫『文化史上より見たる日本の数学』を買い、定期で来ていた『ネルヴァル全集4巻』を引取る。
 女性センターでPTAの幹部研修会。県教育委員会愛川事務所主催。事務所副所長の挨拶、主任の説明、新聞教育研究所というのを自分でやってる大内なる人の講演。四、五人に別れての分散会。
 4時半に散会となり、眼鏡屋にもどる。見事に直っていた。東京創元社・Kさんから留守電。『レッド・マーズ』が星雲賞受賞。かけかえす。『タイムシップ』との共同受賞だそうだ。ロビンスンのコメントをとるのにメールしてくれるかと訊くので、エージェントを通す方が公式の感じはするのではと応える。訳者のコメントも要るのだそうだ。
 かけ返したとき、Yさんが出たのでホーガンの件、伝える。
 夜、アマゾンに行き、レンズマンの原書を注文。読者レヴューは絶賛の嵐。
1999年5月26日水曜日 曇。昨日とは一転、涼しい。
 あれこれ断片的に本を読んで時間が過ぎる。
 午前中、音友・Kさんから電話。ジャケット、ミュージシャンの写真の件。
 ラティーナ・Mさんに架電。アイリーン・アイヴァースのインタビューの件。時間をずらしてくれるように頼む。しばし雑談。後で電話が来て、日曜日の2時になる。
 午前中にマイクロテックからスキャナの代替機到着。なかなかすばやい。
 昼食はご飯、薩摩揚げ、レタスのサラダ、キャベツの味噌汁。
 昼食後、さっそくスキャナを試してみる。今度は無事取込める。PhotoDeluxe からスキャナ・ソフトを起動するのがえらい遅い。起動してしまえばスキャニングそのものはそれほど遅くないが、起動するまで一分ぐらいかかる。
 『北原白秋歌集』の解説を読んで俄然、白秋が読みたくなる。全集があるはずだ。図書館が再開したら行ってみよう。
 朝のディスクは

○Planxty WORDS & MUSIC; WEA ワーナー・ジャパン1983/1999
 どうもまともに聞いた覚えがない。やはりアーヴァインとムーアの「分裂」は顕著。ビル・ウィーランも入っているのだが、キーボードはむしろドーナルの感じが強い。
 
 昼過ぎ、東京創元社・K氏から電話。SF大会の事務局からK氏気付で訳者に手紙が来たそうで、回送するとのこと。
 6時半頃、音友・Kさんから電話。松山さんのレオニード・ソイベルマンを入れる場所の件。横井さんから中欧ではない方がいいのではないかとの意見が出て、監修者の判断ということになったらしいが、場所的には他にはないのでそのままにして、国名で "multiples" とでもつけようということになる。表紙デザインのラフ、ファックスで来る。賛否両論出そうなデザイン。
 仕事できず。
1999年5月28日金曜日 曇。
 午前中から『バビロン』。一気に終わらせる。
 あとはうだうだ。iMac に e.Typist 4.0 をインストール。Daily Yomiuri の記事を読込ませて、変換してみる。てんでだめ。解像度はデフォルトの400dpiで読読込んだ画像は鮮やかだが、解解析させるとまるでだめである。手で打込んだ方が速いかもしれない。
 東京創元社・Kさんに架電。SF大会には行けない旨、伝える。マイクロテックに不良品のスキャナを返送。

○Dedale ALIVE Face B; Mus Tra Dem, 1998
 グルノーブルを本拠とするらしいバンドだが、これは面白い。ブルターニュとアラブをベースとしていて、後はジャズなのだが、かなり綿密な計算もしている形跡。ジャズというよりフュージョンなのだろう。フュージョンと伝統コアの中間の感じだ。奔放な演奏も多いが、熱いものではなく、むしろ「クール」だ。おそらく正規の音楽教育ないしプロとして高度な訓練を受けているのではないか。
 楽器はクラリネット(バスもあり)、蛇腹、フィドル、ギター、パーカッション、ハーディガーディなど。クラリネットはなかなかの腕で、タンギングと言うのだろうか、音を切る奏法が効果的。
 ぜひ Face A も聞いてみたい。それにしてもこういう前衛的な音楽にしては観客の反応が熱狂的で楽しい。これも粋である。
 
