大島教授の[暖蘭亭日記][2001年 3月 5日 (月)〜2001年 3月 11日 (日)] [CONTENTS]

2001年 3月 05日 (月) 晴れ。

 朝食、ブルーベリィ・ジャム・トースト、プチトマト、蜜柑絞りジュース、コーヒー。

○Naftule Brandwein KING OF THE KLEZMER CLARINET; Rounder, 1997, Jewish
Walt Michael & Company  LEGACY  アメリカのクレツマー音楽の「化身」が1920年代を中心に残した全録音の復刻。性格と酒癖が災いしてミュージシャンとしての大成はできなかったらしいが、その性格が生んだこの音楽の輝かしさ。たっぷりの色気、いたずら小僧の遊びに潜む、背筋が寒くなるほどの「狂気」。
 この名前を見ると、トールキンは『指輪』の登場人物の名前の一つをここからとったのではないかと思えてならない。ひょっとすると『指輪』の世界におけるユダヤ思想ないしカバラの影響を暗示するものという可能性はないか。

 午前中PTA。

 昼食、クサヤ、白菜味噌汁、菜の花芥子和え(昨日の残り)、ご飯。

 Amazon.comより書籍5冊。ハインラインの短篇集。風見さんから著書。DHCからJさんのやっているシリーズの一冊ベックの評伝。評伝というよりはロング・インタヴューというべきだろう。

 『CDジャーナル』・Iさんから電話。やはり差替えようとのことで、午後、ジミィ・クロウリーの新作で原稿を書いて送る。

○Kirkmount THE ROBIN; Dorian Recordings, 1997/2001, Canada
Kirkmount  ノヴァ・スコシアとケープ・ブルトンの伝統音楽という副題だが、こういうスタイルはちょっと珍しい。インスト・アルバムで、ダンス・チューンも少なくないのだが、全体にクラシックの室内楽の趣。ハープ、フィドル、チェロのトリオ。 どうやら兄弟らしい。リズムやテンポはあえて軽視し、メロディの勘所を強調する。ただ、フィドルは音色からしてフィドルでこれは決してヴァイオリンではない。とはいえ、どこかにクラシックの訓練を受けた匂いも感じられる。バゥロンなどが入ってリズムをキープする曲も二曲ほどあって、かなり高水準な演奏だ。 やはりチェロが鍵だ。チェロが入るととたんに室内楽になる。ただ、このチェロはむしろトリオロジーのチェロに近く、エネルギーに満ち、抽斗も多い。コロンブスの卵的アルバム。

 夕方、ハインラインの本を入れるところを作るため、ペーパーバック棚の上の方をとりだして箱に詰めていたら、西條八十・水谷まさる=訳『世界童謡集』が出てきた。大正13(1924)年冨山房刊行のものを冨山房百科文庫版として再刊したもの。元版は「模範家庭文庫」の一冊として刊行されたものの由。明治以降今日まで出版された児童書の中でもっとも美麗で質の高いものだったらしい。なるほどここに収められた挿し絵のみごとさは、今日望むべくもない。第一次大戦前の英国の挿し絵黄金時代の影響という。
 解説を読んで思わず拾読みをする。中勘助の詩にも通じるところが多く、この辺が詩への入口になるかもしれない。

 夕食は、鰹の叩き、菠薐草お浸し、白菜味噌汁、茶碗蒸し、ご飯。

 Dvorak キーボードの画面キャプチャをしようとちょっと苦労する。結局、Sherlock でネットを探し、Dvorak キーボードの紹介ページを見つけ、その画面をプリント・アウト。このキーボードの習得には一番という増田式テキストは48ページ2000円というので、とりあえず自分でやってみることにする。

 夜、中山さんから電話。メール・マガジンの件。ショーン・タイレル、ジミィ・クロウリーあたりをとりあげてくれるよう依頼。CDNow のディスク・ガイドの仕事を来月から受けるそうだ。アマゾンもいよいよCDを扱う由。例によってリンドレーとジャクソン・ブラウン、ライ・クーダーの話。ジェフ・マルダーにインタヴューしたら、50年代のブズーキの名人に入れこんでいたそうな。今日は比較的短く、10時半に切上げ、入浴。

