大島教授の[暖蘭亭日記][2000年 6月 26日 (月)〜2000年 7月 09日 (日)] [CONTENTS]

2000年 6月 26日 (月) 曇。寒し。

 朝食、旗魚の照焼、キャベツの味噌汁、ご飯、細切り昆布の佃煮、グリーン・アスパラ。

 昨夜は開票速報を1時半までぼんやり見ていて、床に入ってからもなかなか寝つけなかったので眠い。
 与党はいわゆる絶対安定多数を確保したので、与党三党の幹部は三党連立が肯定されたと口をそろえる。まあ、とりあえずはこう言う他なかろう。どうやら大都市住民が半分「起きた」らしい。年齢別の統計はないが、昨夜のテレビの出口調査では、自民党支持が民主党支持を上回るのが50代以上で、40代までははっきり民主支持だ。自民党の中の都市選出議員が発言権を強めるとは思えないから、今後もこの傾向は続くだろう。多分象徴的なのは民主党首・鳩山の選挙区の場合で、郡部で票を落し、都市部での票で逃げ切った。公共事業をしないと言ったことで、郡部の票が逃げたというのだ。

 それにしても、単に死んだ前議員の親族だというだけでその人間に投票する心理は理解できない。もっともそれを言えば、自民党でないというだけで、見ず知らずの人間に投票するのも同じことかもしれない。選挙とは畢竟、どのような結果になっても遠いものだ。少なくとも現在のわが国のシステムではそうだ。全候補を評価するオーストラリア方式ならば、多少有権者の意志がよりきめ細かに反映される。

 午前中、PTA役員会。
 Amazon.comより本二冊1セット。Marguerite Young の MISS MacINTOSH, MY DARLING。著者はモルモン教の教祖ブリガム・ヤングの子孫だそうだ。二冊通しでノンブルが振ってあり、計1,198頁。アオラとメタ・カンパニーからサンプルCD。
○Edward II LIVE AT CROPREDY; OCK, 1998
Edward II  スタジオ盤はどれも今ひとつの印象だが、やはりライヴはすばらしい。かつての Jumpleads は完全に越えている。後半、ちょっと「普通のレゲェ・バンド」になる所もあるが、アンコールで再びイングリッシュ・トラディショナル〜レゲェになって、ご機嫌。メロディオンの Simon Care はジョン・カークパトリック・タイプだが、それがレゲェ・バンドにサウンドにEぴたりと合う。シンガーは完全にレゲェ出身のようで、まだ何で俺がイングリッシュ・トラディショナルをうたうんだ、と拗ねているのも垣間見える。しかしボブ・マーリィの歌のイングリッシュ的解釈はたのしい。これも生で見たいバンドだ。98年のクロップレディでのライヴ。

 昼食は薩摩揚げを焼き、朝の残りのグリーン・アスパラ、ご飯。
 午後、レニー・ブルース。
 夕方、CMC のアルバムを聴直しながら、レコード情報の打込みをしたが、これはなかなかのアルバムだ。二人のフィドルが結構おたがいに遊んでいて、強い個性がない分、かえって素直に聞ける。それに選曲がいい。曲の良さが引立つ、というのはやはり良いフィドルなのだ。

 夕食、ハーブ・チキン(手羽と腿)、バナナ、葡萄パン、牛乳。
 夕方、先週の日記を整理。
 夜、iBookに Photoshop LE をインストール。スキャニングをやってみる。なるほど、使いやすいことは確か。ケパのアルバムなど、スキャンする。

 11時半頃、Sさんからファックス。例の翻訳の最終原稿。デザイナーが特殊な書体を使い、自分のところで印画紙を出すとのことで、入稿すなわち校了となる。のでチェックはこれが最後。すぐ見て架電。四ヶ所ほど、相談。その後、雑談30分。CD-RのこともMP3のことも知らなかった。

 『寺田寅彦全集』の第一巻を読了。習作から創作時代、エッセイの書きはじめの時期。科学の本質とそこから来る限界、科学が扱えるもの扱えないもの、科学的ものの見方の有効性、を自らの体験をもとにしてきちんと捉えていた人である。地に足のついた議論を展開し、一つひとつの要素を平易明快に説くことのできる人でもある。「津田清楓君の絵と南画の芸術的価値」のような優れた美術批評も書ける人だった。

 寅彦が漱石の『猫』の寒月君のモデル、というのは不覚にも知らなかった。探してみると本棚の奥から新書判『漱石全集』の始めの五、六冊が出てきた。第一・二巻は『猫』である。はじめの方をちょっと読んでみると、やはり面白い。寒月君は二番目の友人として出てくる。前歯が一本欠けているが、寅彦の方はどうだったか。
2000年 6月 27日 (火) 曇時々日が差す。

