大島教授の[暖蘭亭日記][2000年 6月 05日 (月)〜 2000年 6月 11日 (日)] [CONTENTS]

2000年 6月 05日 (月) 晴れ。

 朝食、ハム・トースト、サニー・レタス、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。
 今朝は交通指導の旗振り当番だったが、薫が一時間休んで行く。

○Richard Shindell SOMEWHERE NEAR PATERSON; Signature Sounds, 2000
Richard Shindell  揺るぎない自信と歌うべきものを捉えている自負の生みだす力強いうた。もともとブリテン〜ケルト嗜好のある人だが、とうとう "Summer reel" という Larry Campbell のインストまでやっている。フルートがジョーニィ・マッデン、バゥロンがショボーン・イーガン。ラリィ・キャンベルがフィドル、シターン、マンドリン。これがなかなかの佳曲で、アメリカ産であることはすぐわかるのだが、アイルランドやスコットランドとは違った大らかな味わいがありながら、ブルーグラスにも堕さず、適度の湿度を帯びた緊張感も失っていない。ラリィ・キャンベルはどうもただ者でない。今回はプロデュースも担当だ。ミラー夫妻の曲が一曲。ダール・ウィリアムスの曲を最後にソロの弾語りでうたっているのが白眉。

 午前中、リビングの窓際で仕事をしていたら、足がもぞもぞするので見てみると百足がはい上がってきていた。ここのところベランダに土が増えているせいかもしれない。いったんベランダに落した後、しばらくしてプランターの下を覗くと丸まっていたので、シャベルで下の庭に落す。

 昼食は薩摩揚げを焼き、キャベツの味噌汁、ご飯、サニーレタス。
 昼食をはさんで、レニー・ブルース。

○Bruce Cockburn STEALING FIRE; High Romance,1984
 INNER CITY FRONT に比べるとやや印象が薄い。あちらが強力だったのか。「怒り」が多少奥に潜っているのか。

 昼食後、メールをチェックし、早坂紗知のメール・マガジンを見ていたら、Three Blind Mice から彼女のソロ・デヴュー作が復刻されるというのでサイトに行ってみる。ひょっとしてと思ったら、予想通り、笠井紀美子と峰公介トリオのやつが1,800円で限定復刻になる。ついにあれがもう一度聞けるのだ。何年ぶりだろう。十年は経っているはずだ。表参道のらっぱ堂で、WATT のスピーカーと Versa Dinamics のLPプレーヤー、Spectral のアンプで聴かせてもらった、あの時の感動は忘れられない。大喜びで早坂のものなど5枚注文してしまう。

 食事後眠くてたまらなくなり、昼寝。仁が帰ってきてからまたCDのデータ整理。夜までかかり、ほぼトラッド関係の旧譜を終る。次は仕事部屋の中のものだ。今のペースだとアメリカものがあるから、だいたい3,000枚強というところだろう。LPがもう少し5,000枚ぐらい。アメリカものでもう聴かないものを売ることを考える。
 夕食はハヤシライス。

○Rizwan-Muazzam Qawwali SACRIFICE TO LOVE; Realworld, 1999
Rizwan-Muazzam  まだ若く、元気のいいカッワーリ。リードがヌスラトほどはっきりしておらず、と言ってサブリほどの集団としてのまとまりはまだない。むしろ、メロディ・ラインやアンサンブルの組立てに妙にモダンな、ヌスラトやサブリには聞いたことのない、覇気のようなものを感じる。ばらばらのようでいて、実はチーム・ワークがとれているようでもある。演奏のメリハリがもう少しはっきりすると、こちらの耳には心地よいが、地元ではどうなのだろう。ライナーによれば、ヌスラトの甥にあたる兄弟で、まだ十代だそうだ。

○Grianan THE MAID OF EIRIN; West Winds, 1993
Grianan  ケヴィン・クロフォードがショボーン・ピープルズたちと作っていたバンドのアルバム。これがさすがにいい。選曲はそれほど目新しいものはないが、やはり演奏がみずみずしい。特にショボーンのフィドルはまさに親父譲りで、もっと聞きたい。ケヴィンのフルートはまだルナサほどの奔放さはない。2曲ほど入るうたを歌う、女性シンガーがいい。ちょっと線の細いマレード・ニ・ムィニーという感じ。

○David Hughes Shouting at the Radio; The Folk Corporation, 2000
David Hughes  THIS OTHER EDEN からの二曲、うちタイトル曲はミックス違いの三曲入りCDシングル。エディ・リーダーやジャッキ・マクシーがバック・ヴォーカルの贅沢な使い方。デヴィッド・ヒューズはいよいよ面白くなってきた。

○Chris While and Julie Matthews The Ballads; Blue Moon Music, 1998
Chris While and Julie Matthews  四曲入りのCDシングル。どうやら全曲未発表。"Thorn upon the rose" はジュリィ・マシューズの曲だったか、初めて気がつく。ジミィ・マカーシィの曲だと思いこんでいた。このシングルでのヴォーカルは二人ともむしろ感情を籠めたスタイルなのだが、どうも全体に空回りしている気配。この曲なんかもそうだが、元がいいので救われている。アルバムでじっくり聞いてみるとどうなるか。

