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社団法人 静岡県建築士会会員 古山惠一郎 〒430 浜松市元城町109-12 電話 053-453-0693, fax 053-458-2534 e-mail:.ask@tcp-ip.or.jp http://www.tcp-ip.or.jp/‾ask/ | ||||
No.7□人口5,500万人で年間住宅着工件数が17.5万戸□東京の再開発が羨ましい。 □28年前と変わらないアビーロード周辺 □江戸時代の建物を我慢して使う倫敦の街 | ||||
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ドックランドの「臨海副都心」バブッテマス。 タスカン・オーダーの堂々たるファサードも新築建物。 キルバーンハイストリート駅前。 28年前の同じ場所。 馬車の時代の住宅街の道路に通勤車両がなだれこむ。 28年前の同じ場所。今よりは少しだけ、のんびりしていた。 Pnk Floydもあり枡。 1960年代の代表的な市街地再開発であるピムリコビレッジ、「戦災復興都市計画事業」である。 お隣のベルグレーブロードは歴史地区で、江戸時代の建物が並ぶ。 |
英国の年間住宅着工件数が17.5万戸なのだそうだ。人口が5.500万人だから、我が国の1億3000万人当たりになおせば41万戸強ということになる。 人口2億6000万人の米国でも年間住宅着工件数は180万戸程度なので、人口当たりの住宅供給は米国に較べても半分以下、ということになる。 というわけで英国は古色蒼然としている。例えば単純に住宅戸数を年間着工件数で割ってやると、 日本の住宅の寿命が30年ならば英国のそれは115年となるのだが、新築数と滅失数の差、 人口動態などを考慮するとそれが60年、800年になるのだそうだ。スルメでも齧る様に大英帝国の干物を数百年掛けてしゃぶっている感じ。 昨年11月にリチャード・ロジャース卿を委員長として「都市白書」が発表された。
に対応する、「アーバンルネッサンス」を提唱している。 新規開発を押さえ、再開発を大きな柱とするものなのだが、 行間には北米、あるいはこれまでの日本等で繰り広げられた都市再開発が羨ましい、という感じが濃厚なものだ。 東京でいえば「臨海副都心」というドックランドの再開発を眺め、 くたびれ果てたある日、地下鉄でアビーロードへ行った。 1972年、今から28年前に行ったことがあり、どうなっているか興味が有ったのだ。 地下鉄キルバ−ンハイストリート駅を出たのが 午後4時頃。 11月の英国では既に黄昏である。駅では気が付かなかったが、ベルサイズロ−ドにあるS字カ−ブを見て、 28年前にも同じ道を歩いた記憶が戻って来た。 写真を見ていただけばお分かりの通り、28年前と殆ど何も変わっていない。 変わったのは使わなくなって100年は経とうという暖炉の煙突が何本か崩れたことと、 道ばたの看板が変わったくらいのものである。しかしはっきりした場所までは覚えていない。 向こうから同年輩のおやじがジャージ姿でジョギングをして来るのを捕まえて「アビーロ−ドのスタジオ…」と聞く。 同年輩、ということは彼もビートルズが新譜を出していたころ、 少年であったわけで、こちらの質問を理解すると、とても幸せそうな顔になり、親切に教えてくれる。 「ちょっとあるからバスに乗った方が良いかも知れない。」 といいつつ走り去るのに礼をいって歩き始める。 通勤時間帯に入り、交通量がやたらに多い。 しばらく歩いてくたびれ、 もうそろそろだが、と思っていると、向こうから今度は買い物袋を下げたやはり同年代のおばさんが来る。 同じように聞いてみると同じようにぱっと「元少女」の顔になって、 「あら、駅から歩いていらしったの、結構有ったでしょう、、もうすぐよ、後2ー3分。」 言われた通り3分後にはEMIアビーロードスタジオの前に着いていた。 元は白かったスタジオの塀は落書きで真っ黒になっている。 暗がりの中に観光客ら しい若者が群れている。 写真を撮るうち、夕暮れが深まって来る。 「申し訳ありませんがアビーロードスタジオは業務施設のみで、 お客さまをお迎えすることが出来ません。セントジョンズ駅のカフェでお休みの上、公式記念品をお求め下さい。」 という看板に釣られて駅に向かう。 通勤車で道路は各方面とも気狂い走りになっている。 アビーロード自体も19世紀の郊外住宅地の道路そのものなのだが、 マ−ブルア−チから来る車が表通りのアビーロードに入らないで、 隣のさらに狭いロウダウンロ−ドに流れ込み、19世紀のタウンハウスの間で渋滞しているのがみっともない。 ビクトリア駅徒歩7分の安宿に泊まったのだが、向いが1960年代に再開発のお手本、と言われたピムリコヴィレッジであった。 ピムリコビレッジが第二次大戦時のドイツ軍の空襲による被害をクリアランスして出来たものであるのに対し、 被害の少なかった隣の通りは歴史地区に指定され、江戸時代に建てられたタウンハウスが観光客向けの宿屋街となっている。 遠目に見ると確かに堂々たるタウンハウスであり、世界に冠たる大英帝国の首都倫敦の貫禄なのだが、 なにせディケンズからそう遠くない頃に建てられたものであり、不同沈下等も見られる。 間口3間かそこらの4階建て+ペントハウスにエレベータをねじ込んだものなので、 「住む」にはちと辛いものがあるが、都心なので宿屋になってるのであろう。 ここでも住民の高齢化が進んでいる様見受けられた。 80過ぎ、とお見受けした紳士は一人暮らしとのことで、 「食事?近所の市場で買い物をして自分で作ってるよ。この辺りは結構便利だから。」 とのことであった。確かに中心市街地はどこもゾーン規制を行う等、 日本よりもバリアフリー化が進んでいる英国なのだが、 これもサッチャー政権時の財政健全化で福祉予算を大幅にカットしたのが原因であろう。 それまで福祉政策でケアしていた高齢者に自活を促すための、 受け皿としての都市環境・人工環境のバリアフリー化、というのが筋書きであるらしい。 住宅も同様に、生産財ではなくて消費財だから、国の経済全体が潤うためには、 必要最低限の供給で我慢する、というのが英国流であるらしい。 このまま行けば2010年までには英国の住宅の平均寿命は1000年に達する、 という試算も有るそうで、「内需拡大」と言われて住宅金利を下げるしか手の無い国とは大きく違う。 英国の写真を差し上げます。cd入り、「都市白書」「交通白書」概要版粗訳のオマケ付き。実費ビール券1枚。 御連絡ください。 | |||
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