大島教授の[暖蘭亭日記][99年7月18日〜 7月23日] [CONTENTS]

1999年7月18日日曜 曇

○Davey Graham ALL THAT MOODY; Rollercoaster, 1999
 こういう切れ味のギターはやはり他にはないだろう。人間離れしているとすら聞える。アウトテイクの "All of me" など、あんな単純な曲がどうしてここまでになるのか、唖然とさせられる。しかもジャンルやスタイルの枠がここには全くない。ブルース、ジャズ、フラメンコ、インド古典音楽(北?)、アイリッシュ、といった要素からグレアム音楽としか呼びようのない何かに変容してしまっている。唯一無比というのはこういう人をさすのだろう。

 午前中炭焼きに行く予定だったが、朝早くから起こされて気分も体調もずれているのでやめてしまう。子供たちは炭焼きに出てゆく。
 朝刊に新タイプのコンピュータ・ウィルスの話。メール添付のファイルを開くととり憑き、そのコンピュータのIPアドレスとパスワードを指定の掲示板に送る。そうするとそのコンピュータがネットにつながっている間にファイル操作などを行い、重要な情報などをとれる。被害者は実害がないのですぐには気づかない。十種を越えるウィルスがある。
 ぼんやりとメールを書き、送り、ダウンロード。ニフティのSF巡回。ぼんやりと読み、レスを書く。
 5時半頃、市議会議員選挙の投票に行く。

○Lal Waterson & Oliver Knight A BED OF ROSES; Topic, 1999
 あらためて聴直す。二人の一枚目よりも聞きやすい歌が多い。オリヴァ・ナイトの功績だろうか。フィドルやキーボードのぎりぎり最小限の音の組立はこの人の歌にふさわしい。この人のヴォーカルそのものはどんな背景でも変わらないだろう。その声は夾雑物の一切ない、純粋の「声」というべきものだが、そのくせ無機的ではなく、人の声の体温をしっかりと感じさせる。こういう純粋な響きには、なるべく stark な、こちらもよけいなものの一切ない伴奏がふさわしい。