 夜のニュースで世論調査の結果、森内閣支持率が16%というのに思わず笑ってしまった。こういう世論調査の数字の一桁はあまり意味があるとも思えないが、20%を切るというのはやはりなかなかない。一方の不支持は63%だそうだ。「神の国」発言を総選挙の投票に考慮しないが53%、するが42%という数字をみると、発言内容よりも、発言の仕方、その後始末が不評ということだろうか。まあ、小渕支持の理由で一番多かったのが「人柄がいいから」という、恐ろしく曖昧なものだったわけだから、森の場合は「人柄がよくないから」ということになるのだろう。直接会ったこともない人間の人柄を判断できることも驚きなら、一国の首相の資質の基準に「人柄」を第一にあげることはもっと驚きだ。

 上記「神の国」発言と投票の関係について言えば、考慮すると応えた人の割合が思いのほか多い。俺のようにそんな発言に関係なく投票行動の判断をしている人間がいることを考えれば、この数字は自民党支持層から出ているのではないか。とすると、比例区は地滑り現象が起きる可能性もある。

 このままの傾向が続けば、総選挙で自民惨敗、公明健闘、保守埋没、共産躍進、民主そこそこ、社民ほっと一息、自由ふんばる、と予想する。ために連立政府内での公明の発言権は一層大きくなる。俺なんかが思うくらいだから、一度共産に政権を担当させてみてもいいじゃないか、と思っている人間は少なくないだろう。

 「神の国」発言をめぐって、朝刊で論説委員と国学院の教授が対談している。この教授は「民族派」の論客だそうだが、首相の発言について不安を感じている人が多いのではないかと言われると、そう思っているのは「マスコミと一部文化人」たげだと反論している。この言い方は「民族派」が使うのをよく聞くが、どこまで意図的に使っているのだろう。こう言うことで「国民の大多数」は自分たちと同じ立場だ、と暗示する戦術として意識しているのだろうか。あるいは、実は自分たちこそが「一部文化人」であり、少数派であることを意識的であれ無意識的であれ、自覚していて、そこで苦し紛れに出てきているのだろうか。

 マスコミは実は自分の意見は持っていない。持ってしまってはマスコミにならないからだ。マスコミは「世間」の「空気」を敏感に感じとり、それを増幅しているだけだ。
 一方「一部文化人」で示そうとしているのはどういう人びとなのだろうか。首相が時代錯誤の発言を繰返し、それが時代錯誤だと言われると開きなおっていることや、自民党内の「民族主義」的傾向が顕著に現われてきていることに対して「不安」を感じているのは「マスコミと一部文化人」だけだと思っているのが「一部文化人」だけだ、ということもありうる。

 今、わが国の人びとは最も広いレベルでひじょうに「保守的」になっていると考えてみよう。すなわち、いかなる変化も、左への変化だけでなく、右への変化も嫌っている。右への変化は左への変化よりも変化と認識されにくいのが普通だが、ある一点を越えると急に左への変化よりも急激な変化と感じられるようになる。「日の丸・君が代」の法制化とそれに続く、学校現場での「日の丸掲揚・君が代斉唱」強制の強化、「昭和の日」法案、「神の国」「国体」発言。石原都知事の「三国人」発言も実は潜在的な影響があるかもしれない。これを見て、特に都市部住民が不安になっている。わが国では都市住民と農村住民の対立は顕在化していないが、その分根深く、いざ顕在化する時には先鋭化する可能性がある。天皇にほとんど依存症的感情を示す友人でさえ、今住んでいる地元の「農村」住民の習慣には強い嫌悪を示す。

 自分自身をふりかえってみても、俺は自分が特に「左翼」とは思えない。社会党や共産党に投票してきたのは、社会主義や共産主義に共感してのことではない。少なくともわが国の社会党や共産党の掲げる綱領に共感してのことではない。自民党以外の選択肢として他に適当なものがなかったからだ。むしろ自分としてはプチ・ブルジョワであり、保守的であろう。原発反対、開発反対、公共事業反対、といった立場は、イデオロギーというよりは、自分に今考えられるかぎりで、原発や開発や公共事業が将来の自分と家族と友人たちの生存と繁栄に百害あって一利なしと判断するからだ。
 共産党は公明党と同じくらい嫌いだ。ただ、どちらかを選ぶしかない場合、共産党の方がまだ害が少なかろうというだけのことだ。少なくとも公明党が害あることははっきりしている。共産党は害があるかどうか、まだわからない。その点で共産党以外の政党は全て一度与党を経験し、そこで現在のままではわが国の統治を託すに値しないと判断できる。

 それはともかく、俺自身がそれほど「特殊」な考えを持っているとは思えない。突出している部分もあるかもしれないが、感情的な根幹部分は「一般庶民」ないし「一般国民」としてくくられる、ある共通集合の範囲内だろう。それとも、人は誰でも、そのように感じ、また感じることを望んでいるのか。

 ただ、最近、理知の部分では意図的に変化を求めているところはある。わが国の政治状況とはまた別のところで、社会は変化している。わが国の政治とそれを担当している人間たちはこの変化に気がついていないか、気がついていてもそれに対応できない。政治は変化への対応に関して、常に一番遅れる分野なのかもしれない。だが、こちらとしては変化に対応しなくてはならない。何より生存に関る。そして、生存には生きる意味も含まれる。植物人間で生きていてもしかたがないのだ。生きる以上、主体的に、生きてある意味を見出さねばならない。そのための変化だ。まず自分を変える。少しずつ変える。だが、まだ変化の方向性ははっきりわからない。それをさぐるために書いているようなものだ。