2001年 3月 06日 (火) 晴れ。暖。

 朝食、蜜柑絞りジュース、バナナ,ハム・トースト、プチトマト、コーヒー。

○Budowitz MOTHER TONGUE: Music of the 19th Century Klezmorim; Koch, 1997, Jewish
Budowitz  クレツマーの「アーリー・ミュージック」を掲げたバンド。ツィンバロン、クラリネット、ヴァイオリン、ベース。楽器としてはおなじみだが、音楽の性格はだいぶ違う。これを聞くと、新大陸のクレツマーが、今世紀はじめにあってもあきらかに明るく、希望に満ちたものだったことがわかる。エネルギッシュでもある。このアルバムの音楽は燦々と太陽に照らされながら全体の色調は沈み、悲哀が支配的な感情だ。顔はにこやかに笑っていても、どうみても悲しんでいるとしか見えない。テンポも遅め、スロー・エアと言いたくなるものもある。ヴァイオリンの音色など、「泣いている」としか言いようがない。しかしここにはなぜか涙が感じられない。乾いている。涙も枯れはてた、そのまだ向こうにある哀しみ。ほとんど崇高と呼びたくなるような感情。

 アマゾンよりCD1枚。Kat Eggleston の1stの再発。のざきより『イシュト2』。
 ノヴェラ版「グリーン・マーズ」の質問を作る。

 昼食、帆立ての刺身、白菜味噌汁、ご飯。

 12時半に家を出て駅前。文化放送BSのUさんと「ダンケ」で待合せ。4月から路線をもう少しポップス寄りに変えるとのことで、レギュラーははずれ、個別の臨時番組の方での協力ということになる。特に異存はない。

 状況を聞くと、今チューナーが約35万台、ケーブルその他を含め、聴取可能な台数が百万だそうだ。一応予測通りの普及率とのこと。ただ、リスナーがいるとして、そちらからの反応は全くない。番組の中で、クイズを出し、番組終了までに連絡するように求めたこともあったが、反応はなかったらしい。誰がどういう形で聞いているのか、掴みかねている現状の由。

 パーソナリティの元『ミュージック・マガジン』編集長の高橋氏も、どうやらいろいろ問題があるらしい。
 それやこれやで番組の方向性をどうするか、手探りでやっているのがよくわかる。とはいえ、これは一つのチャンスで、積極的に捉えればかなり面白い状況ではある。こういう「フロンティア」はいまどき、めったにないのではないか。

 午前中Iさんから確定申告の書類が届いたので、帰り、税務署に寄り、提出。
 やはり眠いのでちょっと昼寝していたら、『musse』のSさんから電話とファックス。確認して架電。
 夕食、豚肉小松菜、ご飯、蜜柑、伊予柑。
※今日の引用
 展覧会で童女像を見たことと壷のアドヴェンチャーとは一見何の関係もない事のようである。しかしこれを経験した私にとっては、どうしてもこれを二つの別々の経験に切り離して考える事が困難に思われる。切り離すと、もうそれは自分の生きた経験でなくなって、まるで影の薄い抽象的な「誰でも」の知識になってしまう。
 われわれは学問というものの方法に慣れすぎて、あまりになんでも切り離しすぎるために、あらゆる体験の中に含まれたいちばんだいじなものをいつでも見失っている。肉は肉、骨は骨に切り離されて、骨と肉の間に潜む滋味はもう味わわれなくなる。これはあまりにもったいない事である。
『寺田寅彦全集』第三巻「ある日の経験」66-67pp.
2001年 3月 07日 (水) 晴れ。風あり。

 朝食、蜜柑絞りジュース、珈琲、白菜と人参のスープ、バナナ、ブルーベリィ・ジャム・トースト。

 午前中、散髪。散髪の往復で花粉にやられる。今日はよく飛んでいて、眼が痒い。よって、後は家から出ず。

 昼食、豚肉小松菜(昨日の残り)、ご飯。
 夕食、ハーブ・チキン、ブルーベリィ・ジャム・トースト、白菜と人参のスープ(朝の残り)、牛乳。

 終日、『レニー・ブルース』の校正。一気に終らせる。
 午後、どうにも眠くなり、1時すぎから昼寝。3時過ぎ、帰ってきたHに起こされる。M、工作で作った約束のキーホルダーをくれる。

 マイレート&トゥリーナの情報が解禁になったので、嬉しくてまずニフティに書込み、夜ibtrad-lのメーリング・リストに書込む。

2001年 3月 08日 (木) 晴れ。また寒くなる。

 朝食、蜜柑絞りジュース、焼き餅海苔巻、キャベツバター炒め、珈琲。

 CarbonLib 1.2.5J が出ているので「ソフトウェア・ダウンロード」でダウンロード&インストール。特に変化なし。
 午前中『青』。

 昼食、ほっけの開き、大根味噌汁、ご飯、蜜柑。

 午後、PTA。活動報告とじ込み、運営委員会、合同反省会、新旧役員顔合せ。終了5時すぎ。さすがにTさんに、疲れた顔してますね、と言われる。これだけ長時間、学校にいたのも、いろいろ人と話していたのも久しぶり。Mを拾って帰る。合間に郵便局へ行き、レニー・ブルースのゲラを投函。