 夕食は茹で鶏の薬味和えとご飯。薬味は茗荷、生姜、大葉。金胡麻を醤油と酢で和えたタレ。
1999年7月19日月曜 曇。やや涼し。
 子供たちは終業式なので、普通に起きる。Kは「リフレッシュ休暇」で今日は休み。これは二十年勤めると一日くれるものだそうだ。朝から家事に精出している。
 Amozon.com から本一冊。CHILDREN OF THE LENS。1954年初版の復刻だった。John Clute の序文が面白い。われわれ自身がレンズマンたちに真っ先に抹殺される対象だという指摘は鋭い。
 『アンボス・ムンドス』第二号。雑誌としてずっと成熟した感じ。願わくは適度が数が売れんことを。
 Irish Music6月号。エイスネ・ニ・ウァラホーンの訃報が載っている。Green Linnet の新しい社長 (COO) のインタヴュー。やはり、昨年は会社の危機であったらしい。Wendy Newton はまだ社主だが、経営の一線からは手を引いたようだ。マーティン・ヘィズと4枚の契約を結んだ由。ニーヴ・パースンズの新作は売れているとのこと。当然だが、いいニュース。Book of the Month Club はあいかわらず。いつまで送ってくるだろうか。London Review of Books。購読更新しなくては。
 Jacqui さんに頼まれたFolk Rootsのラル・ウォータースンの記事を探す。ノーマとダブルで載っていた。この号はイライザがカヴァーで、さながらウォータースン/カーシィ一家の特集号の様相。その過程でポリィ・ボルトンのアルバムのレヴューを見つける。バンド名で一枚出ていたのだった。やはり、ネットを当る必要がある。
 音友・Kさんに連絡。先週FAXが来たカラーページの件。ゲラを改めて送ってもらうことにする。
1999年7月20日火曜 曇りのち晴れ。涼し。
 昨夜就寝2時につき、起床11時。子供たちは朝早くから起き出し、うるさいことおびただしい。午後、『緑』少し。
 夜はメールのチェックとニフティ。今日はまた多い。J-BOY さんの書込みを見て、GEMM.COM に行ってみる。なるほど、なかなかのものだ。BRIGHT PHEOBUS は33ドル。
 音友より、カラーページの写真貼込(モノクロ)と北西ヨーロッパの再校。
1999年7月21日水曜 曇りのち晴れ、夕刻より雷雨。
 暑い日で、梅雨明け間近の感じ。午後からにわかに黒雲巻起こり、四時ごろより雷雨。6時ごろもっとも激しい。
 今日も朝起きられず。昨夜酒を飲み過ぎたか、あるいは朝方毛布をはいでしまい腹が冷えたか、明け方より腹苦しくなり、眠れず。起床すれば昼。
 夕食、シャワーの後、リビングの窓際の椅子に座っていると、馬追いが鳴く声が聞える。炭焼きの日に初めて蝉の声を聞く。
 Amazon から本五冊。レンズマン・シリーズの残り。全て初版本の複写で、すべてにジョン・クルートの序文がついているが本編の四冊と外伝二冊の二種類だけ。
 今日も仕事はろくにできず。音友・Kさんと連絡。カラーページ写真キャプションの件で相談。地図の直しの支持はすでに送ったものですみ。後で再度電話あり、アイルランドのところの地域名と国名の二重表記の件。その後、カラーページの写真のキャプションを書いてしまい、ついでに送ってしまう。北西ヨーロッパのゲラをチェック。 夜半、また酒をちびちび飲み、あたり目を食べながら、Apple のサイトを見る。iBook がようやく発表になる。二色、12.1インチTFT、300MHz の G3 チップ、VRAM 4MB、HD3.2GB、56KModem、10/100 BASE-T ETHERNET、24xCD-ROM Player。1,600ドル。9月アメリカで発売。となると日本は十月、アップルストア価格188,000ないし178,000円というところか。アメリカの AppleStore もまだ開いていなかった。12.1インチTFT でこの価格は驚異だろう。そのほか、無線LANシステム、QuickTime TV、IBM による音声入力などが発表になっている。噂のPDAはなかったらしい。なんだかんだで一時。
1999年7月22日木曜 晴れ。今日も暑い。あまりの暑さにベランダに水を撒くが、たちまち乾いてしまう。
 明け方、Hの飼っているクワガタの騒ぐ音で目が覚めてしまい、それから眠れず。起床9時。午前中はうだうだとすごす。のざきさんからジェリィ・オコナーのバンジョー教則ビデオ。
 WXG 新版をダウンロード。Mac系のメール・マガジンは iBook の話だらけ。忘れていたが、昨日から幕張で Linux の初の大規模イベントが開かれていたのだった。ノーザンライツという会社が Linux プリインストールの自社開発ハードを発売しているというのでサイトに行ってみる。何しろ窓は一切サポートしないという徹底ぶりだ。しかし高い。ノートで14.1 インチはいいのだが、最低のメモリ96MBで40万後半ではあまりに高すぎる。サポート代も入っているのだろうか。
1999年7月23日金曜 晴れ。
 終日『緑』ちょぼちょぼ。起床9時半。比較的よく眠れた。5時半に家を出る。プランクトンの打上げ。駅前で蕎麦屋に入り、大盛りで腹ごしらえ。うまくはないが、ひどくもない。高い。まっすぐ渋谷。指定された店に行くとまだ少し早く、一番乗り。8時ちょうどに井内君とスタッフが二人ほど。後、三々五々。「プランクトン・ガールズ」に、松山晋也さん、五十嵐正さん、中川五郎さん、音友・Sさん、ソニークラシカルのKさんとTさん。店がほとんど終わってから志田さんも来る。今日は覚悟してきたので、朝まで飲む。〇時過ぎに中華屋が閉店になったので、近くのつぼ八に移動、ここが3時にしまいになり、また近くのブック1st上の仏像のある料理屋に入る。ここはひどい店。時代錯誤のバブル的店であった。なんだかんだいろいろ話したが、皆忘れる。二次会の店で、五十嵐さんがKさんと年末企画の話をするのをみなで外野からやいのやいのと嘴を容れる。五郎さんから著書と訳書をいただく。Sさんが出たばかりのプログレ本をくれる。
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