2001.9.24
170630もちがつおあります
170625鰹塩辛
170620本日入荷
170617みろづ港寿丸
170519三重県第十三金一丸
170515三重県第十八清福丸
170514三重県第十八清福丸
170501もち鰹なんか無いので
170430もち鰹なんか無いんであるっ
170409第八十八福徳丸
170403千葉県産
170325近海船
170307
170303新宝丸
170214紀伊勝浦の酒盗
170205櫓の節
170126焼津港
161202e tabu te rin ikai 160927御前崎 160911津々浦々 160908御前崎産
160825ケセン国産 160821鰹節削り 160803試し切り 160720本日の舞阪港
160630銀色 160623皮煮染 160611本日の舞阪港 160610御前崎産
160605本日の舞阪港 160527もち鰹あります 160521本日の舞阪港 160521御前崎産
160509千葉県産 160505皮煮染 160417魚政の嫁さん 160413遠州流
160312鹿児島県産 160218ニューギニア北岸風 160203鰹煮染

151001御前崎産 150917皮煮染 150902皮煮染め 150815本日の舞阪港
150622腹の虫 150615御前崎産 150512第十一福栄丸 150430初の鰹
150430本日の舞阪港 150425本日の舞阪港 150417初鰹 150407皮煮染

141222塩鰹 141007本日の舞阪港 140904御前崎産 140813本日の舞阪港
140624HotelGrade 140624御前崎産 140621今が旬 140613下されもの
140606御前崎産 140605御前崎産 140601御前崎産 140530魚価低迷
140430もち鰹ならナイヨ 140422もち鰹ありません 140411皮煮染

131128塩鰹 13820鹿児島県産 130718カネサ鰹節商店 130718拙者の分と妻の分
130713鰹塩辛 130626御前崎産 130612千葉県産 130604鰹煮染
130523インターローカル 130521千葉県産 130507ローカルフード2 130507千葉県産
130507煮染 130507本日の舞阪港 130502お休み 130430ビジュアル系
130423本日の舞阪港 130418もち鰹あります 130418呼び出し 130411本日の舞阪港
130403本日の舞阪港 130228宮崎産 130220宮崎産 130201鰹塩辛
121219須彌山 121106三崎の鰹 121103鰹煮染 121025塩鰹
121022宮城産 120729流通革命と情報革命 120721ごんじい 1207131本680円
120705魚河岸 120703780円 120702鰹福島 120625鰹皮煮染
120618エシャ 120606台風3号 120603浜松かつお祭り 120526680円
120525浜松かつお祭り 120521遠州新居港 120520本日のおすすめ 120516御前崎産
120509来れ浜松へ 120505本日の舞阪港 120501巻網? 120428昨日の鰹
120421御前崎産 120215初鰹
111005静岡県産 1109285日目 110917戻り鰹 110911宮城産
110808御前崎産 110807空振り 110801御前崎産 110720塩鰹
110608御前崎産 110526到来物 110513水俣のネコ 110513purse seine
110510鰹はらも 110508千葉産 110506焼津産 110504ビジターバース
110424宮崎君 110128カネサ鰹節商店
101005尖閣特産 100903有難物 100828ハラモ 100823フクシマ君
100822鰹節 100820塩鰹 100806福島産 100731長崎産
100720長崎産 100711夏の食卓 100620保存食 100611もち鰹あります
1006036月の鰹 100526鹿児島産 100521すさみのケンケン 100515塩鰹
100513静岡産 100508千葉県産 100430昨日の御前崎港 100331初鰹
100310長崎産
091125塩鰹 091111御前崎産 090929前浜の 090928御前崎産
090909はらも 090905産地表示 090824食べて頂く 090818初鰹のヨウナモノ
090729宮城の鰹2 090704塩鰹 090630煮えたか御飯 090629宮城の鰹
090625朋有り 090619美形 090612塩辛 090605生き物を食べる
090526お買得品 090524本日のおすすめ 090521冷蔵庫? 090520鰹はどう死にたいか
090511鰹の不思議 09051010日の鰹 090506本日の舞阪港 090422目に青葉
090407塩辛茶漬 090330魚政のおやじ 090206節分の鰹
081022もどり鰹2 081003もどり鰹 080909巻網の鰹 080908鰹の塩辛
080903鰹は片身 080814もち鰹08 080507六日の鰹 080418もち鰹ではあるが
070918今年の鰹 070727ごんじい 070507私のレシピ 070507塩辛の道2
070503塩辛の道 050703鰹の季節 040805異常気象 030615塩蔵醗酵食
020623今年の鰹 010924 もち鰹あります