 昨夜はリビングの窓を締めずに寝ていたらしい。明け方か、一度寒くて毛布を被りなおした記憶がぼんやりとある。
 朝食、葡萄パン、ハム・トースト、バナナ、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

 朝刊に「インフレの足跡」が聞えると言って金塊購入を薦める広告。総選挙の結果について、「有権者は絶妙のバランス感覚を示した」という政治学者のコメント。この場合の「有権者」とは集団を一つの有機体とみるものだろう。理論的には必要なことかもしれないが、一人の有権者としては、そんな集団にくくられるのはたまらん。こちらとしては別にバランス感覚を発揮したつもりはなく、将来のことを考えて投票したのだ。

 その将来、それもわれわれの生きているうちには畢竟借金の返済を迫られることは確実だから、その時、その借金を作った張本人が政権にいるのはまずいのである。そいつらは他人に、つまり納税者に借金を押しつけるからだ。あるいはいま流行の借金棒引きをしようとする。それが世界経済の中で通用するものかどうか、詳しい人間の見解を聞きたいものだ。いわゆる第三世界や中南米、ロシアなどが国際的な借金を棒引きしてもらうのとは、様相が異なるはずではある。

 あるいは集団としての有権者の判断は「バランス感覚」などではなく、「将来への不安」から顔を背けるため、今までと同じ行動をすることで、今までと変らぬ世界が実現されるだろう、と反射的に行動したのかもしれない。熟慮の結果ではない。それ以前に、いわゆる「現実」から顔を背けているだけのことである。ひょっとするとそれは「祈り」に近いのかもしれない。すでに「有権者」は自分たちの世界が一皮剥けば破綻していることを無意識に感じとり、その無意識が反射的に保守的行動に出たとも考えられる。

 いずれにしても連立与党の枠組や「政策」(などというものがあったとして)が信任されたなどというのは、牽強付会、我田引水の類でしかない。もちろん、そのことは当の与党自身がわかっているはずだ。わかっていて従来の行動パターンを繰返すしかできないことが、自民党の病根の根深さではある。
 別の面から言えば、上記のような有権者の中にある、保守的に反応する反射行動の政治面への反映が自民党という存在とも言える。

○Briege Murphy THE SEA & OTHER SONGS; Spring, 1997, Ireland
Briege Murphy  歌のクレジットは1977年だが、録音は1997年なので、かつてカセットか何かで出ていたものを録音しなおしたのかもしれない。いずれにしてもデビュー・アルバムに劣らぬ好盤。歌のうまさをうんぬんする人ではないが、リチャード・トンプソンの "The dimming of the day" の歌唱は味わい深い。自分も曲を書く人がカヴァーする歌は、その人にとってある意味で理想の歌と見てもかまわないだろう。歌詞まではきちんと聞いていないが、メロディの快さと訥々とした中に説得力を見せる歌唱だけでも充分の聞応え。ギターの Johnny Scott の名前は覚えがないが、ロッド・マクヴィー、リーアム・ブラドリィを始めとするバックも例によって控えめで手堅い。ローズマリィ・ウッズのコーラスもいい。

 午前中、歯科。左下奥の続き。ちょっと悪化している感じ。今日は詰める素材をストッピングからベースに変える。

 帰ってきて昼食を食べるとき、噛むと痛む。その後、痛みがどんどんひどくなり、とうとう氷で冷やしながら午後の開院を待ち架電。すぐどうぞというので行く。今日入れた薬を洗って以前の薬を入れなおし、今度は今週中にもう一度。あの医者はていねいはていねいなのだが、腕は今ひとつ。

 電撃小説大賞選考のための原稿読みを開始。今日は長編3本。話の傾向、小説の質はあいかわらず。舞台の描写がない、描かれている視野が狭い、「意味」をつけたがる。前二つはおそらくデジタル・ゲームの影響だろうが、三つめは何なのか。生きる意味とか、戦う意味とか、登場人物が悩む場面、描写が多すぎる。読者はそんなものを求めてはいない。こういう「意味」を書きたくて小説を書いているとすると、小説を書くことがはけ口、ガス抜き、になっている可能性もある。

 スリー・ブラインド・マイスからCD5枚。おうおうおう、笠井紀美子&峰厚介トリオだ。
2000年 6月 28日 (水) 雨。風あり。
朝のうちは何層かに別れた雲が南から北へ流れていた。太陽のありかがはっきりわかる時もあった。雲底も見えた。10時過ぎには一面一様な灰色になる。


