大島教授の[暖蘭亭日記][2001年 1月 22日 (月)〜2001年 1月 28日 (日)] [CONTENTS]

2001年 1月 22日 (月) 曇り。

 朝食、牛肉金肥等、白菜味噌汁、ご飯、搾菜。

○Drop the Box HONEYTRAP; KRL/Lochshore, 1998, Scotland
Drop the Box  ヴォーカル/ギターの James L Henry を中心にしたシェトランドのフォーク・ロック・バンドのセカンドにあたるはずだが、1stはまだ聞いていない。ヘンリーはポスト・パンク的フォーク・シンガーというところ。このリーダーの歌つくり/歌うたいとしての存在、伝統畑と思われるフィドラー、リズム・セクション、いずれも上質のB級。シューグルニフティに象徴的なようにどうもスコットランドはこういう中途半端なバンドが多い気がする。ひとことで言えば、ゆるいのだ。しかも音楽に余裕を与えるゆるさではなく、ただゆるい。フィドラーは作曲能力もあり、仲間によってはけっこういけると思われるが、このバンドでは明らかに力を発揮できていない。なかではアコーディオンと打楽器担当、およびタイトル曲をつくり、うたう Inge Thomson という女性の存在がちょっと面白く、このタイトル曲だけ聞くと、バックもあいまってかのフォックスのヌーシャ・フォックスを思出す。むしろこちらを前面に押出し、ヘンリーは歌つくりに専念する方が、バンドとしての面白みは遥かに増すはずだ。あるいはこの女性は自分の書いた歌しかうたえないかもしれないが。

 午前中、『CDジャーナル』の原稿もう一本、Kate-Me を聴直しながら呻吟。何とか書上げて、そのまま送付。しかし、これは本当に凄い。とはいえ、考えてみれば、Ti-Jaz なんてバンドもあるし、Dibenn もジャズだし、ジャック・ペレンの存在も考えると、ブルターニュは北欧とならんで、ジャズと伝統音楽の関係が密接なのかもしれない。伝統音楽にもジャズでやりやすいものとやりにくいものがあるのだろう。あれほどジャズが好きなジューン・テイバーも伝統音楽ではそれほどはっきりとは使っていないのを始めとして、イングランドではあまりない。もっともこれは音楽そのものの性格もさることながら、文化全体の性格もあるかもしれない。同じゲルマンでもドイツはジャズが好きだし、得意ではある。スコットランドはイングランド以上にジャズが苦手のようだ。

 かものはしから電話。3時に伊勢丹のロイヤル・コペンハーゲンの喫茶室で待合せ。
 細美さんから訳書。羅門さんから著書。Amazon.co.uk から書籍4冊。K経由で注文していた池内紀個人訳の『カフカ小説全集』の最初の2冊と同じく池内紀訳の『ファウスト第二部』。

 羅門さんのは角川春樹事務所のハルキ文庫からの書きおろし。巻末の目録を見て目が点になる。かつて角川文庫で出ていた日本SFが軒並み入っている。光瀬龍まで入っているのは喜ぶべきではあろうが、しかし本当にこの会社大丈夫かといささかよけいなことまで想ってしまう。

 3時に出かけ、まっすぐ伊勢丹。ロイヤル・コペンハーゲンはちょっと迷った。紅茶もケーキ(林檎)もおいしい。かものはしは30分ほど遅刻。ひとしきりおしゃべりしてから新館の伊勢丹美術館で「ベルギー五人展」を見る。うち二人は初見の人たち。一番の収穫はその初見の一人、スピルアールト。名前も初めて聞くが、見るものから身を隠すように影に沈んだ風景は、カフカが顕にした世界の不条理をそのままイメージにしている。

 固定された情景ではなく、一つの断面ではあるものの、瞬間を切取ったというよりは彼方から近づいてきて一瞬今いる世界を満たし、また遠ざかってゆく一つのプロセスを描いたようだ。これに比べるとはじめ目当てだったデルヴォーの大作群は、ノスタルジーだけが目立つ、表層的なものに見えてしまう。一見目の前の世界にあい対しているように見せながら、実は背を向けている。今回展示されているものにあきらかに19世紀の鉄道のモチーフを使っているものが多いせいかもしれない。確かに鉄道の全盛期は19世紀ではあるにしてもだ。マルグリットでは絵だけでなく、絵につけられたタイトルが絵そのものと同じくらいの比重を持つ。「世界大戦」とタイトルがついた絵はその最たるもの。