「もち鰹あります」という貼紙が4月になると市内の魚屋の店先に貼り出されていることがあります。 こうした魚屋は消費地市場ではなく、舞阪、福田、御前崎といった産地市場からの直送ル−トを持っていることが解ります。 魚屋さんの説ではもち鰹とは、「同じ群れの鰹の中に何割か含まれる個体で、 水揚後4ー5時間以内の死後硬直が始まる前に生食すると、 生もちの様な独特の弾力性を持つもの」ということであるようです。 九州から関東に掛けて、いくつかの港町に「もち鰹」という言い方がある様ですが、 浜松人のもち鰹趣味は決して他所にひけを取りません。

特に浜松祭にもち鰹を食いたい、というのが遠州の粋人にとって、旨いものの筆頭株の様であり、 4月末から祭の終わる5月5日まで、浜松周辺では鰹の値段が異様な高値となります。 困ったことに漁獲後4ー5時間以内という条件があるので、 新居、舞阪、福田、御前崎ぐらいしか水揚げに適した港はありません。 大平洋岸中部の沿岸鰹漁船の多くがこの時期、これらの港に集まるのではないでしょうか。 6日の菖蒲10日の菊ではありませんが、5月6日になると鰹の値段は憑き物が落ちた様に半値ぐらいに下がります。 したがって質に入れるに適した女房を持たない浜松人は、祭が終わってから鰹を食べることになります。

鰹は鮪同様の高速回遊魚であり、最高時速60km、平均回遊速度でも30kmで泳ぎ続けていなければ窒息死してしまうのだそうです。 「高級魚」と呼ばれるものが、大方は水槽の中で泳ぎながら築地に運ばれる現在、 そうした近代的食品流通に適さないもち鰹は、なかなか面白い食べ物だと思います。 いずれ輸送技術が進歩すると鰹を高速で泳ぐまま東京に運ぶ仕掛けなどが開発されて、 東京でも女房を質に入れればもち鰹が食える、 ということになるのでしょうが、現在の所もち鰹は産地住民の特権であります。 WTOの保護/規制対象にならない食べ物、という点でも面白いと思います。

相豆二州の浦々に生簀を囲って「駿河鯛」の徳川幕府への進上が始まったのが寛永5年とのことです。 鯛ならば長時間・長距離輸送にも耐え、「鯛の活ジメ」をしておけば、 すぐ食べるのでなく数日置いた方が味が出ます。これが当時の食品流通向きだった というのも、鯛が徳川時代に正餐のメインデイッシュに使われるようになった理由のひとつでしょう。 江戸の蘊蓄本である矢田挿雲の「江戸から東京へ」には、 伊豆の長八が近所の小僧に「江戸の鯛」と「生け簀の鯛」と「伊豆の鯛」の見分けが付かない、 といってからかわれた話が載っています。江戸の鯛は人様の食い残した御馳走ばかり食べているので、 身が甘くて美味しいのだそうです。これなど都市環境と水質汚染の話としても面白いと思います。 八丁櫓の押送船がトラックに変わったものの、鯛が目出度いのは当時から変わりません。 その家康も始めて海の魚を食べたのは浜松城在勤時代で、三河に居たころは鯉と鮒が進上魚だったそうです。

空想をこらすと、「鯛なんざ珍重するのは三河で鯉やら鮒やら、泥臭い魚しか食ったことが無かった連中のするこって、 太田道潅様以来、武州浜育ちのおらは目に青葉、山時鳥と来りゃあ、もち鰹だぞ。」 というのが、駿河・遠江・三河から「江戸弁」を喋る人々が押し寄せてくる前から、 今の東京に住んでいた原住民の好みだったのかも知れません。 当時、観音崎辺りで鰹が揚がっていて、六丁櫓・八丁櫓の早船が時速10kmないし15kmで漕げればこれは可能です。

