大島教授の[暖蘭亭日記][2001年 1月 01日 (月)〜2001年 1月 07日 (日)] [CONTENTS]

2001年 1月 01日 (日) 晴れ。

 9時起床。胸骨の辺りに鋭い痛みがあって眼が覚める。どうやら、寝る前に背中を伸ばしていたのがクール・ダウンが必要だったらしい。

 朝食、人参・牛蒡・筍・椎茸の煮しめ、蒲鉾、伊達巻、金団(茶巾絞り)、雑煮(小松菜、鶏肉、鳴門)。
 昼食、公魚、大根と人参と蕪の酢の物、牛肉の牛坊巻き、鶏の付焼き、餅海苔巻。

 のんびりと読書など。午後から日記の整理。

 夕食、胡椒付き鶏手羽ロースト、白菜・人参・ベーコンのスープ、鶏腿蒸し焼き、レタス、クロワッサンブルーベリィ・ジャム付き、葡萄パン、蜜柑、ロイヤル・ミルク・ティー。

 夜も日記の整理。
2001年 1月 02日 (火) 晴れ。

 朝食、蒲鉾、伊達巻、公魚、田作り、煮しめ、黒豆、雑煮、白菜お新香。
 昼食、正月のご馳走。
 夕食、汁粉、餅、白菜新香、胡瓜味噌添え、蛸付焼き。

 7時半頃、Hがごそごそ起きだすので起こされる。
 10時半過ぎ、家を出て、実家。妹の一家も加わって新年の賀宴。ご馳走はいつものとおり。一杯飲んでいい気持ちになり、食後昼寝。
 6時前、相次いで辞して帰宅。

 RadRockers からCD7枚。うち1枚はギフト。
 夜は日記の整理。一通り、昨年末までのものを終わらせる。

 RTEのニュースでRTEがラジオ放送開始75周年記念として新たな伝統音楽サイト ceolnet を立上げるというので捜してみる。が、www.ceolnet.comという別のところしか見つからない。しかもここはまだオープンしていない。

 IRTRAD-L でみたら、http://www.rte.ie/CeolNet/というURLがあるので行ってみる。オーディオ・ストリームを聞くには Windows Media Player が必要というのは気に入らないが、ミュージシャンやシンガーの簡単なバイオがあるのはありがたい。今までRTEの放送に出演したことのある人らしい。もっとも、後で IRTRAD-L に出た投稿によると、ちょっといい加減なところもあるらしい。まあ、放送局のやることだから、そんなに大きな期待をかけるわけにも行くまい。
2001年 1月 03日 (水) 晴れ。

 9時過ぎ起床。

 朝食、蒲鉾、伊達巻、田作り、田作り胡桃入り、小鰭、煮しめ(人参、筍、蒟蒻、椎茸、莢豌豆)、雑煮。
 昼食、中華風膾(木耳抜き鶏肉入り)、ハム、葡萄パン、コーヒー、飲むヨーグルト。

 TowerEurope からCD2枚。ファブリツィオ・デ・アンドレのもの。一点品切れ。
 昼前から初仕事。『青』1ページにチーフテンズ、ノルマ。
 Kと子供たちは昼食後買物に出かける。

○Mark Heard DRY BONES DANCE; Via Records, 1990/1995, USAmerica
Mark Heard  こういう人がまだまだいるのである。1992年に49歳で死んだそうで、トリビュート盤 ORPHANS OF GOD のディスコグラフィによれば通算12枚目。デビュー作は1978年。これ以後1997年までに、このトリビュート盤を含め、オリジナル、死後リリースの未発表録音集など9枚のアルバムがある。トリビュート盤の参加者の中にはジュリィ&バディ・ミラーをはじめ、Vigilante of Love、Ashley Cleveland、Brooks Williams、ブルース・コバーン、ヴィクトリア・ウイリアムス、オリヴィア・ニュートン・ジョン、Tom Prasada-Rao、Colin Linden、 Tonio K といった名前がある。バックではバイロン・バーラインしか知っている名前はないが、主人公と一体となって、熱のこもった骨のある演奏を聞かせる。これだけの人の存在を今まで全く知らず、しかも知らないうちに死んでしまっていたことは不覚の一言だが、せめて手に入るものだけでも全部聞こう。それだけの価値のある人だ。それにしてもこれは聞けば聞くほど傑作。歌といい、演奏といい、優にベスト10クラス。AMGでは最高ランクになっていたが、うなずける。

 夕食、和布ご飯、牛肉牛坊巻き、鶏様々、和布キャベツ、ハム、蜜柑、苺。

 夜は久しぶりにニフティに書込み。スタッフ部屋にもご無沙汰だったがFWMが先月半ばに閉鎖したらしい。皆さんの書込みを見ていたらわざわざ見に行く気も起こらず。
 夜は読書。
2001年 1月 04日 (木) 晴れ。

