-藁葺き屋根は厚さ60cmの断熱材 -働く床と座る床を分ける -いろりとかまど -便利なことはなんて不便なんだろう -渡辺家の改装 -市郎兵衛家の改装 -大山家の改装 便利なことはなんて不便なんだろう(社)静岡県建築士会・浜松支部/まちづくり委員会・CC会の合同企画で信州大平宿へ行って来ました。 案内のパンフレットには 不便である点はむしろ喜びとして、進んで古き良さを生かした生活をすること。とありました。 CC会メンバーの手料理で豪華なキャンプを無事終え、最も印象に残ったのは、 信州大平宿下ノ紙屋さんの便所の戸の閂でした。次の様なものです。
杉の板戸の桟に閂を組み込んだもので、戸の竪框と上下の桟を除けば
これだけで、
という基本的な機能を満たしています。しかし、我々はこれを
確かに便利になりました。しかし、 不便である点はむしろ喜びとして、進んで古き良さを生かした生活をすること。と言われてみると、便利にするために何が変わったか、便利になったことで、我々は何を失ったか、 を振り返ってみても良い様な気がします。そんな訳で今風のドアノブと昔風の閂を較べてみました。
次の絵はあるメーカーの、廊下、クロ−ゼットなどに使われる空錠ノブです。
便所のノブだとこれに内側から閂を掛けるサムターンと、外からピン、
ドライバーなどで閂をはずすメカニズムが加わります。
こうした「便利な把手」を実現するため、最も変わったものは素材でしょう。 ドア本体と同じ素材ではなく、鉄、鋼鉄、ダイカスト、真鍮などが使われています。 部品点数も50個近くになり、特殊な設備を必要とする特殊な加工が増えています。 元々日本文化は「引き算の文化」とも言われます。 一つのものが「あの用」にも使われると同時に「この用」にも使えることが洗練だと考えて来ました。 これに対し、西欧文明の元となる文化は「足し算の文化」と考えることが出来ます。
同じ様にして現代の我々の生活は、その全てがどのようにして成り立っているかを知ることが出来ない、 という不安感に満ちています。近年声高く叫ばれる「環境問題」の根本にも、我々の暮らしと、 環境との間の関係が解りにくくなっていることが上げられるでしょう。 コンピュータ2000年問題もそうした不安を象徴する出来事です。 信州大平宿下ノ紙屋に泊まって覚えた安らぎは、これと正反対に、食べ物から建物に至るまで、 そこでの生活を囲む全てのものの成り立ちを想像できる、という「手づくり」の安心感でした。 ものの成り立ちを機能分解し、外へ外へと拡げる事で発達した西欧文明と対照的に、 日本では江戸時代を通じて自給自足経済を高度に発達させました。 おそらく大平宿の建物も下から材木を運びあげるのではなく、現場に木挽き職人が来て、 その場で製材した材木を使って作られたはずです。同じ材木を使うのでも、一旦山の下の製材所まで運び、 製材してから再び山に運び揚げるしか無くなった時代、大平宿は廃村とならざるを得なかったのです。
西欧に発祥した「足し算の文化」が世界全体を覆うと共に、「環境問題」が叫ばれる様になりました。
「足し算の文化」の行き着くところ、目前の「便利」が大きな「不便」あるいは「危険」の元になることを、
誰もが予感し始めています。
人類が21世紀に今より幸せになれるとしたら、「リサイクル」という言葉で表される様な、
江戸時代に大平宿で育まれた様な暮らしの中にそのヒントがありそうな気がします。
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