(1)JMM [Japan Mail Media] No.670 Monday Edition-3
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
Q:「社会保障と税の一体改革の素案」をどうとらえるか
◇回答 □北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
「社会保障・税一体改革素案(以下、素案)」を読んで、少々驚きました。新聞報道等によって形成された自分の先入観と異なる内容であったからです。私は、消費税のことしか書いていないのかと思っていましたが、かなり包括的な政策パッケージになっておりました。
そこで、まず、私の先入観を形成している新聞報道の具体例を見てみましょう。例えば、1月7日の産経新聞の社説は、冒頭から次のように書いております。「政府・与党が消費税率引き上げを柱とした社会保障と税の一体改革素案を正式決定した」。朝日新聞の社説も「野田政権が「社会保障と税の一体改革」の素案を正式に決めた。14年4月、15年10月の2回に分けて消費税率を10%まで引き上げる」という文章で始まります。
長年、この問題に取り組んできた論説委員の目からすると、「素案」の柱は、消費税増税なのかもしれませんが、1ページ目から、この「素案」を読むと、必ずしもそのようには読めません。それこそ、内容は、税のみならず、社会保障の改革など多岐に渡っているからです。では、次に、実際に、「素案」を読んでみましょう。
「素案」の構造を理解する上では、「目次」を自分で作ることをお薦めします。私が見落としているのかもしれませんが、この「素案」には、目次がなかったからです。まず、「素案」は、「はじめに」に続いて、大きく二つのパートに分かれます。第一部は「社会保障改革」、第二部が「税制抜本改革」です。
この第一部は、第1〜3の3つの章から成り立っております。第二部には、同じく第1〜4の4つの章があります。ちなみに、消費税の話は、第二部の第3章の1に出て参ります。よく政治家の皆さんは、○○政権にとっての一丁目一番地の政策は、△△というようなことをおっしゃいますが、これで言うと、消費税増税は、2丁目3番地1号という感じです。
では、一丁目一番地は何か。第一部の第2章に、社会保障改革の方向性が示されているのですが、その最初にあげられているのが「未来への投資(子ども、子育て支援)の強化」です。さらに、第3章の具体的改革内容のトップに置かれているのは「子ども・子育て新システム」です。普通に、「素案」を1ページ目から順番に読めば、いかにも民主党らしい政策項目が並んでいることに気がつきます。
ただ、マスメディアは、こうした「素案」の構造を完全に無視しております。「素案」がどのように報道されているのかを知るために、以下のように、新聞記事の数を検索してみました。まず、1月6日以降11日までの6日間で、「野田」および「素案」という言葉を含む記事は、主要日刊紙(朝日、毎日、読売、産経、日経)で60件ありました。そのうち、「社会保障」という言葉を含むのは55件、「税」を含むのは52件でした。第一部と第二部については、一応、等しく扱われておりました。
しかし、それ以下に書かれている具体的な政策内容については、かなり偏った報道がなされているように思います。例えば、「野田」、「素案」に加えて、「消費税」を入れると、49件の記事が見つかります。しかし、3つ目のキーワードを「年金」に変えると記事数は16件に減ります。「医療」でも15件、さらに「子ども」では8件、「子育て」も8件です。因みに、日本経済新聞では、「子ども」、「子育て」を含む記事はゼロ件です。全く無視です。彼らは、報道する価値がないと思っているの
でしょう。
1月6日付けの日本経済新聞に掲載されていた「大機小機」というコラムの筆者は、「野田佳彦政権が消費税増税を含む「社会保障と税の一体改革」の方向性を政府素案としてまとめたことは高く評価できる。しかし、果たして国民の心理に溶け込むほど議論が浸透し、国民がその気になっているかというと、大いに疑問だ」と書いておりました。それはそうでしょう。「一体改革」のごく一部にしか過ぎない「消費税増税」だけを取り上げて報道すれば、議論が深まることはないでしょう。(以下略)
☆★☆ コメント ☆★☆
マスコミ情報をみる場合の良い視点が書かれています。さすが、北野さん!