2000年 6月 06日 (火) 晴れ。

 朝食、ハム・トースト、バナナ、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

○Andy White KISS THE BIG STONE; Cooking Vinyl , 1988
 セカンドのはず。ファーストも見事だが、これも劣らぬ力作。バックが渋く、何とピート・トーマス〜ブルース・トーマスのリズム・セクションに、アーティ・マッグリンのギター。ニール・マーティンがパイプとチェロで一曲ずつ。ナリグも一曲フィドルを弾き、という具合。マッグリンはいつになくギターを弾きまくっている。"The bonny light horseman" をやっているのだが、これはすばらしい。ちょっとつきはなした歌い方がかえって抑えた感情を身近に感じさせ、伝統的な感情を一度消すスタイルでは出ない悲劇性を感じさせる。もっと飄々とした歌うたいだと思っていたのだが、少し聞き方を変えねばならない。

○Tarika D; Sakay, 1998
Tarika  D  fRootsの定期購読更新のおまけ。マダガスカルは「惑星」だそうだ。どうもわれわれは「島」というと一つのまとまりがあるように思いこみがちだが、スリランカの例のように、実はかなり内部は複雑な文化の複合状況があるのだろう。フィジーやソロモン諸島での最近の事件を見てもそうだ。もちろん、アイルランドやブリテン島もそうだし、ケープ・ブルトン等々実例には事欠かない。ましてマダガスカルは大陸といっていい大きさだ。ギターやハーモニカ、ベースを中心とした組立てはもちろんモダンなものだろうが、音楽の生命力は力強い。どこまでが伝統音楽かわからないが、まさにそれ故におそらく伝統音楽の現代化として最も成功している部類に入る。集団としてのヴォーカルもいい。誰がリードというのでもなく、誰でもリードを取る。ヴァルティナ的な集団リード・ヴォーカルもある。ダンス音楽ではあるのだろうが、むしろじっくりとうたを聞込んでみたい。単純そうに見えるリフが少しずつ変わっていくのは快感。

 10時半過ぎ、ユニバーサル・K氏から電話。モデナ・シティ・ランブラーズ最新作の発売が7月26日になり、プロも・ビデオがあるので送るとのこと。ビデオは楽しみだ。生粋のイタリア音楽のファンからすると、もっと先に出すべきものがあると言いたいだろうが、こういうものはえてして「順番」とは関係がないものだ。アイルランドだって、バスクだって、もっと先にという人はたくさんいる。

 Amazon.comから本とCD2枚。Cindy Mangsen の一枚ダブった。The Living TraditionからCD6枚。浅倉さんからウィリアム・ギブスンの訳書二冊。
 昼食は釜揚げ饂飩とバナナ。

 「Macお宝鑑定団」を見て、Apple のサイトに行き、AppleWorks 6 日本語版のアップデータをダウンロード。アップデートをほどこす。ワープロ書類を開いた時、動作がかなりの間止まる現象は治ったようだ。

 午後、やはりやたら眠くなる。無理もない。うとうとしたりうだうだしているうちに2時半となる。夜、出かける予定だったが、どうにもだるく、やめてしまう。
 着いたばかりのルイス&クラークのヴィジュアル本を眺める。二人がたどったルートの風景や当時を想像して描かれた絵などで構成した本だが、日記の現物の写真がいたるところに入っているのがありがたい。これを見て驚嘆したのは、その筆跡の美しく、整っていることと、いたるところに挿入された地図と動植物のスケッチの見事さ。下書きなしで書いたとはとうてい信じられない。鹿革で装丁された大きめの方眼ノートだが、現物を見てみたい。

 Richard Haklyut の本のイントロだけ目を通す。この本はまず当時は実用的な書物として、航海者に用いられたらしい。シェイクスピアの同時代人でもあり、現代英語形成にも大きな役割を果たしている。英国人学者の文章で、ところどころわからないところがあるが、とにかくイントロだけは読んでしまう。眼が疲れる。

 夕食前、ネット上で探して、楽天市場にある電気屋でダイソンの掃除機を注文。
 夕食は炒飯と鶏餃子、プチトマト。ちょっと足らなかったので、ブルーベリィ・ジャム・トーストとコーヒー。
 夜、ニフティに書込み。先週の日記を整理する。

2000年 6月 07日 (水) 晴れ。

 朝食、ハム・トースト、サニーレタス、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

○Ceolbeg CAIRN WATER; Greentrax, 1999
Ceolbeg  ロッド・パタースンがリード・シンガーとして入り、うたの核が固まった。デイヴィ・スティールが抜けたのは病気のせいもあるのかもしれない。とまれこのバンドにはむしろパタースンの方が適任ではあろう。パーカッションの使い方、ウエンディ・スチュワートの活躍、アレンジ、選曲も一枚皮が剥け、アイルランド風ではない、スコットランド独自のバンド・サウンドとして一つの方向を示している。ダンス・チューンで突っ走るだけではなく、さまざまなテンポ、曲種を冴えたアレンジで聞かせる。アルバムではずっと迷いが見えたバンドだが、ようやくこれで一つの極を達成した。

 iBookの索引作成が朝になっても終わっていなかったので、終るまで DeVoto のルイス&クラーク日記の序文を読む。やはりこの探検隊はアメリカが現在の形を取る、物理的にも精神的にもその原点にある。歴史上これに匹敵するのは、リヴィングストンとスタンレーのアフリカ探検、ジェイムズ・クックの航海ぐらいでないか。そう言えば、あの二人の探検の全貌はどんなものなのだろう。