 朝食、ハム・トースト、プチ・トマト、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

 掃除。和室のカーペットを半分剥がして、畳を掃除。剥がした直後、畳の表面が湿っている気がする。ゴミ袋を使わない古い方の掃除機のゴミを空け、ストッカーなどを洗う。

 公明党から入閣している続総務庁長官が、今回の選挙で自公の選挙協力が、公明党からの一方的なものになったことへの不満を表明したという新聞記事。党や学会からの支持にしたがって一糸乱れず投票する公明党支持者よりは、嫌いなところには上からの支持でも投票しない自民支持者の方が「健全」ではないか。もっともその点では労組や企業のいわゆる「組織選挙」も五十歩百歩かもしれない。とはいえ、宗教が絡むとどうも胡散臭く感じるのは、こちらも「日本教信者」ということか。ヨーロッパのキリスト教関係の政党支持者の投票行動はどうなっているのだろうか。

○MOSTAR SEVDAH REUNION; World Connection, 1999
MOSTAR  ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦真最中のサラエボで結成されたバンドが再編して録音したアルバム。セヴダと呼ばれるこの地方の伝統音楽を演奏する。基本的には歌だ。ゆったりとしたテンポでアラブの影響が濃いメロディを紡ぐ。根幹にオスマンの宮廷音楽の影響が残っているのかもしれない。歌も伴奏もコブシがよく効く。楽器編成からもルーマニアのロマに近いが、あそこまでの名人芸と細かい音の動きで圧倒することはなく、じっくりとうたを味わってもらおうとの意図だろう。リード・シンガーの男性はバリトンで、太く、丸い。感情剥出しにうたいあげたりすることがないのは伝統音楽らしい。

 電撃小説大賞のための原稿読み。長編四本。収穫なし。
 タムボリンから荷物。CD四枚、CD二枚付き書籍一冊。CD一枚ダブった。Amazon.comから本一冊。サン・シモンの回想録全三冊の第一冊。もちろん抄訳だ。
2000年 6月 29日 (木) 雨。
朝のうち晴れていたので、子供たちのタオルケットなど干していたら、気がつくと空が真黒で風が吹いている。これはやばいと取込もうとしたら、すでに音を立てずに結構雨が降っていた。その後、昼過ぎまで断続的に降る。午後、晴れる。


 朝食、鰺の開き、南瓜の煮付け、菠薐草胡麻和え、葱の味噌汁、ご飯。葱はなぜか固くて食べられないものがある。煮てもだめ。

○笠井紀美子・峰厚介カルテット YELLOW CARCASS IN THE BLUE; Three Blind Mice, 1971/2000
笠井紀美子・峰厚介カルテット  十数年前、さるオーディオ・ショップで、Versa Dinamics のプレーヤー、Spectral のカートリッジとアンプ・システム、それに WATT のスピーカー・システムで聞かせてもらって以来、捜していた。ついにCD化されたのはとにかくめでたい。その時聞かせてもらったのはタイトル曲で、スロー・テンポの前衛ジャズの傑作。この曲の印象が強烈で他の曲も同じようなものかと思っていたが、他のは比較的普通のジャズ。とはいえ、ヴォーカルもバンドも緊張感に満ち、クールに熱く燃えている。時代を越えた傑作だ。

 朝から「電撃小説大賞」のための原稿読み。長編四本。一本、一応残したいものがある。四本めは外出に持ってゆき、行きの電車の中で読上げる。

 2時過ぎ、シャワーを浴びる。
 3時過ぎ、H帰宅。今日は友だちが何人か来て、ウチで遊んでいる。
 4時半、出かける。出がけに東急の酒屋で『CDジャーナル』宛、CDを送る。

 駅前、銀行で金を降ろし、今日ビクターから請求のきた『嘉手苅林昌全集』の代金を振込む。吉本家で葱味玉ラーメンで腹ごしらえ。ロマンスカーがあったので新宿。おかげで、原稿が読めた。まっすぐ渋谷クワトロ。ハシケンの新譜発売ライヴ。ロビーで最新作とその前のセカンドのCDを買う。7時に入ったのでまだガラガラだったが、開演時にはそこそこ入った。今日は男性客も目につく。男女比は四対六ぐらいか。男性はスーツ姿は二、三人だけ。客層は二十代半ばぐらいから三十代が中心だろう。俺は上の方だ。すでに固定客がついているらしく、曲によっては歓声が上がり、客席のコーラスの声も大きい。

 前座にチャバの二人が出てきて、3曲披露。関東初ライヴだそうだ。この後、関東で三日間連続でライヴをするらしい。前にかれらの大阪でのワンマンにハシケンがゲストで出たそのお礼とのこと。

