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目次 はじめに 監修の言葉 1.海の東海道と静岡県 2.千石船 3.江戸時代の港湾施設 4.伊豆の湊 5.駿河の湊 6.遠江の湊 調査を終えて


1.海の東海道と静岡県

本調査は昨年度の東海道22宿の調査と対をなすものである。 我が県は海の東海道の主要沿岸地域に所在することから、 陸の東海道と同等以上に、 昔も今も変わらず我が国の物資輸送の大動脈である「海の東海道」の歴史的建築資産に注目しなければならない。


大廻し航路
廻船の航路としては、ここに見るような城米等を中心とする大型船の航路が有名であるが、 様々な荷を高速で運ぶ小廻し船の航路もこれに劣らず重要であった。
「東街道」ではなく、「東海道」

500年前、徳川幕府によって諸街道が整備されたおり、 五街道の筆頭は「東街道」ではなく、「東海道」であった。 この東・海・道という文字が当時の我が国の交通、物流を良く物語っている。 我が国は周囲を海に囲まれた国であり、 ヨーロッパの国々と同様、文化の伝搬路としての海に多くの恩恵を蒙っており、 古くから海を通しての交流の歴史を持っていることは、伊豆の「枯野」に見る通りである。

稲作経済と湊

しかし海の意味するところはこれに留まらない。 我が国は古来から稻作を国民生活の基盤としてきた。 稲作に適した多湿な国土が高密度の人口居住を可能にしたのであるが、 水田耕作は同時に水系地域開発をも発展させたのである。 古来から発展してきた農業生産を中心とする経済システムは、 江戸時代に入り年貢米を経済の根幹とする形で完成された。 これは豊富な降水量を治めることにより、 全国数多くの河川が農業用給排水路として広く利用されたばかりでなく、 同じ河川が米という単一農業生産物の、 全国的な輸送ルートとしても利用可能であったからにほかならない。 いずれの河川も最後には海に注ぐ。 そしてそこから四通八達する沿岸航路を通して、 我が国は経済的にも一つの国としての姿を持つに至ったのである。

県内各地域の中心地

静岡県の湊は江戸と上方の中間にあって、 当時の情報流通の最先端に位置していた。 我々の郷土が古くから高い文化生活を営むことが出来たのも、 陸の東海道と共に海の東海道の果たした役割抜きには考えられない。 県内いずれの湊にあっても近代的な物流、 情報システムがもたらされる間での長い期間、 地域の経済、文化、情報の中心地として機能していたのである。 それぞれの湊にはそのような繁栄の時代を物語る歴史的建築資産が豊富に残されている。 我が国の港は限られた例外を除き、 ヨーロッパに於けるような海外交易のためのものではなかった。 しかしいずれの港もこのような文化的な伝統を持っているだけでなく、 特に千石船に代表される沿岸航路の廻船が利用する湊にあっては、 我が国の経済物流の結節点としても重要な役割を果たしていた。

我々が現在享受している繁栄を考えるとき、 その根源となったこれらの湊の建築資産は、かけがえのない宝物である。 同時に21世紀の我々の生活の背景となるべきまちなみ、 静岡独自の建築文化を創りだして行くうえでも、 海の東海道の歴史的建築資産は、他を以っては代えがたい資産である。

伊豆・駿河・遠江の区分

我々の郷土は伊豆、駿河、遠江にわかれ、 それぞれ独自の地理・地形的、産業・経済的、生活・文化的伝統を持っている。 海の東海道にとっても、 古代から海を生活文化の場として、 現在も海に結びついた余暇生活の場を提供する伊豆、駿府を中心に栄えたばかりでなく、 甲斐の湊としても使われてきた駿河、海の難所であると同時に、 港から様々な産業を産み出した遠江と、それぞれの湊の特質を考える上で、この区分は有効である。

本分冊の構成

本分冊では以上のような点に留意し、 先ず近代以前の我が国の船と湊について概観した後、 伊豆、駿河、遠江のそれぞれについて、湊の特徴をひとまとめにして述べた後、 「皇国総海岸圖」のそれぞれに当たる圖を示す。安政二(1855)年、 水戸藩において作成された「皇国総海岸圖」は、図面全体を統一した縮尺で描き、 物差しを当てることのできる現代の地図と違い、記述内容に添った表現を原則とする、 説明図の一種であるが、それだけに沿岸航路の様子が解かりやすく描かれている。 次に各湊の概要について記し、各湊につき、明治22年ー24年、 大日本帝国陸地測量部測量による1/20,000地形圖と、 国土地理院による現行の1/20,000地形図を同縮尺で対比し、 明治22年の地形図から窺うことの出来る、近代化以前の各湊の機能配置について概観する図を付す。

第2分冊から第5分冊の構成

南伊豆町各湊、戸田湊、相良湊、掛塚湊については、 それぞれに置かれた「歴史財を生かしたまちづくりを考える会」における討議をまとめ、 各々の湊について分冊とした。これらの湊においては本年度の「考える会」によって明かにされた、 「考える会」が担うべき課題を「まちなみデザイン推進事業」等の手法を使って現実のものとして行くため、 「考える会」が来年度以降も、それぞれの地域で継続されることへの希望が表明された。