 8時過ぎ起床。

 朝食、雑煮、公魚。

 午前中『青』1ページ。
 昼食、薩摩揚げ、ハムエッグ、菜の花芥子和え、白菜味噌汁、和布御飯。

 午後、チーフテンズ、ノルマ。

 夕食、手巻き寿司(トロ、烏賊、イクラ、甘海老、蟹、胡瓜)、温野菜の柚味噌添え(大根、人参、里芋、蓮根、牛坊、ブロッコリ)。

 夕方から年賀状をもらった人でメール・アドレスがわかっているものに返事を書く。
2001年 1月 05日 (金) 晴れ。

 昨夜は寝そっかれて3時過ぎまで寝つかれず、今朝も7時半にかけた目覚ましが鳴る前にうすうすと目は覚めていた。

 朝食、雑煮、昨夜の温野菜の柚味噌添えの残り。

 歯科。右下に薬を入替える。これはしばらくそのままにし、その間他の虫歯の処置をするとのこと。

 もどって11時前のバスで皆で出かける。大山阿夫利神社に初詣。駐車場が混むことを見越し、また駅前に用もあったので、バスで出かける。伊勢原からバス。ケーブルの駅の手前でHが腹が減ったとわめくので、早めの昼食。湯豆腐、薯蕷ご飯。薯蕷ご飯には柚の砂糖漬けと香の物がついてくる。ケーブルカーで下社に上がり、参拝。胎内道に入って、おふくろの病気平癒とHの疣の治癒を祈ってKが灯明を上げる。お守り、破魔矢等を買う。

 ケーブルの駅から出ると目の前にすばらしい眺望が開ける。晴れて空気が澄み、風もない。右手は大島、左手は手前に三浦半島、その向こうに房総半島がはっきり見える。手前、相模湾や江ノ島、相模平野はもちろんだ。

 下の雷神堂の店頭で焼いている大判の煎餅を買ってその場で食べる。厚木にもどり、有隣堂で買物。Hは『ハリー・ポッター』の二冊め。一冊目を川崎から借りてきて、完全にはまっている。Mは『熊の子ウーフ』の続篇。一回で『グイン・サーガ』の最新刊76巻と岩波文庫の井上究一郎訳『ロンサール詩集』の復刊、それに池内紀の『小さなカフカ』みすず書房を買う。ガレアーノの『火の記憶』もあったが、英訳本が到着するのを待つつもりなり。

 Kたちがお守りを買っている間、ふと空を見あげると、頭上高くハング・グライダーが十数機、舞っている。Hを呼んで教えると、あんなに高いところで怖くないかなと言う。次にMを呼ぶと、一目見て、あたしもやりたあい。ヤビツ峠の辺りから飛ぶのだろうか。今日のような天候であればさぞかし気分が良いことだろう。5時前帰宅。

 チーフテンズ公式伝記読了。それにしてもパディ・モローニはミュージシャンというよりも政治家、経営者だ。そのこと自体を貶めるつもりはないし、アイルランド音楽の普及にチーフテンズが果たした功績を否定するつもりもない。しかし、どんなものでもそうだが、メジャーになることで抜け落ちてゆく部分はある。

 もう少しまともな文章を読みたくなり、買ってきたばかりの『小さなカフカ』の最初の一篇「手紙の行方」を読む。このような文章を英語の文学について読みたいと思う。英語で言えばカフカにあたるのはジョイスやベケットやスティーヴンスや、あるいはイェイツだろう。だが、そうではない。そういう人びとではない、もうちょっと「ずれた」ところがカフカにはあるように思われる。「本流」ではないのだ。現代文学からすればカフカは避けて通れないが、しかし正々堂々文学の王道かといわれればそうではあるまい。その点ではベケットが近いかもしれない。しかし彼が用いた言語はフランス語だ。英語ではない。

 それにしてもカフカの手紙がいかにして今日われわれが読めるところに至ったかというこの小文は見事なものだ。膨大な手紙の相手の女性たちがそれをすべて保管し、自らは時代の波に飲みこまれながら、手紙だけは後世へと伝える手筈を整えていた。しかも、その相手がカフカ自身に当てた手紙は一切残っていない。カフカが処分したからだ。そのことを書きながら、カフカの手紙と、あるまとまりとしてのその手紙の束の性格を鮮やかに伝えてくれる。

 Amazon.co.jpで調べてみたら、かなりの数の著書と訳書がある。筑摩の『文学の森』の編者の一人であることは承知している。温泉好きでもあるらしい。訳者としては最近気になっているカネッティの『眩暈』がこの人だ。ヨーゼフ・ロートの『聖なる酔っぱらいの伝説』もそうだ。パトリック・ジュスキントの『香水』もそうだ。