 ギター&ヴォーカルと三線だが、三線はリードとまでは行かないので、ちょっと冗長に聞えるところもある。ヴォーカルはかなりのもの。以前、ソウル・フラワーなどの前座でハシケンを初めて聞いた時と感じが似ている。まだ原石だが光るものはある。あと二、三年すると楽しみだ。
 そのハシケンは二度ほど何かの前座でソロを見ただけだが、まるで別人。自信にあふれているのは、自分の型を掴んだからだろう。固定客がついていることも支えになっているなかもしれない。

 バンドは新譜のバック主体で、ドラムス、ベースに太田恵資のヴァイオリン、そして高田漣のペダル・スティールとマンドリンというちょっと変わった編成。曲により、ハシケンのギターとピアノ。それにトランペット、サックス二本のホーン・セクション。これが効いている。ホーン・アレンジもハシケンがやったらしいが、実にかっこいい。音楽的な質の高さ、完成度とかではなく、志の実現度の高さでは正直ソウル・フラワーもおよばないだろう。あれでドラムスがもう一歩踏み込んでいれば、クールフィンと比べたくなったかもしれない。高田漣のスティールは初めて聞いたが、見事なものだ。

 はじめ音がひどいと思ったのだが、三曲目でそんなことはどうでもよくなった。ハシケンの歌は不協和音や、通常の音階から外れた音で終止するトンガッたところが効果的に出てくるのだが、アレンジ全体にも同じことが言え、「ポストモダン・フォーク」と呼びたいところがある。軸足はあくまでも「ヒューマン・ソング」だが、その展開にはたとえばディーヴォやトーキング・ヘッズやザッパなどの影も見えるし、ラテンの血も流れている。まぎれもなく90年代の音であり、二十一世紀始めをリードする一角ではある。眼鏡をかけ、帽子も被ったスタイルはエルヴィス・コステロを想わせ、ギター、ピアノを伴奏に張りのあるヴォーカルでスケールの大きな表現を見せてくれるのはリアム・オ・メーンリを思出した。

 ひとしきり、バンドでやった後、一曲、バイーア風の曲をソロ、さらに太田恵資を交えて新譜のタイトル曲。二人のやりとりを聞いていて太田恵資はなかなかの人と思う。山口さんがあの人は苦手といっていたが、確かにあの二人では合うまい。ハシケンはとんがった部分が合っているようだ。
 盛上ったのは十八番の「ワイド節」で、フル・バンドでスイングしまくる。演奏が終ってから、ハシケンが自分で「かっこいいー」と感激していた。自分でもやりたかったのだろう、リクエストに応える形で、もう一度そっくり繰返す。この歌は元は徳之島の闘牛の際、自分の牛をけしかける歌だそうだ。この歌をハシケンが歌っていることが地元に伝わり、来て歌ってくれと呼ばれたそうだ。

 ジェンベをまたいでの「乳飲干せ」では、たまたま来合わせたらしい永原元が飛入りし、パーカッションを持って踊っていた。アンコールはホーン抜きで一曲、さらに沖縄からのワカナツという女の子をゲスト・コーラスに迎えて「カイサレヨー」。そして最後にもう一度ひとりで出てきて「グランドライフ」。終演10時を回っていた。新譜で期待していたのを遥かに越えるライヴだった。またひとり、追っかける対象ができてしまった。8月16日の高円寺・抱瓶でのライヴは体力的に無理だし、ヒートウェイヴとダブっている。。9月29・30日のスターパインズ・カフェが当面の目標。

 まっすぐ帰宅。11時半。メールだけチェック。
2000年 6月 30日 (金) 晴れ。

 朝食、鰺の開き、胡瓜の塩揉み、キャベツの味噌汁、ご飯、細切り昆布の佃煮。

○Neiley Collins FROM TIME TO TIME EVER CHANGING; own label, 1998
Neiley Collins  めっけもの。シカゴ在住の人らしいが、アメリカ的なところは皆無。ウディ・ガスリーも十分にアイリッシュ。ガスリーともう一曲を除き、トラディショナルで、しかも自分が影響を受けた人の歌をうたっているが、なぞりではなく、この人のうたになっている。奇を衒ったところもなく、抑えたバックで、ただそこに佇んでうたっている。うたの理想郷の一つ。

 これが今年初聞き271枚目。このペースで行けば一年で500枚突破確実。果たして実現するか。
 昼食は豚肉の醤油漬けを焼き、朝の残りの胡瓜とご飯、ゆかり。
 夕食、新橋駅構内の居酒屋兼蕎麦屋でとろろ蕎麦。その後、「トリビュート・トゥ・ラブ・ジェネレーション」でピザなど。

