大島教授の[暖蘭亭日記][2001年 1月 08日 (月)〜2001年 1月 14日 (日)] [CONTENTS]

2001年 1月 08日 (月) 晴れ。

 眼が覚めると10時前。

 雪は上がり、昼前には晴れあがる。2〜3センチ積もっていたが、すぐに融ける。子どもたちは昼前に友だちが誘いに来て外に跳びだす。

 Hは朝例によって一人先に起きていたらしく、ハリー・ポッターの2巻目を読んでしまう。ほとんど2日で読んでいる。負けずにこちらもAmazon.co.uk に行き、4巻目を注文。それにしてもページ数を見たら2巻の倍以上だ。翻訳は分冊になることは間違いない。

 朝食(ほとんど昼食)、海苔巻餅、キャベツ・バター炒め、ハム入り、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

 タムボリン宛の原稿を宅急便にて発送。郡名がないと受付けられないと近所の酒屋で断わられる。あそこにはもう頼まないことにする。サービス業として落第。郵便局は郡名などなくとも平気で配達する。その代わりの郵便番号だろうが、郵便と競争しているならばそのくらいカヴァーすべきだ。下のコンビニで発送。同じヤマトである。こちらは伝票のバーコードとレジの機械で受付ける。やはり郡名がないとだめだが、ここは本屋が併設で地図は定番商品なので調べておいた。送料は郵便の速達より高いが、休日でも受付けるからやむを得ないところ。

 そもそも全国一律同一料金の方が、考えてみればおかしなことではある。国際郵便は距離によって料金が変わるのだから、これは同一料金で送れる範囲が宅急便より郵便の方が広いということだけのことかもしれない。

 宅急便で海外に送るのはUPSと提携しているヤマトの海外宅急便の方が国際ペリカン便より半分以上安い。フェデックスはまだビジネス相手で、個人相手のサービスはほとんどないらしい。
 それにしても、国際郵便で発送国によって料金が大幅に違うのは何とかならないものか。ありていに言えば、もっと国際郵便、特に航空便の料金が安くなってもらいたい。

 昼食というかおやつに肉饅、餡饅他煎餅、スナック、コーヒー、林檎。Kと子どもたちはスパゲッティのミート・ソース。

 5時頃、スリーエフから再度電話でタムボリン宛宅急便がどこの郡宛か訊ねられる。頭に血が上って、ヤマトのウェブ・サイトに行き、要望を送るページから下記のコメントを送る。
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※ヤマト運輸宛要望※
宛先に郡名が必要であることについて

 本日九州のある町の友人宛荷物を発送しました。その際、宅急便で送るには該当する町が属する郡名が必要であると指摘されました。これまでは郵便局を通して送っており、その際郡名を求められたことは一度もありません。やむを得ず、近くの書店で地図を参照して郡名を伝え、今度は受付けられました。ところがその後集貨の時刻でしょうか、夕刻電話がかかり、郡名はどこか、再度訊ねられました。これでは宅急便を利用するメリットが全く感じられません。原因は郡名で宛先を弁別しているそちらのシステムにあると思います。郵便局が郵便番号で郡名を不要にしていることはわかります。しかしそれは宅急便が郡名を要求する理由にはならないでしょう。改善を求めるものです。
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 しかし、最近こういう細かいところでやたら逆上するようになった気がする。どこかで気持ちに余裕がないためだろうか。