 目録を買い、ヴァージンを覗いて三枚ほど買い、駅近くの「エイジアン・キッチン」で酒食。11時過ぎまで。帰宅0時半。

 夜更かしして『カフカ小説全集』の解説を読む。だいたいは今まで書いていたことの繰返し。

2001年 1月 23日 (火) 曇ときどき晴れ。

 朝食、ハム・トースト、プチトマト、グレープフルーツ・ジュース、コーヒー。

○Tanglefoot FULLTHROATED ABANDON; Borealis, 1999, Canada
Tanglefoot  打楽器がないが、ダブル・ベースとギターだけでグルーヴは十分。うたがいい。曲はスタン・ロジャースの衣鉢を立派に継ぐ、カナダの歌。そしてあの "Barett's privateer" を髣髴とさせる熱いコーラス。全員リード・ヴォーカルをとれるメンバーだから、コーラスも磐石だ。弦の切れそうなフィドルの音は切れまくり、ギターもマンドリン/バンジョーもベースもピアノも埃濛々なのだが、そこはカナダ。口の中にざらつく砂埃はない。ジャック・ザ・ラッドの OLD STRAIGHT TRACK のアコーティック版というのが近いが、しかしこちらは二流ではなく、一流の連中が「身を捨てて」やっているのだ。やはりアルバムは買ったらなるべく早く聞かなくてはいけない。これを買った時に聞いていれば、昨年のベストには優に入る。

 池内紀は今日は二本。一本はブレンターノ、一本はノヴァーリス。ノヴァーリスのものは後に『ぼくのドイツ文学講義』(岩波新書)の中の一章に書換えられている。ブレンターノはドイツ・ロマン派の胆がその作品のみならず、この詩人の存在そのものにあることを示す。詩学や詩論の文章はあまり読んだことがないが、いささかペダンティック。ノヴァーリスのアフォリズムのいくつかに著者が嗅ぎとっている「才人の空虚なキザ好み」は、この70年代前半の著者自身の文章に忍びこむことがあるが、これはその匂いが一番強い。

 昼食、クサヤの干物、プチトマト、ご飯、蜜柑、林檎。

 昼食を挟み、チーフテンズ。
 アマゾン・ジャパンから光永覚道『回峰行を生きる』、ムーミン2冊。

 夕食、小松菜豚肉、ご飯、蜜柑。

 夜、マーティン・ヘィズ&デニス・カヒルのテープ起こし続行。

2001年 1月 24日 (水)  晴れ。

 朝食、ハム・トースト、バナナ、グレープフルーツ・ジュース、コーヒー。

○The House Band OCTOBER SONG; Green Linnet, 1998, England
The House Band  このバンドも駄作を作らないが、これはひょっとすると最高作ではなかろうか。アイルランドで言えばパトリック・ストリートに相当する、そして音楽の質の高さでも優に匹敵する。そしてあえて言えばこのアルバムに関するかぎり、研澄まされ、大胆かつ感受性に満ちたアレンジと演奏が生む緊張感からして、こちらに軍配をあげたい。[03]の二分の三拍子のホーンパイプにはとりわけ顕著だが、どれがリードというのでもない、フィドルとフルート蛇腹がたがいにハーモニーを取合い、牛若丸のようにひらりひらりと前に出ては横に跳び、はっと後ろに下がり、まるで楽器によるダンスを見ているよう。2曲目でからんでくるボンバルドのセンス! そう、ファーンヒルすら髣髴とさせる。歌でも、こういう重層的で先鋭的なアレンジは正直アイリッシュでは願うべくもない。そしてジェド・フォーリィの円熟。[04]の悠々たる歌唱には脱帽。[05]のルーマニアン・チューンからマーティン・オコナーズと題された、これも明らかにバルカンあたりの曲の絶妙なテンポ変化。もう一度、きちんと全部聴直さねば。

 昼食、昨夜の残りの豚肉小松菜、笹蒲鉾、ご飯、林檎。

 昼食後、駅前に出て、学童保育の申込み。バオバブでコーヒー豆を買い、ソフマップを覗く。iBookのバッテリは置いていない。音楽専用CD-Rを買う。

 みすずから総合目録など。飯島耕一の著作集に食指が動く。滝口修造の名前がどうも気になる。まったく仕事などは知らないのだが、妙に気になる。池内紀が書いていた辻まことの画文集。アイゼンハワーとイーデンの回顧録復刊のパンフを見てアマゾンで検索してみると、イーデンの方はまったく書名も出てこない。アイゼンハワーはそれらしきものがあるが、後半だけのようだ。しかしみすずは『現代史資料』のようなものをきちんと出しているのはえらいの一言。