家康入府の頃の原住民は今で言う三浦弁みたいなものを喋っていたでしょうが、 その鎌倉ではもち鰹は食べられていたのかどうか、これも興味があります。 さらに昔の、京都の住民なんてのは鱧の骨を刻んで食って有り難がる、という無邪気な人々でありますから、 もち鰹なんてのは気持ち悪がって食べなかったでありましょう。鴨長明さんは13世紀後半の人ですが、 貴族の食べる魚は断然、鯉であって、「鎌倉辺の連中は生の鰹など気持ちの悪いものを食う」と差別意識を丸出しにしています。 この魚が堅い姿のままで泳いでいるものと信じ、堅魚と名付けたのもこの人々です。

「東海道交通史の研究」
静岡県地域史研究会 編
清文堂/1996 刊

所収の
「駿河・伊豆の堅魚貢進」
仁藤敦史(国立歴史民族博物館教授)

には天武9(680)年に「伊豆」が「国」になったのは、 税として堅魚を得るのが目的の一つだった。 あるいは伊豆分国に際しては土佐などの先進地から技術導入をして、 沼津に官営の大規模水産加工施設が作られた。など面白い話が載っています。 この論文では、税として義務付けられた「堅魚」が鰹節であるのに対し、 「荒堅魚」「麁堅魚」を鰹節の加工の荒いもの、としていますが、 「荒巻」が鮭の塩蔵品を示すのと同様、「荒堅魚」が鰹の塩蔵品とは考えられないだろうか、 というのが私が興味を持っているところです。西伊豆町田子港で「正月魚=塩鰹」と呼ぶものがこれでは無いかと、、、 鰹節と並んで当時の魚の食べ方には醢があるはずなのですが、この論文でははっきりしません。 紹介されている木簡には「堅魚煎汁」という記述がある様ですが、どうも「煎」というのピンとこないのです。

「本朝食鑑-鱗介之部三」
人見必大/元禄8(1695)著
島田勇雄訳注
平凡社東洋文庫/1980刊

に江戸時代初期の鰹の記事があります。

「各処の江海にいるとはいえ、土佐・阿波・紀伊・伊勢・駿豆・相州・房総・奥羽などの諸州で最も多く採れる。」
鰹節は
「近世では土佐・紀伊の産が上品である。」 「まことに魚商の貨殖野の品であり、国守の重租である。」
鰹醤 すなわち醢
「勢州の桑名、紀州の熊野、遠州の荒井の産が上であり、 相州の小田原の産がこれに次ぐ。」とありますが、遠州荒井としたのは関所があって名が通っていたためで、 当時も今も漁港としては舞阪港が主力港だったのではないかとも思います。

もち鰹で醢、今の呼び方でいう塩辛を作りました。舞阪港の魚屋のじいさまから指南されたのは 、

「モッチイだで、キモも全部入れよ。」
「キモは良く水に晒さんといかん。」
「烏賊の塩辛は3日で出来るけえが、鰹の塩辛は2週間掛かるで、毎日よくかき混ぜんとおえん。」

といった点でした。「もっちい」だとレバーも身と同じように、指で摘んでもそのまま崩れずにプリンと逃げてしまいます。 言われた通りレバーを全部入れた塩辛は、 市販のぺしゃっとした「酒盗」とは似ても似つかない 、 フォアグラの類いに似た、なんとも言い様のない濃厚な味わいを持ったものになりました。 「今昔物語」からヴェトナム戦争まで、人の「生き肝」ほど旨いものはこの世に無い。と言う話には事欠きませんが、 人の肝はともかく、フォアグラのような加熱加工したものより、生のレバーの方が美味しいことは確かでしょう。 それを醗酵によってアミノ酸を熟成させるというのは、グルメの終着駅、という感じがします。 作る手間にくらべると、食べてしまうのはあっという間でしたが、舞阪港に鰹を揚げるのは和歌山ナンバーの船団で、 7月の盆に帰った彼等が現れるのは来年の4月です。