○Donal Lunny JOURNEY: the Best of Donal Lunny; Hummingbird/Music Plant, 2000
 ドーナルの多岐にわたる活動のそれぞれの分野から代表曲を選んでいるのが全体の四分の三。映画のサントラまであるが、これはまあご愛敬だ。こういう仕事もやってます、という一種のアリバイというところ。CD2枚組で計90分。それなりに選りすぐったものではあるし、ドーナルの軌跡の大枠は跡づけられるだろうが、氷山の一角にもならない。まあ、仕方がないことではあるが。最低でもCD4枚びっしりのボックス・セットが欲しいところだ。締めくくりは昨年大晦日にBBCで全世界に放映されたテレビ番組のための曲と演奏。ゲストが何人か来ているが、やはりカルロス・ヌニェスは華がある。ブライアン・ケネディはかれに比べれば、田舎の兄ちゃん。やはり最後にショーをさらうのはカルロスだ。

 午前中、書籍のデータベースを AppleWorks で作る。まずまずか。
 その後、レニー・ブルース。なかなか進まない。
 荷物たくさん。メディアワークスから電撃小説大賞の選考用原稿一箱。

 ユニバーサルのS氏から『リヴァーダンス2000』の案内状。今度はマチネが多いから、また子供たちが見られるだろう。
 同じくユニバーサルのK氏からモデナ・シティ・ランブラーズのカセットとビデオ。モデナ・シティ・ランブラーズのアルバムはすでに持っている最新作。これは見事なアルバムだ。

○Bruce Cockburn BIG CIRCUMSTANCES; High Romance, 1988
 見事。とりわけ、"Tibetan side of town"。この生ギター、そしてパーカッション。"Radium rain" のブルース。「怒り」が見事に音楽として昇華している。ディランの『欲望』の一曲め、「ハリケーン」を思出す(そう言えば、今度映画になったのは、ここでうたわれているボクサーのことだろうか)。パンクのようにプリミティヴなエネルギーに頼るのは、一時的な爆発に留まるが、これは時間と空間を越えて、訴える力を持つ。きっちりと歌詞を知りたいところだ。それにしても、このアルバムではいつになくコバーンがギターを弾きまくり、ハーモニカを吹きまくっている。そこに詰ったエネルギーの慣性の大きさ。偉大な音楽家だ。

 夕刻、読売新聞の販売店に架電して Daily Yomiuri の購読を中止。
 夕食は豚肉舞茸の中華風炒め、ご飯。子供たちは昨日の鶏餃子の残りも。
 今日は暑かったのでシャワーを浴びる。

 夜、オーディオ・ユニオンの中古買取りセンターにリニアムのスピーカーとエンテックの査定依頼のファックスを流す。古いものだから、値段がつくかどうか。

2000年 6月 08日 (木) 晴れ後曇り。風強し。

 夕刻、雲が厚くなると急に気温が下がる。6時過ぎより雨。
 朝食、ブルーベリィ・ジャム・トースト、グリーン・アスパラ、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

○Modena City Ramblers TERRA E LIBERTA; Black Out/Mercury, 1997
 アルバム・タイトルといい、いきなり「マコンド急行」という曲で始まるし、「アウレリアーノ」がタイトルに入った曲がある。おまけにずばり「百年の孤独」という曲まで出てくる。歌詞の中身が知りたいものだ。まだポーグス的なところもあるが、だいぶ独自のカラーを掴んでいて、[07]にはアラブが入っているし、[10]の冒頭のフィールド録音など、聞かせる。一種のコンセプト・アルバムなのだろうが、ちょっと面白い連中だ。
 Amazon.comからMCR残りの一枚が手に入らないが、まだ注文する気はあるかと確認のメール。指示されたURLに行き、今後も探しつづけることに承認のボタンを押す。

 歯科。今日は飛込みが多く、珍しく40分ほど待たされる。週刊誌3冊読んでしまう。うち『週刊朝日』に隠れ脳梗塞の記事が出ている。最近どうも危なそうなので、帰りがけ買って帰る。帰って掲載されている簡単なテストをやってみると、疑いがあるとの診断。予防のためのての体操が載っているのでやってみると、なるほどなかなか気持ちがいい。特にグーパー体操は効く。これは昔、バレーボールの基礎体力練習の一つでやったことがある。握力もつくはずだ。

 帰るとすぐ昼食。えぼだいを焼き、朝の残りのグリーン・アスパラとご飯、海苔。
 オーディオ・ユニオンから午後ファックス。やはりすでに対象外とのこと。仕方もなし。
 Good Book Guideのカタログ。
 『ザ・ディグ』のMさんからはその後返事が来ないので、あれで良しということであろうと判断し、原稿を書きあげて送ってしまう。
 メール・チェックすると、浜野さんから松平さんの追悼サイトを立ちあげたとのことで、行ってみる。室憲治さんからのメッセージはなかなか。子どものときの写真で、この頃からおしゃれだったのだというのは贔屓目か。

 夕食前、ニフティの書込みを書く。
 夕食は鰺の刺身と天麩羅セット(烏賊、海老、鱚)、葱の味噌汁、ご飯。
 夕食後は明日ののざきとの対談に備え、Calico の復習。
 夕食後後片づけをしているとHが漢和辞典で勉強しているので、少し相手になる。『廣漢和』を見せると驚いている。