 午前中届いた Apple Pro Keyboard をiMacに繋げる。旧のもともと付属していたキーボードでOSを9.1にアップデートしてから繋ぐと、はじめ起動途中、アイコン行列が始まる直前で止まってしまう。旧キーボードに繋ぎなおし、デスクトップファイルの再構築をしたりしてからもう一度繋ぐとなおる。

 夜、iBookも9.1にアップデート。コンフリクト・キャッチャーで「9.0.4すべて」にしてから再起動してアップデートしようとすると、起動しおわった時点でキーボードからの反応がなくなる。このセットをはじめから作りなおして立上げて直る。ロックされていたはずなのに、どうも妙な機能拡張が入りこんでいたらしい。

 9.1で仮想メモリを入れて使っているが、確かにずいぶん反応が良い。CarbonLib は英語版の 1.2 を TomeViewer 経由で手動インストールした。仮想メモリの速度が改善されているのかもしれない。
 また起動ディスクのフォルダ構成がずいぶん整理されている。AppleScript、Sherlock はじめ、いろいろなツール類が一つのフォルダにまとめられている。

 夕方、BMG・Oさんから電話。チーフテンズを出しなおすとのことでライナー依頼。AN IRISH EVENING を引受ける。

 夕食、ハンバーグ、大根卸し、茹でブロッコリ、ご飯、蜜柑。

 10時半頃、中山さんから電話。なんということもなく〇時半過ぎまで。

2001年 1月 25日 (木) 曇。昼前から小雨降りだす。寒。夜に入って雨本降り。

 朝食、ブルーベリィ・ジャム・トースト、バナナ半分、椎茸入りオムレツ、グレープフルーツ・ジュース、コーヒー。

□光永覚道『回峰行を生きる』春秋社, 2000.11, 229pp.
 行とは積重ねなり。千日やることが目標にあらず、一日一日重ねて千日に至るべし。できたことに顔を向けるべし。苦労を背負込むな、身につけるべし。
 回峰行とはつまるところ究極の個を確立するための行なのだろう。そのために多くの援助があって初めて可能なシステムが組まれている。なぜなら個の確立とは自己中心主義の肥大ではなく、他人との交わりの中で初めて可能になるものだからだ。援助を享けてできるものではあるが、最終的に行を行う責任はあくまでも行者個人に帰する。
 その点、最近になって、千日回峰行を行うものをはじめから選別するシステムになったのは興味深い。従来は三百日、五百日の行を行うものが何人もいて、その中から千日行うものを選んでいた由。

○Menestra DOG OF PRIDE; Coop Breizh, 2000, Breton
Menestra  ジャケット通り、ハーディガーディをフィーチュアし、ジェンベ、ダラブッカが活躍するインスト・アルバム。基本は他にギター、ベースが加わる四人組で、曲により、ボンバルド、サックス、ピアノ、ドラムス、ギターがサポート。曲はブルターニュの伝統ないしそれに則ったオリジナル。こういう楽器の採用や使い方はブルターニュではまだあまり聞かない。全体の語法はやはりジャズで、突走ることはせず、むしろテンポは抑え気味に、各楽器のフレーズをその分じっくりと展開してゆく。かなり自由に即興をしたり、またもとのメロディへともどったり。ボンバルドのは入り方など、楽器の組合せのセンスもいい。ブルターニュおなじみの短いフレーズをくり返しながら、楽器の組合せと展開で飽きさせない。Ar Bed Keltiekではこの月のデビュー・アルバムの推薦盤になっていたが、それだけのことはある。佳作。
○Gilles Servat LES ALBUMS DE LA JEUNESSE; Kelita Musique, 1992, Breton
Gilles Servat  この人はどうやらブルターニュでもスターのようだが、うたっている言葉はフランス語がメインだし、メロディにもブルターニュの要素は薄い。ブルターニュのシャンソン・シンガーという位置づけだろうか。楽器はハープやフルートなども使っているし、付属のポスターの裏面にはボンバルドで踊る人びとの写真も使っているのだが。と思っていたら、[04]はブルターニュ伝統のメロディを使い、ボンバルドも入る。シンガーとしての実力は文句のないところだが、ただ、エリク・マルシャンや Kate-Me のシンガーなどに比べると、声の出し方、スタイルはやはりむしろシャンソンに近いように思われる。やはり、この人はむしろポップスの人なのだろう。ブルターニュ故ルーツも入ってくるが、それはどちらかというとポーズに近い。アメリカンな曲をやるのと基本的には変わらず、ベースはシャンソン。シンガーとしての実力や、音楽そのものにけちをつける気はないが、正直まったくおもしろくない。一つにはうたのスタイルが深刻ぶり、肩にばかり力が入って言葉が空回りしていると聞こえる。言葉よりは言葉の響きかもしれない。これがドイツ語や英語ならば、音の響きがもともと硬質なので、ごつごつしたスタイルが合う。柔らかい音の多いフランス語を「パワフル」にうたおうとする、それもシャンソン的にうたおうとするととたんに響きが空疎になる。ブルトン語はまた響きが違い、より鋭角的だ。[10]はシャンティ風ないし労働歌風の男性コーラスとのコール&レスポンスだが、このコーラスがまたいかにも男声合唱団然。むしろその次の[11]のように、ちょっと前衛的なピアノだけに載せてうたう歌がいい。ブルターニュというとすぐルーツと考えてしまうのも狭いのかもしれない。こういうシンガーがいて、広く受入れられる土壌もあるのだろう。

