(1)JMM [Japan Mail Media] No.665 Monday Edition-2
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
Q:万が一、ユーロが崩壊したらどんな事態が起こるのか?
◇回答 □中島精也 :伊藤忠商事チーフエコノミスト
ユーロ崩壊を叫ぶのは簡単ですが、実際にどういう事態が起こるのかを正確に予想できる人はほとんどいないでしょう。山一証券の倒産、リーマンブラザーズ倒産の後遺症があれほど甚大であったことは多分、多くの人、まして政策サイドの人たちにとって、想定外であったことと思われます。恐らく同じように想定外の事態がユーロ崩壊が現実のものになった時に起こるのでしょう。よって、下記に述べることはあくまで個人的な想定内の狭い見方に過ぎないとは思いますが、考えつくまま、私見を述べさせていただきます。
第一に、どちらが鶏か卵か分かりませんが、ユーロが崩壊すれば欧州国債市場が暴落するのは必至でしょう。欧州の銀行は多くの欧州国債を保有していますので、資本が毀損します。銀行は資産圧縮の動きを加速させるので、クレジットクランチが避けられません。また、債務超過の銀行が増えますので、国も放置するわけには行かず、銀行の国有化が進行するでしょう。
第二に、銀行が危ないので、資金余剰の銀行は金融市場に資金を出さないので、市場はフリーズするでしょう。よって、日々の資金不足に陥る銀行は市場からお金を調達できません。この場合は、07年のパリバショック、08年のリーマンショック直後のように中銀が流動性を供給するしかありません。それでも貸し渋り、貸しはがしは止まらないでしょう。
第三は、上記の理由でマネーが経済に回らなくなると、マネーは血液、経済は身体ですので、血液が流れないと人が死ぬように、マネーが流れないと経済は死んでしまいます。すなわち、経済は急速に悪化して、景気後退から恐慌に向けて進んでいきます。企業倒産リスクが増大しますので、株式市場が暴落することになります。
第四は、世界はグローバル化で密接につながっていますし、特に金融資本市場はそうですから、欧州の危機が世界に伝播するのは避けられないでしょう。リスクマネーの大規模な巻き戻しが起きるので、新興国の経済は壊滅的な影響を受けることになるでしょう。
第五は為替市場ですが、ユーロ崩壊で欧州各国通貨がすぐに復活するのか、どういう通貨制度に欧州がなるのか分かりませんが、国により程度は異なるものの、欧州通貨が暴落するのは確かでしょう。また、リスクマネーの巻き戻しで新興国通貨もぼろぼろになるでしょう。ドルは基軸通貨の強み、国際取引における決済通貨の地位は変わっていませんので、ドルへの需要は根強く、ドルは上昇するでしょう。日本円は債権国通貨の強みから、マネー還流もあり、上昇するでしょう。
第六は社会面ですが、債務危機に見舞われているユーロ加盟国でも国民や企業が保有している資産はユーロ建てですから、これをユーロ崩壊前に英ポンドや米ドルなど非ユーロ通貨に転換する動きが加速するでしょう。銀行への取り付け騒ぎも予想され、当局はどこかのタイミングで預金封鎖を発動せざるを得ないかと思われます。また、全てのユーロ建て取引の契約の効力がユーロ崩壊後にどうなるのか、法的な混乱は想像するに難く、全く見通せません。
このようにざっと想像しただけでも、ユーロ崩壊のコストは甚大です。ことはユーロ圏に止まらず、世界経済が受ける被害も想像を絶するものがありますので、何がなんでもユーロ崩壊を阻止することが必要です。それも、EUはユーロ危機で当事者能力をなくしているようにも見受けられますので、ユーロ危機の解決をEUのみに任せるのではなく、G20ベースでより積極的に対策を講じていくことが必要でしょう。
市場は悠長に待ってはくれません。時間が限られています。最早、ECBが無制限の国債購入に踏み切るなど大胆な策に出ないと現下のユーロ危機は解決できないのかもしれません。
■ 北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
もし、150年前にCNNがあったなら、日本の明治維新や西南戦争は、どのように報道されたのだろうか。何か、参考になる資料はないかなと「外国人から見た西南戦争」といったキーワードで検索しているところに、JMMから新しい質問が届いた。