○Moher OVER THE EDGE; Lochshore, 1999
 Calico のブズーキ奏者 Pat Marsh が入っているというので聞いてみる。クレア出身のフルーティスト、Noel O'Donoghue とフィドラーの Michael Queally を中心としたバンドで、バゥロンの John Moloney、ダブル・ベースの Paul O'Driscoll(Calico にゲストで入っている)、マーシュに、うたの場合はシンガーの Liam Murphy が入る。フルートとフィドルを思いきり強調したミックスで、リズム・セクションが引込んでいる。ベースはトレヴァーのようなジャズ・ベースではなく、どちらかというロック系だろう。煽るのではなく、リズムをキープする方だ。曲によってはアルコも聞かせる。もっと前面に出すと面白いレコードになると思う。フロントの二人は確かになかなかみずみずしい音楽を聴かせる。タイトル曲のみフィドラーの作曲で、他は全てトラディショナル。1トラック、ブレトン・チューンのメドレーがあるが、ほとんどブレトンに聞えない。

2000年 6月 09日 (金) 嵐。暴風警報が出る。雨は断続的。昼前、雲が一時切れて日が差す。

 ここ数年、梅雨になると豪雨が振る感じだが、梅雨というのはもっとしとしと振っていたのではなかったか。午後になると雲が高くなり、風雨は弱くなってくる。
 朝食、早良西京漬け、隠元胡麻和え、茄子の味噌汁、ご飯。

○Tomas O Canainn UILLEANN PIPES; Outlet, 1998
Tomas O Canainn  Calico のパイパー Diarmaid のパイプの先生の一人というこうで聞いてみる。Na Fili の頃のことは全く覚えていないが、音を切るクローズド・スタイルのパイパー。レギュレイターの使い方はあまりぶかぶかやらず、リアム・オ・フリンのように抑え気味。パイプもだが、うたがいい。いい按配に枯れている。ニール・マーティンがチェロでつきあっているのがさすがの出来。[10]のパイプとチェロの掛合いは斬新。エンジニアはロッド・マクヴィーだが、キーボードが少し入っているのはこちらだろう。[15]のバラフォン的にキーボードをリズム楽器として使っているのも嬉しい。

 午前中はメモをとりながら Calico を聴直す。
 昼食は釜揚げ饂飩、朝の残りの隠元、味噌汁。

○Battlefield Band RAIN, HAIL OR SHINE; Temple, 1998
Battlefield Band  気合いの入ったダンス・チューンと、デイヴィ・スティール、アラン・レイドの二人の一流シンガーのうたと、他に何か要るだろうか。とはいえ、サウンド的にはここ数年、変わっておらず、特に新鮮なところもない。聞いている間は何の不満もないのだが、聞きおわって今聞いたものを思返すと、何となく物足らない気分になる。一度確立したサウンドを壊すことをしないのは、ラン・リグなどにも通じるところか。その代わりになるかどうかわからないが、曲にオリジナルが多いのは、最近のスコットランドのアルバムの流行かもしれない。スコッチは本当に伝統に沿ったオリジナル曲を作るのが好きだし、うまい。Gordon Duncan の曲が一曲あるが、あまり他の人のカヴァーをしていないのはこのバンドの癖だろうか。二度めは歌詞を味わいながら聞いてみよう。

 午後、レニー・ブルース。ちょっとふんばって四章上げる。
 4時過ぎ、家を出る。ロマンス・カーがあったので新宿へ出て、アカシアでロール・キャベツとKRBで夕食。渋谷に行き、HMVのワールド・ミュージックのコーナー。のざきはまだ来ていなかったので、棚を物色。ここはミュージック・プラントやMSIの国内盤・勝手帯がよくそろっている。都心の大型店の店頭を見るのは久しぶりだが、SSE の帯がついたアイルランド、スコットランドのバック・タイトルが目につく。まあ、こうしてバック・ストックがとにもかくにも国内のレコード店の店頭にならぶのはいいことであろうが、値段が単純な輸入盤より高い気がして買う気にならない。ジャズのコーナーも覗くが、ここの売場はあまり大きくない。

 のざきさんといっしょに井の頭線の駅の上にオープンしたビルに、大型のアイリッシュ・バーが出ていると聞いたので行ってみるが、見当たらない。ライオンは出ているが、ダブリナーズがあれば表示はあるはずだし、その前に赤坂の店のように何らかの知らせが来ているはず。なので、宇田川町の方に行き、目についた「カフェ・ラ・ミル」に入る。Calico ライナーのための対談。文章に書くより、座談会やおしゃべりの方が評判がいいのだそうだ。うーむ、やはり文章力が問題か。ただ、今回はいわばインタヴューや談話のようなものだから、どうなるか。下調べしてきたことをネタに40分ほどしゃべる。一応終った後、雑談。輸入業の裏話など聞く。

 適当な時間になったので店を出て、今日の会場に行く。「アルタン祭」の打上げ。金曜の夜とて、学生の団体がたくさん。トイレを汚したり、トイレのスリッパを履いていってしまう。ここは朝四時閉店なので、電車の始発に間に合わず、結局車で帰ることになる。全部で40人ほどが集まるが、皆さんスロー・スターターで、全員集合したのは1時過ぎ。白石さんは SPIRIT OF THE DANCE を見た後、Nさんは別の飲み会に出た後。SPIRIT OF THE DANCE については、笑いをこらえるのが大変だった由。これを見ると、『ロード・オヴ・ザ・ダンス』がいかにすばらしかったか、よくわかったと言っていた。要するにリゾート地のホテルの演芸ショーに毛のはえたものというところのようだ。もう少し徹底すれば常磐ハワイアン・センターに出てもおかしくはないという。聞くところでは、さらにまたもう一つ RHYTHM OF THE DANCE というダンス・ショーもできているそうだ。