 昼食、笹蒲鉾、大根味噌汁、胡瓜と大根の漬け物、ご飯、蜜柑。

 昼食はさんでチーフテンズ。
 3時半過ぎ、プランクトン・I君から電話。チーフテンズに着いてくるダンサーとスパニッシュ・ギタリストの名前の発音表記の件。ダンサー二人は問題なかったが、ギタリストはカナダ人とのことでフランス系の可能性もあるから、問合わせてみてはと奨める。

 マーティン・ヘィズ&デニス・カヒルのインタヴュー起こしをやろうとしたが、またディスク内のデータが消えてしまう。再生ボタンを押し、まだ再生が始まらないうちに早送り・早戻しのボタンを押すと、ブランク・ディスクになってしまうらしい。

 夕刻、TBSビジョン・K氏より電話。BSのテレビへの出演依頼。アイルランド音楽について。日程を聞き、KとHに確認して、夜承諾の返事。
 夕刻、白泉社・Iから電話。2月2日、会社の新年会の案内。

 夕食、鯵の刺し身、茶碗蒸し、菜の花芥子醤油和え、大根味噌汁、ご飯、胡瓜と大根の漬物。

 夜、マーティン・ヘィズ&デニス・カヒルのインタヴュー起こし続き。マーティンの一番肝心の部分を聴直し、一応穴を埋める。

 「本のメルマガ」の「編集同人備忘録」で、成人式でクラッカーを鳴らされた高松市長が市のウェブ・サイトに書いた意見を批判している。この市長は産経新聞のコラムを引き、クラッカー騒ぎは「戦後教育と進歩派マスコミと人権派たち」が醸成したとの主張に同調しているらしい。民主主義や正義や人権が十分成熟していないからこそ、こういう事態が起きるとの編集同人(「五月」の署名)の意見に全面的に賛成。

 それにしても産経新聞はそうすると、自分たちは「戦後教育」は受けておらず、「逆行派マスコミ」で「人権否定派」であると規定しているのだろうか。というのはおそらく短絡的に過ぎるだろうなあ。しかし、では「戦後教育」「進歩派マスコミ」「人権派」が存在しなかったとすれば、産経新聞はどうやって自己規定するのだろう。

2001年 1月 26日 (金) 曇。朝のうち小雨。寒。

 朝食、ツナ・トースト、プチトマト、オレンジ・ジュース、コーヒー。

 K、バス当番とて目覚ましが鳴る30分ほど前に起きだすので、目が覚める。

○Robin Williamson THE MERRY BAND'S FAREWELL CONCERT AT McCABE'S; Pig's Whisker Music, 1997, Scotland
Robin Williamson  1979年クリスマス、サンタ・モニカの McCabe's Guitar Shop でのライヴを National Public Radio が録音、放送したものをそのままCD化。ロビン・ウィリアムスンが自分で直販しているものらしい。Chris Caswell がここにいたことは気がつかなかった。この人は歌つくりとしてはときに一流をこえることもあるが、それ以外は二流以下(ハーパーとしては最近評価できる)で、したがってバンドとしても二流以上にはなり得ないのだが、こうした音楽が好きで溜まらぬ気持ちは、拙いヴォーカルからも伝わってきて、へたくそなどと一概に貶める気にはなれない。アルバムとしては一つの記録以上の出来ではないが、やはりこの記録は残しておいてくれてよかった。70年代末、アメリカでこうした音楽が生まれ、受入れられていたことの一つの証しとして。音楽的にはやはりシルヴィア・ウッズとキャスウェルが光る。こうしてみると、ウィリアムスンがハープにのめり込んでゆくにあたっては、シルヴィア・ウッズの影響があったのかもしれない。
※今日の引用
「幻想家ホフマン」とは、リアリスト以上に見えすぎる目をもった者の受けた栄誉ある誤解にすぎない。
――池内紀「ホフマン断面」『シレジアの白鳥』1978.11, 187pp.
 しかしリアリストは畢竟表面、それも今目の前にある表面しか見えないものの謂ではないか。昨日見た表面は忘れてしまう短命な記憶力と、明日になれば表面が変わる可能性は考えられない貧困な想像力、あるいは考えようとしない怠惰な習性に恵まれた人間が、自己正当化する際にまとうつぎはぎだらけの衣裳だ。