 仕事はチーフテンズ、ノルマ。

2001年 1月 09日 (火) 晴れ。

 朝食、ハム・トースト、バナナ、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

 今日より新学期。子どもたちはまだ早起きの習慣が残っている。

 中谷宇吉郎集第二巻掉尾の「民族的記憶の名残」を読んでふと思う。ヨーロッパにおいては19世紀は第一次大戦によって幕を閉じ、20世紀屁と転換するわけだが、日本においても同様の転換がやはりあったのではないか。おそらくはその契機は1912年の関東大震災で、江戸がこれによって消えたのと軌を一にして、19世紀的農村社会が転換を始めたのではないだろうか。または関東大震災はシンボルの一つに過ぎず、それ以前から19世紀社会の転換は始まっていたのだろう。1930年代あるいは昭和10年代の国粋主義的な雰囲気は、未だ完全には失われてはいないがしかし喪失への不可逆の過程が始まってしまったことを感じとった当時の人びとが、失ってしまったものの埋合せをしようとしたとは考えられないか。当人たちはおそらく喪失過程を逆転させるつもりでいたのだが、実際にはそれが不可能であることをも感じとり、焦燥感が煽られたこともあるだろう。中谷が書いているように、当時掲げられた「日本的」なるものは実際には19世紀社会を知らない人びとが、自分たちの願望を具体化するために「でっちあげた」ものにすぎなかった。

 無論それだけではなく、こうした内的な要因と、対外政策の失敗が明らかになり、出口が見えなくなっていた外的要因があいまってのことだろう。しかし、単に対外政策の失敗だけでは、誰もが勝てないと見ていた太平洋戦争にはまり込んでゆく「世論」は生まれてこないだろう。いわば玩具をとりあげられた子どもがダダをこねて暴れている図だ。しかも包丁や車や銃まで持っている。

 単純に歴史が繰返すとは思わないが、大まかな状況として現在のわれわれが同様の感情風土に向かっていることは感じられる。憲法や教育基本法を変更しようという論議の根底にあるものは、失われようとしている、慣れ親しんだ20世紀社会へのノスタルジーの現れだ。同時に未知の21世紀の社会システムへの不安の裏返しでもある。

 われわれにとってもまた20世紀の社会の限界が明らかになろうとしている。何らかのきっかけがあればこれががらりと転換するだろう。第二次関東大震災である可能性もある。それ以前に金融恐慌からの混乱である可能性もある。昭和初期の金融恐慌の際は、日本国内の混乱ですんだが、今度はそうは行くまい。どれほどの規模になるかは予想できない。

 いや、きっかけは転換そのものが誰の目にも明らかになるその契機に過ぎない。実際の社会の転換はすでに始まっている。ソ連の崩壊とともに20世紀は終ったとみる見方は、今のところ妥当だと思う。成人式で騒ぐ若者たちは、その転換を感じとっているはずだ。かれらは成人式などでからめ取られはしないよということを、行動で示している。それだけのことだ。成人式という20世紀システムの遺物にしがみつく人びとにできることは、騒ぐ若者を怒鳴りつけて一時おとなしくさせることだけではないか。

 未知なる21世紀で「生きる」ためには自らを転換しなければならない。が、問題は転換する先が未知であることだ。つまり転換を待ってそれに適応するわけにはいかない。自らの転換それ自体を次の社会/システムの基礎とするしかない。では、どう転換するか。もっとありていに言えば、おまえは21世紀、どういう人間になりたいか。そこでは20世紀への連続性が出てくる。どういう人間になりたいかと考える自分は20世紀社会の産物だからだ。

○Niall O Callanain STRINGS & THINGS; Pressure, 2000, Ireland
Niall O Callanain  本人はブズーキを中心にギター、ベースの演奏者で全曲この人のオリジナル。フロントはモイア・ブレナックのフィドルとヴィオラで、マーティン・オコナーのアコーディオン、ケヴィン・シールズという人のフルートとホィッスル。冒頭の曲が"(Tune for) A fond millennium" というので、はじめペンギン・カフェの "Music for a found harmonium" と勘違いしていた。曲はいずれもなかなかの佳曲で、特にジグ、ホーンパイプ、ポルカはおもしろい。ポルカにはドーナルの影響が聞える気がする。アフリカ系らしい打楽器奏者の香辛料の利かせ方がうまい。さらっと聞けてしまうが、よくよく聞くといろいろ発見がありそうなアルバム。

 昼食、海苔巻き持ち、蕪の漬け物、トマト、バナナ。

 大島保克事務所より今年のライヴの案内。行けそうなのは2月27日のTLGと4月5日のマンダラ。London Review of Books。Tさんの家の住居表示が変更になる通知。田無市と保谷市の合併により、「西東京市」になるんだそうだ。何という芸のない名前。