 アンケートなど見せてもらう。日比谷は二千人。アンケートを書くのは女性が多いせいか、アルタンもタラフも二十代後半の女性が圧倒的。ただ、当日の客層をみても、女性の方が多かっただろう。ケパに対する評価が高いが、これは意外性の分もあるのではないかという話をする。つまりアルタンはすでに知っているし、タラフはジプシーということである程度想像はつくが、ケパの音楽は蛇腹ということだけではどんなものかわからなかっただろう。それにチャラパルタの面白さ。各務さんによると、チャラパルタがあんなに受けるとはかれらにとっても意外だったらしい。もっともケパたちがヨーロッパ以外に出たのはアメリカの一回を除き、今回が初めてだし、アメリカにしても、アメリカのバスク・コミュニティ向けなので、本当の意味で異文化の聴衆に対したのは今回が初めてなのだ。バスクにとってはチャラパルタは例えば鼓がロック・バンドに入ったようなもので、それほど珍しいものではないらしい。国内では特に注目されることはないと言う。

 タラフと並ぶことで、アルタンのメンバーたちの今まで見えなかったところが見えてきた、とKさんは言っていた。特にマレードの器の大きさ。
 タラフのメンバーの不幸は、本人たちにとっては悪気は全くなく、とにかく音楽をやりたくてしかたがない、と言うよりは、体が自然に動いてしまうらしい。Kさんに言わせれば3歳の子どもで、常識的な動きができず、人が演奏していれば自分もやらないわけにはいかない。ステージ裏でも我慢できず、スタッフ相手に演奏を始めてしまう。始めてしまうと、今度は自分の番が来ても出ていこうとしない。Cay でのライヴの前、ヨウジ・ヤマモトの服を着た連中が写真を撮って欲しいと言いだし、一人ずつ撮ることになったのだが、それも楽器を持ってポーズを取るということができない。楽器をもてば演奏してしまう。ので、撮影は一人一曲ずつ演奏する場になってしまったそうだ。

 各務さんに伺ったところでは、マネージャーのミシェルも、ベルギー国籍のフランス人と表向きはなっているが、実はタラフのメンバーと同じ出身だそうだ。タラフ・ドゥ・ハイドゥークスというバンドを作ったそもそもの理由も、東ヨーロッパでの社会の変化で農村社会が崩壊ないし解体され、かつてかれらの生活を支えていた地元での演奏の機会が減り、収入の道がなくなってきたからだそうである。各メンバーの後ろにはかれらが生活を支えている一族が数十人もいて、滞日時のかれらもできるだけ費用を切詰め、持って帰る金を多くしようとしていたらしい。

 ケパたちにしても、文化の違う連中とぶつかることは、今まで経験が少ないだけに不安ととまどいが先に立つものだったようだ。バスク式の飲み屋であれば楽器を持っていって演奏するのはいいが、アイリッシュ・バーでの打ちあげではやらないとケパが言うのも、わがままというよりは惧れの現われであり、シャイというべきだろう。

 各務さんとはアリ・ファルカ・トゥーレからロビ・トラオーレの話になり、かれのベストを作る企画があるのだそうだ。ぜひ、推進して欲しいものだ。ロビ・トラオーレのライヴは地元の小さなクラブで見たことがあるそうで、それはそれはすばらしいものだったらしい。アリ・ファルカ・トゥーレがどちらかというと「トランス・マリ」、つまりマリ全体を現わすような、ある意味で「幻」の音楽を作っているのに対し、ロビ・トラオーレはかれの地元のローカルな音楽に徹頭徹尾のっとっていると言う。あの粘りはそういうところから生まれているのかもしれない。

 デザイナーのつちださんは幼い頃、7年半ブラジルに住んでいたそうで、やはりあのリズムを聞くと体がうずくと言う。日本人は誘拐の対象になるので、子どもたちは家の前からバスに乗って学校へ乗付け、帰りも同様という生活だったそうだ。地元の子供たちと交わろうとしても生命の危険がともなうというのはいったい何が悪いのか。MacUmba の話をすると面白がっていた。

 タッドと照明・Sさんとタクシーに同乗。途中で二人を降ろし、あとは家まで飛ばす。帰宅5時過ぎ。

2000年 6月 10日 (土) 曇。涼し。

 12時ごろまで寝るが、子供たちが騒ぐのとトイレに起きるので、回復は遅い。午後、もう一度寝直し、夕食を食べてようやく何とかなる。
 昼食は餃子、グリーン・アスパラ、ご飯。
 昼食後、図書館までバスで往復。先日連絡のあった本を引取る。やはり県立から来ている。
○『辰野隆随想全集 第一巻 忘れえぬ人びと』福武書店。1983年5月15日発行。284頁、新字新かな、四六上製、月報付。解説・市原豊太。月報執筆者は円地文子、林健太郎、杉村春子。

 思ったより小型の本だった。全五巻に別巻一。別巻は対談集らしい。巻末広告では他に福原麟太郎の『随想全集』(全八巻)、『大原總一郎随想全集』全四巻をこの時期出していたらしい。福原は英文学者とあり、ちょっと食指が動く。

 早速、解説、月報に目を通しながら帰る。円地文子の父親と辰野が友人だったそうだが、円地の父親は上田万年だったろうか。父親や母親との繋がりを綴っているが、文章に締まりがない。林健太郎の文章では、「シナ事変」勃発後の東大内部の自由主義陣営とナショナリズム陣営の抗争の話が興味深い。杉村の文章は、敗戦直後の文学座と辰野との関りについて。1951年8月の辰野隆・鈴木信太郎=訳の『シラノ・ド・ベルジュラック』上演で、演出の長岡輝子が「ちょっと、あんた、男が出ているわよ、男が!」と叫んだという話は頭にがつんと一発の類。それまで男の出る芝居ができなかったということだそうだ。それ自体、日中戦争から太平洋戦争がわが国の社会に与えた影響の大きさを物語るが、その時、なぜ女性たちは芝居を、ひいては文化を、あるいは社会を自分たちの手に握ろうとしなかったのだろうか。