 そうした人びとが多数を占めることもまた事実ではある。そして、一度見たことは忘れない記憶力と、先々の変化が見えてしまう洞察に呪われた数少ない人間が、多数派に見えたありのままを伝えようとすれば、それは「幻想」のレッテルを貼られ、抽斗にしまわれる。

 「誤解」でもないし、「栄誉」もない。否、「誤解」が無意識が発揮する防衛機能の一つとすれば、誤解以外の何ものでもない。そしてその場合「誤解」される側からすれば、「栄誉」以外の何ものでもなくなる。
 それにしても池内氏が書くものを読むと、題材としてとりあげれらた作家を読みたくなる。紹介とはこうでありたい。

 昼食、ほっけの干物、キャベツ味噌汁、ゆかり、ご飯、蜜柑、林檎。

 Interzone1月号。『魂花時報』58号。
 2時半頃、Hさんから電話。『バビロン』の重版が決まったとの連絡。何でも青春出版社でベストセラーになっている新書に参考文献としてとりあげられているのだそうだ。

 3時過ぎ、医者に架電。薬を出してもらい、取りにゆく。慢性疾患で点数が高くなり、受診料が前回の倍以上。どうも、納得がいかない。慢性疾患になるとなぜ保険の点数が高くなるのだろう。今度岳父にでも訊いてみるか。

 かなりの速歩で往復したら左足脛が痛くなり、左足はばたばたになる。最後はずっと登りなのでぜえぜえ言いながら帰る。座りこんでいたらいつの間にか寝入ってしまい、Kからの電話で起こされる。30分も寝ていたか。
 4時半、Kから電話。迎えに来てくれとのことで行く。藤沢で湘南時代の職員の同窓会。駅まで送る。

 定期で注文しておいたはずの『中谷宇吉郎集』がようやく来るが、三巻は「重版中」とて、後送の由。しかし「予約出版」でも「重版」するのだろうか。四巻の巻頭を占める『寒い国』は戦時中初版の青少年向けの本だが、寒冷地で人間が生きてゆくことを様々な角度から探ったもの。藤原書店の『環』第4号。特集は日本語論。広告に法政大学出版局から『ムージル日記』。1,500ページ、28,000円!

 夕食、鱈子、海苔、茹でブロッコリ、キャベツの味噌汁、ご飯、ゆかり。

 8時頃、TBSビジョン・K氏から電話。番組中で使う資料についてあれこれ。番組の趣旨としてはアイルランド音楽がなぜ日本人にもウケるのかということにしたいとの打診。後でファックスを送る。

 『ラティーナ』のマーティン・ヘィズ&デニス・カヒルの記事に呻吟。材料はたくさんあるが、話が大きすぎてまとまらない。何とか押込み、11時過ぎ、メールにて送付。

 プランクトン・Kさんから訊かれて探してみた Richard Wood の FIRE DANCE を聴直す。実に良いではないか。

2001年 1月 27日 (土) 終日雪または霙。夜に入り止む。寒。

 朝食、ロール・パンにツナをはさんだもの、オレンジ・ジュース、茹でブロッコリ(昨夜の残り)。

 K、ダウン。
 11時過ぎより、この階段の管理組合理事および自治会役員の担当方法の確認打合せ。

 昼食、釜揚げ饂飩、茹で卵、林檎。

 午後は夕食のおでん作り。ARENA 2.0 β4、FileBuddy 6.0.4 をダウンロードしてインストール。

 夕食、おでん、林檎、蜜柑、ご飯。

 夕食後、大分アイルランド文化研究会用の原稿の準備で、1996年以降にデビューしたアイリッシュ・ミュージシャンのCDのリストを作る。110枚強。

□池内紀「古典的ロマン主義者の肖像」1974.07, ユリイカ/シレジアの白鳥, 1978.11.01
 ヤーコブ・ベーメ、フリードリッヒ・ヘッベル、ショーペンハウアー、ビスマルク。中でもタイトルのもとになっているビスマルクの肖像が抜群におもしろい。今まであまり関心がなかったが、それは「鉄血宰相」といったような教科書風のフレーズを無批判に受入れていたためだ。『回想録』や『書簡』や『日記』があるとのことで、ちょっとAmazonsを見てみたが、邦訳や英訳は無いようだ。