○Pierre Schryer & Dermot Byrne 2 WORLDS UNITED; Claddagh, 1999/2000, Canada/Ireland
Walt Michael & Company  LEGACY  ケベックのフィドラーとダーモットのデュエット・アルバム。スティーヴ・クーニィの他、カナダ勢が参加。いつもながらダーモットの音は一つひとつがていねいに洗われている。対するカナダのフィドラーもやはり端正な音を聞かせる。バックももちろん申し分のない演奏で、皆さん楽しんでますねぇ、という気分がたっぷり。主人公二人の気がぴったり合っている。曲の選択にも演奏にも、格好の相手を見つけた喜びが溢れている。おなじみの曲もあるが、まるで新しくおろしたばかりのように新鮮。フレンチ・カナディアンの曲の軽やかさはまた格別。

 4時半頃、MSI・Oさんから電話。ルカ・ブルームはどうだというので、どのアルバムもいいと答える。新作はディーモンにいた人が独立して作ったレーベルの由。またパーソナル・レーベルかと思ったらそうではなかった。今回は全編カヴァーだそうだ。まだ聞いていなかったのでさっそく聞こう。

 夕食、串揚げセット(以下、海老、豚肉、南瓜)、大根味噌汁、キャベツ千切り、ご飯、搾菜、蜜柑。

 昼食は餅だったため、消化がよく5時頃空腹のあまり手が震える。到来物のヨックモックを一個齧る。

 9時頃、中山さんから電話。11時まで。大和に住む日倉士氏という、日本のショウ・オヴ・ハンズのような活動をしている人の話。マイケル・チャップマンがある日屋根裏でジョニ・ミッチェルのデビュー前のアセテート盤を見つけた話。エレクトラと契約する前ロンドンに来ていたジョニ・ミッチェルを、自分が契約していたEMIに連れていって、アメリカから持ってきていたアセテート盤を聞かせたが採用にならなかった。ジョニは嫌な想い出のあるものだからとチャップマンのところにそのアセテート盤を置いていった。それに入っている曲はその後のジョニ・ミッチェルのどのアルバムにも入っていない。

 その後、入浴。

2001年 1月 10日 (水)  曇り、朝のうち、一時陽が差すがすぐに雲が全天を覆う。

 朝、Hがパジャマのまま、床の中でゾイドのプラモデルで遊んでいるのを見て、怒鳴りつける。

 朝食、ハム・トースト、茹でブロッコリ、プチトマト、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

 朝起きると同時にiMacのスイッチを入れ、「Macお宝鑑定団」につなぐ。だいたい予想通り。キーボードが新たに発売になっているので注文しようとしたが、アップルのサイトまではつながるがアップル・ストアにつながらない。

○Luka Bloom KEEPER OF THE FLAME; Cog Communications, 2000, Ireland
Luka Bloom  やはりこの人は駄作を作らない。どことなく歌唱や声が兄貴を髣髴させるところがふいと出ることがある。アレンジも良く考え抜かれた、クレヴァーなもの。もちろん昨日や今日うたいだしたものではあるまい。やはり掉尾のアバの「ダンシング・クイーン」は楽しみにしてしまったが、納得のうた。もう少しコーダのジグの演奏を引張ってほしかったところはあるが。ふだん自作をうたっている人のカヴァー集は歌うたいとして鼎の軽重を問われるものだが、歌うたいとしてもなかなかに得難い存在であることを見事に証明した一枚。もう兄と比べてどうこうというレベルではない。「ダンシング・クイーン」を除くとどれも甲乙つけがたいが、あえてハイライトを選べばU2の "Bad" だろうか。

