知られざる東台湾

山口政治
展転社/2007

花蓮港庁生まれ、台北高校卒、日本李登輝友の会理事の筆者がまとめた1945年に至る花蓮港庁および台東庁の「通史」。


1931年に自動車道路として完成した清水崖の臨海道路
(1933年版日本郵船のガイドブックより)


全編に時として「地域史」に見られるような愛情がこもっているのが感じらます。大日本帝国による領有以来今日に至るまで、国家間のパワーゲームの舞台である西台湾に対し、東台湾は有史以来の「別天地」であり続けたのです。

狩猟を事とする原住民にとって、花蓮港から南に延びる平野は人の住むべきところではなく、ここで農業開発を始めたのは日本人だったとのことです。「ボクの方がおにいちゃんなんだぞ」というのにも関わらず併合されちまった儒教の国、朝鮮国とも、「開拓と言っても森を拓いて木の根を掘るわけではありません。満人が遅れたやり方で畑にしているところを接収し、日本式の優れた農業を広めるのです。」という満蒙開拓とも違う近代化の姿です。ちょっと北海道に似ているかも知れません。

植民地経営は住民の福祉の為に行われるのではなく、本国への富の移転を目的に行われるものですが、欧米諸国と違い、本国自体近代化に狂奔する日本によって「文明開化」と「神国日本」と「富国強兵」をごちゃ混ぜにしたモモタロウさんのノリで東台湾の開発も進められたのでしょう。山口さんのこの本にもそんな明るさが溢れています。

子供時代を過ごした「故郷」を美しく思い起こすところには、イギリス初代駐日公使オールコックが「大君の都」で述懐しているような、

驚く程質素で、それでありながらこの上なく幸せなこの人々を、近代化の荒波の中にほうり出すことがはたして良いことであろうか。

という「逝かんとする世の面影」に寄せる危惧はありません。子供時代の無知なるが故の美しい思い出に満ちているのかも知れません。「逝きし世の面影」に寄せる危惧は知識人、あるいは「国家」などを仕事の対象とする「心を労する」人たちのものであって、子供だけで無く「身体を労する」人々には無用のものなのでしょうか。

植民者たる日本人の子弟であった著者には「身体を労する」被植民者の鬱屈した思いは無縁のものでしたが、戦前の植民地台湾における台湾人の青春の暗い思い出を辿った好著に

「台湾人と日本人 基隆中学「Fマン」事件」田村志津枝/晶文社/1996

があります。旧制中学生のクラス内の「いじめ」に特高警察が介入して行く様は「国家」による「統治」が実はいじめそのものだ、という姿を浮き彫りにします。

その後の台湾も「国家」に振り回される苛酷な運命を辿りました。台湾人は「国民の生命財産を保護」するのが国家では無く、「無辜ヲ殺戮スルノガ国家」デアル、という姿を蒋介石総統による朝鮮戦争後38年に亘る戒厳令下で見せつけられました。戦後日本の高度経済成長が「護送船団方式」であったのと対照的に、90年代以降の台湾の経済成長は「国家など頼りにしていたら、命まで取られてしまう」というところから始まっているのかも知れません。



台東線萬榮駅裏の「オバサンの店」は猪脚が名物


旧林田山営林署購買部のオジサン

その台湾で李登輝総統による民主化が進められ、それまで押さえ続けられてきた「心を労する」人々の鬱憤が大きく弾けた1996年に、台湾につれて行ってもらえたのはラッキーでした。その折林田山麓の営林署跡を訪れた際にお会いした人々の中には「山の健ちゃん」や猪脚屋のオバサンなど、遠方からの友と日本語の会話を楽しむのがこの上ない楽しみ、という人々が結構いるようです。

営林署が閉鎖されて、後の山仕事を任されている、という「山の健ちゃん」は、中国式の立派な名前もあるのですが、「健治」というのが親の付けてくれた名前なので、こちらが「本名」ということでした。「萬榮郷」も政府がかってに付けた地名、というわけで、彼の率いる森坂村のソフトボールチームのユニフォームには、ひらがなで「もりさか」と大書してありました。向いのタバコ屋さんにはちゃんとロングピースが置いてあるのです。

このあたり、単なる戒厳令時代への反発だけでなく、その底には数千年に亘って国家とは関わり無く暮らしてきた原住民の皮膚感覚があるのでは、とも思えます。「言語がまちまちなので、思想までちゃらんぽらんだ。」といわれることもある様ですが、そうした東台湾の「ユルさ」加減はなかなか心地良さそうです。原住民、台湾人、客家、中国人、日本人と、ひょっとするとこちらの方が満州よりも「五族協和の楽天地」ではないでしょうか。

戒厳令解除で束の間の明るさを味わった台湾ではありますが、これからの道程は決して楽なものではない様です。「一つの台湾一つの中国」あるいは「分離独立では無く、内モンゴルに至る大陸領土の放棄だ」と声を挙げ、国民投票までしても、中国市場に目を向けたままの国際政治の舞台では、なかなか聞き入れてもらえません。本書に溢れるような「故郷への愛情」だけで人が暮らせるのはまだ先のハナシということでしょうか。

隣家の事ではありますが、本日の新聞には民進党総統候補謝長廷氏によれば「台湾の国号による国連加盟申請を妨害する為、国民党総統候補馬英九氏は北京から秘密のお手紙を貰っており、あいつらはグルだ。」とあります。いやはや。

2007.11.5

とりあえず国連宛の要望署名のページも有ります。シロートの私が訳すと次のようなものですが、

台湾は人権、自由、平和を尊重する民主国家です。 台湾は国際連合加盟のための全ての条件を満たしています。 台湾がアジア太平洋地域で果たす自由と民主のモデルという事実を考えれば、 台湾が無視されることはばかげています。

台湾は他の国際連合加盟国とともに国際連合での正統な代表権を持つ用意が有ります。 台湾が国際連合に加盟することは世界機関としての 代表性、包括性、有効性を高めるものです。

我々署名者は国際連合がその統一の精神に立ち戻り、 我々が皆平等に造られたとの原則の元に、 平和愛好国家である台湾に代表権を与えられんことを求めます。
賛同される方は
Online petition - Support UN Membership for Taiwan
へどうぞ。