 やはりこの人は基本は詩人だ。特にこの本のエッセイの一つひとつはなかば散文詩になっている。詩を書くつもりで本を読む。いや、本の中に詩を読みとる。人物や事物、現象を成立させている詩を読みとる。
 では、詩とは何か。
 宇宙のエッセンスを封じこめた言葉。いや、「封じこめ」ては止まってしまう。言葉は動いている。宇宙も動いている。宇宙のかけらを、その本質を宿したきらめきをすいこませた言葉。しみこませた言葉。鍵は「本質」だ。
 詩とは何か、ではない。詩は何をするか。
 詩は、本質を現わす。本質は正面からでは見えないことが多い。あるいは正面からではまず見えない。裏や側面からでも見えない。裏や側面に回っても、見た瞬間にはそこは正面になる。むしろ、少しだけ視線をずらす。目を当てるところをずらす。正面から見た像とずらした時現われる像の、そのずれ。おそらく本質はそのずれの先にある。

 昨日のK氏からの電話をきっかけになぜアイルランド音楽が日本人にもウケるのか考えているが、はっきり言えばどうでもいいことである。そんなことを考えているよりは、一枚でも一曲でも一回でも多くアイルランド音楽を聞いたほうがよほど良い。なぜ、そういうことを考えようとするのだろうか。

 そこを強いて考えてみるのだが、やはり答えなど出ない。この質問が出る背後にはアイルランド音楽を特別視する姿勢がある。なぜブルースが日本人にもウケるのか、あるいは欧米のロックが日本人にもウケるのか、いやいや、シャンソン、フラメンコやタンゴからラテン・ミュージック、今を時めくキューバ、なぜこういう音楽が日本人にもウケるのかとなぜ聞かないのか。理由は全部同じはずだ。ありていにいえば理由などないのだ。楽理からの理由付けなど、こじつけにすぎない。音響心理学あるいは音楽心理学のような研究はあるのだろうが、そうした研究が特定の音楽への嗜好の原因を提示できるとは思えない。

 ではアイルランド音楽独自の魅力はなんだろうか。この命題の方が考える価値はあるようだ。
 そこで思いついたのは、明るさだ。強靱な、不幸に負けない、マイナスをプラスに転じる明るさ。癒しだとしても、優しく包みこむ形ではなく、ふつふつと鼓舞する。物理的に虐げられ、追込まれながら、心では潰されず、何度でも起きあがる。そこから生まれる明るさ。哀しみを抱えていてことさらに見せびらかすこともしないが、歪んだ形で隠すこともしない。

 あの明るさはふるまって作れるものではない。天性、陽気な人びとが度重なる試練を潜りぬけて身につけた明るさではないか。
 ぎりぎりまで虐げられたとき、人は笑うしかない。『異星の客』のマイクはもちろん正しい。われわれが笑うのは哀しいからである。どうしようもなく哀しく、泣いたところでとうてい癒すことなどできない、灼けつくように哀しい時、人は笑う。笑うことで自らを救う。
 そうした笑いを数百年、数十世代続けてきた人びとが身につけた明るさ。
 いや、待て。明るさと笑いは直結するか。
 むしろ、陽気に明るくふるまうことを数十世代続けてくるうちに、明るさが習い性となった、とは言えないか。

 陽気に明るくふるまうことは、虐げるものたちへの抵抗の形ではないか。物理的な力では抵抗すらできない相手に対して、人として存在を証明するためにとられた、ほとんど唯一の抵抗の手段。それが、陽気に明るくふるまうことだった。陽気に明るくふるまうことで、相手の物理的な力の有効性に疑問符を付ける。

 有効性に疑問符をつけられた物理的な力は、実際の性能を発揮できなくなる。人間はつまるところ、精神の存在だからだ。古典的力学の法則は適用できない。人が人に与える力は、精神に作用して初めて本来の性能を発揮する。この精神には当然感情も含まれる。というよりも、精神の大部分は感情として現われる。