 午前中、PTA本部打合せ。結構いろいろ案件はある。生徒数が増えすぎて学区改編したお隣りの学校からの移動の全容もほぼ固まった。

 昼食、クサヤの干物、大根味噌汁、茹でブロッコリ、ご飯。

 音友・Sさんから電話。金曜日に茂木も交え、チーフテンズの打合せ。アイリッシュ・ミュージック・ガイドについても簡単に話す。大枠の構成の仕方など。

○Mick Kinsella HARMONICA; OBM, 2000, Ireland
Mick Kinsella  ハーモニカという楽器にはどこか箍が外れたところがあるらしい。ブレンダン・パワーのアルバムもそうだが、これもまたジャンルとかスタイルとか全く気にしない、のんしゃらんさが横溢している。共演者はエマー・メヨックとダーモット・バーンをのぞいて全く知らないが、ギターもフィドルもバンジョーも主人公の「いい加減さ」に十分つきあって、しかもかんじんなところは外さない、なかなかにしなやかな連中だ。オリジナルもトラディショナルもカヴァーもどの曲もそれぞれにおもしろいのはアレンジが良いのかもしれないが、選曲眼もいいのだろう。これまたどの曲も甲乙つけがたいが、あえてハイライトを選べば[05]のポルカのメドレーか、あるいはパリのハーモニカ吹きの曲[07]。実に粋な曲の粋な演奏。どこかでこの人、いい演奏をしていたと思ったら、ミック・ハンリィの昨年のアルバム WOODEN HORSES だった。ニーヴ・パースンズの IN MY PRIME にも入っている。

 午後、アップル・ストアに再度試みて、3時頃、注文終了。それで今度はiMacに Nickey をインストールしようとしたら、デフォルト状態のシステムとぶつかってしまう。インストールしてたちあげ、キーボードを操作すると凍るのだ。なんということだ。今日は時間がないので調整は諦める。あるいは新キーボードが来て、それについているという9.1をインストールしてみてやってみよう。かなりカリカリする。

 気分転換に BEATERS のサイトをチェックすると、日記がアップされていたので、一通り点検。
 昨日外に出したルーツ/エスニック関係のCDを分類しなおして整理。こうしてみると、やはりイタリア方面が弱い。CDはだが。作業しながら久しぶりにヌスラト・ファテ・アリ・ハーンを聞く。ビクター盤『法悦のカッワーリー』のVol.1。やはり全盛時のヌスラトに比べられるもの無し。『スワン・ソング』を良いという人は本当にこの頃のヌスラトを聞いているのだろうか。

 夕食、豚肉生姜焼き、茸のタレ、大根卸し、浅葱、大葉、大根味噌汁、茹でブロッコリ。

 夜、メール・チェック。のざきの書込みをみて、ミュージック・プラントのサイトを見にゆく。茂木と畠さんの、マーティン・ヘィズ&デニス・カヒルのライヴ・リポート座談会を読みながら、笑いこける。

2001年 1月 11日 (木) 晴れ。

 朝食、ハム・トースト、トマト、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

 家事の後、医者に架電、対尿酸値対策の薬をとりにゆく。そのまま下のコンビニにまわり、『リナックス・マガジン』2001年2月号を買い、帰宅。1時間。5,700歩。『みすず』の定期購読は当面見合わせる。農協の南毛利支所の裏手の道を歩いていると、南毛利村役場跡の石碑がある、古い木造二階建の建物に行当たる。厚木市南毛利文書保管所の看板がかかっている。いかにも村役場という感じだが、いかにも小さい。南毛利村は明治22年というから1889年に、付近のいくつかの村(愛名、温水、恩納、長谷等々)が合併して成立。1955年まで存続。この年、厚木市に編入ないし合併したはずだ。それにしても、と言うことはもとあった村の一つひとつはひどく小さかったにちがいない。

○Aileen Carr GREEN YARROW; Greentrax, 2000, Scotland
Aileen Carr  また一人、優れたシンガーの録音。ロゥランドの人らしいが、ぐっと低めに振れた声で、低いほうへ低いほうへと声が膨らむ。声域だけとればジューン・テイバーに近い。伴奏もそれに合せ、低域へシフトしている。ハイライトはやはりア・カペラで、"The cuckoo's nest" と "Love is teasing"。ラストの "The baron o' Brackley" も見事。一曲マイケル・マッラの曲をやっているのだが、こういう曲をうたうと歌うたいとしての生地が現われる。無論好きでうたってはいるのだろうが、うたが血肉化していない。

 iMacは全くのデフォルトのシステムだけとNickeyにしてもだめ。おそらくTOAST の隠し機能拡張とぶつかっているのだろう。新しいキーボードが来たところで試してみよう。だめならシステムの入換え。