 2時まで電撃小説大賞のための原稿読み。2時半過ぎ、歯科。同じく左下奥続き。もどると3時過ぎ。原稿読みを続け、3時55分のバスで出かける。まっすぐ新橋。ゆりかもめの駅に向かって歩いていると、のざきとばったり。そのままいっしょに「トリビュート・トゥ・ラブ・ジェネレーション」。パブロ・シーグレル五重奏団のライヴ。シーグレルのピアノにバンドネオン、ギター、ダブル・ベース、ドラムス。ドラムスは日本人。バンドネオンは童顔の兄ちゃんで、のざきはかわいいと言って気に入っていた。演奏は主に新譜からで、ピアソラとシーグレル自身の曲。それに「ラ・クンパルシータ」をやると言ってやったが、全然それとはわからず。スイング感はすばらしく、ジャンルなどどうでもいい。が、基本はジャズにタンゴをのせている感じ。問題はやはりステージ時間の短さで、長い展開はできないし、やっと調子が出てきたなと思うところで幕。BMG・Oさんによると、初日の昨日よりも遥かに良かったそうだ。

 演奏が始まる前に、席でのざきに頼まれて、マーティン・ヘィズ&デニス・ケイヒルの応援メッセージを吹込む。途中で高橋君が来て、いっしょになる。彼もロンドンで一度ライヴを見ているそうだ。シーグレルの取材もしたそうな。他に長嶺さんが女性のカメラマンと一緒に来ていた。

 終ってから残らなければならない高橋君と別れて、のざきと二人新橋まで戻り、駅の近くの居酒屋で一杯。11時に出て、帰る。が、ボーナス後の週末とて電車はぎゅう詰め。ために冷房がきつく、相模大野から先、空いてから体が冷えてしまったらしい。降りる頃から腹具合がおかしくなり、並んで乗ったタクシーの中で必死に便意をこらえる。領収書もとらずに家に駆けこみ、かろうじて間に合う。鼻も詰ってしまった。完全な冷房病。帰宅0時半過ぎ。
2000年 7月 01日 (土) 晴れ。暑し。

 朝食、クロワッサンとロール・パンにブルーベリィ・ジャムを塗って食べる。トマト、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

 朝早くからKが起きだしていたらしく、Hもそれにつられて起きていた。何だと思ったら、昨日Mが、給食費をまだ持ってきていないとのことで、皆の前で手を上げさせられたそうな。納入起源は今月3日だが、今回は一人だけだったらしい。Hの話によると、未納の児童をクラス全員の前でさらし者同然にすることは他にも行われているらしい。それにKが頭に来てしまい、起きだして校長宛の手紙を打っていた。

 あいかわらず電撃小説大賞のための原稿読み。飛び抜けたものはなく、いい線まで行っているが決定的なところがない、あるいはある一点ではかなりのものだが、その他のところで致命的欠陥がある、というものが多い。ゲーム設定のヴァリエーションとしては結構面白いものもあるが、小説として基本線ができていない。

 午後からこの辺の中学・小学校のPTAが年に一度一堂に会する集まり。たがいにどんなことをやっているか、報告しあうもの。今年はT小が事務局で、T小隣の公民館での開催。うまいバスがなく、途中からてくてく歩き、大汗をかく。M中のPTAでは、生徒会を対等の立場の団体と認め、学校行事への参加を生徒会を窓口としてやると言う試みをして、結構面白い成果が出ているらしい。M小は創立の発足当初から父親委員会が活発に活動しているそうな。

 後の懇親会のとき、時間を見つけて校長に給食費徴集の歳のことを話す。銀行引落しへの移行も進言。さすがに校長は児童をさらし者にする件はもってのほかと即座に断言し、善処を約束してくれた。銀行引落しへの移行はちょっと待ってほしいとのこと。

○Various Artists THE GREATEST CELTIC AIRS; Keltia, 2000
THE GREATEST CELTIC AIRS  本来の伝統曲とはかぎらない「伝統曲」として伝統外の人口に膾炙したものを、改めて各国の一流どころにやってもらおうという企画。Jamie McMenemy の "Scotland the brave" から始まり、Richie Buckley とドーナルによるオ・リアダの「アイルランドの女」とか、ヤン・ファンシュ・ケメナーの "Amazing grace" とか、普段お目にかかれないような組合せが続く。確かにこういう手垢のつき過ぎた曲の演奏としてはどれもなかなかに新鮮で、Bohinta の "Molly Malone" などは力演というべし。Kornog がまだやっていたのも嬉しいし、その演目がスティーヴェル・ナンバーのメドレーというのもいい。企画としては下手をすれば単なる色物になってしまうところを、ミュージシャンたちの技量と真摯な取組みで、水準をクリアしたというところ。伝統音楽になじんでいない人びとにとってはあるいは大いにアピールするかもしれない。
2000年 7月 02日 (日) 晴れ。暑し。