 とすれば、この場合、明るさと笑いは結びつく。あるいはたがいに不可欠の要素となる。

2001年 1月 28日 (日) 晴れ。

 Kが起きだし、米をといて粥をしかけるので眼が覚める。その後もう一度寝直し、起床9時。

 朝食、ツナ・トースト、オレンジ・ジュース、コーヒー。

 新聞書評欄、山川出版社の『地域の世界史』全12巻完結の紹介。図書館で見てみよう。

 漆山治『コメつくり社会とビジネス社会』日経ビジネス人文庫を京極純一が紹介している。書評ではない。この紹介で見るかぎり、「日本」を無批判に所与のものとしている点、コメ作り神話に依存している点、の二点は歴史的分析に基づく現代日本社会の分析の有効性に疑問を呈する。むしろこれはコメ作り神話が現在の日本に生きるわれわれの物事の進め方にどれほど大きな影響を与えてきたか、その傍証ととるべきだろう。コメ作り神話そのものの成立過程も気になってくる。

 神話を増幅するこうした本に対する評価は、現在の日本社会の基本的なあり方を肯定するか否かによって変わってくるだろう。「読者の共感と感動を呼ぶ力作」と称揚するのは、条件付きにせよ、肯定する立場である。

 基本的な成立ちを肯定する立場から、「改善」への十分な動機づけが生まれるものだろうか。
 同じく朝刊、「〈21世紀〉の視点」で、広井良典という人が、政治における明確な対立軸の構築を提言している。筆者は1961年生まれの千葉大助教授(医療政策、社会保障論)で、『日本の社会保障』でエコノミスト賞を受賞している由。

 従来の対立軸は大きな政府か小さな政府の対立であるとし、新たな対立軸として、その双方を含んだ成長志向か定常志向かになるとする。第二次大戦後、欧米諸国にあっては前者の対立軸が明確に存在する。それは富(パイ)の分配の方法をめぐっての対立である。日本においてはパイそのものの拡大が全ての問題を解決すると考えられた。そのため、前者の対立軸は存在しなかった。

 希望的観測と断わってはいるが、筆者は成長=パイの拡大が絶対的目標ではなくなった現在の政治状況は、従来通りの成長志向を持つ与党と財政債権志向を持つ野党という構図になろうとしている、と指摘する。

 これからのわが国に明確な対立軸が必要との指摘には頷くが、同時に戦後わが国がパイの拡大がすべてを解決すると考えたその理由を解明することも必要だろう。

 直感的に考えられるのは、パイの拡大は戦前から続いた志向であることだ。端的には明治維新以来の志向である。明治以前、少なくとも18世紀半ばから明治維新までのわが国にはパイの拡大という志向はなかったと思う。「富国強兵」は元来は帝国主義システムの中で生残るための唯一の手段と思われ、実行された。帝国主義システムで食われる側でなく、食う側にかろうじて滑りこむことに成功した時、成功の原因が「富国強兵」にあると誤解された。実際には様々な偶然の重なった要因の方が大きいだろう。そうした偶然が当初の目標に添う形になったところには、明治国家の努力も媒介条件ではあっただろうが、必要条件ないし十分条件ではなかった。

 帝国主義システムの中で生残る最低条件を満たすための手段だった「富国強兵」は役割を拡大解釈される。「富国強兵」によって食う側に立てるのであれば、それを続けてゆけばさらにたくさん食うことができるようになる。すなわちパイを拡大できる。そして「富国強兵」によって生まれた社会の歪みが顕著になり、解決を迫られたとき、パイの拡大によって歪みを解決しようとする。さらにそれを強行するために、パイの拡大以外の解決方法を否定する。やがては他の選択肢を考えつくこともできなくなる。

 こう考えると、戦後の経済成長=パイの拡大志向は、戦前の教育によってパイの拡大の方法を叩きこまれた世代が、軍事力によって挫折したことを経済力によってやり直そうとしたものとなる。パイの拡大によって成立したわが国の社会システムは未だ崩壊してはいない。パイの拡大によって成立し、食べてきたシステムは、パイの拡大によってのみ生存できる。

 とすれば、財政再建を志向するとは、新たなシステム、パイの拡大無しにも生存できるシステムへの移行を意味する。
 では、パイの拡大無しに生存できるシステムとはどう言うものか。その点は明確になっているだろうか。あるいは明確にしようとする努力は続けられているか。
 その際必要になってくるのは、もはや世界は全体のシステムであって、個々の「主権国家」が「独立して」問題解決をすることは不可能であるとの認識だろう。

 ふと気がついたが、この欄の執筆者は大学の先生ばかりのようだ。世論形成の核になるべきこうした指摘・主張の発信者が大学教員に限られるのは健全だろうか。それとも現在のわが国では大学教授の役割が大学の教師ではなくなり、シンクタンク的になっているのだろうか。文学や学問上の翻訳にしても大学教授が多いのは、いささか問題ではなかろうか。研究者としては翻訳をすることが「研究」や仕事であっては困るはずだ。また、大学教授による翻訳に質の悪いものが多いことも否定はできまい。もっと専門家を養成し、これに任せる方向に行くべきと考える。ある程度の学問や研究が必要であることは認めるが、すべてを大学教授が手がけるのは欲張りすぎというものだ。