 本文も読みはじめる。この人は谷崎の同時代人と思っていたら、何のことはない府立一中から一高へ同窓生だった。谷崎の一年先輩にあたる。辰野は基本的には明治期の教養をきっちり身につけた人で、漢文も読みこなせるし、歌も詠み、俳句の一つもひねり出せる。文章に筋が一本通っており、しかもその芯が太い。これも軽妙と言えないこともなかろうが、今の目から見るとむしろ重厚だ。ただ、重厚長大ではなく、洒脱である。

 夕刻、Amacon.co.uk に行き、昨日タッドに教えられた Steve Earle の付録付き新譜と、Good Book Guideに載っていた Julian Rathbone の KINGS OF ALBION という小説と、キャプテン・クックの航海記(馬鹿に安い)、クックの航海の概説書、アイルランドの「暗号少女」のノンフィクション、等を注文。ふと、英国にとってのクックの航海が持つ意味合いと、アメリカにとってのルイス&クラークの持つ意味合いは相当するところがあるのではないかと思いつく。ともに「探検」する側にとっては未知の領域を「探検」することによっておのが勢力圏へ組入れる基礎固めとしたし、「探検」される側にはすでに人間が長い歴史を持つ全く別の文明生活を営んでいたし、その後「探検」する側がされる側を纂奪・支配することによって、帝国主義的繁栄を手に入れる。さらにともに「探検」そのものの目的の中に、政治的な側面とともに科学的な側面も備える。

 夕食はカレー。Kは宴会。
 昨日のざきさんからもらったフルックとシュリーヴ・ノーツのライナーをチェック。メールを出す。

○Bruce Cockburn NOTHING BUT A BURNING LIGHT; Columa, 1997
 T・ボーン・バーネットのプロデュースはコバーンの音楽のシャープな切れ味を見事に捉え、増幅している。唯一のカヴァー曲、ブラインド・ウィリー・ジョンスンの "Soul of a man" のシンプルなパーカッションと芯が太くなおかつ繊細な生ギターにのる、やや投げやりなヴォーカルの放つふてぶてしい光芒。ひところのパワフルな「怒り」の流出は押えられ、むしろ淡々とした演奏の中に、かえって鋭い刃が時にぎらりと光る。インストが2曲。どちらも悲しみを湛えた曲と演奏。

2000年 6月 11日 (日) 雨。

 9時過ぎ起床。
 朝食、炒り卵、チーズ・クロワッサン、プチ・トマト、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。
 辰野隆の幸田露伴の死去に際して思い出を語る文章「巨人露伴の片鱗」(1947年秋)、末尾に近く、茶人露伴を称揚するところで、利休を評した部分。
 「今では骨董屋の神様と成り下がった利休も、太閤時代には一流の宗師、一派の先達(ポルト・ドラボー)であったかもしれぬが、それも、深厚なる知識教養趣味において、独住独来の精魂に於いて、清貧に晏如たる襟懐に於いて、我等の露伴に比すれば、畢竟、成り上がり藤吉郎にぶら下がりすぎて振り落とされたお茶坊主の観がある」(50pp.)

 赤染右衛門の歌についての露伴の評釈からの連想で、「あららぎ」一派について。
 「僕は学生時代から短歌雑誌『あららぎ』の愛読者で、特に赤彦、茂吉の秀歌や歌論には絶えず啓発せられてきたのであるが、ある時期には『あららぎ』一派のあまりにも繁き[かも]や[けるかも]の出没に食傷したこともあった。そういう時には、慰み半分に、鴨の脚蹴るかとみれば蹴りもせで蹴らじと思えば蹴りに蹴る鴨、などど自ら歌ってアリテラシオンを娯んだこともあった」(47pp.)

 露伴の最後は「一文の借金もなかったかわりに一文のたくわえもなかったそうだ」(51pp.)。1947年という時期もあるかもしれないが、確かに清々しく、こうありたいものだ。
 こういう文章を読むと、あらためて露伴を読んでみようという気になるのだが、問題は果たして読めるかどうかだ。漱石がいまだに読まれ、鴎外や露伴が読まれていないのも、漱石は現代のわれわれでも特段の苦労なく読めるからだ。『澁江抽斎』を読もうとした時、とにかく出てくる字が読めないことに閉口した。手元の漢和辞典ではてんで歯が立たない。読めない字や語句を適当に書抜いて本屋に行き、一番大きな一冊ものの漢和辞典数冊にあたったが、それでもまるでだめだった。仕方なく『廣漢和』を買うはめになった。これはこれでいい買物だったが、おそらく露伴は鴎外以上だろう。しかし漱石だけで近代日本文化をとらえるのはそれこそ論外というものだ。何らかの形で自分なりに鴎外・露伴とは格闘しなければなるまい。むしろ、読まれなくなったことの意味を確かめねばなるまい。多分この二人に鏡花と藤村は必要だ。