 昼食、豚肉味噌漬、和布キャベツ、ご飯。

 ビクターのTさんに頼んだ沖縄関係のCD8枚(うち1枚ダブリ)、2枚サンプル、別々に届く。
 Traditional CrossroadsからDM。Good Book Guide。バスクの歴史の本があった。Dirty Linen2001年2+3月号、92号。

 昼食を食べていたら、正午過ぎ、ラティーナ・Kさんから電話。マーティン・ヘィズ&デニス・カヒルのインタヴュー記事の件。
 午後、チーフテンズ、ノルマ。

○Michael Christodoulides EPIC AND POPULAR SONGS FROM CYPRUS; Arion, 1982/1991, Cyprus
Michael Christodoulides  Arion だがすばらしいアルバム。あまり評判の良いレーベルではないが、こういうものも出しているのだ。もっとも、ちゃんと印税等払っているかどうかはわからないが。男女のヴォーカルを軸に、サントゥール、リュート、サズ、チェロ、パーカッションによる、かなりモダンに洗練された音楽。フィールド録音ではない。ミュージシャンの名前からするとギリシア系だろう。キプロスにはバラッドの伝統があるそうで、ことに男女の掛合いのものがすばらしい。二人とも伝統の中で育まれたうたい手だろう、かなり強い声の持主でストイックなスタイル。はじめと終りに長い曲があるが、何曲かの組曲の形らしい。俄然、キプロスも気になる存在。

 夕食、豚肉・搾菜・筍の中華風炒め、豚肉、白菜、椎茸の筍の中華風炒め、ご飯、椎茸入りかき卵スープ。

○Various Artists RUMANIA: Vocal Polyphony of the Arumanians; Le Chant du Monde, 1983/1990, Rumania
RUMANIA  ルーマニア東部、ドナウ河口の黒海岸に住むアルマニア人の合唱とパイプの録音。第一次大戦以後、何度かに分けてマケドニアから移住して(させられて)来た人びとという。バルカン半島全土に散らばり、全体で30〜60万の人口。ポリフォニーと言っても西欧的な合唱ではなく、ドローンとリードの形が多い。混声のもの、男声のみのもの。女声のみのものはここにはない。冒頭の混声のものがいい。ラストに結婚式の模様のライヴ録音が3曲入っていて、これが実にすばらしい。おしゃべりの間からわきおこる合唱。結婚披露宴の最中にうたわれるものが2曲、花嫁が出発するときにうたわれるうたが一つ。パイプのソロはあまり面白いものではない。合唱で聞くとヴィヴィッドなのだが、メロディ自体はやや平板だからだろうか。

 文化放送BSの選曲のため、実に久しぶりにアウロラ・モレーノやエレナ・レッダを聴直す。ふと気になり、ネットで検索すると、エレナ・レッダのほうは昨年新譜が出ていて、Amazon.co.uk でも買えた。アウロラ・モレーノのほうは見つからない。アメリカの高校生で同姓同名の子がいただけ。

 エレナ・レッダの SONOS を聞いたのだが、どうも音が悪い。ヴォーカルが割れたりする。ひょっとしてスピーカーでもいかれたかと、ヘッドフォンで聞いてみたが、どうやら板そのものがおかしいか、さもなければCDプレーヤーがおかしいらしい。
 その後も寝るまで文化放送BSの選曲。

 iBookのバッテリがへたってきたか、フル充電しても2時間半ぐらいしか保たなくなった。専用のバッテリはアップル・ストアで16,000円する。たしか他では買えなかったのではなかったっけ。