 昼食、おでん、ご飯、ユカリ。

 Amazon.co.jpに行き、切通理作の著書を注文。これも書評欄ジャケット・デザインのコーナーで紹介されていた。ジャケットが古屋兎丸であればそれだけで買わないわけに行かない。
※今日の引用
 (前略)(ツヴァイクの)数万の部数を支えたものは、あきらかに広範な中産階級であった。彼等は詩人作家の朗読会とあらば、今朝の卵の値段を気にしながらも、フロックに着飾って出かけてくる。この教養好きのスノッブたちは、ことのほか読書をたっとび、興味ある読物には目がないのだ。だが、それは浅薄であってはならず、必ずやタメになるものでなくてはならない。「よき市民たち」の愛読書が歴史物であり伝記であるのは、古今を問わず、また洋の東西を問わないだろう。
――池内紀「昨日の世界」『シレジアの白鳥』1978.11, 206pp.
 なるほど、司馬遼太郎が好まれる原因はここにある。「受験競争」によって教養とは無縁のまま育ってきた「エリート」たちは、無教養ではないことを示すために歴史物を読み、読んでいることをひけらかす。同じ文章の後の部分。
 「ツヴァイクは超国家的な政治と文化の仲介者を夢想し、世界市民の理念を説いた。汎ヨーロッパ的国家の使命を論じもした。とまれ、彼は決して政治的な人間ではなかった。主として理念に生き、それは現実世界との関連をもたないたぐいのものであった。かれはたしかに『ジョセフ・フーシェ』を書いた。フランス革命とナポレオンと復帰したブルボンを生きのびて、いかなる陰謀も辞さなかったあの政治人間を書上げた。この政治的カメレオンの特徴を合理づけ、権力の危険な秘密を解き明かそうとした。だが、そこにあざといのは、歴史を背景とした一個人への興味であり、歴史の過程を跡づけるのではなく、その法則性を求めるのではなく、政治人間の類型を立てるのではなく、まず何よりも、一回限りの個性が問題であった。作者の関心は、もっぱらある特異な情熱の分析に集中されている」(同書208pp.)
 なるほど司馬遼太郎はステファン・ツヴァイクだったわけだ。

 この一文は、一つの世界の成熟とともに生出され、次の世界へと移行する際、失われた「昨日の世界」へのノスタルジーとして幅広い支持を集める、そうした書き手の性格を描いて余りない。「昨日の世界」はツヴァイクにとってはハプスブルクの世界であり、司馬にとってはおそらくは明治に成立した、パイの拡大が最高の正義であった世界だろう。司馬にとってその世界は明治以前からずっと続いていた世界であり、その世界の後をたどるあの膨大な『街道をゆく』こそはツヴァイクにとっての『昨日の世界』にあたる。

 午後、チーフテンズノルマ果たすも、保存の際、ミスってファイルを消してしまう。バックアップはあったが、今日やった分は全部パア。

 夕食、豚肉、豆腐、葱、春菊の鍋、ご飯。

 がっくりしてその後は読書。池内紀『シレジアの白鳥』一気に読了。

□池内紀『シレジアの白鳥』村松書館、1978.11.01, 309pp.
 1970年代半ばの文集。第一部はおもにドイツ語圏文学の小道を散策する。「鉄仮面」のフランス、「マザーグース」の英国が例外。いずれも文献を博捜し、細かな事実を積上げて、思いがけない肖像や情景を描き出す。中でも最初の三篇とローベルト・ノイマンをとりあげた文章が良い。
 第二部も文学者が主な対象だが、著者が共感し、その鑑賞に情熱を注いだ作家たちをとりあげる。ここではホフマンとビスマルク、そしてカール・クラウス。カール・クラウスは著者にとっては文学的出発点にある存在らしい。巻末の著訳書一覧では、最初の本はカール・クラウスの詩集の翻訳である。
 第三部は文学から一度離れ、ウィーンとプラハを焦点とする美術、音楽、旅を囲るエッセイ。秀逸はやはりウィーンを描いた文章。

 あえてベスト3を選べば、「鉄仮面の秘密」「言語批評と戦争」「ヘ短調ラプソディー」。
 いずれ他の著書を読んだ上でまたここにもどってきたい。今まで読んだ中だけでも、著者は過去に書いた文章を換骨奪胎したり、一部を引用したりして後の文章に利用している。

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