 朝食、食欲なし。Hの作った炒り卵とグレープフルーツ・ジュースなど。
 食後、和室、リビングなど掃除。
 昼食、餃子、蟹爪フライ、細切り昆布の佃煮、かき卵スープ、ご飯。
 夕食、豆腐とあぶらげの味噌汁、豚肉生姜焼き、キャベツの千切り、ご飯。
 終日、電撃小説大賞のための原稿読み。後の3本、一応の収穫。

 K、咳、やや軽くなるも、時にかなりの発作が起きる。
 Mは午前中から友だち二人と一日遊んでいる。二人は昼食も家でとる。Hは午後から友人の家に遊びに行き、三時頃今度は家に来て遊んでいる。にぎやかではあるが、病人は休めない。

○The Cromer Smugglers A NEW DAWN; CD SMUG, 2000
The Cromer Smugglers  シュロップシャ沿岸の人命救助船購入用基金を集めるために1993年に結成されたグループのファーストCD。これ以前にカセットが一本あるそうだ。はっきり言って素人の手なぐさみ以外のものではないのだが、海に生きる男たちの心意気はびんびん伝わってきて、やはり一番いい意味での「フォーク・ミュージック」が聞ける。レパートリィはシャンティの有名どころが多いのは当然。なぜか "The black velvet band" などもやっている。名盤とか名作とかいうのとは縁がないだけに、かえって何度も聞いてしまいそうだ。
2000年 7月 03日 (月)

○Kristina Olsen & Peter Grayling DUET; KOPG, 1998
Kristina Olsen & Peter Grayling  アメリカのシンガー・ソング・ライターでマルチ・インストルメンタリストのオルセンがオーストラリアで出会ったチェリストと組んだアルバム。オーストラリア盤。珍しい組合せが成立するだけの技量とセンスをこのチェリストは備えていて、たとえばデ・ダナンに参加した Caroline Lavelle や スコットランドの Abbey Newton といった人びとを思出す。チェロは面白い楽器だ。オルセンもその意味では一筋縄で行かない懐の深さをもち、サックスやコンサティーナも操るし、書く歌も面白い。Philo に何枚かアルバムがあるらしく、要チェックだ。
2000年 7月 04日 (火)

○REALTA '99; Raidio Na Gaeltachta, 1999
Graham & Eileen Pratt  ゲール語によるオリジナル曲コンテストの優秀作品を集めたアルバム。予想を裏切って、カントリー調やロックン・ロール調の曲から始まる。後になると女性を中心に、ジミィ・マカーシィやノエル・ブラジルに通じる世界が出てくるが、やはりアイルランドでもアメリカ流ポピュラー・ミュージックが主流なのだろう。歌つくりとしても歌うたいとしても、なかなか優れた人もいて、興味深いが、いかんせん歌詞の内容が全くわからないのはもどかしい。

 午前中、小説賞のための原稿を読み、午後、リビングで作業をしていて、5時過ぎ、iBookのバッテリがなくなったので仕事部屋で電源につなぐ。が、夕食前覗くと充電がされていない。電源の繋ぎ口は充電時のオレンジ色ではなく、緑色の光がぱっぱっと点滅している。繋ぎ口をいじると一瞬緑になるがすぐ切れる。アップルのサイトをいろいろ見るが、どこにもこんな現象は出てこない。充電できなくなったときというのがTILにあり、それに従ってパワーマネージャのリセットを試みるが効かない。

 とまれ修理に出すしかないと保証書を探すと、今度はこれが見あたらない。iMac&iBook関係の書類を入れている封筒にないのだ。家捜ししなくてはならない。

 午後作業したここ二、三日の日記は、バックアップもとれない。
2000年 7月 05日 (水)

 午前中、アップルに架電。もう一度指示に従い、パワーマネージャのリセットをするが、結果変らず。引取しかないとのことで、保証書を探してからもう一度連絡することにする。

○Calasaig UNTIL THEN...; Bellcraig, 1998
Calasaig  マルチ・インストルメンタリストとシンガー二人のトリオ。楽器担当のKeith Easdale はパイプ類からフィドル、蛇腹、パーカッションまで操る。中ではパイプが一番好きで、得意なようだ。歌うたいの一人女性 Kirsten Easdale はかなりのうたいてで、最近現われた人としては Malinky の彼女と肩を並べる。この人だけでもこのアルバムは聞く価値がある。もう一人のギタリスト/シンガー、 Keith Johnston はもう少しコンテンポラリー寄りのうたい手。チューンはおちついてゆっくりした曲が多く、言わば「大人」のアルバム。スコットランドでもハイランドよりはロゥランドだろう。この辺でも傾聴するに値する新たなバンドが現われているのは嬉しい。