 夕食、豚肉・白菜の蒸煮、ご飯、蜜柑。

2001年 3月 09日 (金) 晴れ。

 朝食、蜜柑絞りジュース、プチトマト、ツナ・トースト、珈琲。

○Lili Boniche IL N'Y A QU'UN SEUL DIEU: Live a l'Olympia; Cafe de la Dance/East West, 1999, Algeria
Lili Boniche  ぎっちょであったのは初めて知った。とはいえ、ここではギタリストよりはシンガー。うたうはフランス語のものもあるらしい。タンゴ[05]まである。しゃべるように、底がすっぽりと抜けた声と歌。メロディがあるようで、途中はメロディよりも詞の方についつい気が行く。リズムも一定のテンポをキープするバックとは別の波長でうたっているようで、息はぴったりと合う。バックはモダンに、ラテン調な軽快なリフを刻み、フィドルは我関せずと、勝手に駆回る。しかし、やはり本領は4曲目のような、アラブ本来の自由リズムでコブシを回す時。ウードとフィドル(どちらもアンプを通して、いわゆるセミ・アコ)に、ピアノとキーボードが見事に対抗する。マグレブのアンサンブルを西洋型の小編成で再現する試み。そう、マグレブ・ジャズ・ロック。あるいはヌゥバ・ロック。かっこいい。ドラムス〜ベースにブラス・セクション、ピアノ、アラブ・パーカッションの大編成バンドでのライヴ。

 トイレに籠っていたら宅急便。『CDジャーナル』からCDの返却。朝、メール・チェック。iMac Wire に出ていた Quick Text をダウンロードしてみる。以前、Ver.1.0 をダウンロードしたことがあったやつだが、これと言ってとくに特徴はない。

 歯科。右下奥。薬交換。急患が多いとて、1時間待つ。
 昼食、豚肉・白菜の蒸煮(昨日の残り)、ご飯、蜜柑。

○Various Artists MAIDEN VOYAGE; Celtic Music, 1991, Ireland
MAIDEN VOYAGE  トミィ・ピープルズの装飾音の切れの良さに身震いが出る。しかし同じメロディをユニゾンで演奏することがなぜ、これほど気持ちよいのだろう。音の動きが細かいことはあるはず。基本的に等間隔で細かい音がならび、そこに装飾音がはさみ込まれてゆく。だからユニゾンでやってもまったく一致はしない。とはいえ、そのずれは気持ちよさの一部でしかない。聞いているだけで気持ちよいのは、おそらくは不特定多数を相手にしていないからではないか。アイリッシュのセッションに参加している人は常に目の前で参加している人を相手にしている。これは録音するためのものだが、その点では同じだ。このアルバムを聞くだろう遥か極東の会ったこともない人間に向けては演奏していない。だからこちらはまるで自分のためだけに演奏してもらっているような錯覚が生まれる。あるいは、その場にこちらも引きこまれるような錯覚だろうか。スタジオ録音でも「市場」として意識しているのはおそらくはアイルランド国内だけではないか。そこが魅力。

 Kは風邪をひいたとて5時前に帰宅。そのままごろごろしている。夕食は作り、少しは食べる。

 夕食、牡蠣の土手鍋、ご飯、伊予柑。

 夜、チーフテンズ、チェック原稿の校正。15・16章。
 金がなくなってしまったことが判明し、エディ・リーダーのライヴはパス。ブーの方はのざきがやっているから行かねばならない。

