(1)JMM [Japan Mail Media] No.587 Monday Edition 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く
■Q:1114
日本の法人税は他国に比べると高すぎるという指摘があります。また、所得税の累進税率が緩和されすぎたという論議もあるようです。将来的に、日本の法人税と所得税はどうあるべきなのでしょうか。
■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
国の歳入の大きな部分を占める税金の体系は、それぞれの国の文化的背景や経済的な状況によって異なっていますから、単純に比較ができないことは明らかです。一方、税負担は、企業や個人にとって重要な負担項目であり、税負担が、それぞれの経済主体の活動に大きな影響を与えることも確かです。最近、わが国の企業に対する税負担が、海外諸国と比較してかなり重いという指摘がなされています。
特に、わが国の法人税率は40%を超えており、世界の主要国の中で最も高率となっています。世界の法人税率を概括すると、世界的に、法人税負担を軽減する方向に進んでいるように思います。その背景には、世界経済のグローバル化があると思います。経済のグローバル化によって、従来の国境で別れた国ごとの経済=国民経済という考え方は後退して、有力企業が、国際市場で競争を展開する経済活動が活発化しています。
そうした状況では、大手企業は企業規模を拡大して、販売経路の拡張、新技術や新製品の開発に多額の資本を投下するケースが増えています。そうなると、企業は、自分で自由に使えるお金=キャッシュフローが多いほうが有利になります。キャッシュフローを潤沢にするためには、売上げを伸ばし、利益を蓄積することが重要なのですが、それと同時に、納税額を減らすこともキャッシュフローを拡大する一つの選択肢です。そのため、国際市場で競争を展開する企業にとっては、法人税負担が低い方が有利ということになります。
わが国の法人税の実効税率が40%を超えるのに対して、多くのアジア諸国では20%程度、欧州でも30%程度になっているようです。そうした法人税負担の差について、産業界から是正要請の声が高まっているのは当然といえるでしょう。
先日、大手電機メーカーの経営者の一人とお会いしたとき、「韓国のサムソンの税負担は約25%であるため、わが国企業と比較して、設備投資にまわせる資金はかなり大きい」と指摘していました。単純に考えると、わが国企業と韓国企業が同額の収益を上げたとすると、設備投資に振り向けられるキャッシュフローは15%程度の違いが出るはずです。その差は決して小さくはありません。
勿論、キャッシュフローだけで設備投資が決まるわけではありませんし、設備投資額だけで企業の競争力が決定されるわけではないのですが、現在のように、新技術の開発など設備投資の重要性が増している状況では、産業界の「企業の税負担を軽減して、同じ土俵で海外企業と競争できるようにしてほしい」という要望には、かなりの説得力があると思います。政策当局としても、そうした要望に真摯に耳を傾けるべきです。
一方、国は予算を組む為にそれなりの歳入を必要とします。特に、少子高齢化が進むわが国では、歳出項目のなかで、社会保障費はどうしても増加することになります。それを賄う為には、相応の歳入が必要になることはいうまでもありません。もし法人税率を引き下げるとすれば、それに替わる税収を考えなければなりません。所得税や消費税などを含めた、わが国の税制全体を見直すことが必要になると思います。
所得税の累進性を高めるのも一つの選択肢だと思いますが、累進性を高めすぎると、人々の労働意欲を落としてしまうことも考えられます。むしろ、現在、最も実現性が高いのは消費税率の引き上げでしょう。わが国の消費税率は、主要先進国と比較して相対的に低水準にあることもあり、税負担者の立場から言っても受け入れやすいと考えられます。
消費税率は、どのような人が購買しても同率の税率を負担するため、よく逆累進性と批判されることがあります。しかし、よく考えてみると、所得が多い人は、低い人と比較して、高額の商品を購入するケースが多いと思います。その場合、消費税負担は、購買した商品の価格に応じて決まるわけですから、必ずしも逆累進性が強いとは限らないのではないでしょうか。
いずれにしても、税制は、社会や社会を取り巻く環境の変化によって、改革していくべきものだと思います。わが国の高い法人税負担が続くようだと、わが国企業の国際競争力を減殺してしまう懸念があることは間違いないでしょう。あるいは、最悪のケースでは、重い税負担を嫌って、企業が海外に出て行ってしまうことにもなりかねません。社会全体の状況にあわせて、税制度全体を見直すべき時に来ていると思います。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/ で読むことができます。