 正午過ぎに出て、御茶ノ水・メディアワークスに向かう。メディアワークスには30分早く着く。電撃小説大賞三次選考会。今回は編集部も全員、全部の原稿を読んでいるので、結構喧々ガクガク。作品がどれもどんぐりの背比べで、帯に短し、襷に長しなのも拍車をかける。5時半少し前終了。Kの調子が気がかりだったので、打上げは辞退し、新宿・桂花のターロー麺を夕食にしてまっすぐ帰宅。
 iMacの設営にとりかかる。
2000年 7月 06日 (木) 曇。やや涼し。午前中、少し雨。

 朝食、ハム・トースト、バナナ、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。
 昼食、鰹の叩きを解凍し、和布と榎の味噌汁、胡瓜の塩揉み、ご飯。
 夕食、豚肉とニンニクの芽の中華風炒め、人参・玉葱・胡瓜の中華風スープ、紫蘇を散らしたトマト、ご飯。

 午前中、歯科。今日は混んでいて、少し遅刻したが30分待たされ、中に入ってからまた20分ほど待つ。

○Frifot JARVEN; Caprice, 1996
Frifot  JARVEN  セカンドにあたるのか。ぐっと弾みがついて、波長の大きなグルーヴが生まれている。リエナはもちろんだが、ペールのヴォーカルがまた味が出てきた。それに二人のフィドルの息の合い方。細かいユニゾンが快感。もう何を言うことなし。豊饒豊饒。

 午後、学校保健委員会。年一回行われているもの。PTAの本部、成人委員会以下各委員会、学校は校長以下の職制、各指導部の係、養護教諭。それに校医と南部給食センターの栄養士。
 子供たちの身体測定やら、食物アレルギーについての話やら。強度の食物アレルギーを持っている子供には南部給食センターから細かい献立を各家庭に送っている。その細かさに驚く。それでもまだ間に合わず、問合わせがあるそうだ。

 ほぼ、終日iMacの世話。キーボード・ショートカットを使うとフリーズする件は夜に入り、ようやく Nickey が原因と見定める。作者のサイトに行ってみると、バグ情報として仮想メモリとの相性が悪いことが上げられていて、はたと思出す。仮想メモリをはずすと、嘘のように快調。
 それにしてもシステムの再インストールまでしてしまった。
 あちこち、メール。
2000年 7月 07日 (金) 曇。昼過ぎより雨。

 朝食、ツナ・トースト、胡瓜細切り、レタス、トマト薄切り、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。野菜類は子供たちの弁当のサンドイッチ用の残り。今日は「毛小まつり」で、弁当・水筒持参。

 Kは耳鼻科。点滴を受けるとのことだったので、駅前にバス出て、銀行三軒。郵便局にて、フラッシュ・ディスク・ランチ、Phil Beer 等に送金。フィル・ビアは The Phil Beer Band のオフィシャル・ブートレッグ ONCE IN A BLUE MOON の代金。

○Bram Taylor FURTHER HORIZONS; Fellside, 1993
Bram Taylor  この人ももうベテランの域。比較的明るい声の持主で、この声に比べるとメアリ・ブラックですら「昏い」。マッコールの "Schooldays over" など聞くとはっきりする。地域にはこだわらない人で、スコットランド、イングランド、Huw Williams、アイルランド等々のオリジナルやトラディショナルをとりあげる。一曲アメリカンもある。白眉は "Bonnie Bessie Logan"。
 昼食、エボダイの開き、隠元胡麻和え、ご飯、細切りコンブの佃煮。
 昼食後、星川さん経由で依頼のあった、音友の邦楽ムック用の原稿二本、かたづける。送るついでにメールのチェック。

 午後から仕事部屋に積上げてある雑多な書類の整理。iBookの保証書を探すため。保証書は半分行かないところで出てくる。雑誌の購読更新通知がたくさん出てくる。F&SFとLocus は更新していた。
 夕食、鰺の刺身、茄子の味噌汁、残り物(朝の弁当用のチキン、グリーン・アスパラ、キャベツ、ツナ)の醤油炒め、ご飯、ゆかり。