2001年 1月 12日 (金) 晴れ。

 朝食、ハム・トースト、トマト、コーヒー、グレープフルーツ・ジュース。

 朝一番でネット巡回。iCab 2.4 と FileBuddy 6.0.3、GripGrop 3.2、bin-tar-zgip 1.2 をダウンロード。

○Agricantus FAIDDI; CNI LDL/Beans, 1999, Italy
Agricantus  シチリア出身のバンドのライヴ。確かにスイス出身という女性シンガーの加入は刺激になったらしく、音楽自体が膨張し、発散してゆく速度が格段に大きくなっている。もともと備えていた内部圧力を解放する術を掴んだのだろう。シチリアのローカル性とジャズをベースとする共通言語を駆使する方向性のバランスはとれているとは言いがたいが、その破綻、崩れこそがこのバンドの魅力だ。かなりおもしろくはなっているが、まだまだこれから先、本当に突破する胎動が感じられるのが楽しい。
○池内紀『ちいさなカフカ』みすず書房、2000
『ちいさなカフカ』  タイトルにふさわしくちいさな、きりりとした本。みすずはこういう瀟洒でシックな本を作らせると上手い。この版元に共通の体裁がぴたりとはまる。
 「ちいさな」ことからカフカにアプローチした十篇を収める。その一部は『カフカのかなたへ』でとりあげた題材をふたたびとりあげる。単純な繰返しではない。うち六篇はカフカと誰かを並べる試み。動物をモチーフに宮沢賢治。少年のモチーフでサリンジャー(『ライ麦』)。日記でヴィトゲンシュタイン。ドッペルゲンガーないし「双子」で多羅尾伴内。万里の長城で長谷川四郎。その他の話もカフカと誰かの繋がりを軸にしている。冒頭の「手紙の行方」では、カフカの膨大な手紙の相手となった女性たちとその手紙であり、「三人のヨーゼフ」ではカフカの同時代人たちと言うよりもカフカと時空を共有した人びと、『兵士シュヴェイク(一人目のヨーゼフ)の冒険』を書いたヤロスラフ・ハシェク、「RUR」で「ロボット」を「発明」したカレル・チャペックとその兄ヨーゼフである。カフカ自身、『審判』ではヨーゼフ・Kという分身として現われる。そして掉尾の「ひとり息子」では、カフカ最後の女性、ドーラ・ディアマントの「息子」と称する人物。もちろんカフカ自身、ひとり息子だ。
 どれも小さいながら切口としては味があり、カフカの人物と作品の諸相を淡いながら鮮やかな彩りで描いてくれる。中では「手紙の行方」と「少年」がいい。なぜか自分宛のカフカからの手紙を全部保存しておき、しかもそれを自分の死後も保存されるようできるかぎりの手配をした女性たちの姿、しかもカフカへ宛てた自分たちの手紙は何一つ残っていない。カフカの死に水を取ったドーラ・ディアマントにしても、ナチスの手からロンドンに逃げて死んだのだが、ロンドンでどのような生涯を送ったのかはまったく記録がないという。カフカの作品を焼却せずに出版したマックス・ブロートにしても、今やその編集の手を経ないカフカの作品集が刊行されている。カフカの周辺の人びとはいずれもカフカの存在と作品を浮立たせるためにだけ存在していたようにすらみえる。
 「カフカとサリンジャーは、それぞれ自分の方法で無垢な魂の遍歴を描いた。それはいわば打てば一瞬に砕けちるガラスのような影と光の子であって、人びとが早々と失いはてたはずの少年というフシギな生きものが、まざまざと感応を求めてくる」
 とすれば、ハーラン・エリスンの「ガラスの小鬼がくだけるように」を思出さずにはいられない。あれもまた「無垢な魂の遍歴」を、ある特異な条件下で描いたものと読めるだろうか。
 それはともかく、「少年というフシギな生きもの」を、カフカとサリンジャーに託して著者自らが語るこの章は、全体の白眉だ。著者がカフカの作品と人が織成す宇宙のエッセンスと見ているのは、他ならぬ「少年というフシギな生きもの」の苦闘の跡ではないか。
 そしてこの場合、少女では成立しない。少女のフシギさは文学にはなりえまい。何か別の形をとるはずだ。
 池内紀の文章は、さながら散文詩の趣。読んでいて心と体が澄んでゆく気がする。