 キーラン・ケネディのサンプルをチェック。あらためて聞くといいアルバムだ。
1999年5月29日土曜日
 Kが法事で終日出かけたので、午後は子供の世話。
 仕事はもっぱらアイリーン・アイヴァース関係の録音を聞き、記事を読み、質問を考える。
1999年5月30日日曜日 晴れ。空気は乾いているのでそれほど暑くはないが、歩くとやはり汗が出る。
 午前中はアイリーン・アイヴァースの録音をあれこれ聴いてインタヴューの準備。
 11時に家を出る。駅前の有隣堂で今朝の書評で見た『小公子』バアネット/若松賤子・訳、岩波文庫を買い、読みながら行く。新宿に出てアカシアで食事してから、駅ビルのHMVでアイリーン・アイヴァース関係のディスクなど買う。Daryl Hall & John Oates と Paula Cole、それにイ・ムヴリニをようやく見つける。そのホール&オーツのアイリーンの入ったトラックを聞きながらソニーへ。目黒の駅から結構歩く。ちょうどロビーで取材の後の撮影をしているところ。『コスモポリタン』だった。井内君が立合っている。インタヴューはロビーからちょっとあがった二階に当るところの応接室。アイリーンはご機嫌で、良くしゃべる。こちらのブロークンな英語でもアメリカ人らしく耳を傾けてくれる。途中一度、近藤さんが英語で助けてくれた。ソニーのチームは誰も英語は達者な様子。次のインタヴューは松山晋也さんであった。ちょっと雑談。
 そこから教えられた通り、広尾までタクシーで出て地下鉄で日比谷。野音の場所を確かめてから、時間が早いと思ったので旭屋などのぞき、『日本の名隨筆別巻99 歴史』網野善彦・編、作品社と『博士と狂人』サイモン・ウィンチェスター/鈴木主税・訳、早川書房を買う。地元の有隣堂では見ない本がたくさんある。やはり時々は本屋回りをするべし。くたびれて日比谷の喫茶店でお茶を飲み、網野さん編の本の始めの二篇、鴎外の「歴史其儘と歴史離れ」と大岡昇平のそれへの対論を読む。
 もういいだろうと野音へ引返す。ところが予想より早くプログラムが進行していて、もうトリのドクター・ジョンのステージ準備になってしまっていた。ピーター・バラカンさんがいるので挨拶。後で五十嵐正さんも現れる。稲城のKさんにも挨拶される。この人もマメだ。ステージはすばらしいもの。バンドの演奏に乗って軽くステップを踏み、スーツに帽子、ステッキ姿で悠々と現れ、また悠々と去ってゆく。役者だ。バンドはギター、ベース、ドラムスの基本的なもの。曲、演奏とも申分ないもので、楽しめた。が、Kさんも後でメールで言っていたように今ひとつのめり込むまでは行かない。野音という舞台設定のせいかもしれない。陽はビルの影になってもドクター・ジョンのステージが終わる頃でもまだ明るかった。
 終わってからピーターさんに誘われて、五十嵐さんと二人、楽屋で乾杯につきあう。ビデオアーツのKさんがいた。しばらく雑談してから帰る。新宿・桂花で腹ごしらえしてから帰宅。
1999年5月31日月曜日 晴れ。日差しは強いが、空気は乾燥していて涼しい。
 午前中はうだうだ。『小公子』の残りを読んだりする。確かに後味の良い、一篇の説話。訳者は若くして亡くなったそうだが、寝言に英語が出るのはたいしたものだ。
 正午に家を出て、まっすぐ銀座へゆく。はしごで腹ごしらえ。
 3時半から『ウェイクアップ・ネッド』の試写。映画美学校試写室というのが始め見つからず、うろうろする。ようく探すと小さな看板が出ていた。銀座によくある古いビルの一階。受付に葉書を出すと、パブリシティを担当しているYさんという女性に挨拶される。試写室は30人ほど入るもので、開映時刻にはほぼ満杯になった。映画はとても楽しい。隣の女性も腹を抱えて笑っていた。笑わせるだけでなく、普通なら隠しているところもきちんと見せる。何とも気分のいい映画。
 終わってから山野まで歩き、アイリーンにあげるCDを買う。ヒートウェイヴ、ソウル・フラワー、それに沖縄もののオムニバス。嘉手苅林昌のCDが知らないうちにずいぶん出ている。三枚組みのものを買う。さらに伊東屋へぶらぶら。渋谷へ出て、コーヒーでも飲もうと歩いたがプリムローズが閉まっていたので諦めて会場の渋谷公会堂へ向かう。すでに開場していたので入ってギネスで喉を潤す。ソニーの人たちに挨拶。売り子をしていた松山晋也さんと雑談。
 今回席は正規に買ったので席は前から二番目。これだけ前で見たのは初めてだったので、いろいろ発見があった。チーフテンズそのものはいつになく元気。ハイライトはマット・モロィのソロ。技、神に入る。デレク・ベルのハープもすばらしい。やはりこの人、天才だ。マットのソロの時、パディは居眠りしていた。しかしアイリーンが出てくると、もう他はどうでも良くなる。アコーティック・フィドルの時、フィドル用のマイクがスタンドかはずれて下に落ちてしまったが、すかさず後ろでパディたちが後を受けたのはさすが。
 終わってから楽屋でアイリーンにCDを渡す。ギターのドーナル・クランシィと話す。凄いアイルランド訛り。
 一行の宿の新宿ヒルトンまで五十嵐さんと一緒にチーフテンズのバスで移動。バンドは打上げ場所まで先にゆき、五十嵐さんと二人、ミュージシャンのケアをしているNさんに頼まれ、降りてくるはずのアイリーンのバンド・メンバーを待つ。が、約束の10時を過ぎても誰も降りてこない。で、結局二人して打上げ場所へゆく。バンドのメンバーはくたびれて全員寝ていたらしい。
 11時ごろ、チーフテンズの一行は宿に帰る。途端にKさんもアイリーンも解放された顔を見せた。0時少し前、一人辞去して帰る。相武台行き最終で帰宅一時過ぎ。
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