古山惠一郎
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江戸時代の住宅地



図1
東京府武蔵國四谷區四谷傳馬町近傍
明治17(1884)年 参謀本部測量原図



図2
埼玉県入間市扇町屋団地周辺
2001年 都市計画基本図


和風住宅地のデザイン

現在の様に「会社員」と言うものが存在しない江戸時代、今の勤め人に最も近いものは「お店もの」ー商店の従業員と武士、今風に言えば公務員でしょう。明治16年測量の「参謀本部陸軍部測量局五千分一東京圖測量原圖」というのがあり、それから東京府武蔵國四谷區四谷傳馬町近傍をトレースしたものが図1です。現在の四谷三丁目付近にあたり、図中央東西が甲州街道。街道沿いには商家の店鋪併用住宅が並んでいますが、裏側には住宅地が拡がっており、戸当り敷地面積150-200坪の上に床面積20坪程度の住宅が建っています。元は四谷門内番町にあった組屋敷、つまり江戸時代の典型的な「勤め人」である旗本の住まいが、この辺りまで拡がったものでしょう。四谷見附から麹町を経て経て半蔵門まで徒歩20分程、役所が城内にあればオフィスまで30-40分というところです。

これに対して同じ様な場所にある勤め先に通う、現代人が住んでいそうなところ、と考えたのが図2です。東京駅から40km程、西武線に乗り換えて45分程の駅から、歩いて10分程ですから、オフィスから1時間程、ということになるでしょう。「戸建て住宅に住みたい」というと図中央の分譲地の面積が戸当り55坪程ですが、現代人の要求を全て容れようと思えば、床面積は60坪を超えてしまうこともあります。

「和風住宅」には根強い人気がありますが、この「和風」だと考えられる住宅デザインの成り立つ背景が、ここ100年程の「市街化」によって、簡単にいえば敷地面積は1/3、床面積は3倍という様にかなり変質しているのではないかということが地図から伺えます。100年前には考えられなかったような建材、工法、設備器機などのおかげでずいぶん便利になった住宅ですが、「和風住宅」の豊かさは建物だけによるのでなく、敷地環境が「和風の市街地」として優れたものであることが必要でしょう。そう考えるとこの100年で失った豊かさはないのか、振り返るのも良いことだと思います。



図3 



図4 



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試みに図1と図2から適当な敷地を拾って、それぞれにありそうな建物を乗せてみました。図3と図4の、各々上が明治16年の四谷3丁目付近、下が平成12年の首都近郊住宅地のそれぞれ夏と冬です。

図3上では軒の出を3尺としたため、座敷きにはほとんど陽が差し込んでおらず、南側外壁も大部分が軒の陰になっています。 これに対し図4下では総2階で軒が高く、庇の出が少ないため、1階南側に陽が差し込んでいます。また図には表示されませんが、南向き外壁の大部分に陽が当たって、壁からも巨大なヒートゲインがあります。これに加えて隣家の空調屋外機からの放熱・吸熱があるので、夏に窓を開けても涼風は入って来ません。

同じ建物に12月の太陽を当てたものが図4です。明治16年12月21日午後2時には座敷きの大半には冬の低い太陽が差し込んでいます。座敷きと縁側の間の障子を閉めると直射日光と障子に反射した光が陽だまりを作ります。御隠居のじいさまがおれば、冬の陽が西に傾くまで、ここで猫の蚤を取って過ごすのです。敷地にゆとりがあり,平屋なので建物の影は敷地から出ていません。

ところが平成8年12月21日には、図4下の建物では数分前に南の家の影から部屋に差し込みはじめた太陽の光が、数分後にはもう隣の家の影で隠れてしまいます。

図3・4上のような敷地環境の元で、長い時間をかけて作り上げられて来た我が国の住文化は、20世紀の市街化によってその重要な部分が葬り去られてしまった、といっても良いでしょう。

図3・4を見ると、浜松市近郊の伝統的な集落環境と、新たに市街地として開発されている部分との対比にも似ています。座敷きの前にはささやかな庭をしつらえ、その向こうには家庭菜園が有り、自家用の野菜を自給する、という暮らしは江戸時代の侍屋敷での暮らしでした。「和風住宅」のデザインも、そうしたライフスタイルを前提にしたものだったのです。

浜松市の近郊でも特に農業地帯では産業上の必要性から長く同じような環境が守られて来ました。ところがバブル期に至り、「和風住宅」を成り立たせるような敷地環境が急激に失われて来たのは残念なことです。このままでは「和風住宅デザイン」自体が痩せ細ってゆくのではないでしょうか。

明治16年の住宅と平成12年の住宅が隣接していると、冬の陽射しがどうなるか、アニメ−ションで見てください。

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