○Lars Underdal GULLFAKSE; NOR-CD, 1998, Norway
 若いハーダンガー・フィドル奏者のソロ。ほぼ一人だけのインスト・アルバム。こうなるとCD一枚聞きとおすにはちょっと辛いものがある。一つにはこちらがまだほんとうにノルウェイを聞込んでいないせいもある。ノルウェイのフィドル・チューンはリズム性を隠そう隠そうとするせいもある。ダンス・チューンはメロディをリズムで覚える癖がついているからだ。しかし、一曲だけ聞く分には見事なフィドルだ。

 昼食、昨夜の残りの豚肉・搾菜・筍の中華風炒めと、豚肉・白菜・椎茸・筍の中華風炒めを暖めなおし、ご飯、林檎。

 1時過ぎ、出かける。まっすぐ新宿に出て、マイシティ最上階の喫茶店にゆくが、プチモンドのはずが内装や什器が一変していた。茂木がすでに来ていた。しばらくして音友・Sさんが来て、チーフテンズ伝記の打合せ。登場人物の口調、その他細かい手続き。5時過ぎに出て、中村屋で甘栗を買い、それを手土産にプランクトン。夏の企画の打合せ。主に俺が書くことになる原稿とその内容の方向を確認。

 8時前に一通りの打合せがすみ、ビクター・Tさん、のざきを含め、みんなで食事に行く。何かの拍子にマン島の話が出て、のざきがクリスティン・コリスターがマン島政府発行のパスポートを持っていたことに感動したという。九州方面でライヴをしたりする場合、福岡に入ったらいかがというと、福岡にはヨーロッパ便がほとんど入っていないという話になり、Tさんが沖縄をハブ空港にすればいいといいだす。そこからいつものことらしいが、Tさんの沖縄独立論が出て、これには全面的に賛成するが、奄美はどうすると訊くと、音楽の音階で分けましょうという。なんと、奄美の音階は本土と同じなのだそうだ。奄美はどうもおもしろく聞けない原因はここにあったのだ。与論島がどちらに入るかは微妙なところらしい。

 TさんにiMacとToast の相性の悪さを言うと、やはり同じ症状で、どうやらUSBの問題らしい。CD-Rレコーダーは結構安く出ているはずだというので、そちらを捜すことにする。本格始動の週の週末とて、電車は井の頭も小田急も朝のラッシュ並。夜は予報どおりかなり冷えこんでいたが、タクシーはそれほど待たず。帰宅零時半過ぎ。寒いが星はあまり見えず。

2001年 1月 13日 (土) 曇。

 8時半過ぎ起床。朝食、チーズ・デーニッシュ、あんパン、キャベツバター炒め、コーヒー、オレンジ・ジュース。

 昼食、釜揚げ饂飩、茹で卵、蜜柑、栗甘露煮。

 昨日の話に触発されてCD-Rレコーダーの情報をネットで捜す。なぜかソニーが出していない。昼食後、KとHの買物につきあってダイクマ、さらにその後一人でコジマ、さらにスイミングの送迎にひっかけてヤマダ電機と回ってみる。この中ではコジマがミニコンポの単体を2機種置いていたのと、ヤマダ電機がパイオニアの高めのものを置いていた。だいたい5万ぐらいだ。パイオニアのサイトのFAQで知ったのだが、音楽用とパソコンのデータ用ではメディアが違うらしい。音楽用には価格に著作権使用料が上乗せしてある。

 ソニーのサイトでMDLPという新しいMDの規格が出ていることを知る。CD-Rへの対抗かもしれない。ソニーとしては自社規格のMDを押出す他ないわけだ。いずれにしても1枚のメディアで320分まで録音できるというのはなかなか魅力。ただ、現段階では録音できるのはウォークマンに限られる。店頭価格でだいたい3万前後だった。