 夜、Yさんから電話。0時すぎまで。中村とうようの独裁者ぶりを聞くが、その様子は角川春樹にそっくりである。人間は若い頃のやり方を変えることは難しいから、若い頃に攻勢で成功した独裁者は、守勢に回るとどうして良いかわからず、失敗する。それでなくとも守ることをきちんと果たした独裁者は、歴史上でもごく稀だ。古代ローマのハドリアヌス、清の雍正帝といった名前が浮かぶ。
2000年 7月 08日 (土) 朝のうち雨残る。午後から晴れ。蒸暑し。

 朝食、チーズ・デーニッシュ、ハム・サンド(半分)、トマト、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。
 昼食、素麺、トマト。
 午後、アップルに架電。15分ほど待つと繋がる。iBookの引取修理を依頼。5時過ぎ、日通が引取りに来る。

○Triology WHO KILLED THE VIOLA PLAYER?; BMG ファンハウス, 2000
Triology  ヴァイオリン二本とチェロのトリオ。ピアソラからパコ・デ・ルシア、アフリカ、アイルランド、ユダヤのトラディショナル、オリジナル。トラディショナルかどうかも問題ではなく、単なる素材だ。Kokoo が邦楽でやっていることを西洋クラシック流の弦楽器でやっている。楽器はほとんど "abuse" されている。弦楽器はやはり打楽器なのだ。生楽器の表現力の開発と、そこで可能になる音楽で遊んでいる。第一とか第二とかいう分担は意味はない。三人の対等なミュージシャンの交歓。ケネディなんぞより遥かに過激で、面白く、ためになる。それにしてもジグに「ホ長調」とか「ニ長調」とかつけられると、なんだか馬鹿にされている感じ。

 Paul McCann から電話。9月にジムが三度めの来日をすることが決まったとのこと。チラシにコメントが欲しいとのこと。100字でまとめて送ることにする。

 Amazon.comからCD5枚。CDだけなのに、いつもの箱で来た。The Living Tradition。ディスク・レヴューに Richard Grainger の新譜! Gordon Tyrrall も新譜が出ている。この辺の人たちが元気なのは嬉しい。クリス・フォスターが記事を書いてもいる。

 夕食、水餃子、海老焼売、エボダイの開き、トマト・海月・胡瓜の中華風サラダ、ご飯。

 レコード会社と小売店は今バック・マージン(4.5%だそうだ)で食べていると言う。だから、メジャーの販促対象商品で店頭はあふれることになる。メーカーとしてはバック・マージンが出せないような商品はコストばかりかかって赤字の原因になるから、切るしかない。他の業界でも同様な「商慣習」はあるだろうが、それが売上の柱となるのは異常事態ではないか。長く続くはずがない。バック・マージンは結局末端の購買者が負担しているわけだから、つまりは在庫として売れない分の金額を買った人間が負担していることになる。何やら、未来に借金して景気刺激策を続けているのと似た構図だ。ブロックバスターがいずれ売れなくなるのはどうやら法則のようだが、その辺を誰かきちんと解明してくれていないものか。
2000年 7月 09日 (日) 晴れ。風あり。空気爽やか。

 8時半前起床。
 朝食、チーズ・デーニッシュ。健康パン、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。流しこむようにして、ハイツ総出の法面草刈りに出る。今日は風もあり、空気が乾燥しているので、いつもほどは暑くない。作業も順調で、10時半には全部終了。

 それでもくたびれ、午後は昼寝で過ごす。
 昼食、ハンバーグの茸ソース添え、トマト、ご飯。
 夕食、鶏肉とカシューナッツの中華風炒め、かき卵スープ、トマト、ご飯、メロン。

 Hが友人を家に呼んで遊んでいるので、午後は仕事部屋で昼寝をしたり、CDを聞いたり、読書したりで過ごす。iMacを仕事部屋に移すことを考え、机周りや本棚の上の書類を整理する。が、寸法を調べると、とても入らないことが判明。iMacの寸法は付属の書類には出ておらず、結局アップルのサイトまで行く。

○Deirdre Scanlon SPEAK SOFTLY; (own label), 1999
Deirdre Scanlon  ソラスの新しいシンガーになった人のソロ。ラウズのドロヘダで学校の先生をしているそうだが、そちらの仕事は辞めたのだろうか。うたい手としてはカラン・ケイシィにタイプがそっくりで、これはシェイマスの好みなのかもしれない。力量はカランに負けない。3曲除いて無伴奏で、有名どころばかりだが、いずれも見事な歌唱。3曲オリジナルがあり、これまたどれも佳曲だ。メロディは何かの伝統曲から借りたものだろうと思われる。彼女が入ったソラスの歌がカランの時とどう変わるか、興味津々ではあるが、きちんとしたプロデューサーがついてのソロも聞いてみたい。
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