「万が一、ユーロが崩壊したら…」。「万が一」というか、市場は「ほぼ確実に、ユーロが崩壊する」と思っているのではないか、と独り言ちながら、西南戦争の検索を続けた。
なぜ、「西南戦争」が気になるのか。ついさっきから読み始めた『山縣有朋の挫折』(松本崇、日本経済出版社)という明治の地方自治制度をテーマにした本に、次のような件があったからだ。「江戸時代の300諸侯は、今日の感覚で言えば「独立国」だった。藩は、藩札という通貨を発行し、外国からも借り入れを行い、また、専売を含む勧業奨励や軍(藩士)の維持などを行っていた。それは、通貨統合前のEU諸国のようなものであった」。
なるほど。江戸時代の藩が、通貨統合(1999年)前のEU諸国ならば、2009年からのギリシャ危機は、明治10年の西南戦争かもしれんな。そう思いながら、読み進むと。今度は次のような文章に出くわした。「明治政府は借金漬けでスタートした。明治2年度の政府の予算の大半(2977万円余)は太政官札発行や借り入れで賄われ、地租などの収入は466万円にすぎなかった」。
これは、現在の日本政府以上の大赤字だな。ということは、「そのような明治政府の喫緊の課題は、藩が握っていた財源の中央への吸い上げであった」。当然だろう。ただ、「藩の財源を中央に吸い上げるといっても、幕末には財政危機に瀕していた藩も多かったため、それは藩の財政改革と同時に行われることになった。そこで行われたのが明治6年の秩禄処分で、それは今日でいえば公務員の大リストラであった」。なるほど、ギリシャのゼネストやら、欧州の財政統合を彷彿とさせるような難しい話しだ。
明治新政権の混乱ぶりが目に浮かぶが、実際、「中でも維新の雄藩だった県には、鹿児島県をはじめとして旧来通りの行政を行う者が多く、中央政府による各種制度の制定、改廃があっても受け入れないという有様であった」。これは、メルケルのことか。結局、「明治政府の威令が全府県に行き渡るのは、明治10年の西南戦争以降のことであった」。それで、冒頭の疑問に戻る。我々は、結果を知っている。まさに、「西南戦争」は、「雨降って地固まる」であったことも。
ただ、ライブで、「西南戦争」を見ていたら、どう思ったであろう。明治政府の先行きに楽観的であり得たのであろうか。西郷に呼応して、全国で武装蜂起が発生したら、どうなっていたであろう。明治政府は大赤字だ。反乱を抑え込む体力があるかどうかも疑問である。しかし、年号を覚えるだけの歴史教育を受けてきた我々は、安易にこう考えがちではないか。まぁ、体制がガラッと変われば、10年はごたごたするものだ。新体制が固まるのはそれからだよ。それは、正しい認識かもしれないが、応用は利かない。ギリシャ危機は西南戦争みたいなものだ、という意見はあまり聞いたことはない。
万が一、西南戦争で、明治政府が崩壊していた場合、世界はどうなっていたのだろうか。極東に今なお鎖国を続ける国が存続していたのだろうか。太平洋戦争もなく、ソニーやトヨタの製品も存在せず、財政赤字を積み上げて世界経済の潜在的な脅威になる国家も存在しなかったのだろうか。「明治維新期に活躍した坂本龍馬や勝海舟は、徳川幕藩体制に代わる国家像として欧米式の郡県制国家を構想していた。…他方、町村に代わる地方の姿の構想を持っていなかった。そもそも、そのレベルでの変革が必要との問題意識自体がなかった」。
新体制を細部まで設計し尽くす天才は、あり得ない。明治政府は、おそらくEUがびっくりするくらいの欠陥だらけの体制であったのではないか。そして、問題が発生するたびに対症療法を繰り返し、徐々に体制を固めて行ったのであろう。歴史の教科書では、明治4年に廃藩置県、明治6年に秩禄処分、明治10年の西南戦争…と淡々とした記述が続く。しかし、その一行一行は、悲観と絶望をかろうじて乗り越えた結果であったかもしれない。マスメディアは12月9日のEU首脳会議までを「緊迫の10日」と書いた。しかし、明治維新から西南戦争までの「動揺の10年」は、150年後には、たった一行の記述で終わる。
EUの通貨統合のような体制維新が、10年経っても動揺するのは、ある意味で当然のことかもしれない。
☆★☆ コメント ☆★☆
このようなやや大きなテーマは、社会科教師にも面白い課題です。
まずは自分で考えてみる、そして専門家の意見を読む。これで、視野が広がります。
今回の2本は、その内容が全く違い、興味深く読むことが出来ます。