 Amazon.co.uk から『ハリー・ポッター』の4巻。枕だ。Hが比べたら『コロコロ』よりも厚いらしい。しかし向うの出版社は平気で分厚い本を作る。値段が変らないのはどういうカラクリなのだろう。ダイクマの隣の集文堂で待合せの間に池内紀『ぼくのドイツ文学講義』(岩波新書)があったので買う。

 夕食、おでん、ご飯。

 午後からは文化放送BSのための選曲。

2001年 1月 14日 (日) 曇り。

 8時前起床。

 朝食、ハム・トースト、ブルーベリィ・ジャム・トースト、グレープフルーツ・ジュース、コーヒー、茹でブロッコリ。

 昼食、海苔巻餅、茹でブロッコリ、林檎、煎餅。

 終日、文化放送BSのための選曲。おもしろい仕事だが、予想通り、やたら時間がかかる。Kate-Me の板がマイクロメガのプレーヤーにかからない。エラーが出てしまう。同じフランスのメーカーなのだが、ブルターニュを差別しているのか、と半分冗談に思う。

 子どもたちは一歩も外に出ない。Mが午後、30分ほど、縄跳びの練習だと言って出ていっただけ。Hは朝起きると『ムーミン』を読んでいる。『ハリー・ポッター』のおかげですっかり活字のおもしろさに目覚めたらしい。やはり具体的にこれを読んでみろと示すのが効果的なのだ。ただし、これも祖母に薦められたからで、俺が薦めても果たして効果があったかどうか。

 昼食後、そのまま「都道府県対抗女子駅伝」の中継をトップのゴールまで見る。しかし各都道府県がまんべんなく優秀な走者を揃えられるわけはないので、トップと下位では相当に差が出る。今年は沖縄が最下位だが、ほとんどさらし者だ。それでもこういう催しがある場合、参加しないわけにはいかない、ということになるわけで、これはそのスポーツが盛んでない地方にとっては「いじめ」にならないか。

○Andrew Cronshaw ON THE SHOULDERS OF THE GREAT BEAR; Cloud Valley Music, 2000, England/Finland
Andrew Cronshaw  fRootsの2000年ベスト・アルバムでは、ファーンヒルやマイケル・マクゴールドリックとならんで16位タイ。イアン・ブレイクの名前を見たのは嬉しい。フィンランドのカウスティネンでの録音で、フィンランドのトラディショナルをクロンショウ流に料理しているのだが、かつての彼のアルバムのように、掴みどころがないものになるのを救っているのがブレイクのサックス。いい相棒を見つけたものだ。フィンランドのホーメィのような音も出てくる。異種交配としておもしろい試みではある。とはいえ、クロンショウ自身がはっきりしたルーツを持たない、あるいは放棄しているので、交配というよりはフィンランドの伝統を相手に様々な角度から、様々な手法で「喧嘩」を挑んでいる形。うまく勝負に持込んだものもあれば、空回りしているところもある。開きなおってはいるが、もっと徹底して、クロンショウ自身の「傷」をさらけ出すようにすると、もう一段ブレイクするのではないか。

○Kornog KORONG; Green Linnet, 2000, Breton
Kornog  数十年ぶりのサードになるだろうか。メンバーはほぼ同じといえ、歳月の痕は当然ある。全体としてまろやかで、口当たりが良くなったようだ。その分、目立たなくなっているのだが、しかしあいかわらず様々な異質の要素をまったく継目を見せずに融合する腕はなかなか他の追随を許さない。[12] Lassie wi' the yellow coatie 19世紀始めに作られたスコットランドのうた。どことはっきり指摘はできないのだが、スコットランドの伝統曲のストレートな解釈ではありえない。こういうところがこのバンドの真骨頂。

 夕食、おでん、ご飯、蜜柑。

 夕食後、文化放送BSのためのダビング。
 Arion のキプロス盤のアンサンブルの組立てはたしかにブリテンのフォーク・リヴァイヴァルに通じるストイックなところがある。聞けば聞くほど傑作。

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