 栗本薫の今回のあとがきは前巻のあとがきの続篇で、個人のウェブ・サイトを開いたこともきっかけとなって、前巻のあとがきを契機に起こった「騒動」を経ての考えを述べている。至極もっともなことを正面から書いていて、こういうまともな常識をまともな文章できちんと読んだのは久しぶりのような気さえする。何だかんだ言って、やはりこの人はこんにち日本語で書いている中では有数の文章家だろう。

 夕食、豚ばら肉と白菜の蒸煮、ご飯、温野菜最後の残り、蓮根の煮付け。
2001年 1月 06日 (土) 晴れ。

 8時過ぎ起床。さすがに今日は良く寝た。

 朝食、雑煮、昨夜の豚肉白菜の蒸煮の残り。
 午前中、新たな仕事の構想の手始め。

 昼食、白菜・人参・ベーコンのスープ、ソーセージ(珠実からの歳暮)、クロワッサン(ブルーベリィ・ジャム付き)、ブルーベリィ・ジャム・トースト、コーヒー。

 食事をしながらみなでしりとりをして遊ぶ。

 Asimov's。大修館からDM。『ジーニアス英和大辞典』にちょっと心惹かれるが、やはりCD-ROM版が出るまで待つことにする。研究社と差別化をはかるためにいろいろ工夫しているのはわかるが、ちょっと無理をしているんではないのというところも見える。なぜかNECの LaVie MX のカタログも入っている。Crusoe を使ってバッテリで8〜11時間の駆動を実現したやつだが、どうせ Crusoe を使うなら、Linux搭載のものが出るのをこれも待とう。昨日カーネル2.4が出たから、今年夏のボーナス向けにはLinux搭載のものも出るかもしれない。

 『青』1頁。チーフテンズ、ノルマ。
 Amazon.co.uk に行き、4冊ほど注文。『ハリー・ポッター』にはまっているHの姿をみて、急に読書欲が出てきた。

 夕食、小松菜豚肉みそ煮、ご飯、蜜柑。
 夜、タムボリンのベストの原稿を書き、とりあえずファックス。締切はなんと明日であった。
2001年 1月 07日 (日) 曇。寒。5時頃より雪。

 Hがプラモデルでしゅうしゅう遊ぶ声で目が覚める。ひと時も黙らない。

 朝食、ハム・トースト、トマト、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

 昼食、Kの両親と会食。相模大野・西櫻亭にて、牡蠣チャウダー、牡蠣フライ、ご飯。伊勢丹で別れ、Kは買物をしてゆくというので、子どもたちを連れて先に帰宅。有隣堂で池内紀の訳書二冊購入。バオバブでコーヒー豆二袋購入。

 3時半帰宅。タムボリン用2000年ベスト原稿を見直し、プリントアウトする。昨日ファックスで送った原稿に間違いがあるのを発見し、再送。

 池内紀『カフカのかなたへ』読了。
 夜、雪のせいで、実に静か。

□池内紀 カフカのかなたへ;講談社学術文庫、1998.01/1993.07, 252pp.
カフカのかなたへ  カフカの作品をほぼ書かれた順番にしたがい、作家の生涯や周囲の状況との比較考察、多方面の研究の助けを借りながら、表面的な物語の裏に潜むもの(ことさらに隠されているわけではない)への探求の手がかりを示そうとしている。意味を忖度したり、解釈を施そうというのではなく、作品そのもの、テクストを光に透かしてみると現われる様々な模様に注意を促す。その模様には読者が一人ひとり作品に対峙する際、足がかり、手がかりとなるようなヒントが現れていることが多いからだ。
 これをカフカとの格闘とは言うまい。戯れというには真剣過ぎる。まじめに遊ぶ。カフカを「わがもの」にしようと、手探り足探り、あるいは様々な道具をさしこんだり、当てたりして、作品の奥にわけいる。そう、まじめな遊びとしてのこれは探検だ。明晰な言葉で書かれた無限の感情の宇宙の探検。そのささやかな報告である。予備的なあるいは第一次の報告であって、ここで検討されている要素のいくつかは後に『ちいさなカフカ』の中でふたたび取上げられることになる。とにもかくにもカフカが読みたくなる本だ。
 以下目次。
「はじめに」
「窓の男」
「八つ折と四つ折」
「動物物語」
「だまし絵」
「変身譚」
「失踪者」
「二等兵フランツ」
「『事実』について」
「中庭の門」
「悪の考察」
「ヨーゼフ・Kの罪」
「掟の門」
「工区分割方式」
「眠りについて」
「食べない男」
「生命の樹」
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