 11時前、Sさんから電話。チーフテンズのパンフでメンバーのプロフィールを至急頼むとのこと。

2001年 3月 10日 (土) 晴れ。

 朝食、あんパン、チーズ・デーニッシュ、ブルーベリィ・ジャム・トースト、キャベツバター炒め、ミカンジュース、珈琲。

 9時半過ぎに出かけ、図書館に寄って『鰹節』を返却。東晃『雪と氷の科学者・中谷宇吉郎』を借りる。

 昼食、駿河台下の「ザ・ハンバーグ」でチーズ・ハンバーグで昼食。

 その下の「古瀬戸」で Michael 菱川さんと待合せ。メール・マガジンを中心に4時間ほどいろいろとおしゃべり。まっすぐ帰宅で7時過ぎ。

 夕食、豚肉・豆腐・葱・茸の鍋、ご飯。

 夜、Celtic Music Onlineの掲示板を読み、返事を書く。いや、なかなか面白い。

2001年 3月 11日 (日) 晴れ。

 朝食、ツナ・トースト、茹でブロッコリ、蜜柑ジュース、珈琲。

 K出勤。子供たちは子供会の歓送迎会。

 昼食、昨夜の鍋の残りと海苔巻餅。

 子どもたちは昼食が出て、昼過ぎに自分で飾りつけたケーキをもって帰ってくる。Mと一緒に図書館に往復。帰りのバスの中で読むために『中勘助全集』の隨筆・小品の巻の一冊目を借りる。
 終日断続的にチーフテンズ伝記の原稿の見直し。できたものを片端からもどす。

 夕食、カレーを作る。

 6時半のバスで出かける。下北沢・ラ・カーニャでジェフ・マルダーのライヴ。かものはしと南口で待合せ。早めに着く。店の前に行くと8時20分から入場とのことで、かものはしの友人でコステロのコレクターだという歯医者さんと一緒に近くのパン屋でお茶。この歯医者さんは今日はダブル・ヘッダー、チケット番号は4番だそうだ。われわれは70番代半ば。席はかものはしがうまくたち回ったので、二列目の左端でジェフの真ん前。PAの音は聞こえず生音。すぐ前は白石さん。やはりダブル・ヘッダーだそうだ。何でも130人以上入ったそうで、身動きもならない。店の右手奥の、一段高くなった所にピアノを置き、マイクを立ててステージにしてある。

 やがて今回のツアーの相棒であるベースのボビィさんが出てくる。リンダ・ロンシュタットがキャリアを始めたバンド、Stone Ponys のベースだったそうで、ダブル・ベースと時々コーラスもつけている。白髪、眼鏡、白髭、頭の中央が禿げていい感じ。ボビィさんは奥さんが一緒に来ているが、2人して会場内に展示してある絵が気に入ったそうで、かものはしがこの絵描きの友人なので、コピーを手配したそうな。サバビアン・カフェのアルバムのジャケットに使われていたものもある。

 待つほどにトムズの麻田氏が出てきて今日売っているCDやビデオやTシャツを紹介。今回CD化された20年前の日本公演のライヴでピアノを弾いていた佐藤氏が出てきて、一曲、ソロでピアノの弾語り。ニューオーリンズ・ベースのブルース。うまいものだ。

 入代わりにジェフが登場。年取った感じでちょっと意表をつかれるが、考えてみれば当然の話。何の変哲もない細かいチェックのシャツ。色は紺に見えた。小振りのギターをとり、チューニングをしながらいつしか曲を弾きだす。一曲めはベースは休みで、ジェフが一人でブルース。その声を聞いたとたん、はあーと肩の力が抜ける。あとは夢見心地。声を張りあげることもなく、テクニックを披露することもなく、丁寧に、心をこめてギターを弾き、うたってゆく。目立たぬながら、やわらかいベースが支える。ジェフの歌のツボはむしろ囁くような掠れ声だ。ブルースやフォークやアパラチアンやなんだかよくわからないもの、ボビィ・チャールズの歌、アラン・トゥーサンの歌はワルツ、自作の歌。アメリカも何もない。ジャンルもどうでもいい。いや、ジェフ・マルダーという個人すら、影が薄い。ただ、そこに人がいて、うたっている。終り近く、死をモチーフにしたとおぼしき歌が続く。ふたたび佐藤氏も入れたアンコールの後、"I'm dead. Thank you for killing me." と嬉しそうに言う。ジェフにとって死とは、全てを出しきって空っぽになった状態、なのかもしれない。生の目的とはそういうことかもしれない。聞いているだけで、こちらも空っぽになる。

 9時開演で終演は10時半過ぎ。これで今回のツアーはうちあげ、明日、帰国する。

 出入口が混雑していたのと、呆然としたのとで、しばらくその場に座りこんでいた。五郎さんも後ろにいたらしい。やけに薄着で、元気だ。11時過ぎ、一人帰る。帰宅〇時少し過ぎ。下弦の遅い月が東の空の雲の間に浮かんでいた。

[CONTENTS] [ ← P R E V] [N E X T → ]  [DIARY TOP]