 それにしてもこの『随想全集』は各篇末尾に発表年はあるが、出典がない。巻末の出典一覧も、定本にしたとおぼしき単行本の書名だけだ。編集の見識を疑う。
 新聞書評欄で、向井敏によれば宮崎市定『現代語訳 論語』(岩波現代文庫)はやはり必読の本らしい。宮崎らしい、従来の解釈を斥けた独自の解釈をしているのだが、宮崎のことだから、相応の裏づけがあるに違いない。もう一冊、笙野頼子の小説『てんたまおや知らズどっぺるげんげる』(講談社)がおもしろそうだ。『週刊朝日』に載っていた高橋源一郎が読んだ野間宏の長編もおもしろそうだった。小説がまた面白くなってきているのかもしれない。笙野のこの小説にはそのもとになったエッセー集『ドン・キホーテの「論争」』(講談社)があるそうで、こちらから読むべきかもしれない。

 うーむ、最近「読書欲」がわいてきた感じだ。
 雑誌欄で芳賀徹という人が『諸君!』を「日本マスコミの偽善主義からの『解毒剤』」とほめている。この雑誌自体が「マスコミ」の一部という認識はないらしいし、この場合「マスコミ」は時の政権担当者に批判的な態度を示す新聞を指しているらしい。そして産経新聞や聖教新聞もこの「マスコミ」のなかでは問題にするに当たらないほど極微の存在ということになるわけだ。テレビ・ラジオもこの場合マスコミには入らないらしい。それとも、フジ・サンケイ・グループの新聞・テレビ・ラジオ等もマスコミであることを隠そうとする意図なのだろうか。

 マスコミはその性格上、偽善にならざるをえない。なぜなら、わが国では庶民は自分たちが選んだ政府を基本的に信用していないから。「何せお上のやることだから」というような場合の「お上」という表現には、政府は自分たちとは別個の存在であり、言わば「必要悪」と見ている含みがある。票が金で動くのも、投票行為が政府を変える可能性を有権者が信じていないからだろう。もう一歩突込むと、金で投票先を決めることによって、当選したものが例え常道に背いたとしても、それを選んだ自分の責任を逃れる言訳にできるから、という意識もないとは言えまい。あるいはさらに、誰を選ぼうと、選ばれたものは政治に関ることによって否応なく常道に外れることをせざるをえず、したがってそれがわかっていてする投票行為そのものは実はそれに荷担することであるから、そのために投票行為の決定権をいわば他人の肩に預けることによって、その荷担から逃れようとする、と言える可能性もある。だから庶民はどんな政府であれ、これを批判・攻撃する言辞を耳にすることを期待しているので、マスコミとしてはこの期待に応えなければならない。

 広告で東海大学出版会の吉田武『虚数の情緒:中学生からの全方位独学法』に惹かれる。数学を中心にして人類文化の全体的把握を目指す。とすると、ウィトゲンシュタインか。

○Clare McLaughlin & Marianne Campbell SNAP AND ROLL; Snap Music, 2000
Clare McLaughlin & Marianne Campbell  ひょっとしてデフ・シェパードのフィドル姐さん二人組ではないか。ということはデフ・シェパードは解散か。セカンドはいいアルバムだったのに。プロデュースはトニィ・マクマナスで、この人最近えらい活躍である。もっともギターは Gavin Ralston とこの人はニーヴ・パースンズのバックでやっていたか。あとジェイムズ・マッキントッシュがメインで、曲により、ホセ・マニュエル・ブディーノというとガリシアのガイテーロだったか、が着く。これがちょっと面白い。二人のフィドルそのものはそれほど特徴的なものではない。デフ・シェパードのようなバンドの方が活きる気がする。

○Iren Lovasz and Teagrass WIDE IS THE DANUBE; CCn'C Records, 2000
Iren Lovasz  嬉しい組合せが出てきたものだ。マールタ・セベスチェーン&ムジュカーシュに文句はないけれど、毎度毎度あればかりでは実は困る。バンドは必ずしもマジャールの伝統にこだわらず、時にカントリー的な音も出したり、ジャズに走るのはもはや当たり前、と言って伝統そのもので手を抜いているわけでもない。イリーンと読むのだったか、この人は前の中世音楽のアルバムよりもシンガーとして幅が出ていて、わざとなのかコケティッシュな声を出したりもする。それが嫌味でなく、むしろ表現を深くしている。伝統音楽は本来シリアス一方のものではなく、ユーモアを基調としているはずだ。そういう意味ではマールタもムジュカーシュも特に録音では真面目過ぎる。まあ、これにしてもマジャールというよりももっと広い枠組の音楽ではあるが。

○Shakti REMEMBER SHAKTI; Verve, 1999
Shakti  二枚組で一枚目を聞いたまま、長いことほうっておいたもの。一枚だけ聞いたことのある旧シャクティとはまるで別のバンドで、完全にインド音楽のアルバム。ジョン・マクラフリンもインドに取込まれたというところ。つまらないわけではない。マクラフリンは電気しかやらないのだが、どうしてもインドになりきれないところがあって、そこが面白い。だが、バンド全体としてインドでも西欧でもないどこかに向かって疾走していたあのスリルは求むべくもない。二枚目は一時間におよぶトラックが一つにいわばコーダのための曲がついた形。長い曲は各自がソロを展開していて、聞きどころはむしろ後半のパーカッション対決。今年は旧盤が復刻されるはずで、そちらの方が楽しみだ。

 夕食は牛肉きんぴら、豆腐の味噌汁、小松菜の煮浸し、ご飯、ゆかり。子供たちとKはまたしてもカレーの残り。だが、小松菜煮浸しも牛肉きんぴらも好物なのでむさぼり食っている。

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